捉えた!胃がん原因菌ピロリ菌の病原性装置の形成過程
~複合計測でリアルタイム可視化、抗病原性戦略の開発に期待~...
【注目の成果:共同研究・産学連携のためのチェックポイント】
![]() | 本測定・解析手法は、CagT4SSに限らず多様な巨大タンパク質複合体の組み立て機構の解明にも応用可能であり、装置の形成過程そのものを標的として、ピロリ菌の病原性を抑える新たな戦略につながると期待 |
【産学連携対象 全学共通分野 Discovery Saga】
【Sagaキーワード】
インターフェース/核構造/水溶液/重水素/協同性/高速AFM/タンパク質複合体/質量分析/計測技術/AFM/ナノメートル/マルチスケール/原子間力顕微鏡/電子顕微鏡/分解能/病原性/クライオ電子顕微鏡/高速原子間力顕微鏡/高分解能/細胞膜/予測モデル/発がん/Helicobacter pylori/in vitro/生体分子/立体構造/胃がん/細菌
2026年08月07日
本研究のポイント
・胃がんや胃潰瘍の原因菌であるピロリ菌が、病原性タンパク質を宿主細胞へ送り込むために使う巨大な分子装置「IV型分泌装置(CagT4SS注1))」。その中核構造(周辺質リング複合体-外膜コア複合体、PRC-OMCC注2))を試験管内で再構成し、部品タンパク質が段階的に組み上がっていく経路のモデルを世界で初めて提唱した。・異なる三つの計測手法を組み合わせた「複合計測」により、部品タンパク質の「組み立ての途中経過」を形・柔らかさ・動きの側面から時間を追って捉えた。
・本測定・解析手法は、CagT4SSに限らず多様な巨大タンパク質複合体の組み立て機構の解明にも応用可能であり、装置の形成過程そのものを標的として、ピロリ菌の病原性を抑える新たな戦略につながると期待される。
研究概要
名古屋大学大学院理学研究科の内橋 貴之 教授(兼:自然科学研究機構 生命創成探究センター)、自然科学研究機構 生命創成探究センター(ExCELLS)のYou-Rong Lin 特任研究員らの研究グループは、香港中文大学(CUHK)、中国科学院 深圳先進技術研究院(SIAT)との国際共同研究により、ピロリ菌(Helicobacter pylori)のIV型分泌装置(CagT4SS)の中核構造が、部品タンパク質から段階的に組み上がっていく経路のモデルを提唱することに成功しました。あらかじめ形成させたCagXのリングにCagY、続いてCagMが結合していく過程を、高速原子間力顕微鏡(高速AFM)注3)で1分子レベルでリアルタイムに直接捉えました。CagT4SSは、ピロリ菌が発がんに関わるタンパク質「CagA」を胃の細胞内へ直接送り込む“注射器”のように働く巨大なタンパク質複合体です。完成した装置の構造はこれまでにも明らかにされてきましたが、数十個もの部品がどのような順序で組み上がっていくのかという動的な過程はほとんど分かっていませんでした。
本研究では、装置の中核を担う部品タンパク質(CagX、CagY、CagM)を試験管内で人工的に再構成し、その組み立て過程を、構造解析の軸となるクライオ電子顕微鏡注4)と水素重水素交換質量分析(HDX-MS)注5)に、内橋教授らが強みとする高速AFMによるリアルタイム観察を組み合わせた複合計測アプローチで解析しました。その結果、CagT4SSの中核構造が「①CagX–CagYによる土台リング(PRC)の形成 → ②CagMが加わる二重リングの形成 → ③周辺部品が加わり外膜コア複合体が完成」という段階的な経路で組み上がるという新しいモデルを提唱しました(図3)。
本研究成果は、2026年7月23日付で英国の科学雑誌「Nature Communications」にオンライン早期公開されました。

研究の詳しい内容
研究背景と目的
ピロリ菌は世界人口の約半数が感染しているとされる細菌で、胃潰瘍や胃がんの主要な原因として知られています。ピロリ菌の病原性の鍵を握るのが、菌が持つIV型分泌装置(CagT4SS)と呼ばれる巨大なタンパク質複合体です。この装置は注射器のように働き、発がんに関わるタンパク質「CagA」を胃の細胞内に直接送り込みます。もしこの装置の形成や働きを止めることができれば、ピロリ菌による発がんリスクの低減につながると期待されます。CagT4SSは数十個ものタンパク質が精密に組み上がってできていますが、完成した形(最終構造)はクライオ電子顕微鏡などで明らかにされてきた一方で、「部品がどのような順番で、どのように組み上がっていくのか」という動的な過程はほとんど分かっていませんでした。タンパク質が出会い、結合し、リング状の構造を作り上げていく一連の流れを直接捉えることが、これまで困難だったためです。
