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東京科学大学 研究Discovery Saga
2026年10月8日

有機半導体のデバイス性能を決める要因を見逃すな

分子層内相互作用による構造安定化が電荷移動度向上に寄与

【注目の成果:共同研究・産学連携のためのチェックポイント】
有機半導体材料研究においてこれまで見過ごされてきた界面構造の研究を促進し、次世代有機電子デバイスの開発を加速することが期待
【産学連携対象 全学共通分野 Discovery Saga】
環境学数物系科学化学生物学総合理工工学農学医歯薬学
【Sagaキーワード】
空間分布/弱い相互作用/電子相関/分子動力学シミュレーション/多結晶/輸送特性/分子構造/高移動度/自己組織/分子運動/ディスプレイ/液晶/構造有機化学/高分子/高分子合成/電荷移動度/有機エレクトロニクス/有機合成化学/有機半導体/結晶構造解析/アモルファスシリコン/電子輸送/有機分子/超高真空/トランジスタ/電界効果トランジスタ/電子デバイス/電子回路/薄膜トランジスタ/半導体デバイス/半導体材料/有機EL/有機材料/有機薄膜/社会貢献/計測技術/電荷輸送/透明性/アモルファス/界面構造/単結晶/電界効果/シミュレーション/シリコン/ナノメートル/フッ素/移動度/結晶粒界/水素原子/電荷移動/動力学/半導体/分子動力学/結晶構造/組織化/合成化学/分子設計/有機合成/立体構造

2026年10月7日 公開

ポイント

単結晶有機薄膜トランジスタの性能がデバイス界面における分子の構造や動的な振る舞いに左右されることを実証。
分子動力学シミュレーションを用いて、結晶構造からは予測できないデバイス性能の差を見出し、動的な振る舞いが性能に顕著に影響することを解明。
有機半導体材料研究においてこれまで見過ごされてきた界面構造の研究を促進し、次世代有機電子デバイスの開発を加速することが期待。

概要

東京科学大学(Science Tokyo) 物質理工学院 応用化学系の岡本敏宏教授、熊谷翔平特任准教授、福﨑英治特任准教授、東京大学 大学院新領域創成科学研究科 物質系専攻の竹谷純一教授、北里大学 未来工学部の渡辺豪教授、筑波大学 数理物質系 物質工学域の石井宏幸教授らの研究チームは、
有機半導体[用語1]の
結晶構造[用語2]から予測される性能と、実際の薄膜デバイス性能との間に生じる乖離の原因を突き止め、デバイスのさらなる高性能化に向けた重要な指針を提案しました。
パイ電子系分子[用語3]からなる有機半導体は、インクのように塗るだけで電子回路を作れるため、次世代の半導体材料として期待されています。しかし、無機半導体に比べ、
電荷移動度(移動度)[用語4]が低いという課題がありました。これは有機半導体が分子間の弱い相互作用で自己組織化した材料であるため、分子の熱振動によって電気の通り道が不安定になることが一因です。本研究では、n型有機半導体に着目し、
置換基[用語5]の異なる位置にフッ素を導入した新しい分子群を開発しました。これらの分子は酷似した結晶構造を持ち、同等の移動度を示すと予想されましたが、実際に単結晶
薄膜トランジスタ[用語6]を作製して性能を評価すると、4倍以上の大きな性能差が見られました。
分子動力学シミュレーション[用語7]を用いて分子の動きを検証したところ、フッ素原子が作る分子間引力の向きの違いが、電気の通りやすさを大きく変えていることが判明しました。この発見は、分子の静的な整列を制御するだけでなく、デバイスの界面において、置換基を介して分子の動的な振る舞いを制御することが高性能化の鍵であるという、新しい設計指針を示すものです。
本成果は、8月7日付(現地時間)の「Scientific Reports」誌に掲載されました。

