原子核の深い構造を「のぞき窓」から観察する新手法を実証
パイ中間子やニュートリノの謎に迫る研究への応用に期待
【産学連携対象 全学共通分野 Discovery Saga】
【Sagaキーワード】
RIビーム/ニュートリノ質量/ニュートリノ振動/核構造/原子核/原子核構造/集団運動/陽子/量子多体系/エネルギースペクトル/加速器/素粒子/中性子/スペクトル/ニュートリノ/中性子星/励起状態/選択性/スピン/フッ素/極限環境/同時測定/寿命/プローブ
2026-7-9●自然科学系核物理研究センター教授大田 晋輔発表概要
原子核は、陽子と中性子からできていますが、陽子と中性子が運動していることや、原子核が必ずしも球対称でないことなど構造は複雑です。こうした構造を深く理解するには、原子核が最も安定な状態(基底状態)からエネルギーが少し高い状態(励起状態)にして観測すると、さまざまな情報が得られることが分かっています。中でも「0⁻」(スピン0、パリティ負)という状態は、原子核を理解するための重要な手掛かりになりますが、実験で効率よく観測することは困難でした。京都大学大学院理学研究科の堂園昌伯助教(研究当時:東京大学大学院理学系研究科附属原子核科学研究センター特任助教)、理化学研究所仁科加速器科学研究センター核反応研究部の上坂友洋部長、同センターRIビーム分離生成装置チームの道正新一郎チームリーダー、東京大学大学院理学系研究科附属原子核科学研究センターの矢向謙太郎准教授、大阪大学核物理研究センターの大田晋輔教授らの共同研究グループは、「パリティ移行核反応」と呼ばれる新しい核反応を開発し、原子核の0⁻励起状態を選択的に観測することに成功しました。この手法では、入射粒子で生じた「パリティの変化」を標的原子核へ受け渡します。その様子は、リレーでバトンを渡すことに例えることができます。実験は理化学研究所RIビームファクトリーで行われました。
「0⁻」は原子核の深い構造を見られる「のぞき窓」のようなものです。0⁻状態には、原子核を結び付ける力に深く関わるパイ中間子の性質が比較的はっきりと現れるため、その振る舞いを調べることは原子核の深い構造の理解につながります。本成果により、これまで十分なデータが得られていなかった0⁻状態の系統的研究が可能になります。また、現在行われている実験では決められない素粒子ニュートリノの質量を決める研究などへの応用が期待されます。
本研究成果は、2026年6月30日に日本の国際学術誌「Progress of Theoretical and Experimental Physics」に掲載されました。

パリティ移行核反応のイメージ(バトンは「パリティの変化」を表す) ©️堂園昌伯 ChatGPT
研究の背景
原子核は、陽子と中性子(総称して核子)からなる量子多体系です。原子核の中では、核子がそれぞればらばらに運動するだけでなく、多数が足並みをそろえて振動する「集団運動」も現れます。こうした集団運動は、原子核の性質を理解する上で重要な研究対象となっています。そうした研究で重要な物理量がスピンとパリティです。スピンは原子核の磁気的性質を示す量で整数または半整数をの値を取ります。パリティはおおざっぱにいうとその原子核を鏡に映したときに同じに見えるか裏返しに見えるかを表す量で、正(プラス1)か負(マイナス1)の値を取ります。多くの原子核はエネルギーが最低の基底状態ではスピン0、パリティ正の状態(まとめて0⁺と書きます)を取りますが、エネルギーを与えた励起状態ではスピン・パリティはさまざまな組み合わせがあります。スピン・パリティを調べることで、原子核内部で生じているさまざまな集団運動を個別に研究することができます。
しかし実際には、多くの励起状態が複雑に重なって現れるため、特定のスピン・パリティを持つ状態だけを選択的に観測することは容易ではありません。その中でもスピン0、パリティ負の0⁻状態は、陽子や中性子を結びつける力に深く関わるパイ中間子と同じスピン・パリティを持ち、原子核内でのパイ中間子の振る舞いを反映していると考えられています。しかし、0⁻状態は他の励起状態に埋もれやすく、約3,000種類が確認されている原子核の中でも、明確に同定された例はわずか数十核種に限られています。
