免疫制御タンパク質の多量化機構を解明
タンパク質が集まることがシグナルとなる
【注目の成果:共同研究・産学連携のためのチェックポイント】
![]() | MyD88は悪性リンパ腫やシュニッツラー症候群など多くの疾患に関与しています。本成果は、これら病態の分子レベルでの理解や、将来的な治療戦略の開発につながることが期待 |
【産学連携対象 全学共通分野 Discovery Saga】
【Sagaキーワード】
先端技術/自己集合/ライブセルイメージング/AFM/ナノメートル/原子間力顕微鏡/政策研究/電子顕微鏡/電子顕微鏡法/セカンドメッセンジャー/生体内/リン酸/構造決定/病原菌/リンパ腫/クライオ電子顕微鏡/高速原子間力顕微鏡/層構造/病原体/免疫系/TLR/インターロイキン/悪性リンパ腫/炎症反応/細胞内シグナル/免疫制御/生体防御/分子機構/B細胞/キナーゼ/ラット/構造変化/細胞生物学/自然免疫/受容体/創薬/培養細胞/ウイルス/遺伝子/遺伝子診断
2026-5-27●生命科学・医学系生命機能研究科特任教授(常勤)難波 啓一発表概要
笠井一希 理学研究科博士課程学生(研究当時)/現 大阪大学大学院生命機能研究科特任研究員と杤尾豪人 同教授の研究グループは、自然免疫タンパク質MyD88がシグナル伝達の際に形成する多量体の構造を解明し、「多量化によるシグナル制御」の分子機構を明らかにしました。本研究は、紺野宏記 金沢大学准教授、成田哲博 名古屋大学准教授、大西秀典 岐阜大学教授、難波啓一 大阪大学特任教授(常勤)、古寺哲幸 金沢大学教授らとの共同研究です。病原体などから体を守る免疫システムにおいて、MyD88は受容体からのシグナルを細胞内に伝える役割を果たしています。その際、MyD88分子の「集積」が必須であることが知られていましたが、その集積の意義については十分に理解されていませんでした。本研究では、高速原子間力顕微鏡によるリアルタイム観察とクライオ電子顕微鏡による原子レベルの解析を組み合わせ、MyD88が形成する多量体の構造と、その生物学的意義を明らかにしました。MyD88は悪性リンパ腫やシュニッツラー症候群など多くの疾患に関与しています。本成果は、これら病態の分子レベルでの理解や、将来的な治療戦略の開発につながることが期待されます。
本研究成果は、2026年4月17日に国際学術誌「Nature Communications」にオンライン掲載されました。

図. MyD88が形作るリング状の多量体構造
左図.高速原子間力顕微鏡(HS-AFM)により捉えた多量体が一部崩壊した後に再構築されていく様子。
右図.クライオ電子顕微鏡法(cryo-EM)により明らかになった原子レベルでの多量体の詳細モデル。
nm(ナノメートル)は0.000000001 mのこと。
研究の背景
私達の体に備わった免疫系は生体内に侵入した異物や外敵を排除し、体を病気から守る防衛機構であり、その基礎研究は生物学のみならず医学的にも重要な意義を有します。自然免疫系において重要なタンパク質であるMyD88は、病原菌やウイルスが体内に侵入した際に、それを検知したTLRまたはIL-1Rに結合して集積し、下流のタンパク質群(キナーゼなど)を活性化させます。その結果、細胞外からのシグナルが細胞内へと伝わることで、炎症反応などの生体防御に必要な遺伝子群の発現が促されます。ライブセルイメージング研究により、一定数のMyD88が集まることではじめて、キナーゼ群と形成されるシグナル伝達複合体が安定化し、シグナルが「オン」になることが示されました。このことから、「集積したMyD88の数」がシグナルのオン/オフを決めるという「物理的しきい値(physical threshold)」モデルが提唱されています。しかし、MyD88が集積し形成する構造や形成メカニズム、そして集積することの生物学的意義についてはほとんど分かっていませんでした。本研究では、MyD88が自己集合して作る多量体の構造を原子レベルで明らかにし、それがどのようにシグナルの伝達を制御するかを調べました。
研究の内容
まず、MyD88のうち受容体との結合と自己集合を担うユニットであるTIRドメインを調製し、電子顕微鏡で観察したところ、リング状の多量体が自発的に形成されることを発見しました(図1左)。さらに、クライオ電子顕微鏡法を用いた原子レベルでの構造解析を行ったところ、リング状の多量体は、直列に並んだTIRドメインからなる二本の「鎖」が、反平行に結合した二層構造であることが明らかになりました(図1中)。個々のTIR分子に着目すると、単量体時とは構造の一部が大きく変化しており、これが隣接するTIR分子との強固な結合に寄与し、多量体を安定化していました(図1右)。次に、この多量体の生理的な意義を検証するために、培養細胞を用いてインターロイキン18(IL-1ファミリーの1つ)のシグナル伝達活性の試験を行いました。その結果、MyD88の多量化に関わる部位に変異を導入すると、シグナル伝達に大きな影響が現れることが確認されました。これにより、本研究で決定した多量体は細胞内でも形成されており、シグナル伝達に関与していることが示されました。ただし、細胞内では、リングそのものではなく、部分的な二本鎖状態が形成されていると考えられます。