背景

パイ電子系分子は主に炭素や水素、窒素、酸素などの軽い元素で構成され、有機合成技術によって多彩な分子構造を構築できます。さまざまな機能を発現させることができるため、医薬品や電子材料など、私たちの身の回りにおいて広く用いられており、電子材料としては、液晶ディスプレイや有機ELへの利用が近年の主流となっています。また、溶剤に溶かして塗布することのできる性質は、超高真空や約300–1,000℃の高温が必要な既存の無機半導体と比較して、安価かつ温和な条件での電子デバイス製造を可能とします。このような、無機半導体の代替として期待される有機電子材料、いわゆる有機半導体は、多くの利点を有する一方で、アモルファスシリコンといった無機半導体に比べて電気の流れやすさ(電荷移動度、以下「移動度」)が一桁以上低いという課題を抱えています。これは主に、無機半導体では
共有結合[用語8]を介して電荷輸送を示すのに対し、有機半導体では
パイ軌道[用語9]の弱い重なりを介することに起因します。さらに、パイ電子系分子の集合体中では室温程度の熱エネルギーでも
分子運動[用語10]が生じるため、パイ軌道の重なりが容易に乱され電荷輸送が妨げられることも、本質的かつ深刻な要因とされています[参考文献1]。
このような有機半導体の本質的な問題を克服し、高い移動度を持つ材料を開発するためには、分子間のパイ軌道の重なりが効果的で、かつ熱的な分子運動の影響を受けにくい集合体構造をつくるパイ電子系分子の設計が求められます。そのためには、パイ電子系骨格そのものだけでなく、集合体構造を制御するための置換基の設計が求められます。特に、有機半導体の中でも、正孔輸送性(p型)有機半導体に比べて電子輸送性(n型)有機半導体の移動度は一桁劣るため、n型有機半導体の分子設計における理解を深めることは、材料・デバイス開発の促進につながると期待されます。

研究成果

今回の研究では、既報のn型有機半導体PhC2-BQQDIを基盤とし[参考文献2]、置換基にフッ素を導入することで結晶構造と移動度がどう変化するかを、
単結晶薄膜トランジスタ[用語11]を用いて詳細に検証しました。用いたBQQDI骨格が持つ窒素や酸素原子は、他の分子骨格の水素原子と積極的に引き合うことで、置換基の種類に大きく依らず類似したレンガ状の集合体構造を形成します。そのため、修飾可能なフェネチル置換基のフェニル基に対し、さまざまな相互作用を誘起し得るフッ素を異なる位置に導入し比較することで、置換基間の相互作用の影響を系統的に解明することができると考えました。
今回、特に明確な特性の違いを示したのは、フッ素をパラ(p-)位とメタ(m-)位とに導入した位置異性体、p-FPhC2-BQQDIとm-FPhC2-BQQDIです(図1)。結晶構造解析から、いずれの分子も、基盤となるPhC2-BQQDIと類似した結晶構造を形成することが分かりました。そのため、慣習的に行われる、結晶構造データに基づく
トランスファー積分[用語12]計算では、計算結果に明確な違いが見られませんでした。しかしながら、単結晶薄膜トランジスタの作製により、それぞれの移動度を評価したところ、p-FPhC2-BQQDIでは最大で3.6 cm2 V-1 s-1、m-FPhC2-BQQDIでは0.9 cm2 V-1 s-1と、予想に反して4倍以上の性能の違いが明らかとなりました。