原子核の励起状態は、核反応を利用して調べることができます。さらに、核反応の種類を工夫することで、特定の励起状態を選択的に観測できることがあります。このような背景から、0⁻状態を選択的に観測する新しい核反応の開発が望まれていました。
研究の内容
研究グループは、「パリティ移行核反応」と呼ばれる新しい核反応を開発しました(図1)。この種の実験では、加速器で加速した酸素イオンなどを入射して標的の原子核に衝突させ、標的の原子核を励起させます。従来の手法では、入射粒子から標的原子核へスピンを受け渡すことで0⁻状態を励起していました。しかしこの場合、多様なスピン・パリティを持つ励起状態が同時に生成されます。そのため、目的とする0⁻状態が他の状態に埋もれてしまうという課題がありました。これに対し本研究では、0⁺状態の酸素イオン(¹⁶O)が0⁻基底状態のフッ素イオン(¹⁶F)へ変化する際に生じるパリティの変化を、標的原子核へ受け渡す「パリティ移行核反応」を着想しました。この反応では、標的原子核側でもパリティが変化する励起状態が優先的に生成されるため、0⁻状態を直接的に励起できます。さらに、生成される励起状態の種類も大きく制限されるため、標的原子核中の0⁻状態をより選択的に観測することができます。新手法の有効性を実証するため、研究グループは理化学研究所RIビームファクトリーのSHARAQスペクトロメータを用いて実験を行いました(図2)。¹⁶Oビームを¹²C標的に照射し、パリティ移行核反応によって励起された¹²B原子核の状態を調べました。パリティ移行核反応を識別するには、入射粒子である¹⁶Oが¹⁶Fの0⁻基底状態に遷移したことを確認する必要があります。しかし、¹⁶Fは極めて短寿命で、すぐに¹⁵Oと陽子へ崩壊します。そこで研究グループは、これらを同時に測定し、その情報から反応直後の¹⁶F原子核の状態を再構築しました。
実験の結果を図3に示します。図3(a)は、本研究で測定した¹²B原子核のエネルギースペクトルです。赤い矢印で示した約9 MeVのピークは、これまでに知られていた0⁻状態に対応しています。この状態が本手法によって明瞭に観測されたことから、パリティ移行核反応が0⁻状態の研究に有効であることが確認されました。
さらに、その選択性を定量的に調べるため、0⁻状態の生成されやすさを代表的な他の励起状態である1⁺状態および2⁻状態と比較しました(図3(b))。従来手法では、0⁻状態は1⁺状態や2⁻状態に比べて生成されにくく、多くの励起状態の中に埋もれていました。一方、本研究で開発したパリティ移行核反応では、0⁻状態が1⁺状態や2⁻状態に比べて大幅に生成されやすくなっており、0⁻状態がより選択的に励起されていることが分かりました。これにより、本手法が従来手法よりも高い0⁻状態選択性を持つことが実験的に示されました。
また、図3(a)には、既知の0⁻状態とは別に、これまで十分に分離して観測することが難しかった新たなピークも観測されています。このピークは新しい0⁻状態の候補である可能性があり、本手法によって従来見えにくかった励起状態の研究が可能になることを示しています。
以上の結果から、パリティ移行核反応が0⁻状態を効率よく選択して調べることのできる有効な実験手法であることを実証しました。

図1. パリティ移行核反応の概念図。¹⁶Oが¹⁶Fの0⁻状態へ変化する際に生じるパリティの変化を標的原子核へ移すことで、標的原子核の0⁻状態を選択的に励起する。

図2. 実験装置の概略図。反応後の¹⁶F原子核はすぐに¹⁵O粒子と陽子に崩壊。これらをSHARAQスペクトロメータで同時測定し、¹⁶Fの状態を再構築した。左上は再構築された¹⁶Fのエネルギースペクトルであり、0⁻基底状態に対応する事象を選択することで、パリティ移行核反応を識別した。