図1. 集合したTIRMyD88ドメインが形作る多量体構造とその詳細
左図:生理的な条件下で一定時間静置後に観察したTIRドメイン。自発的にリング状構造を形成する。中図:クライオ電子顕微鏡により原子レベルで明らかになったリング状構造。26個のTIR分子がリング状に配列しており、それが2層に積み上げられている。右図:構造決定されたTIRの分子モデル(オレンジ)。既知の単量体の分子モデル(シアン)と重ね合わせると、右側に突き出したループ部分の構造が大きく異なる。多量化に伴いループの構造が変化していることが分かる。
続いて、この多量化のメカニズムを知るために、高速原子間力顕微鏡(HS-AFM)を用いた分子動態の観察を試みました。その結果、TIR分子が解離と再結合を繰り返す様子を分子レベルで可視化することに成功しました(図2左)。興味深いことに、多量体の再形成(TIR鎖の伸長過程)は観察画像上で反時計回りに相当する一方向にのみ起きました。多量体を構築するうえで、TIRドメインのループ部分の構造変化が必要であること(図1右)を踏まえると、ループ部分の再編成がエネルギー障壁となり、TIR鎖伸長の方向を制御していることが考えられます。さらに、このエネルギー障壁が、生体内でのMyD88の不要な自己集合を抑制し、誤ったシグナル伝達を防いでいる可能性も示唆されます。

図2. 高速原子間力顕微鏡によるリング状構造の動態観測
左図:崩壊(点線矢印方向)と再形成(実線矢印方向)を繰り返すTIR多量体をリアルタイムで観察した。崩壊はシアン・ピンク矢印の両方向で起こる一方、再形成は反時計回り(シアン矢印方向)でのみ進行する。右図:TIR多量体の上部にTLR受容体が結合する様子。TLRはMyD88と結合する細胞内領域のみを用いている。
最後に我々は、TIR多量体にTLR受容体が結合する様子をHS-AFM観察することにも成功しました(図2右)。これらの結果や他の生化学データも統合することで、「MyD88の多量化」がシグナルを伝達する過程であることが明らかになりました(図3)。すなわち、TLRやIL-1Rが活性化すると、複数のMyD88が局所的に集まり、ある一定の濃度に達するとMyD88はエネルギー障壁を乗り越え、4量体程度の「核」を形成できるようになります。一度、核ができれば多量体形成が急速に進み、下流のキナーゼ群の集積・活性化が引き起こされるのです。

図3. MyD88多量化を介したシグナル制御モデル
受容体によって一定数以上のMyD88が集められると多量化が始まりシグナル伝達が起きる。
波及効果、今後の予定
MyD88は、自然免疫や炎症応答における重要性から医薬分野で広く研究されてきた一方で、分子レベルでの動態や制御機構については不明瞭な点が多く残されていました。加えて、MyD88を介するシグナル伝達様式は、よく知られている細胞内シグナル伝達様式(リン酸化カスケード型やセカンドメッセンジャー型など)とは一線を画しており、いまだ十分な知見が蓄えられていない「タンパク質多量体形成によるシグナル制御」というユニークな機構を有します。本研究ではその分子論的理解に取り組み、従来にない解像度で構造や動態を明らかにしました。これにより、細胞生物学的実験により蓄積されてきた膨大な知見を、新たな側面から統合的に解釈することが可能となり、自然免疫シグナルのオン/オフ制御や疾患変異の影響を理解する手がかりが得られると見込まれます。MyD88の特定の変異(特にL252P(L265P)変異)は、B細胞リンパ腫の発症に深く関与し、遺伝子診断にも用いられています。興味深いことに、それら変異の多くは、本研究で解明した多量体の結合界面や構造変化が顕著な領域に位置していました。従って、これらの病原変異は多量体形成に大きな影響を及ぼすものと考えられます。多量体構造に基づいた今後の研究によって当該疾患の分子論的理解が進み、MyD88の多量体を標的とした新たな治療戦略の開発も期待されます。
論文情報
