ゲノムを束ねるコヒーシン、遺伝子を読む機械の「読み急ぎ」を防ぐ
―― ATPを使う分子モーターが、安定した転写への移行を支える仕組みを解明 ――
【産学連携対象 全学共通分野 Discovery Saga】
【Sagaキーワード】
品質管理/環境変化/脆弱性/構造形成/ゲノムDNA/ゲノミクス/タンパク質複合体/遺伝情報/加水分解/水分解/エンジン/マイクロ/モーター/転写伸長/コヒーシン/一細胞/ATPアーゼ/RNAポリメラーゼ/オーキシン/植物ホルモン/酵素活性/分子モーター/ゲノム情報/プロモーター/クロマチン/染色体/肉腫/病理/病理学/膀胱がん/DNAチップ/ホルモン/エンハンサー/ATP/RNA/イミン/がん細胞/一細胞解析/炎症性サイトカイン/創薬/白血病/立体構造/ゲノム/サイトカイン/遺伝学/遺伝子/遺伝子発現
2026年8月24日
/ 最終更新日時 :2026年8月26日
adiqb
ゲノム情報解析研究分野
東京大学
国立遺伝学研究所
発表のポイント
◆ コヒーシンを細胞から約3時間で取り除き、DNAの立体構造を大きく崩しても、多くの遺伝子でRNA量があまり変わらないという長年の謎を解明しました。◆ コヒーシンは、遺伝子を読む機械(RNAポリメラーゼII)を遺伝子の入口へ呼び込む一方、読み始めた機械が準備不足のまま早く出発しないよう「間」を保っていました。
◆ コヒーシンのATPアーゼ(ATPase)サイクルに関係する短命な転写状態を捉え、安定して最後まで読み進めるための補助因子が組み上がる時間を支える新機能を示しました。

早くスタートすればよいとは限らない
発表概要
東京大学定量生命科学研究所およびUTokyo-KI LINK Lab(東京大学ストックホルム海外共創ラボ)の白髭克彦教授、鄭盛穎学術専門職員らの研究グループは、国立遺伝学研究所との共同研究により、リング状のタンパク質複合体「コヒーシン(注1)」が、遺伝子を読む機械であるRNAポリメラーゼII(注2)(以下、Pol II)の遺伝子の入口への呼び込みを支える一方、Pol IIが準備不足のまま早く出発しないよう適切な「間」を保つという、二つの役割を担うことを明らかにしました。私たちの細胞では、伸ばすと約2メートルにもなるゲノムDNAが、小さな核の中に折りたたまれています。コヒーシンはDNAをループ状に束ね、離れた調節領域(エンハンサー)と遺伝子の入口(プロモーター)(注3)を近づけることで、遺伝子発現を支えると考えられてきました。ところが、コヒーシンを急速に取り除いてDNAの立体構造を大きく崩しても、多くの遺伝子でRNA量は意外なほど変わりません。「構造の主役を壊しているのに、なぜ機能はほぼ保たれるのか」は、長年の大きな謎でした。
本研究では、コヒーシンがなくなると、遺伝子の入口に集まるPol IIは減る一方、残ったPol IIは「間」が短くなり、準備不足のまま早く出発することを見いだしました。この二つの変化はRNA生産に対して逆向きに働き、部分的に打ち消し合うため、RNA量だけを見ても異常が見えにくくなります。さらに、コヒーシンのATPアーゼ(注4)サイクルに関係する短命な転写複合体を捉え、安定した転写へ移るために必要な補助因子がPol IIに組み上がる時間を、コヒーシンが支えていることを示しました。

図1:「連続スタート」で理解するコヒーシンの二つの働き。コヒーシンを失うと、スタート地点に集まるPol IIは減る一方、残ったPol IIは「よーい」の時間が短くなり、準備不足のまま早く出発します。二つの逆向きの変化が部分的に打ち消し合うため、RNA量だけでは異常が見えにくくなります
発表内容
1.背景――「立体構造を壊してもRNA量が変わらない」という謎ヒトの一つひとつの細胞には、伸ばすと約2メートルにもなるDNAが、直径わずか数マイクロメートルの核の中に折りたたまれて収まっています。この折りたたみは無秩序ではなく、DNAループなどの機能的な立体構造をつくります。その中心的な役割を担うのが、リング状のタンパク質複合体コヒーシンです。コヒーシンはATPを使ってDNAをたぐり寄せ、離れたエンハンサーとプロモーターを近づけることで、遺伝子発現を支えると考えられてきました。
