微生物が織りなす「甘い蜜の酸っぱい秘密」と花粉管破裂
――糖は多いが窒素が少ない花蜜で生き抜くミクロ生物の栄養獲得戦略――
【注目の成果:共同研究・産学連携のためのチェックポイント】
![]() | 花を取り巻く動物–植物–微生物の生態系の理解に加えて、蜂蜜に含まれるグルコン酸の由来に花蜜の微生物も貢献する可能性を示すことから、食品基礎科学への波及も期待 |
【産学連携対象 全学共通分野 Discovery Saga】
【Sagaキーワード】
品質管理/キノリン/キノン/生物有機化学/卵細胞/グルコース/ミツバチ/遺伝情報/生存戦略/金属イオン/花粉管/花粉/生態系/精細胞/有機酸/微生物/ゲノム情報/機能解析/酵素反応/大腸/アミノ酸/酸化反応/大腸菌/ゲノム/遺伝子/細菌
発表のポイント
◆窒素が少ない花蜜に生息する微生物は、蜜環境を強烈に酸性にすることで、花粉管を破裂させることを突き止めた。これによって花粉の中身を栄養源として利用可能にするメカニズムが明らかになった。◆蜜に豊富に含まれる糖を原料に「グルコン酸」を作り出して蜜を酸性化することで、最終的に窒素源を得るという花蜜環境にフィットした微生物の生存戦略を分子レベルで明らかにした。
◆花を取り巻く動物–植物–微生物の生態系の理解に加えて、蜂蜜に含まれるグルコン酸の由来に花蜜の微生物も貢献する可能性を示すことから、食品基礎科学への波及も期待される。
花蜜微生物は蜜を酸性化することで花粉管を破裂させ栄養源を得る
発表概要
東京大学大学院農学生命科学研究科の加藤義宣助教、三浦大樹大学院生、高山誠司東京大学名誉教授、藤井壮太教授による研究グループは、花の蜜に生息する微生物がアンバランスな栄養環境で生き抜くための巧妙な生存戦略を分子レベルで解明しました。花の蜜は糖(炭素源)が豊富である一方、増殖に必要な窒素源が乏しい特殊な環境です。これまで、微生物が蜜に落ちた花粉から発芽する「花粉管 」(注1)を破裂させて窒素源を得ている可能性が示唆されていましたが、その具体的なメカニズムは未解明でした。本研究は、蜜に生息する微生物が、グルコース(注2)を原料に「グルコン酸」(注3)を作り出して周囲を強烈に酸性化させることで、花粉管を破裂させていることを突き止めました。また、解読したゲノム情報(注4)からグルコン酸を作る酵素も発見しました。この酵素は単純に蜜のグルコースからグルコン酸を作るだけでなく、グルコースから生命活動に必要なエネルギーを取り出すことも可能なものでした。これより、「蜜の豊富な糖を積極的に有効利用しつつ環境改変を行い、花粉内部の栄養を獲得する」という花蜜の環境によく適応した微生物の生存戦略が分子レベルで明らかになりました(図1)。
図1:花蜜の微生物による蜜の酸性化と花粉から栄養を得る生存戦略花蜜の微生物は花粉と一緒に、ミツバチのような受粉媒介者によって蜜に運び込まれる。グルコースを原料にグルコン酸を作り出して蜜を酸性化することで、
花粉から発芽した「花粉管」を破裂させ中身を栄養源として利用可能にする。
また、蜂蜜に含まれる主要な有機酸であるグルコン酸は、これまで主にミツバチ由来の酵素によって作られると考えられてきました。しかし本成果は、蜜に住む微生物もその成分構成に寄与しうる可能性を示しており、花を取り巻く生態圏の理解のみならず、蜂蜜の品質管理といった食品基礎科学への波及も期待されます。
発表内容
花の蜜(花蜜)は、糖分(炭素源)を豊富に含み、微生物にとって一見魅力的な環境です。しかしアミノ酸などの窒素源には乏しく、「糖は多いが窒素が少ない」環境に微生物がどのように適応しているのかは、花を取り巻く生態圏を理解するうえで重要な問いです。2021年に海外の研究グループにより、花蜜に生息する微生物が一緒に持ち込まれた花粉から発芽した「花粉管」を破裂させるダイナミックな現象が報告されました。この報告により、微生物が花粉の中身を栄養源として利用している可能性が示唆されましたが、「微生物がどのように花粉管破裂を引き起こすのか」という本現象の分子メカニズムは未解明でした。本研究では、花蜜の微生物は花粉管破裂を引き起こす何らかの物質を放出しているのではないかと仮説を立て、この物質を同定することから着手しました。初めに東京大学弥生キャンパス内で咲いていたアベリアの花から微生物を分離しました。得られた菌株はAcinetobacter nectaris(注5)と同定され、採取地にちなみUT841株(東京大学の英語表記The University of Tokyoと弥生→841)と系統名をつけました。UT841株を用いて花粉管破裂の過程を詳しく調べたところ、培養が進むにつれて培養液のpHが顕著に低下し、強い酸性環境が形成されることを見出しました(図2左、中央)。
