[Top page] [日刊 研究最前線 知尋] [Discovery Saga総合案内] [大学別アーカイブス] [Discovery Saga会員のご案内] [産学連携のご案内] [会社概要] [お問い合わせ]

東京大学 研究Discovery Saga
2026年5月18日

外来微生物の流入が変える北極海の物質循環

【産学連携対象 全学共通分野 Discovery Saga】
環境学数物系科学化学工学農学医歯薬学
【Sagaキーワード】
海氷/極域/極地/窒素循環/南極海/北極海/海洋/環境変動/数値シミュレーション/アンモニア/窒素固定/シミュレーション/シミュレータ/栄養塩/ベーリング海/リン酸/生態系/トレーサ/プランクトン/温暖化/海洋生態/海洋生態系/植物プランクトン/生物生産/生物多様性/微生物/物質循環/予測モデル/イミン/遺伝子

2026年5月15日
国立大学法人東京大学
国立研究開発法人海洋研究開発機構
大学共同利用機関法人情報・システム研究機構国立極地研究所

研究の成果

要約版PDF

発表のポイント

◆太平洋側北極海では、海氷融解後にベーリング海から窒素固定生物UCYN-A2が流入していることが明らかになりました。
◆UCYN-A2が栄養塩の乏しい北極海海盆域まで運ばれると、その海域の窒素・リン循環に影響を及ぼすことが明らかになりました。
◆本研究は、北極海の外から流入微生物が北極海の物質循環を変化させうることを示した初めての証拠です。



窒素固定生物がベーリング海から運ばれ、海氷融解が早い年は北極海海盆域(黒線以北)に到達し、その窒素固定によって物質循環に影響を及ぼす

発表概要

北極海は近年の温暖化によって海氷後退が進行しています。海氷の減少は太平洋側から北極海への海水の流入を強めるため、それに伴って北極海の外から多くの生物が流入していることが明らかになっています。これまで、こうした外から流入した生物が北極海の生物多様性に影響を及ぼし始めていることは示されてきましたが、物質循環への影響は明らかになっていませんでした。
東京大学大気海洋研究所の塩崎拓平准教授らによる研究グループは、海洋地球研究船「みらい」による北極海観測を通じて、海氷融解に伴い、ベーリング海から北極海海盆域(図1の黒線以北)まで窒素固定生物UCYN-A2が流入していることを明らかにしました。さらに、このUCYN-A2が北極海海盆域で活発に窒素固定(注1)を行うことにより、窒素循環だけでなくリン循環にも影響を及ぼしていることを明らかにしました。
近年、北極海では海氷融解の進行が加速するとともに、その時期も早まっています。加えて、海盆域では表層の貧栄養化(注2)も進行しています。このため、北極海の外から流入する窒素固定生物が、今後、北極海の物質循環に及ぼす影響はさらに大きくなると予想されます。

