細胞が「右利き・左利き」になるメカニズムを解明
「アクチン・キラルリング」から迫る分子と細胞・からだの左右非対称性
【注目の成果:共同研究・産学連携のためのチェックポイント】
![]() | 生物の左右非対称な体作りの原理解明に大きく寄与することから、臓器形成やオルガノイド研究への応用や、組織の頑強性維持、がんの浸潤メカニズム解明への発展に期待 |
【産学連携対象 全学共通分野 Discovery Saga】
【持続可能な開発目標(SDGs)】
【Sagaキーワード】
突然変異/対称性/非対称性/キラル/自己集合/モータータンパク質/生殖/持続可能/持続可能な開発/モーター/アクチン繊維/ミオシン/消化管/性決定/発生生物学/浸潤/病理/病理学/心臓/オルガノイド/アクチン/がん細胞/ショウジョウバエ/ファージ/マクロファージ/ライブイメージング/高次構造
2026-9-7●自然科学系国際機構 海外事業推進センター特任教授松野 健治発表のポイント
細胞の骨組みであるアクチン線維が細胞内を右回りに流れる分子レベルの仕組みを解明。生物を構成する分子・細胞・臓器のそれぞれが左右非対称性(キラリティ)を持つことは知られていたが、分子の左右非対称性がどのように高次構造の左右非対称性に繋がるかは分かっていなかった。
細胞の蛍光ライブイメージングを用いることで、アクチン繊維がモータータンパク質Myosin1D(Myo1D)によって細胞内を右回りに流動すること、また、カバーガラス上でも、Myo1Dがアクチン繊維を束ねて、右回りに回転するリング状(アクチン・キラルリング)にすることを発見。
生物の左右非対称な体作りの原理解明に大きく寄与することから、臓器形成やオルガノイド研究への応用や、組織の頑強性維持、がんの浸潤メカニズム解明への発展に期待
発表概要
大阪大学大学院理学研究科生物科学専攻の山口明日香特任研究員(研究当時)、笹村剛司招へい准教授(研究当時)、松野健治教授(研究当時、現:大阪大学名誉教授)、千葉大学、富山大学、京都大学、理化学研究所らの研究グループは、細胞が右利き、左利きになる仕組みを世界で初めて明らかにしました。私たちの体は、一見すると左右対称に見えますが、心臓は左側にあるなど、体の内部は明確な左右非対称性をもっています。発生の過程で、どのように臓器が正しい方向をもって形成されるかは、発生生物学における重要な問いの一つです。
近年、細胞の形や動きにも、「右利き」「左利き」と呼べる性質があることが分かってきました。この性質は細胞キラリティと呼ばれ、臓器の左右非対称な形づくりにも重要な役割を果たします。しかし、細胞の右利き、左利きを決める仕組みは、大きな謎として残されていました。
今回、研究グループは、ショウジョウバエの細胞を生きたまま観察し、細胞の骨格を作るアクチン繊維の動きを詳細に解析しました。その結果、生物のからだの左右非対称性に関わることが知られている、アクチンのモータータンパク質Myosin 1D(ミオシン1D、Myo1D)が働くと、アクチン繊維は細胞内を「右回り」に流れることを発見しました(図1、細胞の階層)。
さらに研究グループは、細胞内で起きている現象を、Myo1Dとアクチンなど必要な分子だけを使って人工的に再現しました。すると、多数のアクチン線維が集まって「右回り」に回転する、アクチン・キラルリングが、Myo1Dによって形成されることを発見しました(図1、分子の階層)。アクチン・キラルリングは細胞と同程度の大きさであることから、細胞内でもこれと似た仕組みによって、アクチン線維の「右回り」の流れが生み出されている可能性があります。これは、Myo1Dが細胞内アクチン繊維の右回りを生み出す根源的メカニズムを示唆しています。
以上の研究を発展させることにより、ヒトを含む生物の左右非対称な体作りの原理解明や、細胞キラリティを起因とする組織頑強性の破綻やがんの浸潤メカニズムの解明が期待されます。
本研究成果は、米国科学誌「Journal of Cell Biology」に、8月25日(火)に公開されました。

図1. 細胞キラリティ形成メカニズムの概要
研究の背景
私たちヒトを含む様々な生物は、心臓や胃、肝臓など、臓器の形や位置に、明確な左右非対称性が見られます。このような体や臓器の左右非対称性がどのように生み出されるのかは、発生生物学における重要な問いの一つです。近年、こうした左右非対称性のもとになる性質が、個々の細胞にも存在することが分かってきました。臓器や組織を構成する細胞は、その形状や移動、細胞内部の動きに、右向き・左向きといった一定方向への偏りを持っています。このような細胞レベルの左右非対称性は、右手、左手のように、鏡に映した像が重ならない性質「キラリティ」をもっていることから、「細胞キラリティ」と呼ばれています。細胞キラリティは、左右非対称な臓器形成のほか、組織の頑強性維持やその破綻によるがん細胞の浸潤への関与が示唆されており、近年注目が高まっています。しかし、細胞の右利き、左利きの性質がどのように決まるかは、明らかではありませんでした。
研究の内容
