肝がん免疫療法、“効く理由”の違いを初解明
血液による治療効果の予測と、患者さん一人ひとりに適した治療選択(個別化医療)の実現へ
【注目の成果:共同研究・産学連携のためのチェックポイント】
![]() | 治療前の血液免疫プロファイルから治療応答を予測できるバイオマーカー候補を同定し、患者ごとのより精密な治療選択や医療資源の最適化に貢献することに期待 |
【産学連携対象 全学共通分野 Discovery Saga】
【Sagaキーワード】
プロファイル/最適化/クローン/メモリ/ダイナミクス/一細胞/CD8/さんご/免疫系/TCR/メモリーT細胞/獲得免疫/肝炎/抗原提示/インターフェロン/がん免疫/がん免疫療法/肝がん/治療標的/微小環境/リンパ球/死亡率/地域医療/T細胞受容体/がん微小環境/病態解明/不均一性/免疫チェックポイント阻害剤/免疫治療/免疫療法/NK細胞/RNA/T細胞/モデル動物/肝細胞/肝細胞がん/血液/抗原/抗腫瘍効果/自然免疫/受容体/樹状細胞/阻害剤/免疫チェックポイント/免疫チェックポイント阻害薬/免疫応答/免疫学/免疫細胞/ウイルス/がん患者/バイオマーカー/遺伝子/疫学/個別化医療/低侵襲/非侵襲/薬物療法/臨床研究
2026-5-22●生命科学・医学系医学系研究科教授小玉 尚宏発表のポイント
肝細胞がんの標準治療である2つの複合免疫療法について、血液中の免疫細胞が反応する詳細な仕組みを世界で初めて比較・解明。アテゾリズマブ/ベバシズマブ(Atez/Bev)療法は、単球がNK細胞を活性化する「自然免疫系」の強化が奏効に重要であることを発見。
デュルバルマブ/トレメリムマブ(Dur/Tre)療法は、単球がT細胞を活性化する「獲得免疫系」のネットワークと、治療前のT細胞の多様性が奏効の鍵であることを解明。
治療前の血液免疫プロファイルから治療応答を予測できるバイオマーカー候補を同定し、患者ごとのより精密な治療選択や医療資源の最適化に貢献することに期待。
発表概要
大阪大学大学院医学系研究科の西尾啓特任助教(現 JCHO大阪病院)、小玉尚宏教授(消化器内科学)らの研究グループは、進行肝細胞がんに対する2つの主要な複合免疫療法(アテゾリズマブ/ベバシズマブ療法、およびデュルバルマブ/トレメリムマブ療法)について、全身の免疫系がどのように反応し、治療効果(奏効)の差がどこで生まれるのかを単一細胞レベル(シングルセル解析)で明らかにしました。肝細胞がんは予後不良で再発率も高いがんであり、近年は免疫チェックポイント阻害薬を組み合わせた複合免疫療法が第一選択で用いられています。しかし、同じ治療を受けても「効く患者」と「効かない患者」がおり、その理由は十分に分かっていませんでした。
本研究では、進行肝がん患者の血液から採取した免疫細胞を最新の単一細胞RNA解析(scRNA-seq)とT細胞受容体(TCR)解析によって詳細に調べ、治療の反応性を左右する免疫の特徴を明らかにしました。
その結果、アテゾリズマブ/ベバシズマブ療法は、活性化NK細胞サブセット(PRKCH高発現NK細胞)と単球を中心とする「自然免疫」を強く働かせる治療である一方、デュルバルマブ/トレメリムマブ療法は、CD8⁺T細胞と樹状細胞による「獲得免疫」を活性化し、TCR多様性の高い患者でより効果が出やすいことが分かりました。このことから両者が全く異なる免疫スイッチを入れて抗腫瘍効果を発揮していることが初めて示されました。
さらに、治療開始前の血液検査により、免疫細胞の構成やTCR多様性を調べることで、「どちらの治療がより効きやすいか」を事前に予測できる可能性も見いだされました。これは、患者さんごとに最適な治療を選ぶ「個別化免疫治療」の実現に向けた大きな一歩です。
本研究成果は、国際がん免疫学誌 Journal for ImmunoTherapy of Cancer(JITC) に2026年3月30日付で公開されました。

図1. 肝がん免疫療法の「効く仕組み」の違いを解明
Atez/Bev では単球と活性化NK細胞を中心とした自然免疫応答が、Dur/Tre では樹状細胞とCD8T細胞の活性化・クローン拡大を伴う獲得免疫応答が、奏効例で認められた。
研究の背景