本研究グループは、この組み立て過程を解明するため、CagT4SSの中核部品であるCagX、CagY、CagMを試験管内で人工的に再構成し、複数の最先端計測技術を組み合わせて多角的に解析することを目指しました。
研究の内容研究チームは、三つの異なる計測手法を組み合わせた「複合計測」によって、部品タンパク質が組み上がる過程を「形」「柔らかさ」「動き」の三つの側面から捉えました(図1)。
1.「形」の解明:クライオ電子顕微鏡による構造解析
共同研究チームは、再構成した複合体の立体構造をクライオ電子顕微鏡で決定しました。リングの土台にあたるCagX–CagYリング(PRC)については原子レベルの高分解能構造を決定し、CagMが加わった二重リングについては全体の形を明らかにして、CagMが外輪を、CagXが内側のコアを成すことを示しました。
2.「柔らかさ」の解明:HDX-MSによる構造柔軟性の解析
水素重水素交換質量分析(HDX-MS)により、タンパク質のどの部分が硬く、どの部分が柔らかい(動きやすい)のかを調べ、組み立てに重要な相互作用部位を分子レベルで特定しました。
3.「動き」の解明:高速AFMによるリアルタイム観察
内橋教授らのグループは、高速AFMを用いて、基板に固定したCagXのリングへCagY、続いてCagMを順に加え、それらが結合して二重リングが組み上がっていく様子を、まるでビデオ撮影するように動画として捉えました。さらに、部品タンパク質CagMがリングに結合・解離を繰り返す様子を定量解析し、隣の部位が既に埋まっていると、その隣にも次のCagMが引き寄せられるように結合しやすくなる「協同性」を直接可視化することに成功しました(図2)。また、高速AFMでリングの形が時間とともにどれだけ保たれるかを解析することで、CagYが加わるとリング構造がより安定に保たれることも別途明らかにしました。これらは、静止した構造からは得られない、高速AFMが複合計測に加えた新たな知見です。
これら三つの手法を統合することで、高速AFMで捉えた「動き」、クライオ電子顕微鏡で捉えた「形」、HDX-MSで捉えた「柔らかさ」が一つにつながり、CagT4SSの中核構造が「①CagX–CagYによる土台リング(PRC)の形成 → ②CagMが加わる二重リングの形成 → ③周辺部品が加わり外膜コア複合体が完成」という段階的な経路(図3)で組み上がるという、組み立ての“手順書”を提唱するに至りました。

図2:高速AFMで捉えた部品タンパク質CagMの「協同的な結合」。すでに部品が結合している隣の隙間ほど、次のCagMが結合しやすくなる(隣が結合済み/空の比較で、CagXリングでは約2.7倍、CagX–CagYリングでは約4.2倍)。中核リングが効率よく組み上がる仕組みを示す。
今後の展開・社会的意義本研究は、病原性ナノ注射器が組み上がる途中段階を、1分子レベルでリアルタイムに捉えた先駆的な成果です。完成した装置だけでなく、その組み立ての途中段階を標的にすることで、装置の形成そのものを阻害する新たなタイプの抗菌・抗病原性戦略の開発につながる可能性があります。なお本研究は試験管内の再構成系による解析であり、菌体内での組み立ての順序や速度は、膜環境や他の構成因子の影響を受ける可能性があります。
また、本研究で確立したクライオ電子顕微鏡・HDX-MS・高速AFMを組み合わせた複合計測アプローチは、CagT4SSに限らず、生命を支える多様な巨大タンパク質複合体が組み上がる仕組みを解き明かす強力な手法として、幅広い応用が期待されます。動き・形・柔らかさという異なる情報を一つに束ねるこの戦略は、生命現象を分子レベルで動的に理解する研究をさらに加速させるものです。

