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大阪大学 研究Discovery Saga
2026年7月8日

光を熱に変える:海の珪藻が光合成を調節するしくみの解明

新規光捕集タンパク質による過剰な光エネルギーの消去機構

【注目の成果:共同研究・産学連携のためのチェックポイント】
珪藻の光防御装置が複数の光捕集タンパク質の協調により形成されることを示すものであり、海洋光合成を支える強光適応機構の解明に大きく貢献することが期待
【産学連携対象 全学共通分野 Discovery Saga】
情報学環境学数物系科学化学生物学総合理工工学総合生物農学医歯薬学
【Sagaキーワード】
アンテナ/珪藻/光エネルギー/海洋/太陽/光化学/チラコイド膜/光化学系I/光化学系II/光合成/葉緑体/環境適応/光環境/太陽光/二酸化炭素固定/電気泳動/光照射/生産性/電子顕微鏡/二酸化炭素/有機物/物質生産/発酵/変異株/生態系/プランクトン/海洋生態/海洋生態系/植物プランクトン/物質循環/クライオ電子顕微鏡/機能解析/CRISPR/ROS/mRNA/ゲノム編集/活性酸素/活性酸素種/膜タンパク質/ゲノム/ストレス/遺伝子
2026-7-6●自然科学系理学研究科助教熊沢 穣

発表概要

海洋の植物プランクトンである珪藻は、地球規模の炭素固定に大きく貢献しています。海洋では光環境が絶えず変化するため、珪藻は弱い光を効率よく利用すると同時に、強すぎる光から自身を守る必要があります。この過剰な光エネルギーを熱として逃がす仕組みは非光化学的消光(Non-Photochemical Quenching、略してNPQ)と呼ばれますが、NPQを担う光防御装置がどのように形成されるのかは十分にわかっていませんでした。京都大学大学院農学研究科のXING JIAN(邢 健)博士課程学生、同じく伊福健太郎教授、および北海道大学低温科学研究所の熊沢穣研究員(現大阪大学大学院理学研究科の助教)らの研究グループは、海洋性珪藻Chaetoceros gracilisにおいて、光捕集タンパク質Lhcf2がNPQに必須であることを明らかにしました。Lhcf2を欠損させると、NPQの中心因子であるLhcx1タンパク質が安定に蓄積できなくなり、強光下で過剰な光エネルギーを熱として逃がす機能がほぼ失われました。一方、NPQに必要なpH勾配形成やキサントフィルサイクルは正常に働いていたことから、Lhcf2はLhcx1を含む光防御装置を安定に形成するための構造的な足場として機能することが示されました。本成果は、珪藻の光防御装置が複数の光捕集タンパク質の協調により形成されることを示すものであり、海洋光合成を支える強光適応機構の解明に大きく貢献することが期待されます。本成果は、2026年6月30日に国際学術誌「Proceedings of the National Academy of Sciences of the United States of America」に掲載されました。DOI:10.1073/pnas.2601782123.



図1. 研究成果の概要図
海洋性珪藻(Chaetoceros gracilis)の野生株(WT)において、Lhcf2は光合成装置(PSII)周辺でLhcx1と過剰な光を熱に変換するNPQ装置を形成する(上図)。Lhcf2を欠損するlhcf2変異株では、Lhcx1は安定に蓄積できず、有効なNPQ装置が形成されない(下図)。(図はXing Jian がMS PowerPointにて作成)

研究の背景

光合成生物は、太陽光エネルギーを利用して二酸化炭素を有機物へと変換し、地球上の生命活動を支えています。海洋では、珪藻を含む植物プランクトンが大きな割合の炭素固定を担っており、海洋生態系や地球規模の物質循環において重要な役割を果たしています。一方で、光は光合成に必須であると同時に、過剰になると細胞にとって危険なストレス要因にもなります。強光条件では、吸収された光エネルギーが二酸化炭素固定などで使い切れず、余剰な励起エネルギーから活性酸素種(ROS)が発生し、光合成装置や細胞に損傷を与えます。光合成生物はこれを防ぐため、過剰な光エネルギーを熱として散逸させる非光化学的消光(NPQ)を発達させてきました。珪藻では、Lhcx1と呼ばれる光捕集タンパク質がNPQに重要であることが知られています。しかし、Lhcx1がどのように光捕集アンテナ内に配置され、機能的な光防御装置を形成するのかは明らかではありませんでした。

