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自然科学研究機構 分子科学研究所 研究Discovery Saga
2026年6月24日

太陽光レベルの弱い光で可視光を紫外光に変える固体材料を実現

~光触媒による環境浄化や水素発生の高効率化に期待~(江原正博グループら)

【注目の成果:共同研究・産学連携のためのチェックポイント】
太陽光レベルの弱い光で駆動可能であることから、太陽光エネルギーを活用した光触媒反応(環境浄化や水素発生など)への応用に期待
【産学連携対象 全学共通分野 Discovery Saga】
情報学環境学数物系科学化学生物学総合理工工学総合生物農学医歯薬学
【Sagaキーワード】
最適化/光エネルギー/環境浄化/高エネルギー/希土類元素/スペクトル/近赤外/太陽/π電子/光触媒反応/発光スペクトル/分子構造/芳香環/芳香族/立体保護/励起状態/π共役系/イリジウム錯体/自己組織/フィルム/光反応/触媒反応/芳香族分子/青色光/太陽光/有機分子/ACT/アルカン/イリジウム/エネルギー移動/可視光/赤外光/二光子吸収/分子配列/光照射/有害物質/希土類/光触媒/材料設計/水素発生/スピン/トラップ/ナノメートル/結晶化/高効率化/水素原子/水素製造/分子デザイン/炭化水素/アップコンバージョン/組織化/近赤外光/増感剤/分子設計/誘導体/立体構造

2026/06/23

発表のポイント

    フォトン・アップコンバージョン(UC)(※1) は可視光をより高エネルギーの紫外光へ変換できる技術であり、その実用化には固体材料の開発が不可欠。
    発光分子のsp3炭素(※2)を起点とした立体障害の精密設計により、固体状態において高い発光効率と高効率なエネルギー移動の両立に成功、可視光→紫外光への高い変換効率1.9%を達成。
    太陽光レベルの弱い光で駆動可能であることから、太陽光エネルギーを活用した光触媒反応(環境浄化や水素発生など)への応用に期待。


発表概要

フォトン・アップコンバージョンは、低エネルギーの光を高エネルギーの光へと変換する技術であり、可視光から紫外光を生成することが可能です。紫外光は、有害物質の分解や抗菌、水素発生などを担う光触媒反応の駆動に不可欠ですが、太陽光に含まれる紫外光の割合は非常に低いという問題があります。さらに、実用化にむけて固体型のフォトン・アップコンバージョン材料の開発が求められていますが、これまで可視光を紫外光へ高効率に変換可能な固体フォトン・アップコンバージョン材料は報告されておらず、その実現が強く期待されています。
 今回、九州大学大学院工学研究院の君塚信夫教授(現 ネガティブエミッションテクノロジー研究センター特任教授)、佐々木陽一准教授、水上輝市特任助教(当時)、同大学院工学府の原田直幸大学院生(当時)、庄山隼斗大学院生、Nutnicha Boonmong大学院生、渡辺侑哉大学院生(当時)、分子科学研究所の江原正博教授(兼 総合研究大学院大学教授)、Pei Zhao特任助教らは、三重項-三重項消滅(TTA)(※3, 4) 機構によるフォトン・アップコンバージョンに着目し、固体状態において可視光から紫外光への高効率変換を実現する分子材料を見出しました。
 本研究では、発光分子のsp3炭素を起点として分子骨格の垂直方向にアルキル基(※5)を導入する新しい分子デザインを採用することで、固体状態において高い発光性と効率的な三重項エネルギー移動を両立することにはじめて成功しました。その結果、可視光から紫外光へのアップコンバージョンにおいて、高い変換効率1.9%(最大50%)を達成しました。さらに、本材料は地上に到達する太陽光レベル(数mW/cm2)の弱い光照射下でもアップコンバージョンを示し、紫外光を生成できることを確認しました。本成果は、固体フォトン・アップコンバージョン材料における新たな分子設計指針を提示するものであり、光触媒と組み合わせることで、太陽光エネルギーを活用した環境浄化や水素発生など、幅広い応用展開が期待されます。
 本研究成果は、2026年6月23日(日本時間)に英国の国際学術誌「Nature Communications」にオンライン掲載されました。


研究者 (君塚信夫教授) からひとこと:
 10年以上にわたり取り組んできた自己組織化フォトン・アップコンバージョン研究の成果として、実用上重要な高効率固体UC材料の開発に至りました。本研究を支えてくれた学生およびスタッフの皆様に、心より感謝申し上げます。



