[Top page] [日刊 研究最前線 知尋] [Discovery Saga総合案内] [大学別アーカイブス] [Discovery Saga会員のご案内] [産学連携のご案内] [会社概要] [お問い合わせ]

東京大学 研究Discovery Saga
2026年6月26日

クロマチン構造による遺伝子の読み取り制御のメカニズムを解明

――特殊なヌクレオソーム・オーバーラッピングダイヌクレオソームによる転写制御――

【注目の成果:共同研究・産学連携のためのチェックポイント】
クロマチン構造を介した遺伝子発現制御異常による疾患の原因解明や、ヌクレオソーム構造による転写制御を利用した創薬などへの貢献が期待
【産学連携対象 全学共通分野 Discovery Saga】
情報学化学生物学総合理工工学総合生物農学医歯薬学
【Sagaキーワード】
画像処理/ゲノムDNA/遺伝子発現調節/電子線/ヒストン/極低温/電子顕微鏡/ヌクレオソーム/構造変換/転写開始点/RNAポリメラーゼ/クロマチン構造/クライオ電子顕微鏡/クロマチン/染色体/RNA/アセチル化/メチル化/遺伝子発現制御/構造生物学/構造変化/細胞核/細胞生物学/創薬/転写制御/発現制御/発現調節/立体構造/立体構造解析/ゲノム/遺伝子/遺伝子発現/生活習慣病/老化
2026年6月25日 / 最終更新日時 :2026年6月25日 adiqb クロマチン構造機能研究分野 東京大学
理化学研究所

発表のポイント

◆クロマチン構造の中に存在する、特殊なヌクレオソーム構造のオーバーラッピングダイヌクレオソーム(OverLappingDiNucleosome:OLDN)が、RNAポリメラーゼII(RNAPII)の転写の方向を制御することを発見しました。
◆クライオ電子顕微鏡による構造解析により、OLDNを転写中のRNAPIIの構造を可視化した結果、RNAPIIがOLDNを構造変換してDNAを転写する機構が明らかになりました。
◆クロマチン構造を介した遺伝子発現制御異常による疾患の原因解明や、ヌクレオソーム構造による転写制御を利用した創薬などへの貢献が期待されます。

クロマチン構造による遺伝子の読み取り制御のメカニズムを解明の概要

発表概要

東京大学定量生命科学研究所のCHEN ZHIHUI(チン シエ)特任研究員、何承翰(ホ チェンハン) 特任研究員(研究当時)、胡桃坂仁志教授、理化学研究所生命医科学研究センター転写制御構造生物学研究チームの関根俊一チームディレクター(兼:生命機能科学研究センター 構造生命科学/細胞生物学連携チーム 上級研究員)らの共同研究グループは、特殊なヌクレオソームであるオーバーラッピングダイヌクレオソーム(OverLapping DiNucleosome)(以下、OLDN)におけるRNAポリメラーゼII(注1)(以下、RNAPII)の転写機構を解明しました。本研究は、OLDNのようなヌクレオソーム(注2)構造自体が転写の方向を制御すること、そして、RNAPIIがOLDNのDNAを読み取る際にOLDNに大規模な構造変換が生じることを明らかにしました。今回の研究成果により、OLDNのようなヌクレオソーム構造自体が、DNAの配列に依存せずに遺伝子発現を制御する機構「エピジェネティクス」(注3)の中心的な要因であることが新たに示唆されました。本研究は、エピジェネティクスのメカニズムについて新たな概念を提案するだけでなく、その構造基盤情報を提供し、ヌクレオソーム構造や転写制御の破綻による疾患メカニズムの解明への貢献が期待されます。

