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大阪大学 研究Discovery Saga
2026年6月10日

\量子力学でひもとく、動く分子の磁気の謎/ 流体の磁化率が増強する仕組みを解明

金属を使わないスピン材料「有機ラジカル」溶液の異常な磁気特性を初めて理論的に再現

【注目の成果:共同研究・産学連携のためのチェックポイント】
液晶・コロイド・高分子・生体分子など「動きながら相互作用する系」への展開が期待
【産学連携対象 全学共通分野 Discovery Saga】
数物系科学化学総合理工工学医歯薬学
【持続可能な開発目標(SDGs)】
【Sagaキーワード】
スピン系/ソフトマター/開放量子系/揺らぎ/量子スピン/磁化率/数値シミュレーション/液晶/高分子/磁性体/有機ラジカル/有機分子/持続可能/コロイド粒子/温度依存性/持続可能な開発/磁気特性/コロイド/シミュレーション/スピン/量子力学/ラジカル/生体分子
2026-6-4●自然科学系基礎工学研究科准教授内田 幸明

発表のポイント

有機ラジカルが「液晶相で結晶相より磁化率が大きくなる」現象の起源を、量子力学的シミュレーションにより初めて理論的に解明
流体中での分子衝突により生じる相互作用は、プラス・マイナスの「向きの効果」(一次項)が統計的に打ち消し合う一方、二乗されて常に正となる「大きさの効果」(二次項)が残留・蓄積し、磁化率を増強
平均場理論が磁性から液晶などへ拡張されてきたこれまでの流れを踏まえ、本理論の枠組みは将来的に、液晶・コロイド・高分子・生体分子など「動きながら相互作用する系」への展開が期待

発表概要

大阪大学大学院基礎工学研究科の内田幸明准教授、岸亮平准教授の研究グループは、有機ラジカル溶液の磁化率が固体より大きくなるという、従来の理論では説明できなかった現象の起源を、量子力学的シミュレーションを用いて初めて理論的に解明しました。
磁性体の性質を記述する平均場理論は、液晶など他のソフトマター系の記述へとその精神が受け継がれてきました。しかしいずれの理論も、分子が「静止している」あるいは「平均的な配置にある」ことを前提としており、流体中で分子が活発に動き・衝突し合う系の磁気特性を説明する理論は存在しませんでした。
本研究では、Lindblad型量子マスター方程式を用いて流体中の分子衝突を定式化し、「分子が動くことで磁化率が増大する理由」を初めて理論的に説明しました(図1)。この機構は有機ラジカルに限らず、液晶・コロイド・生体分子など「動きながら相互作用する系」が構造や機能を作り出す原理を根本的に理解する新しい発想として、将来的な展開が期待されます。
研究成果は、6月2日(日本時間)に米国化学会誌「The Journal of Physical Chemistry Letters」(オンライン版)に掲載されました。



図1. 有機ラジカル溶液中の分子衝突と量子スピンのモデル図。分子が衝突するたびにランダムな相互作用が生じる。

研究の背景

磁性体の性質を説明する「平均場理論」は、20世紀初頭にP. ワイスやW. ハイゼンベルクによって磁石の記述のために発展し、その後、液晶(テレビに使われている物質)の秩序を記述する理論などへと継承・拡張されてきました。
しかしこれらの理論はいずれも、分子が固定された格子や平均的な配置にある「静止した系」を前提としており、分子が流体中で活発に動き・衝突し合う系への適用は困難でした。
有機ラジカルとは、不対電子をもつ有機分子の総称で、金属を使わずにスピン機能を発現できる材料として注目されています。こうした分子が液晶相になると、固体よりも大きな磁化率が現れるという異常現象が実験で繰り返し報告されてきました。しかし、その起源は、静止系を前提とする従来の平均場理論では説明できず、長年の謎として残っていました。

研究の内容

内田准教授らの研究グループは、開放量子系の理論に基づくLindblad型量子マスター方程式を用い、流体中の分子衝突を「ランダムな強度の相互作用が生じるイベント」として定式化しました。
数値シミュレーションにより、二つの重要な事実が明らかになりました。
① 一次項は大きな揺らぎを持つが、統計的にゼロに収束する:衝突ごとに生じるランダムな相互作用の一次項は、多数の衝突にわたって互いに打ち消し合い、巨視的な磁化率への寄与はゼロになる。
② 二次項は小さいが、正であるため残り、磁化率を増強する:相互作用の二乗は常に正(ゼロ以上)であるため、打ち消し合わずに蓄積し、磁化率を増強する実効的な項として現れる。
この「二次項の残留効果」こそが、流体・溶液状態における磁化率増大の起源です。さらに、このモデルは実験結果と比較しても整合していました。また、磁化率の温度依存性や濃度依存性などの実験で検証可能な予測も得られました。

本研究成果が社会に与える影響(本研究成果の意義)

本研究が示した機構の意義は、その将来的な広がりへの期待にあります。
磁性の平均場的アプローチが磁石の記述から始まり液晶へとその精神が受け継がれてきたように、本研究の機構――「確率的な微視的相互作用の二次残留効果として巨視的な性質が生まれる」――も、スピン系を超えた、より広い現象への適用が将来的に期待されます。
例えば、コロイド粒子や高分子が溶液中で衝突・接触する系、あるいは生体細胞が互いに接触しながら集団的な挙動を示す系など、「動きながら相互作用する物体」全般がこの着想の射程に入りえます。
本研究は、こうした複雑な系をよりシンプルな考え方で理解して応用していく将来の展開を示唆する理論的な足がかりを提供するものです。

特記事項

本研究成果は、2026年6月2日(日本時間)に米国化学会誌「The Journal of Physical Chemistry Letters」(オンライン版)に掲載されました。
タイトル:"Stochastic Collision Theory of Magnetism in Radical Fluids"
著者名:Yoshiaki Uchida, Ryohei Kishi
DOI:https://doi.org/10.1021/acs.jpclett.6c01231
なお、本研究は、科学研究費助成事業(JSPS 科研費 JP22H02158・JP23K23426)の助成を受けて実施されました。また、一部の計算は分子科学研究所の計算科学研究センター(岡崎)の計算資源を利用しました(課題番号:24-IMS-C050, 25-IMS-C051)。

参考URL

内田 幸明 准教授 研究者総覧
https://rd.iai.osaka-u.ac.jp/ja/38f7749e478231d1.html
岸 亮平 准教授 研究者総覧
https://rd.iai.osaka-u.ac.jp/ja/10bc939add491b7c.html

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