肝細胞がん(HCC)は世界的に死亡率の高い難治性のがんの一つであり、診断時にすでに進行している症例では薬物療法が治療の中心となります。近年、免疫チェックポイント阻害剤を組み合わせた複合免疫療法(アテゾリズマブ/ベバシズマブ療法、およびデュルバルマブ/トレメリムマブ療法)が相次いで登場し、進行肝がんの予後は劇的に改善しました。しかし、これらの強力な治療法をもってしても、長期間の治療効果が得られる患者さんは一部に限られており、初期から効果を示さない症例も認められます。現在、臨床現場では性質の異なる複数の治療選択肢が存在していますが、「どの患者さんに、どちらの薬剤がより有効か」を治療開始前に見極めるための確実な指標(バイオマーカー)は依然として確立されていません。そのため、個々の患者さんに対して最適な薬剤を精密に選択するための科学的根拠が切実に求められてきました。
また、がんに対する免疫応答は、腫瘍内部だけでなく全身の免疫系が連動して起こる複雑な反応です。特に血液中の免疫細胞(末梢血単核球:PBMC)は、全身の免疫状態をリアルタイムに反映する鏡のような存在であり、低侵襲な検査対象として注目されています。しかし、作用機序の異なる2つの治療法が、全身の免疫細胞にどのような違いをもたらし、それが治療効果の差(奏効・無効)としてどのように現れるのか、その詳細なシステム免疫学的メカニズムはこれまで十分に解明されていませんでした。
こうした背景のもと、本研究では最先端のシングルセル解析技術を用いることで、全身の免疫細胞が治療に対してどのように応答し、どのような患者さんで効果が得られるのかを、細胞レベルで明らかにすることを目指しました。
研究の内容
本研究では、進行肝細胞がんに対して現在第一選択として用いられている2つの複合免疫療法(アテゾリズマブ/ベバシズマブ(Atez/Bev)、デュルバルマブ/トレメリムマブ(Dur/Tre))が、全身の免疫細胞にどのような変化を誘導し、それが奏効・無効の違いとしてどのように現れるのかを明らかにすることを目的としました。この目的のため、患者さんの末梢血を用いて、単一細胞RNA解析(scRNA-seq)とT細胞受容体(TCR)解析を組み合わせた包括的な免疫プロファイル解析を実施しました。まず、治療前後の主要免疫細胞の変化を網羅的に比較したところ、両治療群で共通して CD14⁺単球が最も大きく変化を示す細胞集団であることが分かりました(図2上段)。しかし、その変化の“方向性”は治療法によって大きく異なりました。
Atez/Bev奏効例では、CD14⁺単球が 抗原提示関連経路(MHC-II)を中心とした自然免疫活性化に向かう一方、Dur/Tre奏効例では Ⅰ型/Ⅱ型インターフェロン応答および炎症関連経路の誘導が顕著で、獲得免疫を立ち上げる方向に再プログラムされていました(図2下段)。

図2. レジメン毎で異なる免疫経路に再プログラムされるCD14⁺単球
Atez/Bev では CD14⁺単球が抗原提示関連経路(MHC-II)を中心に活性化し、自然免疫系の促進に向かう一方、Dur/Tre では CD14⁺単球がインターフェロン応答や炎症関連経路が顕著に誘導され、T細胞活性化に向かう獲得免疫型の変化が認められた。
次に、単球の変化が引き金となって活性化される下流のリンパ球集団を解析したところ、Atez/Bevの奏効例では NK細胞が強い細胞傷害プログラム(PRF1, NKG7, GZMH を中心とした細胞傷害分子)を獲得しており、単球との相互作用により自然免疫系が強く賦活化されることが分かりました。一方、Dur/Treでは、CD8⁺中心メモリーT細胞(Tcm)が エフェクター機能を備えた“effector-ready”状態へと転換し、単球や樹状細胞(cDC)による共刺激を受けながら獲得免疫が主体となって活性化していました(図3)。
さらに、Dur/Treの奏効例では、治療前からTCR多様性が高いこと、そして治療後に特定のT細胞クローンが顕著に拡大するという特徴的なダイナミクスが確認されました(図4)。一方、無効例では多様性が低く、治療後のクローン拡大もほとんど認められませんでした。この“治療前の多様性 × 治療後のクローン拡大”という組み合わせはAtez/Bevでは認められず、Dur/Tre特有の奏効パターンであることも明らかになりました。

図3. Atez/Bev は NK 細胞、Dur/Tre は CD8⁺T 細胞を中心に活性化する
