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東京科学大学 研究Discovery Saga
2026年5月19日

血球細胞と周囲組織間の酸素輸送動態をシミュレーションすることに成功

物質輸送現象の解析を可能にする新しい数理基盤の構築

【注目の成果:共同研究・産学連携のためのチェックポイント】
本シミュレーション技術と知見は、生命科学分野に留まらず、エネルギーや材料創成といった各種工業分野における物質輸送動態の解明やその制御に応用されることが期待
【産学連携対象 全学共通分野 Discovery Saga】
情報学環境学数物系科学工学総合生物農学医歯薬学
【Sagaキーワード】
スーパーコンピュータ/情報基盤/空間分布/酸素濃度/輸送現象/数値シミュレーション/流動特性/物質輸送/シミュレーション/ネットワーク構造/動特性/二酸化炭素/親水性/酸素分圧/血流/生体内/炭化水素/脂質二重膜/人工臓器/動脈瘤/脳動脈瘤/毛細血管/ゆらぎ/ヘモグロビン/リン脂質/血液/赤血球/低酸素/脂質

2026年5月18日 公開

ポイント

生体内の酸素輸送は血管内の
赤血球[用語1]の流れや血液と周囲組織間の酸素授受に関する化学反応が同時進行する複雑な現象であり、その描像は実験的にも計算科学的にも難しい。
酸素輸送に関わる物理現象(赤血球流動、
ヘモグロビン[用語2]
酸素化・脱酸素化[用語3]、反応移流拡散、組織の酸素消費)を一元化する数理モデルを構築することによって、赤血球と毛細血管網、そして組織から成る混合系の酸素動態を数値シミュレーションすることに成功した。
本シミュレーション技術と知見は、生命科学分野に留まらず、エネルギーや材料創成といった各種工業分野における物質輸送動態の解明やその制御に応用されることが期待される。

概要

生命活動に不可欠な酸素循環は、血液中の主要な細胞である赤血球と、血管を介した組織との間の酸素授受によって達成されます。このプロセスは、
赤血球膜[用語4]に覆われた細胞内のヘモグロビンが肺で取り込まれた酸素と結合し、輸送先の各臓器で酸素を解離するという、化学反応と物質輸送に支持されています。このように、生体内の酸素動態は、物理的界面である赤血球膜と血管を介して、化学反応・移流・拡散・消費といった階層が異なる複数の現象が同時に進行するため、その全体像を捉えることは実験的にも計算科学的にも困難とされてきました。一方で、酸素動態の可視化は、生命活動の根幹を描像することそのものであり、その技術的達成が望まれてきました。

東京科学大学(ScienceTokyo)工学院機械系の伊井仁志教授、九州大学大学院工学研究院の武石直樹准教授は大阪大学大学院基礎工学研究科の研究グループと共同で、上記の酸素輸送に関わる物理現象(赤血球流動、ヘモグロビンの酸素化・脱酸素化、反応移流拡散、組織の酸素消費)を一元化する数理モデル(混合化方程式)を構築しました。これにより、赤血球膜内部・血管内部(
血漿[用語5])・組織から成る大規模な混合相での酸素動態を数値シミュレーションすることに成功しました。その結果、血管網の各所で赤血球の不均一な時空間分布が形成された場合でも、酸素分圧に応じた赤血球からの酸素放出が、組織内の酸素濃度分布を均一化させる自己調節機構として機能することを明らかにしました。さらに、血管網の各所における流動抵抗(
見かけの粘性[用語6])は、同一の赤血球体積率の条件下であったとしてもゆらぎを示すこと、また、このゆらぎが血管ネットワーク構造や赤血球の変形に由来していることを明らかにしました。これは、血管内部の流動特性を決定論的に推定することの難しさを示唆しています。
本シミュレーション技術と解析によって得られた知見は、臓器特異的な機能発現の機序解明や人工臓器の設計、さらには新たなドラッグ・デリバリー技術の開発への応用が期待されます。また、構築した一元化モデルは酸素輸送に限らず、化学反応が伴う物質輸送問題全般へと拡張可能です。そのため、生命科学分野に留まらず、エネルギーや材料創成といった各種工業分野における物質輸送動態の解明やその制御機構の開発への応用が期待されます。

本研究成果は「International Journal of Heat and Mass Transfer 」に2026年4月28日(火)(日本時間)に掲載されました。


参考図:流動する赤血球の内部と周囲、そして組織における酸素動態の数値シミュレーションの例。

背景

生命活動に不可欠な酸素循環は、血液中の主要な細胞である赤血球と血管を介した血管周囲組織との酸素授受によって達成されます。この過程は、赤血球膜に覆われた内部のヘモグロビンが肺に取り込まれた酸素と結合し、輸送先の各臓器で酸素を離脱する化学反応と物質輸送に支持されています。このように、生体内の酸素動態は、物理的界面となる赤血球膜と血管を介して、化学反応・移流・拡散・消費といった階層が異なる複数の現象が同時に進行するため、これを捉えることは実験的にも計算科学的も困難とされてきました。一方で、酸素動態の可視化は、生命活動の根幹を描像することそのものであり、その技術的達成が望まれてきました。

