生体異物代謝酵素遺伝子をノックアウトした魚は糖尿病を発症する
【注目の成果:共同研究・産学連携のためのチェックポイント】
![]() | CYP1A が生体異物だけでなく、糖や脂質の代謝にも関わっていることを示唆しており、ノックアウト系統は糖尿病の新たな研究モデルとなることが期待 |
【産学連携対象 全学共通分野 Discovery Saga】
【Sagaキーワード】
河口域/海洋汚染/環境汚染/マイクロプラスチック/化学物質/海洋/環境汚染物質/PCR法/シトクロム/生殖/クロム/プラスチック/マイクロ/哺乳類/P450/抵抗性/水産学/CRISPR/受精/mRNA/ホルモン/PCR/インスリン/シトクロムP450/トランスクリプトーム/モデル動物/遺伝子ノックアウト/受容体/代謝酵素/インスリン抵抗性/スタチン/遺伝子/遺伝子発現/脂質/脂質代謝/糖尿病
2026年6月23日
東京大学
研究の成果
要約版PDF
発表のポイント
◆シトクロムP450 1A(CYP1A)の遺伝子をノックアウトしたジャワメダカの肝臓では、血糖値を下げるホルモン(インスリン)、上げるホルモン(グルカゴン)、両者の分泌を抑えるホルモン(ソマトスタチン)などの遺伝子発現が、いずれも上昇していることがわかった。血糖値は上昇しており、インスリン抵抗性が生じていると考えられた。◆ノックアウト魚には、肝臓の肥大、肝臓中性脂肪の増加などの症状が認められ、糖尿病の状態にあると考えられた。
◆これらの結果は、CYP1A が生体異物だけでなく、糖や脂質の代謝にも関わっていることを示唆しており、ノックアウト系統は糖尿病の新たな研究モデルとなることが期待される。

CYP1A遺伝子ノックアウトジャワメダカの主な性質
発表内容
東京大学大気海洋研究所、マレーシア国際イスラム大学、沖縄科学技術大学院大学、インドネシア国立研究革新庁、ノルウェー生命科学大学、鹿児島大学、長浜バイオ大学、京都大学による研究グループは、生体異物代謝酵素として知られるシトクロムP450 1A(CYP1A)(注1)の遺伝子をノックアウトして機能を損失させたジャワメダカ系統(CYP1A-KO)(注2;関連情報)の肝臓の解析を行い、同系統が糖尿病様の状態にあることを発見しました。CYP1Aは、薬物や環境汚染物質などの生体異物の毒性緩和に関わる酵素で、主に肝臓で機能します。研究グループは、マイクロプラスチックや化学物質の代謝機構を調べる目的で、ノックアウト系統と、野生型(非ノックアウト)系統の肝臓における発現遺伝子を、トランスクリプトーム解析(注3)により比較しました。
その結果は予想外で、ノックアウト系統で顕著に発現量が増加したのは、異物代謝に関連する遺伝子ではなく、血糖値を下げるインスリン、血糖値を上げるグルカゴン、両ホルモンの分泌を抑制するソマトスタチンおよびその受容体などの遺伝子でした。血糖値を下げるホルモンと上げるホルモンの遺伝子が同時に、しかも肝臓で発現上昇していることは非常に不可解でした(図1)。

図1:CYP1Aノックアウト系統で発現量が変化した遺伝子を示すボルケーノプロット
各ドットはひとつの遺伝子を示す。赤いドットはノックアウト系統で発現が有意に増加した遺伝子、青いドットは有意に減少した遺伝子をそれぞれ示す。グラフの右ほど発現増加率が大きく、左ほど発現減少率が大きい。グラフの上ほど発現変化量の統計的な確からしさが高い。
そこで、血糖値を比較してみたところ、ノックアウト系統の血糖値は野生型より高いことがわかりました(図2A)。インスリン遺伝子の発現が上昇しているのに、血糖値が高いことから、ノックアウト系統は、インスリンが効きにくくなった「インスリン抵抗性」の状態にあると考えられました。
次に、肝臓の大きさや中性脂肪量を計ってみたところ、ノックアウト系統の肝臓は肥大しており、中性脂肪が増えていることがわかりました(図2B,C,D)。これらの結果を総合すると、ノックアウト系統は、糖尿病の状態にあると考えられます。
以上の結果は、CYP1Aが生体異物の代謝だけでなく、糖や脂質の代謝や糖尿病の発症に関わっている可能性を示唆します。CYP1Aがどのように糖・脂質代謝や糖尿病に関わっているかは今後の課題ですが、CYP1Aノックアウト系統は、それらの課題を解決するためのモデル動物として活用できることが期待されます。また、ノックアウト系統では、産卵率や受精率など、生殖に関わる指標の低下も認められ、これらが糖尿病と関連があるのか、CYP1Aの別の役割を示唆しているのかも興味が持たれます。