発表内容

北極海の温暖化は全球平均の約4倍という非常に速いペースで進行しており、それに伴って海氷の大幅な減少が生じています。こうした海氷減少は、北極海生態系に深刻な影響を及ぼすことが懸念されています。現在までに明らかになっている影響の一つが、北極海外からの生物の流入増加です。これは、低緯度から運ばれる海水の流入量増加や水温上昇に伴って生じる現象であり、「borealization (ボレアリゼーション)」(注3)という名で知られています。こうした外来の生物がすでに北極海の生物多様性に影響を及ぼし始めていることが示されています。そのため、これらの変化が物質循環にも波及する可能性は十分に考えられます。しかし、この可能性を直接的な観測によって実証された例は、これまでありませんでした。
本研究は窒素固定というプロセスに着目しました。窒素固定は窒素ガスをアンモニアに変換するプロセスで、一部の限られた原核生物が行うことができます。窒素固定は海洋中に他の生物が利用可能な窒素を供給することから、特に栄養塩の乏しい海(貧栄養海域)では重要なプロセスとなります。窒素固定の研究は、これまで熱帯・亜熱帯の貧栄養海域でよく進んできました。極域でも窒素固定が行われていることが近年、塩崎准教授を中心とする研究グループも含めて明らかになっていました(関連のプレスリリース①、②)。しかし、窒素固定の極域の窒素循環への役割についてはこれまであまり検討されてきませんでした。この要因の一つは、極域は熱帯・亜熱帯貧栄養海域に比べて窒素栄養塩が豊富にあると見なされていたからです。
観測は太平洋側北極海において2015–2020年に海洋地球研究船「みらい」を用いて実施されました(図1)。本研究では、窒素固定が物質循環に及ぼす影響を評価するため、海洋表層へ供給される窒素栄養塩の供給速度を調べました。海洋表層に供給される窒素栄養塩の主な供給源としては、窒素固定に加えて、深層からの硝酸塩供給が挙げられます。そこで本研究は、この深層由来の硝酸塩供給に対して、窒素固定がどの程度寄与しているのかを評価しました。その結果、2017年の特に北極海海盆域で窒素固定が場所によっては深層からの硝酸塩供給を上回るほど高い結果が得られました(図2)。観測海域は全て窒素栄養塩が基礎生産の制限要素となっていたことから、これらの海域では窒素固定が基礎生産をコントロールしていたことが分かりました。一方、それ以外の年はこのような窒素固定の基礎生産への強い寄与は観測されませんでした。また2017年は海盆域表層のリン濃度が他の年と比べて低くなっていました。このようなリン濃度の低下は窒素固定の活発な海域でよく見られる現象です。


図1 観測海域と観測点
矢印は海流を示す。点線は50m等深線、実線は100m等深線を示す。


図2 窒素固定、硝酸塩供給、窒素固定の硝酸塩供給に対する割合の各年の平均値
本研究では次に窒素固定を行う生物の群集組成を調べました。窒素固定を行うためにはニトロゲナーゼという酵素が必要になりますが、その酵素をコードする遺伝子の一つであるnifH遺伝子の多様性を調べることで窒素固定群集組成を調べることができます。調査の結果、2017年は観測を行ったほとんどの観測点でUCYN-A2というハプト藻に共生する窒素固定生物が主要となっていたことが示されました。この結果は、UCYN-A2が観測された窒素固定速度に影響していた可能性を示しました。そのため次に、UCYN-A2の現存量と窒素固定速度の関係を調べることとしました。UCYN-A2の現存量はそのnifH遺伝子をターゲットにqPCR法で定量しました。その結果、2017年は他の年と比べてUCYN-A2が海盆域も含めて北極海に広く分布していること(図3A)、さらに窒素固定速度と正の相関があることがわかりました。この結果は、2017年の高い窒素固定はUCYN-A2が要因であったことを強く示唆します。


図3 各年のUCYN-A2の現存量の水柱積算値と海氷融解のタイミング、ベーリング海峡の海氷融解のタイミングでベーリング海峡に散布されたトレーサーの9月における分布
これらの結果は、研究海域の窒素固定の理解において、UCYN-A2が鍵になることを示しています。そこで次に「何が北極海のUCYN-A2の分布を決めているのか」を明らかにすることを試みました。この問いに迫るため、本研究ではまず、UCYN-A2の現存量が高くなる水塊の特性を調べました。その結果、特に太平洋から流入する水にUCYN-A2が多くなることが示されました。すなわち、UCYN-A2は太平洋起源の水とともに北極海へ運ばれてきていることが示されたのです。さらに海洋研究開発機構の地球シミュレータを利用して数値シミュレーションを実施した結果、UCYN-A2の分布には海氷融解のタイミングが深く関与していることが明らかになりました(図3B,C)。2017年は、他の観測年と比べて海氷融解が特に早く進行した年でした。このことにより、2017年には他の年よりもUCYN-A2が北極海内部まで効率的に輸送されていたことが示されました。
本研究を行った海域は、北極海の中でも海氷減少が特に顕著な海域です。そのため、UCYN-A2が北極海へ流入する時期は今後さらに早まり、流入量自体も増加していく可能性があります。さらに北極海の海盆域は、海洋減少に伴う循環場の変化によって表層の貧栄養化が進行している海域として知られています(図4)。そのような海盆域までUCYN-A2が運ばれ、そこで窒素固定を行うことにより、現地の物質循環に影響を及ぼすと考えられます。近年の北極海における急速な環境変動を考えると、窒素固定は今後、北極海の物質循環を考える上で無視できないプロセスとなっていくことが見込まれます。そのため、今後はその実態解明と従来の予測モデルの見直しが必要となると考えられます。