図3:本研究で提唱したCagT4SS中核構造(PRC-OMCC)の組み立てモデル。【上段・立体図】CagX(青)が自己重合してリングを形成し、CagY(緑)が結合して土台となるPRC(周辺質リング複合体)ができる。【下段・断面図】そのリングの断面で見た組み立ての3段階。①CagX・CagYが土台(PRC)を形成する。このときCagX–CagYの相互作用はPRC領域のみを安定化し、OMCC領域は高い柔軟性を保つ(①の半透明の重なりと円弧はこの柔軟性を表す)。②CagMが高次重合して結合し、二重リング(中心円筒)を形成する。③周辺部のCagT・Cag3が加わり、PRC-OMCCが完成する。図中の色分けは下部の凡例のとおりで、複数コピー加わる部品(CagM・CagT・Cag3)は同系色の濃淡で示している。
用語説明注1)IV型分泌装置(CagT4SS):
ピロリ菌が病原性タンパク質を宿主細胞に送り込むために用いる巨大なタンパク質複合体。
注2)PRC-OMCC:
CagT4SSの中核構造。細胞膜の外側にある外膜コア複合体(OMCC)と、その内側(周辺質側)にある周辺質リング複合体(PRC)からなる。本研究はこの中核構造の組み立て開始過程を解析した。
注3)高速原子間力顕微鏡(高速AFM):
水溶液中のタンパク質などの生体分子が働く動的な「動き」を、1分子レベルでリアルタイムに可視化できる日本発の画期的な顕微鏡技術。非常に細い針で分子表面を優しくなぞることで、その形や動きをナノメートル(10億分の1メートル)の精度で捉える。
注4)クライオ電子顕微鏡:
タンパク質などの生体分子を含む溶液を急速凍結し、生理的条件に近い状態のまま、その静的な「姿(立体構造)」を原子レベルで観察できる顕微鏡技術。この技術の開発は2017年のノーベル化学賞につながった。
注5)水素重水素交換質量分析(HDX-MS):
タンパク質中の水素が重水素に置き換わる速さを質量分析で測定し、構造のどの部分が柔らかく動きやすいか(溶媒に露出しているか)を調べる手法。
研究体制・研究支援
本研究は、名古屋大学(大学院理学研究科物理学専攻/糖鎖生命コア研究所 iGCORE/Quantum-Based Frontier Research Hub for Industry Development Q-BReD)、自然科学研究機構 生命創成探究センター(ExCELLS)、香港中文大学(CUHK)、中国科学院 深圳先進技術研究院(SIAT)による日本・香港・中国の国際共同研究として行われました。
本研究は、以下の助成金により部分的に支援されました。
科学研究費補助金(JP24K0130、JP26H01626)
文部科学省 共同利用・共同研究システム形成事業 学際領域展開ハブ形成プログラム「マルチスケール量子-古典インターフェース研究コンソーシアム」(JPMXP1323015482)
論文情報
雑誌名:Nature Communications
論文タイトル:Deciphering the initiation pathway of CagT4SS assembly by in vitro reconstitution of subcomplexes
(サブ複合体の試験管内再構成によるCagT4SS集合の開始経路の解明)
著者:Hoi Yee Chu†, Chin Yu Mok†, You-Rong Lin, Huawei Zhang*, Takayuki Uchihashi*, Shannon Wing Ngor Au*(†共同筆頭著者、*責任著者)
DOI:10.1038/s41467-026-75820-0
問い合わせ先
研究内容に関するお問い合わせ
名古屋大学 大学院理学研究科(兼:自然科学研究機構 生命創成探究センター(ExCELLS) )
教授 内橋 貴之(うちはし たかゆき)
E-mail: uchihast_at_d.phys.nagoya-u.ac.jp
報道に関するお問い合わせ名古屋大学総務部広報課
E-mail:nu_research_at_t.mail.nagoya-u.ac.jp
自然科学研究機構 生命創成探究センター(ExCELLS) 研究力強化戦略室
E-mail:press_at_excells.orion.ac.jp
※_at_を@に変換してください。
プレスリリース
捉えた!胃がん原因菌ピロリ菌の病原性装置の形成過程
~複合計測でリアルタイム可視化、抗病原性戦略の開発に期待~

