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山形大学 研究Discovery Saga
2026年6月3日

エルゴステロールの合成を制御する新しい仕組みを発見

~“膜の接触部位”が合成調節の鍵~

【注目の成果:共同研究・産学連携のためのチェックポイント】
酵母細胞が「グルコース不足」を感知し,NVJ領域において脂質(エルゴステロール)合成を調節する新しい仕組みを発見
【産学連携対象 全学共通分野 Discovery Saga】
複合領域生物学工学農学医歯薬学
【Sagaキーワード】
環境変化/オルガネラ/グルコース/栄養飢餓/生産技術/持続可能/エタノール/膜構造/発酵/スクアレン/バイオ燃料/ビタミン/ビオチン/細胞膜/アジュバント/蛍光タンパク質/アレン/ストレス応答/ビタミンD/ミトコンドリア/細胞生物学/脂肪酸/コレステロール/ストレス/ワクチン/脂質/脂質代謝/真菌

掲載日:2026.06.02


本件のポイント

細胞内の「核膜と液胞膜が接触する領域Nucleus-Vacuole Junction(NVJ)」に特異的に集まる新しい因子を複数発見
酵母細胞が「グルコース不足」を感知し,NVJ領域において脂質(エルゴステロール*)合成を調節する新しい仕組みを発見
ワクチンアジュバント*などの医薬品や化粧品原料の生産技術への応用が期待

リリースペーパーはこちら

発表概要

山形大学理学部の田村康教授が主宰する研究グループでは,細胞内に発達した膜構造である「オルガネラ*」同士が接触する「メンブレンコンタクトサイト*」という新しい生物学的概念について研究を進めています。その研究の過程で今回,細胞がエネルギー不足(グルコース飢餓)を感知して脂質合成を調節する新しい仕組みを発見しました。本研究ではまず,「核膜と液胞膜が接触するメンブレンコンタクトサイト(NVJ)」に着目し,グルコース不足時にNVJに集まるタンパク質を複数発見しました。解析の結果,これらの因子が,エルゴステロール*合成に関わる重要な酵素をNVJへ集積させるなど,NVJの機能変化を引き起こすことで,脂質の過剰な産生を防ぐことを明らかにしました。興味深いことに,これらの調節因子を欠損させると,エルゴステロール合成が過剰に活性化し,その中間体であるスクアレン*などの脂質が細胞内に蓄積することがわかりました。また,細胞がグルコース飢餓を感知するに際に,脂肪酸を長くする酵素(脂肪酸伸長酵素)の働きが低下することで,NVJの機能変化が促進されることを発見しました。これは,膜を構成する脂質組成の変化が栄養飢餓に応答する鍵となることを示す新しい発見です。本発見は,細胞が環境変化を鋭敏に感知し,その情報に基づいて脂質代謝をはじめとする細胞機能をダイナミックに制御する仕組みの解明につながるものであると同時に,スクアレン*などの商業的に有用な脂質の生産技術の革新にも大きく貢献することが期待されます。本研究の成果は2026年6月2日付のJournal of Cell Biology誌にオンライン掲載されました。

背景

細胞の中には,異なる膜同士が接触する「メンブレンコンタクトサイト(MembraneContactSite, MCS)」と呼ばれる領域が存在し,オルガネラ膜間の脂質やイオンのやり取りや,オルガネラの動態に重要な役割を果たすことがわかってきました。しかし,MCSの存在がわかってきたのはここ10数年ほどで,MCSに集まるタンパク質や,MCSがもつ役割などはまだよくわかっていません。例えば,酵母細胞の核膜と液胞の接触領域であるNVJは,栄養不足時に急激に拡大することが知られていました。しかし,細胞が栄養不足を感知してNVJを拡大させるメカニズムや,拡大したNVJ領域にどのような生理的役割があるのかは不明でした。