奏効例では、Atez/Bev では NK 細胞で PRF1、NKG7、GZMH などの細胞傷害関連遺伝子が顕著に上昇し、自然免疫系による抗腫瘍反応が強く誘導された。一方、Dur/Tre では CD8⁺T 細胞で PRF1、GZMB などのエフェクター分子が治療後に大きく増加し、獲得免疫系が主体となる免疫活性化が認められた。
以上より、Atez/Bevは単球–NK細胞軸による自然免疫活性化を、Dur/Treは単球–T細胞軸による獲得免疫活性化を誘導するという、全く異なる免疫経路によって奏効に至ることが示されました。また、Dur/Treでは治療前のTCR多様性を含む血液中の免疫プロファイルが奏効と密接に関連しており、治療前の血液検査から治療効果を予測できるバイオマーカー候補として期待されます。

図4. Dur/Tre奏効例では治療前のTCR多様性が高く、治療後に特定クローンの拡大が観察された。この“治療前の多様性 × 治療後のクローン拡大”は Atez/Bev ではみられず、Dur/Tre 特有の奏効パターンであった。
本研究成果が社会に与える影響(本研究成果の意義)
本研究により、「Atez/Bev が効きやすい患者」「Dur/Tre が効きやすい患者」を事前に見分けるための手がかりが得られました。Atez/Bevでは自然免疫(特に単球–NK細胞軸)の活性化が奏効に重要であり、Dur/Treでは獲得免疫(CD8⁺T細胞)および治療前のTCR多様性が奏効に関連していました。これらの指標は、非侵襲的に測定可能なバイオマーカーとして、より精密な治療選択や医療資源の最適化に貢献することが期待されます
特記事項
本研究成果は、国際がん免疫学誌 Journal for ImmunoTherapy of Cancer(JITC) に2026年3月30日付でオンラインに掲載されました。【論文タイトル】Systemic immune profiling uncovers divergent mechanisms and predictive biomarkers of response to combination immunotherapies in hepatocellular carcinoma
【著者】Akira Nishio1,2, †,Takahiro Kodama1,†, Kazuma Daiku1, Kazuki Maesaka1, Satoshi Tanaka3, Yasutoshi Nozaki4, Tomohide Kurahashi5, Kengo Matsumoto6, Takatoshi Nawa7, Seiichi Tawara8, Yuki Tokuda2, Tasuku Nakabori9, Ryotaro Sakamori3, Kazuyoshi Ohkawa9, Masanori Miyazaki10, Shuhei Yamamoto1, Satoshi Shigeno1, Yuta Myojin1, Yuki Tahata1, Hayato Hikita1, and Tetsuo Takehara1
(†責任著者)
DOI:https://doi.org/10.1136/jitc-2025-013648
【所属】
1. 大阪大学大学院医学系研究科 消化器内科学
2. 地域医療機能推進機構(JCHO)大阪病院 消化器内科
3. 国立病院機構 大阪医療センター 消化器内科
4. 関西労災病院 消化器内科
5. 大阪労災病院 消化器内科
6. 市立豊中病院 消化器内科
7. 東大阪市立医療センター 消化器内科
8. 大阪急性期・総合医療センター 消化器内科
9. 大阪国際がんセンター 肝胆膵内科
10. 大阪けいさつ病院 消化器内科
本研究は、日本医療研究開発機構(AMED)肝炎等克服実用化研究事業 肝炎等克服緊急対策研究事業「NAFLD/NASHおよび非ウイルス性肝がんの病態解明と治療法開発」、次世代がん医療加速化研究事業「革新的な腫瘍不均一性モデル動物と多施設共同臨床研究による肝癌複合免疫療法効果予測バイオマーカー探索」、革新的がん医療実用化研究事業「がん進展過程における疑似時間解析を利用したがん微小環境構成細胞間のネットワーク解明と新規治療標的の探索」,日本学術振興会(JSPS)科学研究費補助金研究の一環として行われました。
大阪大学 研究