1細胞の全タンパク質発現パターンを 分子感度で解析することに成功
従来法のわずか数十分の一の細胞数で、分化過程の全体像が明らかに
【注目の成果:共同研究・産学連携のためのチェックポイント】
![]() | 基礎生命科学のみならず、疾患研究や創薬、再生医療など幅広い分野において有用な解析基盤となることが期待 |
【産学連携対象 全学共通分野 Discovery Saga】
【Sagaキーワード】
品質評価/プロファイル/情報理論/分子構造/ゲノムDNA/筋細胞/筋分化/ACT/光散乱/電気泳動/マイクロ/統合システム/一細胞/プロファイリング/心筋細胞分化/心筋分化/iPS細胞/オミクス/光イメージング/細胞株/心筋/心筋細胞/RNA/がん細胞/タンパク質発現/トランスクリプトーム/プロテオミクス/ラット/幹細胞/蛍光イメージング/蛍光標識/再生医療/細胞分化/創薬/多能性幹細胞/転写因子/ゲノム/ヒトiPS細胞/遺伝子
2026-7-8●生命科学・医学系生命機能研究科大学院生(研究当時)ラティファ ビンティ カマルザマン
発表のポイント
細胞ごとのタンパク質の発現パターンを、1分子感度で取得・解析ができる単一細胞プロテオームプロファイル解析法を開発しました。従来のタンパク質検出法であるゲル電気泳動に先端顕微鏡法を組み合わせた新しいタンパク質分析法であり、個々の細胞状態のプロファイルを高感度かつ簡便に捉えることに成功しました。
基礎生命科学のみならず、疾患研究や創薬、再生医療など幅広い分野において有用な解析基盤となることが期待されます。

分子感度でのゲル電気泳動による1細胞のプロテオームプロファイリング
発表概要
東京大学大学院薬学系研究科のラティファ ビンティ カマルザマン 特任研究員(研究当時、大阪大学大学院生命機能研究科 大学院生)、金水縁 助教、谷口雄一 教授、京都大学アイセムス(高等研究院物質―細胞統合システム拠点(WPI-iCeMS))の日髙拓也 客員研究員(研究当時)、京都大学農学部の土田美咲 学部生(研究当時)らの研究グループは、伝統的なタンパク質分析法であるゲル電気泳動法に先端顕微鏡技術である光シート顕微鏡を導入することで、細胞内に存在するタンパク質全体(プロテオーム)を、細胞ごとに、分子量別の発現プロファイルとして1分子感度で計測できるSingle-cell PAGE-PISA法を開発しました(図1)。Single-cell PAGE-PISA法は、個々のタンパク質を一つひとつ同定する従来型のプロテオーム解析とは異なり、細胞内のタンパク質全体のパターンを各細胞状態のプロファイルとして捉える新しい解析基盤です。本手法を用い、細胞間における総タンパク質量の違いの解析、異なるがん細胞株の識別、さらにはiPS細胞(人工多能性幹細胞)から心筋細胞への分化過程の追跡など、多様な1細胞レベルでのプロテオーム解析に成功しました。
今後、複雑かつ多段階な分化過程に伴う細胞状態の変化を、全タンパク質の発現パターンの時間的変化として記述・解析できる検査基盤としても有望です。さらに、疾患研究、創薬、再生医療など幅広い分野への応用が期待されます。

