血液遺伝子発現データからALS識別の新手法を開発
機械学習によるALS病態分子の発見とiPSモデルでの検証
【注目の成果:共同研究・産学連携のためのチェックポイント】
![]() | 血液によるALS診断法の開発や、新たな治療標的の探索につながることが期待 |
【産学連携対象 全学共通分野 Discovery Saga】
【Sagaキーワード】
アルゴリズム/機械学習/人工知能(AI)/非線形/マイクロ/モデリング/非線形解析/診断法/機能性/リン酸/運動神経/TDP-43/レジストリ/脳神経科学/iPS細胞/ニューロン/治療標的/病理/運動機能/筋萎縮/オルガノイド/in vitro/RNA/siRNA/スクリーニング/遺伝子治療/運動ニューロン/幹細胞/血液/細胞核/細胞死/神経科学/神経細胞/神経変性/神経変性疾患/創薬/コホート/遺伝子/遺伝子発現/筋萎縮性側索硬化症 /認知症
2026-7-3●生命科学・医学系情報科学研究科教授河原 吉伸発表概要
理化学研究所(理研)革新知能統合研究センターiPS細胞連携医学的リスク回避チーム(研究当時)の今村恵子客員研究員(研究当時、現バイオリソース研究センターiPS創薬基盤開発チーム客員研究員、京都大学iPS細胞研究所特定拠点准教授)、上田修功チームディレクター(研究当時、現革新知能統合研究センター副センター長)、井上治久客員主管研究員(研究当時、現バイオリソース研究センターiPS創薬基盤開発チームチームディレクター、京都大学iPS細胞研究所教授)、動的システム学習チームの河原吉伸チームディレクター(大阪大学大学院情報科学研究科教授)らの共同研究グループは、筋萎縮性側索硬化症(ALS)の患者血液に含まれる遺伝子発現データから、ALSを特徴づける新たな遺伝子の組み合わせを機械学習で発見しました。本研究成果は、血液によるALS診断法の開発や、新たな治療標的の探索につながることが期待されます。
共同研究グループは、公開されている大量のデータを機械学習により解析して健常者とALS患者とを分類する特徴を見いだし、その特徴についてiPS細胞を用いて検証しました。病態に深く関わる遺伝子の抽出からiPS細胞を用いた検証までを一気通貫して行うことにより、既知の知識を飛び越えて、ALSの病態に関わる新たな分子を発見することに成功しました。
本研究は、科学雑誌『Biology Methods and Protocols』オンライン版(6月24日付)に掲載されました。

高次元非線形モデリング
研究の背景
筋萎縮性側索硬化症(ALS)は、運動神経細胞の細胞死によって運動機能が徐々に失われる進行性の神経変性疾患です。症状の典型的なパターンとしては、手や足の力が次第に弱くなり筋力低下や呼吸障害を引き起こします。ALS患者の脳・脊髄の運動神経細胞では、TDP-43タンパク質が異常な凝集形態を形成し、神経細胞の細胞死を誘導し、ALSが発症すると考えられています。しかし、生前に脳・脊髄の運動神経細胞を採取して病理診断を行うことはできないため、TDP-43の凝集によるALS診断は確立していません。
ALSは非常に複雑な疾患であり、通常の血液検査や単一の遺伝子変化だけでは病態を診断できないため、症状や神経学的検査を組み合わせて、運動ニューロン(神経細胞)が障害される疾患を一つ一つ除外して診断されます。そのため、症状を自覚してからALSと診断されるまで時間がかかり、治療が遅れてしまうことが課題でした。
そこで、血液検査や遺伝子検査などによりALSを診断できる特異的マーカーが必要とされていました。
研究の内容
共同研究グループは、ALS患者233人と健常者508人の血液遺伝子データからALS患者と健常者を高精度で分類できる三つの遺伝子PRKAR1A、QPCT、TMEM71の組み合わせを発見しました。また、この三つ遺伝子の発現をそれぞれ低下させると、ALS病態に重要なTDP-43の量が増えること、PRKAR1Aの発現をさらに低下させるとTDP-43の局在異常が誘導されることを明らかにしました。まず、ALS患者233人と健常者508人の公表されている血液遺伝子発現データを非線形解析の機械学習のアルゴリズム「Maximum Mean Discrepancy(MMD)」で解析し、従来の解析では見いだすことが難しかった遺伝子同士の複雑な関係性を捉えることに成功しました(図1)。その結果、これまでALSとの関連が全く知られていない三つの遺伝子PRKAR1A、QPCT、TMEM71の組み合わせが、ALS患者と健常者を識別する候補として抽出されました。

