フグ仔魚の新たな生存戦略を解明
―ほぼ毒性のないフグ毒類縁体「TDT」が捕食者を瞬時に退ける「警告シグナル」として機能―
【産学連携対象 全学共通分野 Discovery Saga】
【Sagaキーワード】
発表のポイント
◆フグの仔魚は、猛毒のテトロドトキシン(TTX)だけでなく、ほぼ毒性のないTTX類縁体「5,6,11-トリデオキシテトロドトキシン(TDT)(注1)」を用いて捕食者から身を守っていることを発見しました。◆組織全体を観察する「ホールマウント免疫染色」により、母親から受け継いだTDTがTTXと同様に仔魚の体表(表皮)に局在していることを視覚的に証明しました。
◆捕食魚(メジナなど)はTDTだけを持つフグ仔魚を口に入れても瞬時に吐き出すことが判明し、体表に存在するTDTが味覚を通じた「警告シグナル」として機能することが示されました。
◆致死的な「猛毒(TTX)」と、感覚的に捕食者を退ける「警告シグナル(TDT)」の2段構えによる「相補的防御システム」によって、仔魚が多様な外敵から生き延びていることが明らかになりました。
◆TDTは、捕食者にとっては味わって吐き出す「危険シグナル」である一方、フグ自身にとっては匂いを嗅いで惹きつけられる「社会的シグナル」であるという、生態学的な二面性を持つことが示唆されました。
図.フグの仔魚におけるTDTを利用した生存戦略
発表概要
日本大学生物資源科学部の糸井史朗教授を中心とする、東京大学、金沢大学、名古屋大学、および新潟県立海洋高等学校などによる共同研究グループは、クサフグの仔魚が捕食者から身を守るために、猛毒のテトロドトキシン(TTX)に加えて、ほぼ毒性のないTTX類縁体である「5,6,11-トリデオキシテトロドトキシン(TDT)」を利用していることを明らかにしました(図)。これまで、フグの卵や仔魚が外敵から身を守ることができるのは、母親から受け継いだ猛毒の「TTX」が主な防御物質として機能しているためだと考えられてきました。しかし本研究において、メジナやヒラメの稚魚を用いた捕食実験とビデオ解析を行った結果、捕食者はTDTのみを持つフグ仔魚を口に含んでも、即座に吐き出してしまうことが観察されました。特にメジナでは、猛毒のTTX単独では防御効果が小さく食べられてしまうのに対し、ほぼ毒性のないTDTを持っているだけで、その仔魚はほぼ確実に吐き出され、生き残ることがわかりました。一方でヒラメに対してはTTXおよびTDTの両化合物が効果を示しました。本研究ではさらに、組織を透明化して観察する「ホールマウント免疫染色」技術を用いて、母親由来のTDTがTTXと同様に仔魚の体表(表皮)全体に局在していることを明らかにしました。この体表への局在によって、捕食者は仔魚を口に入れた瞬間にTDTを味覚として感知し、それが本能的な「忌避行動(嫌がって避ける行動)」を引き起こす「高効率な化学的警告シグナル」として機能していると考えられます。
自然界において、フグの母親は卵にTTXとTDTの両化合物を供給します。本研究の結果は、一部の天敵にはTTXによる「致死的毒性」で対抗し、TTXが効きにくい天敵にはTDTによる「感覚的忌避」で対抗するという、2つの物質が互いの弱点を補う「相補的防御(Complementary Defense)」が機能していることを示しています。
また、近年の研究で、フグ自身はTDTに匂いとして誘引されることがわかっており、TDTは捕食者にとっては「危険シグナル」として、フグの仲間同士では「社会的シグナル」という驚くべき二面性を持つことも本研究から浮き彫りになりました。本成果は、フグが最も無防備な仔魚期を生き抜くための、複雑で巧妙な生存戦略を解明した重要な発見です。
発表者・研究者等情報
日本大学生物資源科学部・大学院生物資源科学研究科金子 結唯 修士課程(筆頭著者)
渡邉 衣乃莉 修士課程(当時)
白取 那帆 学部生(当時)
白井 響子 修士課程(当時)
周防 玲 専任講師
糸井 史朗 教授(責任著者)
東京大学大学院農学生命科学研究科
稲橋 京史郎 博士課程(共同筆頭著者)
米澤 遼 特任助教
浅川 修一 教授
新潟県立海洋高等学校
岡部 泰基 教諭
金沢大学理工研究域生命理工学系
松原 創 教授
金沢大学環日本海域環境研究センター
鈴木 信雄 教授
東北大学大学院薬学研究科
安立 昌篤 准教授
名古屋大学大学院生命農学研究科
阿部 秀樹 准教授
西川 俊夫 教授
論文情報
雑誌名:iScience題名:Minimally toxic tetrodotoxin analogs function as rapid chemical warning signals in pufferfish larvae
著者名:Yui Kaneko*, Keishiro Inahashi*, Inori Watanabe, Taiki Okabe, Nao Shiratori, Kyoko Shirai, Ryo Yonezawa, Rei Suo, Hajime Matsubara, Nobuo Suzuki, Masaatsu Adachi, Hideki Abe, Toshio Nishikawa, Shuichi Asakawa, Shiro Itoi(*は共同筆頭著者)
DOI: 10.1016/j.isci.2026.117080
URL:https://doi.org/10.1016/j.isci.2026.117080
研究助成
本研究は、科研費基盤研究(A)(課題番号:19H00954、23H00347)、日本大学特別研究(採択年度:2023~2024)、および金沢大学環日本海域環境研究センター共同研究(課題番号:23032, 24025, 25027)の支援により実施されました。用語解説
(注1)5,6,11-トリデオキシテトロドトキシン(TDT)フグ毒テトロドトキシン(TTX)の構造の一部が異なる天然類縁体。TTXの作用する電位依存性ナトリウムチャネルへの結合親和性が低いため、ほぼ毒性のない(Minimally toxic / almost nontoxic)ことが知られている。
問い合わせ先
<研究内容については発表者にお問合せください>東京大学 大学院農学生命科学研究科
浅川 修一 教授
Tel:03-5841-5296 E-mail:asakawa@g.ecc.u-tokyo.ac.jp
米澤 遼 特任助教
Tel:03-5841-7522 E-mail:ryonezawa@g.ecc.u-tokyo.ac.jp
<機関窓口>
東京大学 大学院農学生命科学研究科・農学部 総務課広報情報担当
Tel:03-5841-5484 E-mail:koho.a@gs.mail.u-tokyo.ac.jp
関連教員
浅川 修一米澤 遼
東京大学 研究