AIが脂肪肝炎モデルマウスの全身症状を数値化
――24時間のAI行動解析により、肝臓障害に伴う新たな行動指標を発見――
【産学連携対象 全学共通分野 Discovery Saga】
【Sagaキーワード】
ウェアラブル/AI/プロファイル/主成分分析/人工知能(AI)/食行動/センサー/行動解析/実験動物/リン欠乏/摂食行動/肝炎/肝硬変/肝疾患/疾患モデル動物/浸潤/動物モデル/高脂肪食/評価法/モデルマウス/アミノ酸/マウス/モデル動物/ラット/肝細胞/肝細胞がん/肝障害/血液/創薬/胆汁酸/薬理学/うつ/サイトカイン/バイオマーカー/脂肪肝/疾患モデル/生活の質/線維化/糖尿病/動物実験/非侵襲/放射線/抑うつ
発表のポイント
◆代謝機能障害関連脂肪肝炎(MASH)モデルマウスの24時間行動を、AI行動解析システムにより網羅的に数値化しました。◆MASHの進行に伴い、活動量の低下、摂食リズムの変化、飲水行動の増加、グルーミングおよびひっかき行動の増加など、従来の短時間目視観察では捉えにくい行動変化を発見しました。
◆これらの行動変化は、患者で問題となる疲労、食欲低下、かゆみ、不安様症状などの肝臓外症状を反映する可能性があり、MASH研究の新しいデジタルバイオマーカーとして期待されます。
撮影動画からAIが肝炎モデルマウスの症状を数値化
発表概要
東京大学大学院農学生命科学研究科の坂本直観さん(大学院生)と村田幸久・准教授、公益財団法人実中研の沼野琢旬・試験事業センター室長、山本大地・部長らの研究グループは、代謝機能障害関連脂肪肝炎(MASH)注1モデルマウスの行動を、人工知能(AI)を用いて24時間にわたり客観的かつ定量的に解析する手法を確立しました。MASHは肝臓の炎症や線維化が起こるとともに、疲労、かゆみ、不安・抑うつ、食欲低下などの「肝臓外症状」を伴うことがあります。しかし、これらの症状を実験動物で再現性よく評価することは困難でした。本研究では、コリン欠乏L-アミノ酸定義高脂肪食(CDAHFD)注2によりMASHを誘導したマウスを用い、8、10、12、14週齢で明暗期を含む24時間動画を記録し、AI行動解析システム(SHIGUSA)注3によって活動、摂食、飲水、立ち上がり、グルーミング、ひっかき行動をフレーム単位で解析しました。
その結果、MASHの進行に伴って夜間活動量が早期から低下し、摂食行動の減少、摂食を伴わない飲水行動の増加、グルーミングおよびひっかき行動の増加が認められました。これらの行動変化は、従来のAST・ALT注4などの肝障害マーカーだけでは十分に説明できない全身状態の変化を捉えている可能性があります。
本成果は、国際学術誌Scientific Reportsへ掲載されました。なお、本研究の動物実験は、公益財団法人実中研動物実験委員会の承認のもと実施されました。
図1 MASHモデルの成立とAI行動解析による行動プロファイルの変化
CDAHFDを摂取したマウスでは、AST・ALT上昇、肝重量増加、脂肪化・炎症・線維化など、MASHに特徴的な肝障害が確認されました。さらに、24時間行動データに基づく主成分分析により、対照群とMASH群が異なる行動プロファイルを示すことが明らかになりました。
発表内容
【背景】
MASH(metabolic dysfunction-associated steatohepatitis)は、肥満や代謝異常を背景に肝臓で脂肪蓄積、炎症、線維化が進行する疾患です。近年、MASHを含むMASLD(metabolic dysfunction-associated steatotic liver disease)注5の患者数は世界的に増加しており、肝硬変や肝細胞がんにつながるリスクだけでなく、疲労、腹部不快感、かゆみ、不安・抑うつなど、生活の質を低下させる肝臓外症状も重要な課題となっています。一方、実験動物を用いたMASH研究では、肝臓組織や血液中の肝障害マーカーが主な評価指標として用いられてきました。疲労やかゆみ、不安様症状のような全身症状は、従来の短時間の行動試験や観察者による目視評価では十分に捉えることが難しく、ヒトの症状と動物モデルを結びつける新しい評価法が求められていました。