図3. (a) 本研究で得られた¹²B原子核のエネルギースペクトル。既知の0⁻状態(9.3 MeV)を明瞭に観測するとともに、新たな0⁻状態の候補を同定した。(b) 0⁻状態の生成されやすさを1⁺状態(赤丸)および2⁻状態(青四角)と比較したもの。本研究手法では従来手法に比べてそれぞれ約12倍および約4倍向上しており、高い0⁻状態選択性が確認された。
波及効果、今後の予定
本研究により、これまで観測が難しかった0⁻状態を選択的に測定する実験手法が確立されました。今後は、この手法をさまざまな原子核へ適用し、0⁻状態の性質を核図表全体にわたって系統的に調べていく予定です。特に研究グループは、0⁻状態の集団性が増し、エネルギーが低くなる「ソフト化」と呼ばれる現象に注目しています。この現象は、原子核物質中でパイ中間子が集団的に凝縮する「パイ中間子凝縮」の前兆である可能性が指摘されています。パイ中間子凝縮は中性子星内部などの極限環境で起こると予想されていますが、その発現条件は現在もよく分かっていません。今後、さまざまな原子核における0⁻状態を精密に測定することで、パイ中間子凝縮が起こる臨界密度の解明につながることが期待されます。
また、本手法はニュートリノレス二重ベータ崩壊の研究への応用も期待されます。ニュートリノに質量があることは、ニュートリノ振動の発見によって示され、2015年のノーベル物理学賞につながりました。しかし、その質量の大きさは現在も分かっていません。ニュートリノレス二重ベータ崩壊は、その質量を求める有力な手掛かりです。その解析には「核行列要素」と呼ばれる原子核構造を反映した量を正確に評価する必要があります。本研究で確立したパリティ移行核反応は、その評価に必要な原子核励起状態の研究に活用できるため、将来的にはニュートリノ質量の決定につながることが期待されます。
このように、本研究は新しい実験手法の開発にとどまらず、原子核の深い構造の理解から、中性子星の極限環境、さらには素粒子ニュートリノの性質の解明に至るまで、幅広い研究分野への展開が期待されます。
論文情報
タイトル:Parity-transfer (¹⁶O,¹⁶F(0⁻,g.s.)) reaction as a selective probe of isovector 0⁻ states in nuclei(核内アイソベクトル型0⁻状態の選択的プローブとしてのパリティ移行(¹⁶O,¹⁶F(0⁻,g.s.))反応)
著者:M. Dozono, M. Ichimura, S. Michimasa, M. Takaki, M. Kobayashi, M. Matsushita, S. Ota, H. Tokieda, N. Fukuda, N. Inabe, S. Kawase, K. Kisamori, Y. Kiyokawa, K. Kobayashi, T. Kubo, Y. Kubota, C. S. Lee, H. Miya, A. Ohkura, H. Sagawa, S. Sakaguchi, H. Sakai, M. Sasano, S. Shimoura, Y. Shindo, L. Stuhl, H. Suzuki, H. Tabata, H. Takeda, T. Wakasa, K. Yako, Y. Yanagisawa, J. Yasuda, R. Yokoyama, K. Yoshida, J. Zenihiro, and T. Uesaka
掲 載 誌:Progress of Theoretical and Experimental Physics
DOI:10.1093/ptep/ptag121
本研究は、日本学術振興会科学研究費助成事業(17002003, 23840053, 14J09731, 16K17683, 20H01928)の助成を受けて推進しました。
本研究は、京都大学、理化学研究所、東京大学大学院理学系研究科附属原子核科学研究センター、大阪大学核物理研究センターなどによる共同研究グループによって実施されました。
大阪大学 研究