参考図:固体結晶中での高速な三重項拡散と発光性を両立したフォトン・アップコンバージョン材料

【研究の背景と経緯】

 フォトン・アップコンバージョンは、低いエネルギーの光を高エネルギーの光へ変換する技術であり、可視光から紫外光を生成できる点に特徴があります。近年、有害物質の分解、抗菌、水素発生などを目的とした光触媒・光反応の研究が活発に進められており、これらの反応を高効率に駆動するためには、高エネルギーを有する(光の波長が短い)紫外光の利用が重要です。しかし、波長400 nm以下(nm:ナノメートル、10億分の1メートル)の紫外光は太陽光中に数%程度しか含まれておらず、その大部分はエネルギーの低い可視光や近赤外光が占めています。したがって、可視光を紫外光へ変換できるフォトン・アップコンバージョン材料と光触媒を組み合わせることで、太陽光を有効活用した高効率な浄化システムや水素製造の実現が期待されます。
 本研究で用いた三重項-三重項消滅に基づくフォトン・アップコンバージョン(TTA-UC)は、有機分子の三重項状態を利用するフォトン・アップコンバージョン機構であり、溶液中においては太陽光レベルの弱い光を変換可能という特徴を持っています(図1)。近年、溶液系においてTTA-UCにより可視光から紫外光への高効率変換を実現する材料が多数報告されていますが、これらの材料は有機溶媒を含む系であり、完全固体材料における可視光→紫外光変換の報告例は限られています。固体状態では、分子が高密度に配列することで三重項エネルギー移動が効率化される利点がある一方、分子間相互作用の増大による発光消光や、分子配列の乱れや欠陥に起因するエネルギートラップにより、高強度の光照射を要することが問題となっていました。したがって、太陽光程度の弱い光で高効率にTTA-UCする固体材料を実現するためには、これらの課題を克服または抑制する材料設計が不可欠です。



図1. TTA-UCのエネルギーダイアグラム
ドナー分子が可視光を吸収し、アクセプター分子への三重項エネルギー移動を経由して、アクセプター分子が紫外光を放出する。

【研究の内容と成果】

 本研究では、5,10-ジヒドロインデノ[2,1-a]インデン(DHI)のsp3炭素に嵩高いアルキル基を導入した新規DHI誘導体をアクセプター分子として設計、合成しました(図2c)。これまで、芳香族分子のsp2炭素(※6)に立体障害を導入することで高効率なフォトン・アップコンバージョンが溶液系を中心に報告されてきましたが、π平面(※7)間距離を精密かつ系統的に制御することは困難でした(図2a)。本研究で開発したDHI誘導体では、sp3炭素を起点として分子骨格の上下方向に立体障害を拡張する設計を採用しました。これにより、固体状態において分子間の過度な接触を抑制しつつ、三重項エネルギー移動に適した分子間距離を実現しています(図2b, c)。その結果、固体状態において60%以上の高い蛍光量子収率を達成しました。さらに、ドナー分子であるイリジウム錯体を組み合わせることで、可視光から紫外光へのTTA-UCにおいて、1.9%(理論最大値50%)の変換効率を実現しました(図2d, e)。さらに、フォトン・アップコンバージョンが高効率化しはじめる励起光強度であるしきい励起光強度は1.2 mW/cm2と見積もられ、この値は太陽光程度の低い値となっています。また、異なるアルキル基を有する誘導体間での比較から、高効率なフォトン・アップコンバージョンを示したiBu-DHI (図2c, d)では励起三重項状態の失活が効果的に抑制されていることがわかりました。さらに、理論化学計算により、本化合物は固体結晶状態において三重項エネルギー移動とフォトン・アップコンバージョンに有利な分子配列を形成していることも確認されています。これまで、可視光から紫外光への TTA-UC を示す無溶媒固体系(※8)の中で、1%を超えるフォトン・アップコンバージョン効率と太陽光程度のしきい励起光強度を両立した材料はなく、sp3炭素を起点とした立体障害設計の有用性が示されました。



図2. (a) 従来系と (b) 本研究における分子間相互作用の設計戦略。Rは置換基を表す。 (c) 本研究で合成されたDHI誘導体の化学構造及び立体構造。母骨格 (DHI, 灰色) のπ平面に対し垂直な方向へのアルキル伸長 (青色) により、母骨格間の相互作用を精密に制御できる。 (d) 作製されたフォトン・アップコンバージョンフィルム及び (e) 青色光照射時のフォトン・アップコンバージョン発光スペクトル。


【今後の展開】
 本研究で用いたDHI骨格は、アルキル基の長さや分岐を柔軟に設計できることから、従来材料を上回るフォトン・アップコンバージョン性能を有する分子材料の創製が期待されます。さらに、分子設計に加えて結晶化プロセスなどを最適化することで、固体状態における性能の一層の向上が見込まれます。今後は、光触媒や光反応デバイスとの組み合わせにより、太陽光エネルギーの有効利用を通じた環境浄化や水素製造など、幅広い分野への応用展開が期待されます。