図1. Maximum Mean Discrepancy(MMD)によるALSの識別(模式図)
MMDによる非線形解析で、高次元空間において、健常者とALSの識別を行う三つの遺伝子を抽出した。
次に、抽出したPRKAR1A、QPCT、TMEM71の3遺伝子の組み合わせを用いて血液遺伝子発現データを解析しました。その結果、血液遺伝子発現データからALS患者を高精度で識別できることが分かりました(図2)。さらに、新たに収集した健常者とALS患者血液でも同様の結果が得られ、解析手法の再現性が確認されました。

図2. 三つの遺伝子の組み合わせによるALS識別精度
AUC(ROC曲線下面積)の平均0.83の高い精度で弁別が可能であることが示された。AUCは機械学習において、モデルの予測能を示す指標であり、0から1.0の範囲の値を取る。AUCが1.0に近いほど予測能が高いことを意味する。
さらに、健常者、ALS患者由来iPS細胞から作製した運動神経細胞を用いて、これら3遺伝子の機能を解析しました。その結果、3遺伝子の発現を低下させると、ALS病態に重要なTDP-43の異常が誘導されることが分かりました。
特にPRKAR1Aを抑制すると、TDP-43が本来存在する細胞核から細胞質へ移動し、ALSで特徴的に見られるリン酸化されたTDP-43の蓄積が生じました(図3左、右上)。また、神経突起の長さが短縮していました(図3右下)。

図3.PRKAR1A抑制による運動神経細胞におけるTDP-43の移動とリン酸化、神経突起長変化
(左)ALS患者運動神経細胞でPRKAR1Aの遺伝子発現を抑制したところ、TDP-43が細胞核から細胞質に移動したことを示す(緑色:TDP-43の染色像)。スケールバーは50マイクロメートル(μm、1µmは100万分の1メートル)。
(右上)ALS患者運動神経細胞を拡大した図。TDP-43の細胞核から細胞質への異常な移動を示している。スケールバーは10μm。
(右下)ALS患者運動神経細胞においてPRKAR1Aの遺伝子発現を抑制したところ、神経細胞の突起長が短くなることが示された(ANOVA、p < 0.05、*、p < 0.05 post hoc test)。
siRNA:特定の遺伝子を抑制するRNA分子。
MAP2:神経細胞のマーカー、DAPI:核のマーカー、scramble siRNA:コントロールのsiRNA。
今後の期待
本研究では、機械学習を用いて血液遺伝子発現データから、ALSを識別する新たな3遺伝子の組み合わせを発見しました。さらに、これらの遺伝子がALSの原因タンパク質TDP-43の異常に関与して、ALS病態そのものにも影響する可能性を示しました。本成果は、血液を用いたALS診断技術の開発と新たな治療法開発につながることが期待されます。
論文情報
<タイトル>Nonlinear combinatorial analysis of blood transcriptomes identifies PRKAR1A as a regulator of TDP-43 pathophysiology in amyotrophic lateral sclerosis<著者名>Keiko Imamura, Ayako Nagahashi, Aya Okusa, Takuya Yamamoto, Yuishin Izumi, Naonori Ueda, Yoshinobu Kawahara, Haruhisa Inoue
<雑誌>Biology Methods and Protocols
<DOI>10.1093/biomethods/bpag023
本研究は、日本学術振興会(JSPS)科学研究費助成事業基盤研究(C)「AIと幹細胞技術を用いた筋萎縮性側索硬化症の層別化研究(研究代表者:今村恵子、23K06827)」、日本医療研究開発機構(AMED)再生・細胞医療・遺伝子治療実現加速化プログラム「次世代医療を目指した再生・細胞医療・遺伝子治療研究開発拠点(研究代表者:髙橋淳)」「レジストリ連携による神経変性疾患iPS細胞コホートの構築と整備(研究代表者:井上治久)」「機能性オルガノイドを用いた運動ニューロン疾患遺伝子治療薬スクリーニング系の確立(研究代表者:井上治久)」「アクシオロイドを用いたヒト脊髄発生・疾患のin vitro 3次元モデル(研究代表者:Cantas Alev)」、同脳神経科学統合プログラム「認知症保護的バリアントの機能解明に基づく治療の研究開発(研究代表者:井上治久)」による助成を受けて行われました。
大阪大学 研究