図1 PhC2-BQQDIと今回開発したフッ素置換体FPhC2-BQQDIの分子構造

有機半導体では、結晶構造から推定される静的な分子挙動以上に、熱エネルギーによる動的な分子挙動が引き起こすトランスファー積分の乱れが、移動度を決める決定的な要素であることが知られています。そこで、結晶構造データに基づき、分子動力学シミュレーションを用い、分子運動の検証を行いました。その結果、p-FPhC2-BQQDIに比べてm-FPhC2-BQQDIの分子運動が大きく、トランスファー積分にあらわれるパイ軌道の重なりがより激しく乱されることが示されました。結晶構造を詳細に見直すと、2つの分子の分子運動の差異の主な要因は、フッ素を含む分子間相互作用にあると考えられます。今回着目したフッ素は、隣接分子中のフェネチル置換基上の水素原子と引力的な相互作用を形成しています。ここで、高い移動度を示したp-FPhC2-BQQDIの場合には同一の電荷輸送分子層内で相互作用しているのに対し、m-FPhC2-BQQDIでは異なる分子層を介して相互作用することで、集合体構造を安定化していました(図2)。分子動力学シミュレーションと結晶構造の結果から考察すると、電荷輸送分子層内の相互作用が集合体構造の動的な安定化に対し有利に働くことで、p-FPhC2-BQQDIが高移動度を発現したと考えられます(図2)。一方で、電荷輸送分子層間で集合体構造が安定化される場合には、結晶内部に止まらず、結晶表面、すなわち薄膜トランジスタなど実際のデバイスで重要な「界面」において静的・動的な構造安定化の恩恵が失われ、m-FPhC2-BQQDIのように移動度が低下してしまうと考えられます。したがって、電荷輸送層内で集合体構造を安定化する置換基設計は、実際のデバイスの界面における動的な分子挙動の抑制に繋がり、デバイス性能の向上において極めて重要な指針となります。


図2 フッ素置換位置による結晶中の相互作用の違いに起因する単結晶薄膜の移動度の相違

社会的インパクト

これまで有機半導体の開発は、いかにパイ電子系骨格をきれいに配列させ、パイ軌道の重なりを大きくするかという「静的な分子挙動」が主眼に置かれていました。今回の成果は、それだけでなく分子層内・間における相互作用による「動的な分子挙動」を通じた構造安定化の重要性が顕著に示しました。加えて、結晶構造だけでなく、実際のデバイスにおける結晶界面構造を解明し、置換基の働きを詳細に理解することが、今後の関連研究の促進に不可欠であることを提起するものです。この新しい知見を基盤とすることで、将来的に有機半導体デバイスのさらなる普及につながると期待されます。

今後の展開

今回の研究成果に基づき、より広範な有機半導体を含めて、界面構造への理解を深めることで、高性能有機半導体およびデバイスの設計・開発を進めます。界面構造の詳細な理解には、高度な計測技術や計算技術を欠かすことができないため、さまざまな研究者や企業との連携による、さらなる発展が望まれます。

付記

本研究は、科学技術振興機構 戦略的創造研究推進事業(CREST、課題番号:JPMJCR24S1、JPMJCR21O3、JPMJCR21Q1)、同(さきがけ、課題番号:JPMJPR17R2)、JSPS科学研究費補助金(17H03104、18H01856、19H05719、22K14743、24H00472、25K00074)、および住友電工グループ社会貢献基金の学術・研究助成により実施されました。

参考文献

[参考文献1]
A. Troisi and G. Orlandi,Phys. Rev. Lett.,96, 086601 (2006) (DOI:10.1103/PhysRevLett.96.086601)
[参考文献2]
T. Okamoto et al.,Sci. Adv.,6, eaaz0632 (2020) (DOI:10.1126/sciadv.aaz0632)

用語説明

[用語1]
有機半導体:有機分子の集合体として構成される半導体材料のこと。無機半導体とは異なり、柔軟性や透明性、軽量性のほか、インクのように塗ってデバイス作製できるため、新しい形態の電子デバイスへの応用が研究されている。

