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東京大学 研究Discovery Saga
2026年9月1日

大規模イオントラップ量子コンピュータに向けた 省配線・低温電圧制御技術を実証

──時分割多重化による低温環境での効率的な電極制御──

【注目の成果:共同研究・産学連携のためのチェックポイント】
量子コンピュータの大規模化に向けた制御システムの簡素化につながる技術として期待
【産学連携対象 全学共通分野 Discovery Saga】
情報学数物系科学総合理工工学医歯薬学
【Sagaキーワード】
アーキテクチャ/プロセッサ/量子計算/イオントラップ/量子コンピュータ/量子情報/量子ビット/超高真空/イオン輸送/トラップ/制御システム/TDM

 2026.08.31
2026年8月31日
キュエル株式会社
大阪大学
東京大学

発表概要

キュエル株式会社の大平龍太郎リサーチサイエンティスト、森榮真一エンジニア(大阪大学量子情報・量子生命研究センター(QIQB)特任研究員)、栗本佳典エンジニア、大阪大学量子情報・量子生命研究センターの三好健文特任教授(キュエル株式会社CTO)、東京大学の野口篤史准教授、中村一平特任助教、稲田聡明助教の研究グループは、大規模なイオントラップ(注1)量子コンピュータにおける配線数の増大という課題に対し、時分割多重化(Time-Division Multiplexing: TDM)(注2)を用いて複数のトラップ電極を少数の制御線から駆動する電圧制御システムを開発し、その低温環境での動作を実装しました。
 イオントラップ量子コンピュータを大規模化するために有力なQuantum Charge-Coupled Device(QCCD)方式(注3)では、多数の電極を独立に制御しながらイオンを量子プロセッサ内で移動させます。このため、量子ビット数の増加に伴って必要な電極数や真空容器内外を接続する配線数も急速に増大し、システムの大規模化を妨げる要因となります。
 今回研究グループは、1つの電圧信号を時間的に切り替えて複数の電極へ分配するTDM方式を低温環境に導入しました。低温側に配置したスイッチ回路によって信号を各電極へ振り分けることで、複数の電極で電圧生成回路やアナログ配線を共有できることを実装しました。また、イオンの位置や状態を安定に保つための比較的ゆっくりした電圧制御から、イオン輸送に必要となる時間変化の速い電圧制御まで、低温環境でTDM方式を適用できることを確認しました。これにより、性質の異なる複数の電極制御を低温環境で多重化し、大規模なイオントラップ量子コンピュータの制御に必要な配線や電圧生成回路を集約できる可能性を示しました。本成果は、量子コンピュータの大規模化に向けた制御システムの簡素化につながる技術として期待されます。

発表内容

イオントラップ量子コンピュータでは、電極に与える電圧を調整することで、イオンの位置を調整したり、量子プロセッサ内を移動させたりします。システムを大規模化すると、必要な電極の数も増えるため、それぞれを制御するためのエレクトロニクスや配線をどのように構成するかが重要な課題になります。特に、室温に置かれた制御装置から、超高真空・低温環境にあるイオントラップまで多数のアナログ信号線を引き込む従来方式では、量子ビット数の増加に伴って配線や真空フィードスルーの数も増加します(図1)。そのため、限られた配線資源を効率よく利用しながら、多数の電極を制御できる仕組みが求められています。


図1:(左) QCCD 方式のイオントラップ量子コンピュータ
(右) QCCD 方式のイオントラップ量子コンピュータに必要な制御リソース


 今回研究グループは、この問題を解決するために低温環境におけるTDM方式の電極制御方法(図2)の導入を検討し、具体的な実装アーキテクチャ(図3)を提案しました。このアーキテクチャでは、電極制御信号を時分割多重化することで、真空装置まで引き込むアナログ配線や電圧生成回路を複数の電極で共有します。


図2:TDM 方式によるイオントラップ電極制御



図3:本研究で提案した低温TDM電圧制御システムの構成


 このアーキテクチャに基づき、実際に電圧制御システムを開発しました(図4)。室温側から順番に送られてくる電圧信号を、低温側のスイッチ回路で各電極へ振り分けることで、個々の電極に専用のアナログ信号線を用意することなく制御できます。本研究では、用途の異なる電極制御を想定し、イオンの位置や状態を安定に保つための比較的ゆっくりした電圧信号と、イオン輸送に必要となる時間変化の速い電圧信号の双方について、低温環境でTDM方式を用いた生成・分配を実装しました。これにより、イオンの保持や輸送といった操作に必要となる電圧信号を、TDM方式を用いて生成できることを示しました。


図4:(左) 低速 TDM 制御システム
(右) 高速 TDM 制御部

論文情報

論文タイトル:Cryogenic Time-Division-Multiplexed Voltage Control for Scalable Trapped-Ion Quantum Processors
著者:Ryutaro Ohira, Shinichi Morisaka, Yoshinori Kurimoto, Toshiaki Inada, Ippei Nakamura, Takefumi Miyoshi, and Atsushi Noguchi
掲載誌:Applied Physics Letters
掲載日:日本時間2026年8月31日21時
DOI:10.1063/5.0344625

謝辞

本研究は科学技術振興機構(JST)共創の場形成支援プログラム(COI-NEXT)(課題番号:JPMJPF2014)、およびJST ムーンショット型研究開発事業(課題番号:JPMJMS256G, JPMJMS256F, JPMJMS256L)の支援を受けて実施されました。

用語解説

注1イオントラップ
電場を用いて原子イオンを真空中に捕獲する装置。
注2時分割多重化
複数の信号を時間領域で分割して単一の経路で順番に信号の伝送および処理をする技術。
注3Quantum Charge-Coupled Device(QCCD)方式
イオンを量子ビットとして用い、量子演算や測定などの機能を持つ複数の領域の間でイオンを移動させながら量子計算を行う方式。大規模なイオントラップ量子コンピュータを実現するための有力なアーキテクチャの一つとして研究が進められている。
―東京大学大学院総合文化研究科・教養学部 広報室―