研究の内容

本研究チームは、海洋性珪藻Chaetoceros gracilis を用いて、光捕集タンパク質(LHCタンパク質)の機能解析を進めてきました。その中で、Lhcf2はこれまでのクライオ電子顕微鏡構造解析では主要な光化学系複合体中に見出されておらず、光合成装置(光化学系II)の周辺領域に存在すると考えられました。CRISPR/Cas9法を用いたゲノム編集によりLhcf2遺伝子に変異を導入し(図2左上)、欠損株(lhcf2)を作製したところ、変異株は野生型よりも淡い褐色を示しました(図2右上)。そこで葉緑体チラコイド膜タンパク質をCN-PAGEで分離し(図2左下)、免疫ブロット解析を行いました(図2右下)。その結果、野生型ではNPQ因子Lhcx1を含むLHC三量体(LHC trimer)が検出されました。一方、lhcf2株ではLHC三量体とLhcx1タンパク質が著しく減少していました。lhcf2株におけるLhcx1遺伝子の配列とmRNA転写量に異常はなかったため、Lhcx1タンパク質の安定な蓄積に必要であることが示唆されました。



図2. ゲノム編集によるLhcf2欠損株(lhcf2)の作出と光捕集タンパク質への影響
そこでlhcf2株のNPQを測定したところ、野生型では強光照射によりNPQがすばやく誘導されたのに対し、lhcf2株ではLhcx1欠損株(lhcx1)と同様にNPQがほぼ失われました(図3)。一方、NPQ誘導に必要なチラコイド膜を介したpH勾配(ΔpH)の形成や、キサントフィルサイクルは正常に働いていました。これらの結果から、lhcf2株でNPQが失われる原因は、pH勾配や色素変換の異常ではなく、Lhcx1タンパク質が安定に蓄積できないことにあると結論づけました。



図3. Lhcf2欠損株におけるNPQの変化
二次元電気泳動と免疫ブロット解析を組み合わせた解析の結果、野生株のチラコイド膜において、Lhcf2とLhcx1はよく似た分布を示しました(図4)。一方、lhcx1株ではLhcf2の蓄積に影響はなかったことから、Lhcx1はLhcf2に依存して安定化されるが、Lhcf2はLhcx1がなくても存在できることがわかりました。以上の結果から、Lhcf2はLhcx1を含む光防御装置の形成に必須な構造的パートナーであると考えられます。



図4. 二次元電気泳動と免疫ブロット解析によるLhcf2とLhcx1の局在比較

波及効果、今後の予定

過剰な光エネルギーから身を守るNPQは光合成生物の環境適応において必須な役割を持ち、世界中で研究されてきました。これまで珪藻のNPQ研究では、Lhcx1のようなLhcx型タンパク質が注目されてきました。本研究は、Lhcx型ではない光捕集タンパク質Lhcf2が、Lhcx1の安定な蓄積とNPQ装置の形成に必須であること発見しました。これは、珪藻の光防御装置が単一の特殊な因子だけでなく、異なる種類の光捕集タンパク質の協調によって形成されることを示す全く新しい知見です。陸上植物においても類似の機構は見つかっておらず、NPQ研究にブレークスルーをもたらす可能性があります。また、珪藻は変動する海洋光環境に適応することで高い光合成生産性を維持しています。本成果は、海洋における炭素固定の分子基盤の理解に加え、将来的には高効率な光合成生物の設計や有用物質生産への応用にもつながる可能性があります。今後は、Lhcf2とLhcx1の直接的な相互作用による光エネルギー散逸の仕組みを明らかにするともに、この仕組みが他の珪藻にも保存されているかを明らかにする予定です。

論文情報

タイトル: Lhcf2 in the peripheral antenna is essential for non-photochemical quenching and Lhcx1 accumulation in the diatomChaetoceros gracilis(珪藻 Chaetoceros gracilis において周辺アンテナタンパク質Lhcf2は非光化学的消光とLhcx1蓄 積に必須である)
著者: Jian Xing, Minoru Kumazawa, and Kentaro Ifuku
掲 載 誌:Proceedings of the National Academy of Sciences of the United States of America(PNAS)
DOI:10.1073/pnas.2601782123
本研究は、JSPS KAKENHI(JP25KJ1660, JP23H02347, JP24H02081)、および公益財団法人発酵研究所の助成による支援を受けて実施されました。