研究手法・研究成果

田村康教授が主宰する研究グループは,MCS研究で世界をリードしており,MCSに存在するタンパク質を網羅的に解析できる研究手法(CsFiND*と命名)を独自に開発していました(Fujimoto et al.,Contact, 2023)。本研究ではこのCsFiNDをNVJ領域の解析に用いることで,グルコース不足のときにNVJに集まる3つの新規因子(Ypf1, Nsg1, Nsg2)を発見しました。これらの因子を解析した結果,① Ypf1が他のタンパク質をNVJへ集める足場として働くこと,② Nsg1とNsg2が脂質合成酵素(Hmg1)の働きを抑制的に調節すること,③ 脂肪酸伸長酵素の低下がグルコース飢餓時のNVJの機能変化を促進することを発見しました。興味深いことに,脂質の「作りすぎ」を防ぐブレーキとなるNsg1とNsg2を細胞から除去すると,脂質(エルゴステロール)合成が過剰に活性化し,その中間体であるスクアレンなどの商業的に価値の高い脂質が細胞内に蓄積することを見出しました。

今後の展望

本研究で明らかとなった「細胞がエネルギー不足を感知して脂質合成を制御する新しい仕組み」は,細胞のストレス応答機構や脂質代謝制御の基本原理の理解を大きく前進させるものです。さらに本知見は,基礎科学にとどまらず,産業応用においても大きなインパクトをもたらす可能性があります。特に,本研究によって明らかとなった脂質の「作りすぎ」を抑えるブレーキ機構の制御原理は,有用脂質の生産量を効率よく高めるための新たな戦略につながると期待されます。例えば,ワクチン補助剤や化粧品原料として利用されるスクアレンや,ビタミンDの原料であるエルゴステロールなどの有用脂質について,より高効率な生産技術の開発につながる可能性があります。また,エルゴステロールは酵母のエタノール耐性にも関与することが知られており,本研究成果はバイオ燃料や酒類生産における発酵効率の向上といった分野への応用も期待されます。

研究助成

本研究は,科研費「課題番号:JP20H05689,JP22H02568,JP25K02220」,日本医療研究開発機構(AMED-CREST)「課題番号:JP20gm5910026」,武田科学振興財団,山田科学振興財団,コーセーコスメトロジー研究財団の支援により実施されました。第1著者の藤本慎太郎は日本学術研究員特別研究員(DC2)でした。

用語解説

    エルゴステロール:酵母などの真菌の細胞膜に含まれる脂質の一種で,細胞膜の構造や安定性を保つ重要な成分。ビタミンDの原料としても利用される。
    ワクチンアジュバント:免疫反応を強くする働きがあり,ワクチンの効果を高める補助物質。
    オルガネラ:細胞内に存在する脂質の膜で隔離された構造で,それぞれが特定の役割を持つ。例として,核やミトコンドリア,液胞などがある。
    メンブレンコンタクトサイト:細胞内で異なる膜構造(オルガネラ膜同士)が非常に近づいて接触している領域。一般にタンパク質間の相互作用によって形成され,物質や情報のやり取りが行われる重要な領域である。近年発見された比較的新しい概念で,細胞生物学において最も注目されている研究対象の一つ。
    スクアレン:エルゴステロールやコレステロールの合成過程で生じる中間体の脂質分子。ワクチンのアジュバントや化粧品原料,健康食品などに広く利用されており,商業的にも重要な物質。現在は主にサメの肝油を原料として生産されており,持続可能な生産方法の開発が求められている。
    CsFiND:田村研究室で開発された,細胞内のメンブレンコンタクトサイト(MCS)に存在するタンパク質を特異的に見つけ出す解析手法。2つに分断して不活性化した蛍光タンパク質とビオチン化酵素を,それぞれ異なるオルガネラ膜上に発現させる。これらのタンパク質断片がMCSで近接することで再構成して活性をもつようになるため,MCSを可視化すると同時にMCS周辺のタンパク質をビオチン化標識できる。

論文情報

掲載雑誌 雑誌名: Journal of Cell Biology
著者: 藤本慎太郎1,田村康2. 
所属: 1. 山形大学大学院理工学研究科 2.山形大学理学部
題名: Glucose starvation signaling via nucleus–vacuole junction remodeling controls ergosterol synthesis
DOI:10.1083/jcb.202506071

参考リンク

研究者情報-田村 康 教授
理学部
田村研究室