また、本研究で確立したクライオ電子顕微鏡・HDX-MS・高速AFMを組み合わせた複合計測アプローチは、CagT4SSに限らず、生命を支える多様な巨大タンパク質複合体が組み上がる仕組みを解き明かす強力な手法として、幅広い応用が期待されます。動き・形・柔らかさという異なる情報を一つに束ねるこの戦略は、生命現象を分子レベルで動的に理解する研究をさらに加速させるものです。

用語説明注1)IV型分泌装置(CagT4SS):
ピロリ菌が病原性タンパク質を宿主細胞に送り込むために用いる巨大なタンパク質複合体。
注2)PRC-OMCC:
CagT4SSの中核構造。細胞膜の外側にある外膜コア複合体(OMCC)と、その内側(周辺質側)にある周辺質リング複合体(PRC)からなる。本研究はこの中核構造の組み立て開始過程を解析した。
注3)高速原子間力顕微鏡(高速AFM):
水溶液中のタンパク質などの生体分子が働く動的な「動き」を、1分子レベルでリアルタイムに可視化できる日本発の画期的な顕微鏡技術。非常に細い針で分子表面を優しくなぞることで、その形や動きをナノメートル(10億分の1メートル)の精度で捉える。
注4)クライオ電子顕微鏡:
タンパク質などの生体分子を含む溶液を急速凍結し、生理的条件に近い状態のまま、その静的な「姿(立体構造)」を原子レベルで観察できる顕微鏡技術。この技術の開発は2017年のノーベル化学賞につながった。
注5)水素重水素交換質量分析(HDX-MS):
タンパク質中の水素が重水素に置き換わる速さを質量分析で測定し、構造のどの部分が柔らかく動きやすいか(溶媒に露出しているか)を調べる手法。
研究体制・研究支援
本研究は、名古屋大学(大学院理学研究科物理学専攻/糖鎖生命コア研究所 iGCORE/Quantum-Based Frontier Research Hub for Industry Development Q-BReD)、自然科学研究機構 生命創成探究センター(ExCELLS)、香港中文大学(CUHK)、中国科学院 深圳先進技術研究院(SIAT)による日本・香港・中国の国際共同研究として行われました。
本研究は、以下の助成金により部分的に支援されました。
科学研究費補助金(JP24K0130、JP26H01626)
文部科学省 共同利用・共同研究システム形成事業 学際領域展開ハブ形成プログラム「マルチスケール量子-古典インターフェース研究コンソーシアム」(JPMXP1323015482)
論文情報
雑誌名:Nature Communications
論文タイトル:Deciphering the initiation pathway of CagT4SS assembly by in vitro reconstitution of subcomplexes
(サブ複合体の試験管内再構成によるCagT4SS集合の開始経路の解明)
著者:Hoi Yee Chu†, Chin Yu Mok†, You-Rong Lin, Huawei Zhang*, Takayuki Uchihashi*, Shannon Wing Ngor Au*(†共同筆頭著者、*責任著者)
DOI:10.1038/s41467-026-75820-0
問い合わせ先
研究内容に関するお問い合わせ
名古屋大学 大学院理学研究科(兼:自然科学研究機構 生命創成探究センター(ExCELLS) )
教授 内橋 貴之(うちはし たかゆき)
E-mail: uchihast_at_d.phys.nagoya-u.ac.jp
報道に関するお問い合わせ名古屋大学総務部広報課
E-mail:nu_research_at_t.mail.nagoya-u.ac.jp
自然科学研究機構 生命創成探究センター(ExCELLS) 研究力強化戦略室
E-mail:press_at_excells.orion.ac.jp
※_at_を@に変換してください。
プレスリリース
捉えた!胃がん原因菌ピロリ菌の病原性装置の形成過程
~複合計測でリアルタイム可視化、抗病原性戦略の開発に期待~
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自然科学研究機構 生命創成探究センター(ExCELLS) 研究力強化戦略室
E-mail:press_at_excells.orion.ac.jp
※_at_を@に変換してください。
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自然科学研究機構 研究