図2:ノックアウト系統と野生型系統の血糖値や肝臓性状の比較
WTは野生型(非ノックアウト)系統、KOはノックアウト系統を示す。棒グラフは平均値、バーは平均値の標準誤差、ドットは各個体の実測値、アスタリスクは統計的有意差(*, 危険率5%、**, 危険率1%) をそれぞれ示す。
なお、本研究は東京大学大気海洋研究所遺伝子組換え生物等安全専門委員会の承認のもと、「遺伝子組換え生物等の使用等の規制による生物の多様性の確保に関する法律」、「東京大学遺伝子組換え生物等の使用等実施規則」並びに「東京大学大気海洋研究所遺伝子組換え生物等の使用等実施規則」を遵守して実施されました。
関連情報
「研究トピックス:生体異物代謝酵素遺伝子のノックアウトによる海洋汚染研究モデル魚の作出」(2022/3/25)https://www.aori.u-tokyo.ac.jp/research/topics/2022/20220325.html
発表者・研究者等情報
東京大学大気海洋研究所井上 広滋 教授
髙木 俊幸 助教
神田 真司 准教授
ムハンマド ラフマド ロヤン 外国人研究員
兼:ノルウェー生命科学大学 研究員
マレーシア国際イスラム大学
スハイラ ルスニ 助教授
沖縄科学技術大学院大学
善岡 祐輝 日本学術研究会特別研究員PD
現:アカデミア・シニカ(台湾) 日本学術振興会海外特別研究員
インドネシア国立研究革新庁
ヒルダ マルディアナ プラティウィ 研究員
鹿児島大学
水産学部
宇野 誠一 教授
大学院連合農学研究科
北條 裕也 博士課程学生
長浜バイオ大学バイオサイエンス学部
竹花 佑介 教授
現:熊本大学大学院先端科学研究部(理学系) 教授
京都大学農学研究科
木下 政人 准教授
論文情報
雑誌名:The FASEB Journal題 名:Cytochrome P450 1a (CYP1A)-knockout Javanese medaka fish exhibit diabetic traits and reduced reproductive capacity(6月23日付掲載)
著者名:Suhaila Rusni, Yuki Yoshioka, Hilda Mardiana Pratiwi, Toshiyuki Takagi, Muhammad Rahmad Royan, Yuya Hojo, Seiichi Uno, Shinji Kanda, Yusuke Takehana, Masato Kinoshita, Koji Inoue
DOI: 10.1096/fj.202502623R
URL:https://doi.org/10.1096/fj.202502623R
研究助成
本研究は、東京大学-日本財団FSI海洋ごみ対策プロジェクト、日本学術振興会研究拠点形成事業B.アジア・アフリカ学術基盤形成型(CREPSUM JPJSCCB20200009)および東京大学大気海洋研究所学際連携研究(JURCAOSIRG24-10)の支援を受けて実施されました。用語解説
(注1)シトクロムP450 1A(CYP1A)は、主に肝臓において、化学物質や薬物などの生体異物の代謝の最初の段階(フェーズ1)を担う酵素として知られているが、体内の物質の代謝における役割は十分にはわかっていない。哺乳類ではCYP1A遺伝子に重複が起こって2個になっているが、魚類では1遺伝子しかないため、CYP1Aの本来の機能を調べるうえでは都合がよい。(注2)CYP1A-KO系統は、マイクロプラスチックや化学物質に対する海水魚の生体応答を調べる目的で、CRISPR/Cas9法により2022年に作出された(関連情報)。ジャワメダカは、日本のメダカの同属近縁種で、東南アジアの河口域に生息している。日本のメダカと同様飼いやすいが、海水を好むため、海水中でのマイクロプラスチックや化学汚染物質の影響を調べるためのモデル種として用いられる。
(注3)トランスクリプトーム解析は、ある組織の遺伝子転写物(mRNA)を網羅的に解読する研究手法である。的を絞った遺伝子のみを解析する定量逆転写PCR法などとは異なり、未知の現象を予断なく検出できるため、今回のように意外な発見に結び付きやすい。
問い合わせ先
東京大学大気海洋研究所教授 井上 広滋(いのうえ こうじ)
E-mail:inouek◎aori.u-tokyo.ac.jp※アドレスの「◎」は「@」に変換してください。
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