\日本の伝統芸術を、しなやかなロボットへ/ 伸ばすだけで回転する切り紙構造を開発
引っ張る力を回転の力(トルク)に変換する新しい構造設計
【注目の成果:共同研究・産学連携のためのチェックポイント】
![]() | しなやかに運動するソフトロボット・ソフトアクチュエータへの応用に期待 |
【産学連携対象 全学共通分野 Discovery Saga】
【持続可能な開発目標(SDGs)】
【Sagaキーワード】
ウェアラブル/ウェアラブルデバイス/カイラリティ/幾何学/数値シミュレーション/エステル/ポリエステル/持続可能/せん断/持続可能な開発/アクチュエータ/シミュレーション/ソフトアクチュエータ/トルク/レーザー/レーザー加工/ロボット/境界条件/構造設計/有限要素法/ステント
2026-6-5●自然科学系基礎工学研究科教授垂水 竜一発表のポイント
円筒構造に傾斜した切れ目を導入することで、真っ直ぐに引き伸ばすと自発的に回転する「円筒型切り紙カイラル構造体」を開発これまでは引き伸ばす方向と直角な切れ目を持つ切り紙構造体の研究が中心的で、傾斜した切れ目(カイラリティ)が構造体の運動に与える影響は知られていなかった
この構造体は「力とトルクの変換機構」を備えており、しなやかに運動するソフトロボット・ソフトアクチュエータへの応用に期待
発表概要
大阪大学大学院基礎工学研究科の橋口勲武さん(研究当時:博士後期課程)、中原朋香さん(研究当時:博士前期課程)、福井康太さん(研究当時:博士前期課程)、小林舜典助教、垂水竜一教授の研究グループは、日本の伝統芸術である「切り紙」の発想をもとに、「傾斜した切れ目」を周期的に配置した「円筒型切り紙カイラル構造体」を考案し、これを引き伸ばしたときに生じる回転変形の特徴を明らかにしました。これまでの切り紙構造の研究では、引き伸ばす方向と直角に切れ目を入れた構造体の解析が大半を占めており、切れ目を傾けたときに生じるせん断変形(横ずれ変形)については十分に理解されておらず、応用も進んでいませんでした。
研究グループでは、このような切り紙を丸めて円筒形にし、端と端がつながった状態として扱う「周期境界条件」を導入することで、横方向のせん断変形が円筒の周方向に沿った回転変形に変換されることに着目し、その変形がどのようなメカニズムで起きるのかを幾何学的な理論を用いて明らかにしました。さらに、この理論予測はポリエステルシートを用いた力学実験と、有限要素法を用いた数値シミュレーションの両方によって定量的に検証されました。その結果、切れ目の傾斜角、すなわちカイラリティが、構造体の回転量やポアソン比にどのような影響を与えるのかが初めて明らかになりました。
本研究で開発された円筒型切り紙カイラル構造体は、それ自身が「力と回転の力に変える」という特異な力学的機能を持っています。そのため、今後はソフトロボットやソフトアクチュエータなど、柔らかくしなやかな動作が求められるデバイスへの応用が期待されます。
本研究成果は、英国科学誌「Royal Society Open Science」に、5月21日(水)8時(日本時間)に公開されました。

図1. 開発した切り紙カイラル構造体とその変形過程。傾斜した切れ目の開口が回転変形を生み出す。
研究の背景
「切り紙」は日本で長く親しまれてきた伝統芸術の一つです。紙に切れ目を入れることで、開いた際に局所的な面外変形が生じ、これによって高い伸縮性を持たせられることが大きな特徴です。近年では、こうした切り紙の考え方を取り入れた構造設計が、伝統芸術の枠組みを越えて工学分野でも注目されるようになっています。特に、切り紙構造が持つ高い柔軟性と軽量性を活かして、ウェアラブルデバイスや医療材料、ソフトロボットなどへの応用が進められています。これまで、切り紙をモチーフにした構造設計では、切れ目の導入による伸びやすさを最大化するため、変形方向と直交する切れ目を入れる方法が主に採用されてきました。一方で、変形方向に対して傾いた切れ目を導入した場合には、切れ目の開口による面外変形が横方向のずれ、すなわちせん断変形を誘起することが知られていました。しかしながら、その力学的なメカニズムは十分に解明されておらず、また、この現象を利用した応用研究もほとんど進んでいませんでした。
研究の内容