ところが、コヒーシンを細胞から短時間で取り除くと、DNAループの多くが失われるにもかかわらず、発現量が変化する遺伝子は全体の一部にとどまります。「立体構造は激変するのに、RNA量はなぜ大きく変わらないのか」は、コヒーシン研究に残された長年の未解決問題でした。
2.コヒーシンは「呼び込み」と「出発」を逆向きに調整する
研究グループは、オーキシン誘導デグロン法(注5)を用いて、ヒト細胞からコヒーシンを約3時間で急速に除去し、その直後に起こる変化を調べました。遺伝子の情報は、Pol IIがDNAを読み取ってRNAをつくる「転写」によって取り出されます。Pol IIは遺伝子の入口に集まり、読み始めた直後にいったん短く停止し、AFF4を含むスーパー伸長複合体(SEC)やCDK9などの働きで出発して、本格的な転写伸長へ進みます。
解析の結果、コヒーシンを失った細胞では、①Pol IIが遺伝子の入口へ呼び込まれにくくなる一方、②残ったPol IIは一時停止から早く出発(リリース)(注6)する、という逆向きの変化が同時に起きていました。入口に集まるPol IIの減少はRNA生産を減らす方向に、出発の加速は一定時間内の転写を増やす方向に働きます。数理モデルと遺伝子群別の解析から、二つの作用が遺伝子ごとに部分的に補い合い、定常状態のRNA量の変化を小さく見せていることが示されました。
3.ATPを使う分子モーターが「準備時間」を支える
コヒーシンを失うと、Pol IIが一時停止する時間は平均で約14分から約10分へ短縮しました。研究グループは、転写反応を試験管内で組み立て直し、ATP加水分解の途中に似た状態を安定化する条件を用いて、一時停止から出発へ移る前後に短時間だけ存在する転写状態を捉えました。この状態には、コヒーシン、その積み込み役であるNIPBL、Pol II、一時停止と出発に関わる因子が集まり、コヒーシンを除去した場合やCDK9を阻害した場合には失われました。これらの結果から、DNAの立体構造づくりのエンジンと考えられてきたコヒーシンのATPアーゼサイクルが、転写装置の出発前後のタイミングにも関わることが示されました。
さらに、十分な「間」をとらずに走り出したPol IIは、PAF1CやSPT6など、安定して最後まで読み進めるための補助因子を十分に伴えず、途中で終了しやすい不安定なRNAを生じることがわかりました。コヒーシンは単なるブレーキではなく、Pol IIが必要な準備を整えてから出発できるようにする「品質管理の門番」として働いていると考えられます。

図2:コヒーシンのATPアーゼと同定に成功した短命な転写中間体(点線で囲まれた部分)。CDK9による出発信号の発出直後に、コヒーシンとNIPBLが短時間だけ転写装置へ結合し、PAF1CやSPT6などの補助因子が組み上がる時間を稼ぐという作業モデル。因子同士の直接的な分子接続の解明は、今後の課題となります。
4.平常時には見えにくくても、「いざ」というときに差が出る
平常時には二つの作用が部分的に打ち消し合うため、RNA量の変化は小さく見えます。しかし、細胞が炎症性サイトカインなどの外部刺激に応じて、特定の遺伝子を短時間で強く立ち上げる必要があるとき、コヒーシンを失った細胞では応答が低下しました。コヒーシンは、日常的なRNA生産だけでなく、環境変化に機敏に反応するための転写の「底力」も支えていると考えられます。
5.希少疾患とがんの理解に向けて
コヒーシンやNIPBLの異常はコルネリア・デ・ランゲ症候群などの希少疾患の原因となり、AFF4の異常はCHOPS症候群を引き起こします(注7)。原因遺伝子は異なりますが、本成果は、発生に必要な遺伝子を「正しいタイミングと準備状態で読む」という共通の軸から、これらの病態を考える手がかりを与えます。
また、コヒーシン関連遺伝子の異常は一部の白血病、膀胱がん、ユーイング肉腫などで高頻度で見つかっています。本研究は直ちに治療法を示すものではありませんが、希少疾患やがんにおける転写の乱れや転写上の脆弱性(がんが特定の遺伝子発現プログラムに過度に依存する現象、いわゆる transcriptional addiction を含む)を解析するための機構的な基盤を与えます。今後は、コヒーシン・NIPBL制御系とAFF4/SEC制御系が分子レベルでどのようにつながるのか、患者由来細胞やがん細胞で同様の転写異常が起こるのかを検証します。
発表者・研究者等情報