研究グループはこれまで、AIを用いたマウス・ラット行動解析技術を開発し、疾患モデル動物の行動を撮影した動画から、非侵襲的かつ長時間にわたり数値化する研究を進めてきました。本研究では、このAI行動解析技術をMASHモデルに応用し、肝臓病態の進行に伴って動物の1日全体の行動がどのように変化するかを明らかにしました。
【方法】
■ MASHモデルの作製:C57BL/6Jマウスに、6週齢からCDAHFDまたは対照食を自由摂取させました。14週齢時には、MASH群でAST・ALTの上昇、肝重量増加、脂肪化、炎症細胞浸潤、軽度線維化、肝細胞風船様変性が認められ、MASH病態が成立していることを確認しました。■ 24時間行動のAI解析:8、10、12、14週齢で、明期・暗期を含む24時間動画を60フレーム/秒で撮影しました。AI行動解析システムを用いて、活動、摂食、飲水、立ち上がり、グルーミング、ひっかき行動を自動分類し、各行動の持続時間、回数、時間帯ごとの変化を算出しました。
【結果】
■ 活動量の低下:MASH群では、10週齢以降に暗期の活動量が低下し、14週齢では明期にも活動低下が認められました。この変化は、MASH患者でしばしばみられる疲労感に対応する行動指標となる可能性があります。■ 摂食・飲水リズムの変化:MASH群では摂食行動が進行性に低下する一方、飲水行動は増加しました。特に、摂食を伴わない単独の飲水行動が増え、肝臓病態の進行に伴う中枢性・代謝性の飲水制御変化を反映している可能性が示されました。
■ グルーミング・ひっかき行動の増加:MASH群ではグルーミング行動が増加し、14週齢では明期のひっかき行動も増加しました。これらは不安様状態、腹部不快感、あるいはヒトMASHで問題となるかゆみの一部を反映する行動変化である可能性があります。
■ 従来指標では捉えきれない病態の発見:行動変化の一部はAST・ALTや肝重量と同程度に大きな効果量を示しました。一方、MASH群内では肝障害マーカーと行動変化が必ずしも強く相関しなかったことから、AI行動解析は肝障害とは異なる全身症状の側面を捉える可能性が示されました。
図2 MASH進行に伴う摂食・飲水リズムの変化
MASH群では摂食行動の減少と飲水行動の増加が観察されました。24時間の時間軸で解析することで、明期・暗期に依存した行動変化や、進行に伴う変化を詳細に捉えることができました。
図3 MASH進行に伴うグルーミング・ひっかき行動の変化
グルーミング行動はMASH群で増加し、ひっかき行動は14週齢の明期で増加しました。これらの行動は、肝臓外症状としての不快感、かゆみ、不安様状態を検討するための新たな指標となる可能性があります。
社会的意義と今後の展開
本研究は、MASHを「肝臓だけの病気」としてではなく、全身の行動・感覚・情動に影響する疾患として捉えるための新しい評価基盤を提示するものです。AIによる24時間行動解析は、研究者の主観に頼らず、動物に負担をかけない非侵襲的な方法で、疾患に伴う全身状態を連続的に測定できます。今後、異なるMASHモデルや肥満・糖尿病モデルでの検証、治療薬投与や食餌変更による行動変化の回復性の評価、胆汁酸・サイトカイン・肝臓脳軸関連分子などの測定を組み合わせることで、MASHに伴う疲労、かゆみ、不安様症状の発症機序解明が進むと期待されます。さらに、行動データをデジタルバイオマーカー注6として活用することで、創薬研究における有効性評価やヒト症状との橋渡しにも貢献する可能性があります。
関連情報
東京大学大学院農学生命科学研究科 放射線動物科学研究室・獣医薬理学研究室
https://www.vm.a.u-tokyo.ac.jp/houshasen/
東京大学大学院農学生命科学研究科 食と動物のシステム科学研究室
https://square.umin.ac.jp/food-animal/index.html
AI行動解析システムSHIGUSAに関連する研究成果:マウスのかゆみ・痛み・歩容・毛づくろいなどの自動解析技術
