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東京大学 研究Discovery Saga
2026年7月17日

貝殻が語る深海温泉の旅

【注目の成果:共同研究・産学連携のためのチェックポイント】
海洋表層と深海熱水生態系のつながりを示すと共に、海洋保護区設計にも資すると期待
【産学連携対象 全学共通分野 Discovery Saga】
環境学数物系科学生物学総合理工工学農学医歯薬学
【Sagaキーワード】
データロガー/海洋/プレート境界/元素分析/酸素同位体/酸素同位体比/地球化学/地球内部/同位体/微量元素/微量元素分析/化学組成/太陽/同位体比/深海底/光環境/太陽光/マンガン/水環境/メタン/化学分析/環境情報/資源開発/熱水鉱床/有機物/哺乳類/生態系/甲殻類/プランクトン/集団遺伝学/植物プランクトン/赤血球/硫化水素/遺伝学/細菌

2026年7月16日
東京大学
東京都市大学
愛媛大学
高知大学

発表のポイント

要約版PDF
◆深海熱水域固有の貝類が、浮遊幼生期に海の表層で成長することを示す地球化学的証拠を得ました。
◆幼生は表層まで遊泳、植物プランクトンを食べ成長した後、深海熱水に戻ると考えられます。
◆本研究は、海洋表層と深海熱水生態系のつながりを示すと共に、海洋保護区設計にも資すると期待されます。



特殊なエビや貝類が生息する深海の温泉(水深1,920m、南太平洋ラウ海盆 ©JAMSTEC):
貝殻分析により小さな幼生の壮大な旅路を解き明かす

発表概要

東京大学大気海洋研究所の矢萩拓也助教、白井厚太朗准教授、狩野泰則准教授らの研究グループは、深海熱水噴出域で採集した笠貝3種の殻を化学分析し、謎に包まれていた幼生期の生育歴を復元しました。その結果、分析した全ての個体が幼生として熱水域を離れ、太陽光の届く表層(200m以浅)もしくはその近くまで泳ぎ、そこで成長したことを示す証拠を得ました。
深海の熱水噴出域には、地球内部から供給されるエネルギーに支えられた独自の生態系が広がっています。熱水噴出域は深海底に点在しているため、貝類や甲殻類がそれらの環境にたどり着くには浮遊幼生期の移動が必須と考えられます。しかし、幼生は大変に小さいため広大な海洋での追跡が難しく、個々の成体がどのような生育歴をもつのかは分かっていませんでした。
今回の発見は、表層の水温や海流、植物プランクトン量などが、深海熱水性動物の分布や進化に大きな影響を与えていることを示唆します。本成果は、深海生態系の連結性評価や、海底資源開発を見据えた海洋保護区設計にも資すると期待されます。

発表内容

深海の熱水噴出域には、化学合成細菌(注1)を基盤とした特異な生態系が形成され、貝類、甲殻類、ゴカイ類など640種を超える固有の動物が生息しています。熱水噴出域は海洋プレート境界を中心に点在しますが、不思議なことに、同じ固有種が数百〜数千km離れた場所から見つかることが珍しくありません。これは、卵から孵化した幼生が長距離を分散するためだと考えられています。
研究グループはこれまで、幼生飼育や集団遺伝学的解析により、一部の熱水性種が表層(200m以浅)まで遊泳、植物プランクトンを食べて成長、分散する可能性を示してきました(関連情報)。しかしながら、海中をただよう微小な幼生の直接観察や記録計(注2)による追跡は困難で、熱水噴出域に暮らす個々の個体が、過去どのような環境を経てそこに至るのかは分かっていませんでした。
本研究では、小笠原近海ならびに南太平洋の熱水噴出域(水深441–1,975m)で採集したシンカイフネアマガイ属の笠貝3種について、貝殻の化学組成から幼生期の生息環境を復元することに成功しました(図1)。貝類の殻は付加成長するため、木の年輪などと同様、成長の時々の温度やその他の環境情報が化学的に記録されています。研究グループは、熱水域で採集した小さな子どもの貝に、浮遊期に形成される部分である「幼生殻」が残っていることを見出し(図2A)、変態後に形成される「後成殻」と比較しました。
酸素同位体比(注3)を解析した結果、幼生殻は16–22℃(平均19℃)の海水中で形成されたことが分かりました。これは、熱水影響のない普通の深海よりもはるかに高い温度で、表層の水温に近似します(図2)。
一方、熱水に多く含まれるバリウム(Ba)は幼生殻ではほとんど検出されず、変態後の後成殻でのみ高濃度を示しました(図3)。これらの結果は、全ての個体がかつて幼生として表層まで遊泳し、植物プランクトンを食べて成長した後、深海の熱水域に戻ってきた、あるいは別の熱水域から出発して現在の熱水にたどり着いたことを示しています。
本研究は、深海熱水噴出域固有種において、幼生期に表層の光環境で成長する生育歴を個体レベルで初めて復元しました。近年、熱水鉱床の開発が検討されるなか、同生態系の連結性評価における重要な基礎情報を提供し、また海洋保護区設計への応用も期待されます。幼生の成長後、熱水域にたどり着くまでのしくみは未だ謎ですが、今後、幼生殻の更なる高解像度解析によって手がかりが得られるかもしれません。