図4 2002-2004年と2015-2020年の50mにおける硝酸塩濃度の分布
〈関連のプレスリリース〉
「プレスリリース① 北極海の「砂漠」で生物生産を支えるエネルギー供給源が明らかに ―窒素固定が北極海及び全海洋の窒素源として重要な可能性が―」(2018/5/23)https://www.jamstec.go.jp/j/about/press_release/20180523/

「プレスリリース② 南極海海氷域における窒素固定の発見 −窒素固定が全球プロセスであることが明らかに−」(2020/10/27)
https://www.aori.u-tokyo.ac.jp/research/news/2020/20201027-1.html

発表者・研究者等情報

東京大学大気海洋研究所
 塩崎 拓平 准教授
 原田 尚美 教授
海洋研究開発機構
 藤原 周 副主任研究員
 渡邉 英嗣 主任研究員
 西野 茂人 主任研究員(研究当時)(現:国立極地研究所 北極観測センター 教授)
 眞壁 明子 准研究副主任

論文情報

雑誌名:Global Change Biology
題 名:Enhancing role of nitrogen fixation in biogeochemical cycles of the Pacific Arctic
著者名:Takuhei Shiozaki, Amane Fujiwara, Eiji Watanabe, Shigeto Nishino, Naomi Harada, Akiko Makabe
DOI:10.1111/gcb.70910
URL:https://doi.org/10.1111/gcb.70910

研究助成

本研究は、文部科学省の「北極域研究加速プロジェクト(ArCS II)」「北極域研究強化プロジェクト(ArCS III)」、科研費特別推進研究(課題番号:JP23H05411)、挑戦的研究(萌芽)(課題番号:JP24K22347)、基盤研究(B)(課題番号:JP25K03239)の支援により実施されました。

用語解説

(注1)窒素固定
海洋中の多くの生物がそのままでは利用できない窒素ガス(N2)を、一部の微生物がアンモニアのように利用可能な形の窒素に変換する働き。海洋では、この過程が植物プランクトンの増殖を支える新たな窒素源となる。窒素固定生物は海洋中の利用可能な窒素栄養塩には依存しない一方、増殖のためにリン酸塩を必要とする。そのため、窒素固定が活発な海域では窒素栄養塩に対してリン酸塩が相対的に少なくなることがある。
(注2)貧栄養化
海水中の植物プランクトンの増殖に必要な栄養塩(主に硝酸塩)の供給が減少し、生物生産が起こりにくくなる現象。北極海海盆域では成層が強化され、深層から表層からの硝酸塩供給が弱まっている。
(注3)borealization(ボレアリゼーション)
温暖化や海氷減少に伴って、北極海に南方の海水や生物が流入し、北極の海洋生態系がより亜寒帯的な性質へ変化していく現象のことを指す。さらにこの現象は太平洋側北極海では「Pacification」、大西洋側では「Atlantification」という名でも知られる。

問い合わせ先

東京大学大気海洋研究所
准教授 塩崎 拓平(しおざき たくへい)
E-mail:shiozaki◎g.ecc.u-tokyo.ac.jp