研究グループでは、顕微鏡観察に適した、ショウジョウバエのマクロファージ細胞を用いて、生きた細胞内でアクチン線維が動く様子を観察したところ、アクチン繊維の流れが「右回り」になることを発見しました。そこで、この「右回り」を生み出す仕組みを調べるため、ヒトやゼブラフィッシュ、ショウジョウバエなど、様々な生物のからだの左右非対称性決定に重要なモータータンパク質Myo1Dに着目しました。その結果、Myo1Dが正常に働く細胞ではアクチン線維が右回りに流れる一方、Myo1Dに突然変異をもつ細胞では、その流れが「左回り」に逆転することが分かりました。このことから、Myo1Dがアクチン線維の流れを「右回り」に方向づける重要な役割をもつことが明らかになりました(図1、細胞の階層)。さらに、この回転運動には、Myosin 2(Myo2)という別のミオシン・モータータンパク質が必要であることを突き止めました。続いて研究グループは、細胞内で起きている現象をより単純な環境で再現するため、Myo1Dをカバーガラス上に固定し、細胞内に近い濃度のアクチン線維を加えて、その動きを観察しました(人工的再構成実験)。その結果、Myo1Dによって、アクチン繊維がリング状に束化され、「右回り」の回転運動をすることが分かりました(図1、分子の階層)。この回転するアクチンの自己集合体は、アクチン・キラルリングと呼ばれています。
アクチン線維には、一本一本にプラス端とマイナス端という「向き」があります。また、Myo1Dは、アクチン繊維をそのマイナス端方向にのみ動かします。このことから、アクチン・キラルリングが一定方向に回転するということは、リングをつくる多数のアクチン線維の向きがそろっていることを意味します。つまりMyo1Dには、多数のアクチン線維の向きをそろえ、一方向の運動を生み出す働きがあることが分かりました(図1、分子の階層)。これが、Myo1Dが、細胞内でアクチン繊維を右回りに動かすメカニズムだと考えられます。なお、Myo1Dが存在しないと左回りになる理由については、今回の研究では明らかになっておらず、今後の課題です。
これらの結果から、研究グループは、Myo1Dがアクチン線維の向きをそろえ、Myo2がそれらアクチンを動かすことで、細胞全体に右回りのアクチンの流れが生まれるという、細胞キラリティ形成モデルを提唱しました。Myo1Dは、ショウジョウバエの消化管や生殖器の左右非対称性の決定に重要な働きをすることから、本研究で提唱されたモデルは、臓器や組織の左右非対称性形成の基礎となるメカニズムであると考えられます(図1、臓器の階層)。
このように、本研究は、Myo1Dによって駆動されるアクチン・キラルリングのような、分子レベルで生まれる左右非対称性が、細胞全体の「右利き・左利き」につながる仕組みを明らかにしました。
本研究成果が社会に与える影響(本研究成果の意義)
本研究結果は、生物のからだ作りに必須な細胞キラリティの形成機構の解明に大きく寄与した成果です。本研究成果を基盤として、臓器形成や再生、オルガノイド研究への応用のほか、細胞キラリティによる組織頑強性の破綻とがん細胞の浸潤といった病理学的研究への発展が期待されます。特記事項
本研究成果は、2026年8月25日(火)に米国科学誌「Journal of Cell Biology」(オンライン)に掲載されました。タイトル:“Myosin1D directs circumferential F-actin flow to define cell chirality”
著者名:Asuka Yamaguchi†, Takeshi Sasamura†, Kohei Yoshimura, Hiroki Taniguchi, Daisuke Kurisu, Takamasa Higashi, Yasuhiko Sato, Florian L. Neugebauer, Shuya Ishii, Makito Miyazaki, Mikiko Inaki, Yasuhiro Inoue, Masakazu Akiyama, Takeshi Haraguchi, Kohji Ito, and Kenji Matsuno
† Equal contribution
DOI:https://doi.org/10.1083/jcb.202509125
なお、本研究は、文部科学省科学研究費補助金新学術領域研究「生物の3D形態を構築するロジック」(15H05863)、JSPS科学研究費助成事業 学術変革領域研究(A)「クロススケール新生物学」(24H01284)、JSPS科学研究費助成事業 学術変革領域研究(A)「素材によって変わる、『体』の建築工法」(20H05948)、JSPS科学研究費助成事業 基盤研究(C)(25K07129)、JSPS特別研究員事業(22J20544)の一環として行われました。
参考URL
松野健治 研究者総覧https://rd.iai.osaka-u.ac.jp/ja/3c57903c1cd5ad19.html
SDGsの目標

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