発表内容

<研究背景>
ヒトを含む真核生物(注4)では、生命の設計図であるゲノムDNAは、クロマチン構造(注5)を形成しています。クロマチン構造は、ヒストンタンパク質にDNAが巻き付いた「ヌクレオソーム」と呼ばれる糸巻きのような構造が数珠状に連なった構造体です。遺伝子発現においては、RNAPIIがクロマチンを形成したゲノムDNAを転写し、メッセンジャーRNAを合成します。ヌクレオソーム構造は、RNAPIIにとって転写を阻む「障壁」となります。
従来、ヌクレオソーム構造はヒストン8量体(注2)に約150塩基対程度のDNAが巻き付いている構造であり(図1上段左)、このヌクレオソーム構造はクロマチンの中でどれも同一な構造を取ると考えられてきました。しかしながら、当グループでは2017年に、ヒストン6量体と8量体が組み合わさったヒストン14量体に約250塩基対程度のDNAが巻き付いたオーバーラッピングダイヌクレオソーム(OverLappingDiNucleosome:OLDN)と呼ばれる構造体が形成されることを、実際に立体構造を可視化することで明らかにしました(図1上段右; https://www.waseda.jp/top/news/50251)。この結果から、ヌクレオソームは均一ではなく多様な構造を取り得ることが実証されました。さらにこの研究において、OLDNは遺伝子の転写開始点近傍に形成され、転写の調節に関与する可能性が示唆されていましたが、OLDNが転写に与える影響は不明でした。他方、当グループでは、これまでにヌクレオソームを転写中のRNAPIIを再構成し、その立体構造を可視化することで通常のヌクレオソームの転写機構の解明にも成功してきました(https://www.iqb.u-tokyo.ac.jp/press_release/181005/)。そこで、このヌクレオソームにおける転写の再構成法をOLDNに応用することで、転写におけるOLDNの機能の解明に挑みました。
<研究内容>
今回、私たちはOLDNの構造的特徴に着目しました。通常のヌクレオソームは、ヒストン8量体から構成されるためオクタソームとも呼ばれ、オクタソームに巻き付いたDNAの両末端は対称な状況となっています(図1上段左)。一方でOLDNでは、巻き付いているDNAの両末端は非対称な状況となっています。片方がヒストン6量体から構成されるヘキサソームが形成され、もう片側はヒストン8量体から構成されるオクタソームが形成されているためです(図1上段右)。つまり、OLDNでは、遺伝子の転写を担うRNAPIIが、ヘキサソーム側、またはオクタソーム側のどちらから転写するのかによって、RNAPIIが異なる過程を経てOLDNを通過することになります。私たちはまず、RNAPIIの転写開始部位となるミスマッチDNAを、OLDNのヘキサソーム側、または、オクタソーム側に結合させることで、それぞれの方向からRNAPIIが転写する鋳型OLDNを再構成しました。転写実験を行った結果、興味深いことにRNAPIIはヘキサソーム側から転写した際には、オクタソーム側から転写したときよりも効率よくOLDNを乗り越えて転写することが明らかになりました(図1下段)。この結果は、OLDNには、通常のヌクレオソームと異なり転写の指向性を持つことを示しています。

図1:通常ヌクレオソームとOLDNの構造比較、およびOLDNによる転写制御
上段:通常のヌクレオソームとOLDNの構造比較
下段: OLDNにおける進行方向別の転写効率
RNAPIIがOLDNをヘキサソーム側から通過する機構を明らかにするために、OLDNを転写中のRNAPIIを試験管内で再構成し、クライオ電子顕微鏡(注6)を用いて立体構造解析を行いました。その結果、RNAPIIがOLDNのヘキサソームの入口で一時停止している状態、および、OLDNのヘキサソームの中心まで進行した状態の2つの立体構造を決定することに成功しました。RNAPIIがヘキサソームの入口で一時停止している構造では、RNAPIIがOLDNに衝突していますが、OLDNには大きな構造変化は起きていませんでした(図2左)。一方で、RNAPIIがヘキサソームの中心まで進行した状態の構造では、ヘキサソームとオクタソームとの間にRNAPIIが割って入ることで、OLDNが開いたような構造を取っていました(図2右)。これらの構造から、RNAPIIはOLDNを大きく構造を変換することでOLDNを通過することが明らかになりました。

図2:RNAポリメラーゼIIの通過によるOLDNの構造変化
<今後の展望>
今回の研究から、OLDNがRNAPIIの転写に与える影響がはじめて明らかになりました。OLDNは、ヘキサソーム側からは効率よく転写されますが、オクタソーム側からは転写されにくいという特徴を持ちます。このような構造的特徴により、RNAPIIの転写の向きがクロマチンにより影響を受けることが明らかになりました。これまで、DNA配列に依存しない遺伝子発現調節機構「エピジェネティクス」の分野では、ヒストンタンパク質の化学修飾やDNAのメチル化などが遺伝子発現制御の役割を担うと考えられてきました。今回の研究成果により、OLDNのような特殊なヌクレオソーム構造自体も遺伝子発現を制御する中心的な要因であることが示唆されます。エピジェネティクスの破綻は、がん、生活習慣病、老化など、広範な疾病の原因となります。そのため、本研究で得られた知見は、これらの疾患の原因の解明と、将来の創薬への知見を提供します。

関連情報

「世界初・染色体の新しい構造ユニットの特殊な立体構造を解明 癌をターゲットとした創薬研究に重要な基盤情報を提供」(2017/4/14)
https://www.waseda.jp/top/news/50251
「真核生物での遺伝子読み取りの仕組みを解明」(2018/10/5)
https://www.iqb.u-tokyo.ac.jp/press_release/181005/