タイトル:Structural Mechanism of Receptor-Triggered MyD88 Oligomeric Assembly in Innate Immune Signaling(自然免疫シグナル伝達における受容体誘導型MyD88多量体形成の構造機構)著者:Kazuki Kasai1, Kayo Imamura1, Masatoshi Uno1, Shiho Nukui1, Naotaka Sekiyama1, Tomoko Miyata2,3, Fumiaki Makino2,3,4, Ryusei Yamada5, Yoshiki Takahashi5, Noriyuki Kodera6, Keiichi Namba2,3, Hidenori Ohnishi7,8,9, Akihiro Narita10, Hiroki Konno5,6, Hidehito Tochio1
1. Department of Biophysics, Graduate School of Science, Kyoto University, Kitashirakawa Oiwake-cho, Sakyo-ku, Kyoto, 606-8502, Japan.
2. Graduate School of Frontier Biosciences, The University of Osaka, 1-3 Yamadaoka, Suita, Osaka, 565-0871, Japan.
3. JEOL YOKOGUSHI Research Alliance Laboratories, The University of Osaka, 1-3 Yamadaoka, Suita, Osaka, 565-0871, Japan.
4. JEOL Ltd., Akishima, 3-1-2 Musashino, Akishima, Tokyo, 196-8558, Japan.
5. Graduate School of Natural Science and Technology, Kanazawa University, Kakuma-cho, Kanazawa, Ishikawa, 920-1192, Japan
6. WPI Nano Life Science Institute (WPI-NanoLSI), Kanazawa University, Kakuma-cho, Kanazawa, Ishikawa, 920-1164, Japan.
7. Department of Pediatrics, Graduate School of Medicine, Gifu University, 1-1 Yanagido, Gifu, 501-1194, Japan.
8. Laboratory of Intractable and Rare Diseases, Graduate school of medicine, Gifu University, 1-1 Yanagido, Gifu, 501-1194, Japan.
9. Center for One Medicine Innovative Translational Research (COMIT), Gifu University, 1-1 Yanagido, Gifu, 501-1194, Japan.
10. Department of Biological Science, Graduate School of Science, Nagoya University, Furo-cho, Chikusa-ku, Nagoya, 464-8602, Japan.
掲 載 誌:Nature Communications DOI:10.1038/s41467-026-71836-8
本研究は以下の支援により実施されました。
・科学技術振興機構(JST)・CREST(JPMJCR1762、JPMJCR23I5)
・日本学術振興会(JSPS)・科研費(23H02421)
・科学技術振興機構(JST)・次世代研究者挑戦的研究プログラム(JPMJSP2110)
・厚生労働省・難治性疾患政策研究事業(JPMH23FC1016、JPMH23FC1023)
・日本医療研究開発機構(AMED)・難治性疾患実用化研究事業(JP23ek0109623、JP24ek0109754)
・日本医療研究開発機構(AMED)・成育疾患克服等総合研究事業(JP25gn0110093)
・金沢大学・Bio-SPM技術共同研究課題
・日本医療研究開発機構(AMED)・創薬等先端技術支援基盤プラットフォーム事業(BINDS)(JP21am0101117)
・大阪大学・日本電子YOKOGUSHI協働研究所
・日本医療研究開発機構(AMED)・ライフサイエンス・創薬研究支援プロジェクト(BINDS)(JP24ama121003)
大阪大学 研究