[用語2]
結晶構造:原子や分子が周期的に並んだ固体(結晶)中の原子や分子の配列構造。
[用語3]
パイ電子系分子:炭素原子による主骨格からなり、単結合と二重結合とが交互に並んだ共役二重結合を持つ化合物。共役二重結合に垂直な分子軌道に含まれる電子をパイ電子と呼び、電荷輸送を担う。
[用語4]
電荷移動度(移動度):固体中における電荷1個あたりの流れやすさ。値が大きいほど電気が流れやすく、デバイス応用に有利。易動度と表記される場合もある。
[用語5]
置換基:有機分子の骨格(主となる部分)に結合している原子や原子団のこと。置換基の種類や位置を変えることで、分子の電子的な性質、立体構造、結晶構造など、物質の機能や特性を変化させることができる。
[用語6]
薄膜トランジスタ:電界効果トランジスタの一種であり、電極や半導体、ゲート絶縁層などさまざまな性質を持つ構成要素を順に、多彩な手法で積層して作製されるもの。特に、半導体層の厚みがおよそ100ナノメートル以下のものを指すことが多い。
[用語7]
分子動力学シミュレーション:コンピューターを用いて、分子や原子一つ一つの動きを時間的に追跡し、その振る舞いを予測する計算科学の手法。分子間に働く力を物理法則に基づいて計算し、温度や圧力といった環境条件下での分子の振動、回転、拡散などの動的な挙動を詳細に再現・解析することで、物質の様々な特性をミクロな視点から理解することができる。
[用語8]
共有結合:原子間で電子を共有して形成する結合。空間を介した分子間力による結合と比べると、二桁程度強い。
[用語9]
パイ軌道:分子内を運動するパイ電子の空間分布を表すもの。有機半導体では、隣接する分子とのパイ軌道の重なりを介して電荷が伝導する。
[用語10]
分子運動:固体中で分子は完全に停止しておらず、熱エネルギーにより並進や回転などの運動をしている。これらの運動により、隣接分子間のパイ軌道の重なりが変わり、電荷輸送が抑制される。弱い分子間力により集合している有機半導体では、室温の熱エネルギーでさまざまな分子運動が引き起こされるため、移動度が低い一因と考えられる。
[用語11]
単結晶薄膜トランジスタ:薄膜トランジスタの中でも、半導体層が単結晶で構成されているもの。分子の整列方位が揃っておらず、流れる電荷を捕捉する結晶粒界の影響を大きく受ける多結晶に対して、有機半導体の本質的な電荷輸送特性の評価や高移動度化に適する。
[用語12]
トランスファー積分:分子軌道間を電子が移動する度合いを表すパラメータ。有機半導体では分子軌道の重なりを介して電子が移動するため、この値が大きいほど高移動度に寄与する。

論文情報

掲載誌:
Scientific Reports
タイトル:
Impacts of Fluorophenyl-terminal Side Chains on Crystal Structures and Charge-Transport Properties of n-Type Organic Semiconductors with Layered Brickwork Packing Motif
著者:
Shohei Kumagai*, Takeru Koguma, Eiji Fukuzaki, Takuya Seki, Go Watanabe, Ryoya Kimura, Masafumi Yano, Hiroyuki Ishii, Jun Takeya, Toshihiro Okamoto*
DOI:
10.1038/s41598-026-35849-z

研究者プロフィール


岡本 敏宏 Toshihiro Okamoto
東京科学大学 物質理工学院 応用化学系 教授
研究分野:有機合成化学、構造有機化学、有機材料化学、有機エレクトロニクス
熊谷 翔平 Shohei Kumagai
東京科学大学 物質理工学院 応用化学系 特任准教授
研究分野:有機半導体,有機半導体デバイス
福﨑 英治 Eiji Fukuzaki
東京科学大学 物質理工学院 応用化学系 特任准教授
研究分野:有機合成化学、高分子合成

関連リンク

プレスリリース 有機半導体のデバイス性能を決める要因を見逃すな!—分子層内相互作用による構造安定化が電荷移動度向上に寄与—(PDF)
有機半導体における電子相関の発達を初めて観測|Science Tokyoニュース

岡本 敏宏 Toshihiro Okamoto| Science Tokyo研究情報データベース(理工学系)
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