研究成果

東京科学大学工学院の伊井仁志教授と九州大学大学院工学研究院の武石直樹准教授は大阪大学大学院基礎工学研究科の研究グループと共同で、上記の酸素輸送に関わる物理現象(赤血球流動、ヘモグロビンの酸素化・脱酸素化、反応移流拡散、組織の酸素消費)を一元化する数理モデル(混合化方程式)を構築しました。本手法は、異なる相間の境界を滑に接続することで、不連続界面に関する複雑な数値的取り扱いを簡便化しつつ、数学的厳密性を維持したアプローチです(図1上)。これにより、赤血球膜内部・血管内部(血漿)・組織から成る大規模な混合相での酸素動態を数値シミュレーションすることに成功しました(図1下)。その結果、血管網の各所で赤血球の不均一な時空間分布が形成された場合でも、酸素分圧に応じた赤血球からの酸素放出が、組織内の酸素濃度分布を均一化させる自己調節機構として機能することを明らかにしました。さらに、血管網の各所における流動抵抗(見かけの粘性)は、同一の赤血球体積率の条件下であったとしてもゆらぎを示すこと、また、このゆらぎが血管ネットワーク構造や赤血球の変形に由来していることを明らかにしました。これは、血管内部の流動特性を決定論的に推定することの難しさを示唆しています。


図1. 単純化された毛細血管網を流動する赤血球(上)、および、赤血球内部相・血漿相・組織相における酸素飽和度(左下)と酸素濃度(右下)に関する数値シミュレーションの例。

今後の展開

本シミュレーション技術と解析によって得られた知見は、臓器特異的な機能発現の機序解明や人工臓器の設計、さらには新たなドラッグ・デリバリー技術の開発への応用が期待されます。また、構築した一元化モデルは酸素輸送に限らず、化学反応が伴う物質輸送問題全般へと拡張可能です。そのため、生命科学分野に留まらず、エネルギーや材料創成といった各種工業分野における物質輸送動態の解明やその制御機構の開発への応用が期待されます。

付記

本研究は JSPS科研費 (JP25K07570)および公益財団法人JKA(オートレース)の助成を受けたものです。また、本シミュレーションの一部は、理化学研究所計算科学研究センターが提供するスーパーコンピュータ「富岳」および名古屋大学情報基盤センターのスーパーコンピュータ「不老」を用いて実施されました。

用語説明

[用語1]
赤血球:血液中に存在する細胞の約99%を占める主要な血液細胞であり、各臓器への酸素を輸送および二酸化炭素を回収する役目を担う。
[用語2]
ヘモグロビン:赤血球内部に存在する鉄分を含んだタンパク質であり、酸素と結合した酸素化ヘモグロビンと酸素との結合が解除された脱酸素ヘモグロビンの状態が存在する。
[用語3]
酸素化・脱酸素化:酸素化(oxygenation)はヘモグロビンが肺で酸素と結合する過程、脱酸素化(deoxygenation)はヘモグロビンが組織で酸素を放出する過程を言う。血液中の酸素化ヘモグロビンの割合を酸素飽和度と呼び、低酸素状態を定量するための重要な指標の一つである。
[用語4]
赤血球膜:親水性の頭部と疎水性の炭化水素鎖(尾部)をもつリン脂質が、疎水性部分を内側にして二層に重なった構造(脂質二重膜)のこと。酸素や脂溶性物質を透過させつつ、水溶性物質を遮断するバリア機能を有する。
[用語5]
血漿:血液の流体成分であり、血液の体積割合としては55%を有する。残り(45%)は血球成分から成る。
[用語6]
見かけの粘性:流体の物性値としての粘性µ0に加え、(変形)粒子が流れることによってもたらされる見かけ上(想定的な)の粘性µ*/µ0(=1+ δµ/µ0)あるいは流動抵抗のこと。

論文情報

掲載誌:
International Journal of Heat and Mass Transfer
タイトル:
Diffuse interface approach to oxygen transport and metabolism under blood flow dynamics in microcirculations
著者:
Naoki Takeishi, Junya Kobayashi, Shigeo Wada, Satoshi Ii
DOI:
10.1016/j.ijheatmasstransfer.2026.128822

関連リンク

プレスリリース 血球細胞と周囲組織間の酸素輸送動態をシミュレーションすることに成功—物質輸送現象の解析を可能にする新しい数理基盤の構築—(PDF)
脳動脈瘤の破裂リスクの可視化へ、 患者別に血流を再現する解析手法を開発 | Science Tokyoニュース

伊井 仁志 Satoshi Ii|Science Tokyo研究情報データベース (理工学系)
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