用語解説

(※1) フォトン・アップコンバージョン(photon upconversion, UC)
低いエネルギーの光をより高いエネルギーの光に変換するための方法論。二光子吸収や希土類元素による多段階励起、三重項-三重項消滅などの機構が提唱されている。
(※2)sp3炭素 (sp3 carbon)
4つの異なる原子と単結合のみで結ばれている状態の炭素。結合した原子は正四面体型の構造を形成する。
(※3) 三重項-三重項消滅(triplet-triplet annihilation, TTA)
励起三重項状態(T1)の分子2つが衝突することで、一方のエネルギーが他方に移り、エネルギー的に高い励起状態の1分子が生成される過程。T1状態の2分子が持つエネルギー(2×ET1)が1つの分子の励起一重項状態(S1)の持つエネルギーより大きいとき(2×ET1 > ES1)、TTA後に発光性のS1状態が効率良く生成される。
TTAを起こす発光⾊素(アクセプター分⼦)とT1を効率的に⽣成する増感剤(ドナー分⼦)を組み合わせ、フォトン・アップコンバージョンを起こす⽅法をTTA-UCと呼ぶ。⼀般的なTTA-UCでは、まずドナーが光を吸収し、項間交差(intersystem crossing, ISC)を経て、ドナーのT1状態が⽣成される。その後、ドナーからアクセプターへの三重項エネルギー移動(triplet energy transfer, TET)により、アクセプターのT1状態が⽣成される。2分⼦のアクセプター(T1)が拡散・衝突してTTAを起こすことで、ドナーが吸収した光より⾼いエネルギーを持つアクセプターS1が⽣じ、最終的にフォトン・アップコンバージョン発光が得られる。ここで、TTA-UCは吸収した2光子から1光子を生成(発光)するため、フォトン・アップコンバージョン発光効率は最大で50%である。



図3. TTA-UCの概要
(※4) 三重項(excited triplet state)
分子の状態のうち、スピン多重度2S+1=3となるような、スピン量子数S=1の状態(基底状態と励起状態の電子スピンが打ち消し合わない状態, 図4)を指す。励起三重項状態(T1)から基底一重項状態(S0)への遷移はスピン禁制であるため非常に遅く、近くの分子にエネルギーを受け渡すことができる。典型的な有機分子の三重項状態は非発光性であるが、TTAにより発光性の一重項状態(S1)に変換できる。



図4. 基底一重項状態(S0)、励起一重項状態(S1)、励起三重項状態(T1)の電子配置
(※5) アルキル基 (alkyl group)
 アルカン(単結合のみの炭化水素)から水素原子を1つ取り除いた残りの分子構造を指す。
(※6)sp2炭素 (sp2 carbon)
3つの原子と結合し、そのうちの1つと二重結合を形成している状態の炭素。3つの結合が同一平面上に120度の角度で広がるため、結合した原子とsp2炭素は平面構造をとる。
(※7) π平面 (π plane)
二重結合や芳香環が同一平面上に並んだ分子内に存在する、p軌道の重なり合いによってできたπ共役系の平面構造。
(※8) 無溶媒固体系 (solvent-free solid system)
 有機溶媒や水などの液体を用いていない固体系。


【謝辞】
 本研究はJST 戦略的創造研究推進事業 ACT-X(JPMJAX24D8)、同 先端国際共同研究推進事業(ASPIRE)(JPMJAP2508)、JSPS科研費 (JP20H05676, JP22KJ2393, JP22H05133, JP24K17745)の助成を受けたものです。

論文情報

掲載誌:Nature Communications
タイトル:Sterically Protected π-Electron Systems for Efficient Solid-State Photon Upconversion
(固体状態での高効率なフォトン・アップコンバージョンのための立体保護されたπ電子系)
著者名:Naoyuki Harada, Hayato Shoyama, Nutnicha Boonmong, Kiichi Mizukami, Yuya Watanabe, Pei Zhao, Masahiro Ehara, Yoichi Sasaki, Nobuo Kimizuka
(原田直幸、庄山隼斗、ブンマン ナッタニシャー、水上輝市、渡辺侑哉、ザオ ペイ、江原正博、佐々木陽一、君塚信夫)
DOI:10.1038/s41467-026-73898-0

問い合わせ先

<研究に関すること>
九州大学 大学院工学研究院応用化学部門 准教授 佐々木 陽一(ササキ ヨウイチ)
TEL:092-802-2833
Mail:sasaki.yoichi.772_at_m.kyushu-u.ac.jp(_at_は@に変換してください。)
<報道に関すること>
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