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東京科学大学 研究Discovery Saga
2026年6月2日

鉄と水素の結合を結晶内で安定化

レドックス非対称性で鉄系酸水素化物を実現

【注目の成果:共同研究・産学連携のためのチェックポイント】
「レドックス非対称性」は、固体中の酸化還元反応を制御する新しい材料設計指針になると期待
【産学連携対象 全学共通分野 Discovery Saga】
数物系科学化学総合理工工学総合生物農学医歯薬学
【Sagaキーワード】
結晶格子/X線吸収分光/対称性/非対称性/J-PARC/SPring-8/X線回折/ルビジウム/中性子/中性子回折/放射光/放射光X線/タンタル/プロトン伝導/酸化還元反応/触媒反応/窒素固定/反応機構/有機金属化学/混合原子価/有機金属/材料科学/ヒドリド/酸化物イオン伝導体/酸素欠損/イオン伝導体/バナジウム/プロトン伝導体/固体酸/新物質/遷移金属/アパタイト/ペロブスカイト/持続可能/分光測定/還元反応/イオン伝導/チタン/ニオブ/希土類/局所構造/固体化学/固体酸化物形燃料電池/材料設計/磁性材料/水素化物/電池/燃料電池/分離膜/コバルト/ひずみ/環境負荷/機能性材料/酸化還元/酸化物/水素化/第一原理/第一原理計算/電解質/生体内/機能性/結晶構造/プロトン/レドックス/水素ガス/カチオン/ルテニウム

2026年6月2日 公開

ポイント

初の鉄系ペロブスカイト型酸水素化物:還元されにくいタンタルの部分置換により、ヒドリドの導入に成功。
レドックス非対称性に基づく設計原理の提示:Fe/Taに加えてFe/Nb、Fe/Hf系にも適用可能であり、従来困難であった元素系へと酸水素化物の設計空間を拡張することに成功。
固体中でのFe–H結合の安定化:Fe2+とFe3+が共存する状態でFe–H結合を安定化し、さらに分子性のFe–H種とは異なり、空気中や水中でも安定に存在。

概要

酸水素化物[用語1]は、酸化物中に負の水素イオン(
ヒドリド[用語2])を導入した材料で、触媒などへの応用が期待されています。特に、組み合わせる遷移金属種が機能を決める重要な要素であり、安価で低毒性な鉄は有望視されています。一方で、鉄系酸化物を強く還元すると、ヒドリドが入らずに酸素が抜けた酸素欠損相へ変化するため、鉄系酸水素化物は未開拓でした。

東京科学大学(ScienceTokyo)理学院化学系 八島正知 教授、齊藤馨 助教、京都大学大学院工学研究科 笹原悠輝 特定研究員(学振PD)(研究当時、現:北海道大学大学院工学研究院 助教)、同研究科 陰山洋 教授、九州大学大学院工学研究院材料工学部門 藤井進 准教授、名古屋工業大学物理工学類 壬生攻 教授らの研究グループは、鉄-水素結合を含む初のペロブスカイト型酸水素化物BaFe0.5Ta0.5O2.7H0.3の合成に成功しました。還元されやすい鉄と還元されにくいタンタルを組み合わせることで、タンタルが5価のまま構造を支え、O2−/H置換が進むことを見いだしました。この「レドックス非対称性」は、固体中の酸化還元反応を制御する新しい材料設計指針になると期待されます。

本成果は、2026年6月1日20時(現地時間)に国際学術誌「Journal of the American Chemical Society 」のオンライン版に公開されました。


図. 還元されやすい鉄と還元されにくいタンタルを組み合わせることで、レドックス非対称性により初の鉄系ペロブスカイト型酸水素化物の合成に成功(Kyoto Univ. and Hokkaido Univ. / Yuki Sasahara)

背景

鉄は、地殻中に最も豊富な遷移金属であり、安価で低毒性な元素です。古くから顔料、磁石、触媒などに利用されており、持続可能な材料開発においても重要視されてきました。特に、鉄と水素が結合したFe−H結合は、有機金属化学や生体内の窒素固定酵素等において重要な反応中心として知られており、安価な鉄を用いた新しい触媒や反応材料の開発が期待されています。

一方で、Fe−H結合は一般に反応性が高く、分子性化合物としては不安定な場合が多くあります。このような水素種や結合を安定化する方法の一つが、無機固体中への固定です。酸化物中の酸素の一部を水素の負イオンであるヒドリドに置き換えた酸水素化物は、酸化物の安定な結晶骨格とヒドリドの高い反応性を併せ持つ材料として注目されています。これまでに、チタン、バナジウム、コバルト、ルテニウムなどを含む酸水素化物が合成され(図1)、イオン伝導や触媒などの機能が報告されています。

しかし、鉄酸化物をCaH2などの強い還元剤で処理すると、ヒドリドが導入されるのではなく酸素が抜けた酸素欠損相へと変化するため、Fe−H結合を含む鉄系酸水素化物は実現していませんでした。


図1.ペロブスカイト型酸水素化物ABO3−xHx(左)を形成するBサイトカチオンを周期表上にまとめました(右)。
灰色で示した元素は本研究以前に酸水素化物が報告されていた元素です。本研究では、還元されやすいが酸素欠損体を形成する鉄(赤)と還元されにくくヒドリド導入ができなかったタンタル、ニオブ、ハフニウム(青)を組み合わせることで、酸水素化物が形成可能になり、酸水素化物を形成可能な元素種を大きく広げることに成功しました。