図1:小笠原近海の熱水域にすむミョウジンシンカイフネアマガイ
軟体部は赤血球をもち、酸素の乏しい熱水環境に適応している(殻長約6mm)。



図2:シンカイフネアマガイ属3種の酸素同位体比に基づく成長水温の推定
(A)熱水噴出域で採集した個体にみられる浮遊幼生期の殻(茶色の部分)。(B)幼生殻の推定成長温度は表層(200m以浅)の水温に近似する。なお、南太平洋の種は成体も20ºC前後の熱水環境で生息するため、微量元素分析により熱水の影響を評価した(図3)。(C,D)調査海域における水温の鉛直分布。



図3:貝殻の微量元素分析
(A)分析個体の一例(シンカイフネアマガイ、幼生殻の厚さ約0.01mm、各分析点の大きさ約0.005mm)。幼生殻(赤)は後成殻(青)に比べバリウムBaとマンガンMn濃度が低く、熱水影響のない環境で成長したことがわかる。(B) 東京大学大気海洋研究所共同利用設備NanoSIMS。本装置により、1mmに満たない小さな貝殻の高解像度分析に成功した。
 〈関連情報〉
「研究トピックス:深海温泉から表層へ旅する貝の幼生」(2017/7/25)
https://www.aori.u-tokyo.ac.jp/research/topics/2017/20170725.html

発表者・研究者等情報

東京大学
 大気海洋研究所
矢萩 拓也 助教
白井 厚太朗 准教授
高畑 直人 助教
狩野 泰則 准教授
 大学院新領域創成科学研究科/大気海洋研究所
小島 茂明 教授
東京都市大学 理工学部
田中 健太郎 准教授
愛媛大学 大学院農学研究科
樋口 富彦 准教授
高知大学 海洋コア国際研究所
佐野 有司 所長/特任教授

論文情報

雑誌名:Science Advances
題 名:Gastropod shells record larval migration from deep-sea hydrothermal vents to the euphotic zone
著者名:Takuya Yahagi, Kentrao Tanaka, Tomihiko Higuchi, Kotaro Shirai, Naoto Takahata, Yuji Sano, Shigeaki Kojima, Yasunori Kano
DOI: 10.1126/sciadv.adx7045
URL:https://www.science.org/doi/10.1126/sciadv.adx7045

研究助成

本研究は、科研費特別研究員奨励費(課題番号:15J08646、18J01945)、若手研究(課題番号:19K15893、22K14934)、基盤研究(B)(課題番号:15H04412、18H02494、19H03028、22H02681)、国際共同研究加速基金(国際共同研究強化(A))(課題番号:19KK0385)、東京大学海洋アライアンスおよび日本財団(課題番号:OAI-17-8)の支援により実施されました。

用語解説

(注1)化学合成細菌
熱水に含まれる硫化水素やメタンなどをエネルギー源として有機物をつくる細菌。熱水噴出域の動物は、これらの細菌を摂食したり、体内に共生させたりすることで栄養を得ている。
(注2)記録計
動物の行動研究で広く用いられる装置で、データロガーともいう。哺乳類や鳥、魚などに取り付けることで移動経路や行動を記録できる。1mm未満の微小な幼生には装着できないため、本研究では貝殻の化学組成を分析することで行動履歴を復元した。
(注3)酸素同位体比
重い酸素(18O)と軽い酸素(16O)の比率。その割合は水温によって変化するため、貝殻が形成されたときの海水温を推定する指標として利用される。

問い合わせ先

東京大学 大気海洋研究所
助教 矢萩 拓也(やはぎ たくや)
E-mail:yahagi◎aori.u-tokyo.ac.jp 
准教授 狩野 泰則(かのう やすのり)
E-mail:kano◎aori.u-tokyo.ac.jp※アドレスの「◎」は「@」に変換してください。