図1. Single-cell PAGE-PISA法の概念図
個々の細胞を単離し、細胞溶解、蛍光標識およびゲル電気泳動を行った後、PISA顕微鏡でゲル全体の1分子蛍光イメージングを行いました。これにより、分子量ごとに分離されたタンパク質分子を蛍光スポットとして一つひとつ検出でき、各細胞のタンパク質バンドパターンを再構築できます。本研究ではこの情報を各細胞のプロテオームプロファイルデータとして扱いました。
研究の内容
私たちの体を構成する細胞の一つひとつは、同じゲノムDNAを持ちながらも微妙に異なる状態や機能を持っています。この「細胞の個性」は、がん・発生・薬物応答など多くの生命現象を理解する上で欠かせない情報です。細胞の状態を最も直接的に反映する分子はタンパク質です。DNA(遺伝子)は細胞機能の設計図、RNAはその読み取り産物ですが、実際に細胞の中で機能するのはタンパク質だからです。近年は、分子数を増幅できるRNA解析が細胞状態の把握に広く使われています。しかし、RNAの量からタンパク質の量を正確に予測することが難しいことが知られています。一方、細胞1個に含まれるタンパク質の量は極めて微量(50〜300ピコグラム。1ピコグラムは1兆分の1グラム)で、その全体像を高感度かつ定量的に捉える技術の開発は、生命科学における長年の課題でした。とりわけ、細胞の運命を決定づけるタンパク質群(転写因子やシグナル伝達分子など)の多くは、1細胞あたり数十〜数百分子程度しか存在しない低存在量タンパク質であり、こうした「細胞の機能をつかさどる」分子群を1細胞レベルで捉えることは、従来手法では特に困難でした。
今回開発したSingle-cell PAGE-PISA法は、ゲル電気泳動と、本研究室が独自に開発した光シート顕微鏡装置(PISA顕微鏡)を組み合わせた、全く新しい単一細胞タンパク質分析法です(図2)。具体的には、電気泳動でプロテオームを分子量別に分離し、PISA顕微鏡で各タンパク質分子を1分子レベルで可視化・計数することにより、細胞ごとに分子量別の発現量分布(プロテオームプロファイル)を取得します。本法の特徴は、従来の単一細胞プロテオーム解析手法と比べてより低存在量のタンパク質まで捉えられる高い感度と、高額な専用装置を必要としない簡便さを併せ持つ点にあります。
本手法を用い、ヒトiPS細胞から心筋細胞への分化過程を1細胞レベルで調べました。分化開始後0日・16日・30日の各時点で個別の細胞のプロテオームプロファイルを取得したところ、分化が進むにつれてタンパク質総量が増加し、細胞間のばらつきも拡大することが確認できました(図2)。さらに、各細胞のプロテオームプロファイルの類似性をもとにした擬似時間解析(pseudotime analysis)により、未分化細胞から心筋細胞へと至る分化軌跡を解析できました。この解析は、従来のRNA解析(単一細胞トランスクリプトーム解析)と比べ、数十分の一という少ない細胞数で実現できた点も注目されます。また、本手法で分化段階ごとに発現が変動する特定の分子量領域のタンパク質群を選定し、他のタンパク質分析法や公開単一細胞データベースとの統合解析により、心筋分化過程において重要なタンパク質候補の絞り込みに成功しました。
iPS細胞の再生医療への応用に向けて、iPS細胞由来の移植用細胞は分化効率や成熟度にばらつきがあり、1細胞単位での品質評価が重要な課題となっています。本手法は、こうした分化細胞の品質評価工程に応用できる基盤としても期待されます。
Single-cell PAGE-PISA法は、細胞内のタンパク質を分子量ごとに分離し、1分子感度でプロファイリングできる世界初の手法です。特別な装置を必要とせず、一般的な生化学実験室にあるマイクロピペットや市販のゲル電気泳動装置だけでサンプル調整が可能である点も、本手法の強みです。本手法は、専門的な大型装置を持たない研究機関や企業でも単一細胞プロテオミクスを実施できる普及型の解析プラットフォームであり、不均一な組織・希少細胞集団、発生・疾患進行・治療応答などの動的プロセスの研究や空間プロテオミクス、細胞小器官レベルでの単一細胞プロテオミクスへの展開など、基礎研究から再生医療・創薬に至る幅広い分野で有用な解析基盤となることが期待されます。

図2. Single-cell PAGE-PISA法による心筋細胞分化過程の類似時間解析
分化開始後0日・16日・30日(D0, D16, D30)の各時点で単一細胞プロテオームプロファイルを取得し、類似時間解析を行いました。従来法の数十分の一の細胞数(全体:49個)で、分化過程における細胞状態の変化を捉えることができ、分化段階ごとに発現が変動する特定の分子量領域を選定することが可能です(右、赤矢印)。
論文情報
雑誌名:Nature Communications題 名:Molecular profiling of single-cell proteome via gel electrophoresis and 3D single-molecule imaging
著者名:Latiefa Kamarulzaman, Sooyeon Kim, Takuya Hidaka, Misaki Tsuchida, Yuichi Taniguchi
DOI:10.1038/s41467-026-74840-0
URL:https://www.nature.com/articles/s41467-026-74840-0
本研究は、科学技術振興機構(JST)戦略的創造研究推進事業 CREST「社会課題解決を志向した革新的計測・解析システムの創出(研究総括:鷲尾 隆)」研究領域における「物理・情報理論を駆使したゲノム高次分子構造解析技術の開発(JPMJCR2334)」、同事業 さきがけ「計測・解析プロセス革新のための基盤の構築(研究総括:田中 功)」研究領域における「三次元光学イメージングによる材料形成過程の解析基盤の構築(JPMJPR25J4)」、同事業 ACT-X「生命と化学(研究総括:袖岡 幹子)」研究領域における「三次元光散乱顕微鏡による一分子プロテオミクス(JPMJAX1914)」、日本学術振興会(JSPS)科学研究費助成事業 基盤研究(A)(課題番号:JP20H00460)、挑戦的研究(開拓)(課題番号:JP20K20458)、若手研究(課題番号:JP19K15718、JP22K14800)、サントリーSunRiSE生命科学研究者支援プログラム、および文部科学省 国費外国人留学生制度の支援により実施されました。
大阪大学 研究