https://www.a.u-tokyo.ac.jp/topics/topics_20250924-1.html (かゆみ)
https://www.a.u-tokyo.ac.jp/topics/topics_20251107-2.html (痛み)
https://www.a.u-tokyo.ac.jp/topics/topics_20251001-2.html (歩容)
https://www.a.u-tokyo.ac.jp/topics/topics_20251201-1.html (歩容)
https://www.a.u-tokyo.ac.jp/topics/topics_20220202-1.html (毛づくろい)
発表者・研究者等情報
東京大学 大学院農学生命科学研究科坂本 直観 博士課程
小林 唯 農学共同研究員
福田 将大 農学共同研究員
大崎 真里亜 農学共同研究員
大森 啓介 研究員(研究当時)
村田 幸久 准教授
実中研(Central Institute for Experimental Medicine and Life Science)
沼野 琢旬 試験事業センター 室長
山本 大地 部長
論文情報
雑誌名:Scientific Reports題名:Deep behavioral phenotyping reveals novel features in a mouse model of metabolic dysfunction-associated steatohepatitis
著者名:Naoaki Sakamoto, Takamasa Numano, Yui Kobayashi, Masahiro Fukuda, Maria Osaki, Keisuke Omori, Taichi Yamamoto, Takahisa Murata*
DOI:10.1038/s41598-026-60820-3
研究助成
本研究は、日本学術振興会 科学研究費助成事業(24KJ0903、25H00430)およびロッテ財団の支援により実施されました。用語解説
(注1)MASH:metabolic dysfunction-associated steatohepatitisの略。代謝機能障害を背景に、肝臓で脂肪蓄積、炎症、線維化が進行する疾患。従来のNASHに対応する新しい疾患概念です。(注2)CDAHFD:choline-deficient, L-amino acid-defined, high-fat dietの略。マウスにMASH様病態を誘導するために用いられる食餌です。
(注3)AI行動解析システム(SHIGUSA):動物の動画から、活動、摂食、飲水、立ち上がり、グルーミング、ひっかきなどの行動を自動判定し、長時間にわたり数値化する解析システムです。
(注4)AST・ALT:AST(アスパラギン酸アミノトランスフェラーゼ)とALT(アラニンアミノトランスフェラーゼ)は、主に肝臓の細胞に含まれる酵素です。肝細胞が障害を受けると血液中に漏れ出すため、血中AST・ALT値の上昇は肝障害の程度を示す代表的な指標として用いられます。
(注5)MASLD:metabolic dysfunction-associated steatotic liver diseaseの略。代謝異常に関連した脂肪性肝疾患の総称です。
(注6)デジタルバイオマーカー:動画、センサー、ウェアラブル機器などから得られるデジタルデータに基づき、疾患状態や治療効果を客観的に評価する指標です。
問い合わせ先
<研究内容については発表者にお問合せください>東京大学 大学院農学生命科学研究科
獣医薬理学研究室/放射線動物科学研究室/食と動物のシステム科学研究室
准教授 村田 幸久(むらた たかひさ)
Tel:03-5841-7247 E-mail:amurata@mail.ecc.u-tokyo.ac.jp
東京大学 大学院農学生命科学研究科・農学部
総務課総務チーム広報情報担当
Tel:03-5841-5484 E-mail:koho.a@gs.mail.u-tokyo.ac.jp
東京大学 研究