研究成果

今回、研究グループは、鉄酸化物へのヒドリドの導入に向け、鉄とは対照的に還元されにくいタンタル、ニオブ、ハフニウムに着目しました。鉄とタンタルを同じBサイトに含むABO3
ペロブスカイト[用語3]型酸化物BaFe0.5Ta0.5O3をCaH2とともに加熱することで、BaFe0.5Ta0.5O2.7H0.3というFe−H結合を有する初めての酸水素化物の合成に成功しました。鉄とタンタルの酸化状態を調べると、反応後もタンタルは5価のまま保たれている一方で、鉄のみが低い酸化状態へ変化していることが分かりました。

第一原理計算により、反応機構を検討した結果、還元されにくいタンタルの近くで酸素空孔が生じると、周囲の結合バランスが大きく崩れ、局所的なひずみが生じることが分かりました(図2a)。一方、酸素が単に抜けるのではなくヒドリドで置き換わると、この結合バランスの偏りが緩和され、より安定な局所構造が得られます(図2b)。つまり、タンタルは単なる希釈元素や構造の安定化剤として働くだけではなく、酸素欠損からヒドリド導入へと還元反応ルートを制御する役割も果たしています。
得られたBaFe0.5Ta0.5O2.7H0.3は、空気中および水中でも安定していました。一般に、分子性のFe−H種が空気中や水中で不安定であることを踏まえると、Fe−H結合を結晶格子の中で安定化できたことは重要です。また、本物質では、強い還元条件で合成しているにもかかわらず、鉄が完全にFe2+まで還元されるのではなく、Fe2+とFe3+が共存する混合原子価状態として安定化されています。この点も、タンタルが鉄の還元の進み方を制御していることを示しています。

さらに、タンタルに加えてニオブやハフニウムを用いた場合でも酸水素化物を形成できることが分かりました。この結果は、還元されやすい元素と還元されにくい元素を組み合わせるレドックス非対称性が、鉄系酸水素化物を設計するための一般的な指針となり、これまで酸水素化物の形成が困難であった元素を含む物質群へと設計空間を大きく拡張できることを示しています(図1右)。


図2.(a)酸素空孔と(b)ヒドリド置換における局所構造を比較しています。
酸素空孔モデルではタンタル近傍で結合バランスが崩れ大きな歪みが生じるのに対し、ヒドリド置換モデルではヒドリドの導入により歪みが緩和され、より安定な構造が得られています。

今後の展開

本研究は、これまで未開拓だった鉄系酸水素化物の合成を可能にしたものです。鉄は触媒や磁性材料において重要な元素であり、その鉄とヒドリドを同じ結晶中で安定化できるようになったことで、新しい触媒材料、電子材料、磁性材料の開発が期待されます。

また、本研究の意義は新物質の合成にとどまりません。固体中で元素ごとの還元されやすさの違いを利用することで、強い還元条件下でも反応ルートを制御できることを示しました。従来、CaH2のような強い還元剤を用いる反応では、酸素欠損の形成や過還元、結晶構造の崩壊などが起こりやすく、狙った物質を得ることは容易ではありませんでした。本研究で示したレドックス非対称性は、「どの元素を還元させ、どの元素に構造を支えさせるか」を設計する考え方であり、固体中の酸化還元反応を制御する新しい指針になります。この考え方は、酸水素化物にとどまらず、電池材料におけるイオン挿入・脱離反応など、さまざまな固体化学分野における多様な化学反応への展開が期待されます。

付記

本研究の一部は、科学技術振興機構(JST) 戦略的創造研究推進事業 CREST(JPMJCR20R2)、JST 先端国際共同研究推進事業(ASPIRE)(JPMJAP2408)、JST 創発的研究支援事業(FOREST)(JPMJFR235X)、日本学術振興会 科学研究費助成事業(JP22H04914、JP22H05143、JP23KJ1151、JP25H01652、JP25K18095)の支援を受けました。放射光X線回折実験はSPring-8 BL02B2(課題番号2024B1923)、X線吸収分光実験はSPring-8 BL14B2(課題番号2025A1529、2025B1629)、中性子回折実験はJ-PARC iMATERIA(課題番号2025PM2002、2024PM2001、2023PM2001)で実施しました。また、メスバウアー分光測定は、文部科学省マテリアル先端リサーチインフラ(ARIM、JPMXP1225NI0407)の支援を受けて実施しました。

用語説明

[用語1]
酸水素化物:酸化物の中の酸素の一部を、ヒドリドに置き換えた材料のこと。酸化物の安定性とヒドリドの反応性を併せ持つ新しい機能性材料として注目されています。
[用語2]
ヒドリド:水素が負の電荷を帯びたイオン(H)のこと。正の電荷を帯びたイオンであるプロトン(H+)や水素ガス(H2)と比べて、強い還元力や高い反応性を有しており、イオニクスデバイスや触媒反応への活用が期待されています。
[用語3]
ペロブスカイト:ABX3(A: 比較的大きな陽イオン、B: 比較的小さな陽イオン、X: 陰イオン)という化学式で表される材料科学の分野で特に重要な結晶構造の1つ(図1左)。それぞれの結晶学的位置に様々な元素を取り込むことができることから、電子材料や触媒など、さまざまな機能性材料の基盤として広く利用されています。

論文情報

掲載誌:
Journal of the American Chemical Society
タイトル:
Redox Asymmetry Enables Fe–H Bonds in Perovskite Oxyhydrides(レドックス非対称性によりペロブスカイト型酸水素化物で鉄–水素結合を実現)
著者:
Yuki Sasahara, Susumu Fujii, Daichi Kato, Rina Terada, Tomoko Onoue, Kei Saito, Kei Morisato, Suraj Mahato, Ryotaro Tanabe, Masatomo Yashima, Ko Mibu, and Hiroshi Kageyama*
DOI:
10.1021/jacs.6c06588

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