東京大学 定量生命科学研究所 ゲノム情報解析研究分野鄭 盛穎学術専門職員(筆頭著者、共同責任著者)
坂東 優篤 講師(共同筆頭著者)
坂田 豊典 助教(共同筆頭著者、兼:カロリンスカ研究所)
吉村 充騎 研究当時:特任研究員
現:(株)DNAチップ研究所 研究員
須谷 尚史 准教授
白髭 克彦 教授(共同責任著者、兼:カロリンスカ研究所 客員教授)
情報・システム研究機構 国立遺伝学研究所
夏目 豊彰 研究当時:助教
現:東京都医学総合研究所 主席研究員
鐘巻 将人 教授
研究助成
本研究は、JST CREST(JPMJCR18S5)、日本学術振興会 科研費(JP20H05940、JP20H05933、JP20H05686、JP25H00969)、日本医療研究開発機構(AMED)生命科学・創薬研究支援基盤事業(BINDS)「先端エピゲノミクス・1細胞解析支援」(研究開発代表者:白髭克彦)(22ama121020j0001)、日本医療研究開発機構(AMED)医療分野国際科学技術共同研究開発推進事業 先端国際共同研究推進プログラム(ASPIRE)「クロマチン分子病理学による精密医療の実現」(研究開発代表者:白髭克彦)(JP23jf0126003)、およびスウェーデン研究会議(2022-03478)の支援により実施されました。用語解説
(注1)コヒーシンSMC1、SMC3、RAD21などからなるリング状のタンパク質複合体です。複製した染色体をつなぐほか、ATPを使ってDNAをたぐり寄せ、ループ状に折りたたみます。
(注2)RNAポリメラーゼII(Pol II)
DNAの遺伝情報を読み取り、RNAを合成する中心的な酵素です。多くの遺伝子で、読み始めた直後に入口付近で短く停止します。
(注3)プロモーター/エンハンサー
プロモーターは遺伝子の読み取りが始まる入口、エンハンサーは離れた場所から遺伝子の働きを高める調節領域です。
(注4)ATPアーゼ(ATPase)
ATPを分解して得られるエネルギーを分子の動きに変える酵素活性です。コヒーシンはこの活性をDNA構造形成に用い、本研究は転写装置の出発前後のタイミングにも関わることを示しました。
(注5)オーキシン誘導デグロン法
植物ホルモンの仕組みを利用し、目的のタンパク質を細胞内で数時間のうちに除去する技術です。
(注6)一時停止とリリース
Pol IIが読み始めた直後に短く止まり、AFF4/SECやCDK9などの働きで本格的な転写伸長へ移る過程です。本資料では、わかりやすく「出発」と表現しています。
(注7)コルネリア・デ・ランゲ症候群/CHOPS症候群
それぞれコヒーシン経路、AFF4を含む転写伸長経路の異常により生じる希少な発生・発達の疾患です。
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雑誌名等
雑誌名:Nature Communications題 名:Cohesin acts as a transcriptional gatekeeper by restraining pause–release to promote processive elongation
著者名:Shoin Tei, Masashige Bando, Toyonori Sakata, Atsunori Yoshimura, Toyoaki Natsume, Masato T. Kanemaki, Takashi Sutani, Katsuhiko Shirahige
DOI:10.1038/s41467-026-76738-3
URL:https://www.nature.com/articles/s41467-026-76738-3
関連情報:bioRxivプレプリントhttps://doi.org/10.1101/2025.09.30.679672
問い合わせ先
<研究内容について>東京大学 定量生命科学研究所 ゲノム情報解析研究分野
教授 白髭 克彦(しらひげ かつひこ)
Tel:+46 721930329 E-mail:[email protected]/[email protected]
<機関窓口>
東京大学 定量生命科学研究所 総務チーム
E-mail:[email protected]
情報・システム研究機構 国立遺伝学研究所 広報室
E-mail:[email protected]
東京大学 研究