発表者・研究者等情報

東京大学 定量生命科学研究所 先端定量生命科学研究部門 クロマチン構造機能研究分野
CHEN ZHIHUI(チン シエ)特任研究員
何 承翰 (ホ チェンハン)特任研究員(研究当時)
鯨井 智也 講師
滝沢 由政 准教授
胡桃坂 仁志 教授
理化学研究所 生命医科学研究センター 転写制御構造生物学研究チーム
江原 晴彦 上級研究員
関根 俊一 チームディレクター(兼:生命機能科学研究センター 構造生命科学/細胞生物学連携チーム 上級研究員)

研究助成

本研究は、日本学術振興会(JSPS)の科研費(課題番号:JP25K18403、JP20H05690、JP24H00062、JP20H03201、JP23K17392、JP24H02319、JP24H02328、JP23H05475、JP26K01986、 JP26K01945)、科学技術振興機構(JST)の戦略的創造研究推進事業ERATO(課題番号:JPMJER1901)、CREST(課題番号:JPMJCR24T3)、さきがけ(JPMJPR25N9)、日本医療研究開発機構(AMED)の生命科学・創薬研究支援基盤事業(BINDS)(課題番号:JP26ama121009、JP26ama121002)、武田科学振興財団助成、中谷財団長期大型研究助成の支援により実施されました。

用語解説

(注1)RNAポリメラーゼII(RNAPII)
DNAを鋳型にRNAを合成する反応を転写と呼び、RNAポリメラーゼはこの反応を行う。ヒトのRNAポリメラーゼにはI、II、IIIの3種類あり、RNAポリメラーゼIIは遺伝子をコードするゲノムDNA領域を主に転写し、メッセンジャーRNAを合成する。IおよびIIIのRNAポリメラーゼは、主に遺伝子以外の特定のDNA領域を転写する。
(注2)ヌクレオソーム、ヒストン8量体
4種類のヒストンタンパク質H2A、H2B、H3、H4が2分子ずつ含むヒストンの8量体にDNAが巻き付いた円盤状の構造体。ヌクレオソームが連なる数珠状構造にさまざまなタンパク質が結合してクロマチンが形成されている。ヌクレオソームには多様な構造多型が存在し、OLDNはその一つ。
(注3)エピジェネティクス
DNA配列の変化を伴わない遺伝子発現調節の仕組み。ヌクレオソームに含まれるヒストンのメチル化、アセチル化などの化学修飾や、DNAのメチル化などのエピゲノムと呼ばれる因子により、遺伝子発現は制御されている。「エピ」のない「ジェネティクス」は、DNA配列にコードされた遺伝子の研究分野のこと。
(注4)真核生物
細胞の中に、細胞核という細胞小器官を持つ生き物の総称。細胞核の中には、ゲノムDNAが収納されている。
(注5)クロマチン構造
酵母からヒトなどの真核生物のゲノムDNAは、ヒストンタンパク質に巻き付いて細胞の核内に収納されている。このゲノムDNAには多種多様なタンパク質が結合しており、その巨大な複合体を「クロマチン」と呼ぶ。クロマチン構造はDNAを効率よく折りたたみ収納するだけでなく、その構造の変換することで、遺伝子の働きを制御している。
(注6)クライオ電子顕微鏡
クライオ電子顕微鏡は、タンパク質などの試料を氷中に包埋し、極低温下(-180℃)で電子線を用いてタンパク質の画像を取得する装置。タンパク質1分子ずつについて、さまざまな方向を向いた分子の画像を収集し、画像処理によって高解像度の3次元立体構造を再構築する。

アイキャッチ画像



雑誌名等

雑誌名:Nature Structural and Molecular Biology

題 名:Structural basis of asymmetric transcription through a composite nucleosome formed by a hexasome and an octasome

著者名:Zhihui Chen(陳之慧), Cheng-Han Ho (何承翰), Hiroki Tanaka(田中大貴), Tomoya Kujirai(鯨井智也), Mitsuo Ogasawara(小笠原光雄), Haruhiko Ehara(江原晴彦), Shun-ichi Sekine(関根俊一), Yoshimasa Takizawa(滝沢由政), and Hitoshi Kurumizaka(胡桃坂仁志)

DOI: 10.1038/s41594-026-01837-0

問い合わせ先

<研究内容について>
東京大学定量生命科学研究所
教授 胡桃坂 仁志(くるみざか ひとし)
Tel:03-5841-1467 E-mail:kurumizaka @ iqb.u-tokyo.ac.jp

東京大学定量生命科学研究所 総務チーム
Tel:03-5841-7813 E-mail:[email protected]

理化学研究所 生命医科学研究センター
チームディレクター 関根 俊一 (せきね しゅんいち)
Tel:045-503-9257 E-mail:shunichi.sekine @ riken.jp

理化学研究所 広報部 報道担当
Tel:050-3495-0247 E-mail:ex-press @ ml.riken.jp