研究グループは、長方形の薄いポリエステルシートに対して、レーザー加工機を用いて傾斜した切れ目を周期的に導入しました。ここで、ポリエステルシートの座標軸に対して切れ目を右向きに傾けるか、左向きに傾けるかによって、作成される円筒構造には右手系と左手系の違い、すなわちカイラリティ(対掌性)が導入されます。カイラリティは、この切り紙構造体の幾何学的な特徴を表す重要な指標です。このようなカイラリティを持つポリエステルシートを丸めて円筒形にすると、カイラリティを備えた円筒型切り紙構造体が得られます。この構造体では、カイラリティによって生じるせん断変形が円筒の周方向に沿って旋回するため、平面上では横ずれとして現れる変形が、円筒に自然に吸収されて回転変形へと変換されます。研究グループはこの幾何学的な性質に着目し、カイラリティの異なる複数の円筒型切り紙構造体を作成して、系統的な力学実験を行いました。その結果、円筒構造体の回転量は切れ目の傾斜角に応じて連続的に変化し、傾斜角が大きいほど顕著な回転変形を示す一方で、伸長のしやすさは低下する傾向があることが分かりました。また、円筒の半径に注目すると、傾斜角が小さい構造では引き伸ばすにつれて円筒は細くなるのに対して、傾斜角が大きい構造では逆に半径が増加する変形が確認されました。これは、構造体のポアソン比が切れ目の傾斜角に応じて変化することを示しています。このように、円筒型切り紙カイラル構造体に現れる多様な変形挙動は、本質的には傾斜した切れ目の開口挙動に起因します。そこで、研究グループは「開口角度」を変数とした幾何学理論を構築し、そこから理論的に予測される回転変形や、ポアソン効果による円筒半径の変化を実験結果と比較しました。その結果、切れ目の開口角度という単一の幾何学量を用いるだけで、カイラリティに応じて複雑に変化する構造体の回転量やポアソン比を説明できることが確認されました。
さらに、切れ目が実際にどのように開いていくのかを詳しく調べるため、研究グループは有限要素法を用いた変形過程の数値シミュレーションも行いました。その結果、切れ目の傾斜角が小さい構造では円筒内で同じ高さにある切れ目が一斉に開き、その変形が引き伸ばし方向に沿って順次伝わっていく様子が確認されました。これは、これまで広く研究されてきた切り紙構造体に見られる典型的な変形様式と一致しています。これに対して、傾斜角が大きい構造では初期の開口が傾斜角に沿ったらせん状に進み、その後、そのらせんを中心として帯の幅が広がるように開口が伝播していく様子が確認されました。この傾向は、実験結果を再現しています。このように、切れ目の開口による局所的な面外変形が、カイラリティに応じて変化する円筒構造体の回転変形やポアソン効果へと結びつくことが、理論、実験、シミュレーションの全てにおいて整合的に確認されました。この結果は、切り紙構造のカイラリティを新しい設計変数とすることで、構造体の回転運動を自在に制御できることを意味しています。
本研究成果が社会に与える影響(本研究成果の意義)
本研究で新たに開発した「円筒型切り紙カイラル構造体」は、円筒の長軸方向へ加えた力を、円筒を回転させる力(トルク)へと自動的に変換できる力学的機能を備えています。これは、単に柔らかいだけではなく、「引っ張る力を回転運動に変える」という働きを構造そのものが持っている点で、従来の柔軟材料には見られない大きな特徴です。今後は、このように高い柔軟性と運動変換機能を併せ持つ構造体として、ソフトロボットやソフトアクチュエータへの応用が期待されます。また、半径変化やねじれ量を設計できるという特徴も備えていることから、医療用ステントのように体内での拡張挙動を精密に調整する必要がある構造に対しても応用可能であると考えられます。さらに、理論モデルに基づく設計手法を発展させることで、用途に応じて必要な変形機能をあらかじめ組み込んだ、次世代の柔軟材料や機能構造の創製につながることが期待されます。
特記事項
本研究成果は、2026年5月21日(水)8時(日本時間)に英国科学誌「Royal Society Open Science」(オンライン)に掲載されました。タイトル: “Chirality-induced tension–rotation coupling in cylindrical kirigami structures”
著者名: Isamu Hashiguchi, Tomoka Nakahara, Kota Fukui, Shunsuke Kobayashi and Ryuichi Tarumi
DOI:https://doi.org/10.1098/rsos.250983
なお、本研究は、科学技術振興機構(JST)戦略的創造研究推進事業さきがけ(課題番号:JPMJPR1997)、科学技術振興機構(JST)科学技術イノベーション創出に向けた大学フェローシップ創設事業 (課題番号: JPMJFS2125)、および日本学術振興会科学研究費助成事業(課題番号:23K17317)の支援を受けて実施されました。
参考URL
垂水研究室 Web ページhttps://nonlinear-solidmechanics.org/
SDGsの目標

大阪大学 研究