そこで、培養液中の有機酸を解析した結果、UT841株が花蜜中の主要糖の一つであるグルコースから、「グルコン酸」を生成していることを突き止めました。花粉管は非常に繊細な構造です。酸性条件にさらされると花粉管は容易に破裂することから、グルコン酸による酸性化が花粉管破裂を引き起こしていることが明らかになりました(図2右)。
図2:実験に使用した微生物の単離とグルコン酸による酸性化東京大学弥生キャンパスに咲くアベリアの花から蜜腺部分を切り出して破砕し、Acinetobacter nectaris UT841株を単離した。
この株をグルコースが入った条件で培養すると培地中のpHが強烈に低下し、グルコン酸が生み出されていた。
次に、UT841株のゲノムを研究室内で完全解読し、ゲノム情報と大腸菌での機能解析に基づいてグルコン酸を作り出す酵素を特定しました。この酵素は、単にグルコン酸を産生するだけでなく、グルコースの酸化反応を通じて生命活動に必要なエネルギー獲得も同時に行う機能を持つものでした。このことから、「豊富なグルコースからエネルギーを得ながら、同時にグルコン酸を作り出すことで周囲を酸性化し花粉管を破裂させ、花粉内容物を栄養源として利用可能にする」という、花蜜環境に特化した微生物の生存戦略が明らかになりました。
また、同定したグルコン酸産生酵素が機能するためには、ピロロキノリンキノン(PQQ、注6)と呼ばれる補酵素(注7)が必要でした。微生物によっては、PQQを自前で合成せず、周囲の微生物からの供給に依存する例も知られています。しかし、花蜜に生息するAcinetobacterグループのゲノム情報解析からは、PQQを合成する代謝系を保持し続けており、自前で合成していることが示唆されました。
花蜜は、分泌直後にはほぼ無菌に近い状態であり、ミツバチなどの訪花昆虫によって微生物が持ち込まれると考えられています。このとき微生物は“よーいドン”で一斉に増殖競争を開始します。このような環境で、増殖戦略の鍵となるPQQを他の微生物からの供給に頼っていては、競争に出遅れてしまいます。「自前で合成したPQQと酵素を用いてグルコースからグルコン酸を生成し、最終的に花粉内容物へアクセスする」という一連の仕組みは、花蜜という厳しい生存競争環境において合理的なものと考えられます。
加えて、グルコン酸は蜂蜜に含まれる主要な有機酸としても知られ、これまでは主にミツバチ由来の酵素によって生成されると考えられてきました。本成果は、花蜜に生息する微生物も蜂蜜成分の形成に寄与しうる可能性を示すものであり、花を取り巻く生態圏の理解に新たな視点を与えるとともに、蜂蜜の品質管理など食品基礎科学への波及も期待されます。
発表者・研究者等情報
東京大学大学院農学生命科学研究科加藤 義宣 助教
三浦 大樹 博士課程
高山 誠司 東京大学名誉教授
藤井 壮太 教授 <兼:サントリーSunRiSEフェロー>
論文情報
雑誌名:Nature Communications題 名:Glucose-dependent acidification strategy by nectar-dwelling bacteria mediates pollen tube burst(5月7日付掲載)
著者名:Yoshinobu Kato*, Hiroki Miura, Seiji Takayama, Sota Fujii*(*責任著者)
DOI:10.1038/s41467-026-72617-z
URL:https://www.nature.com/articles/s41467-026-72617-z
研究助成
本研究は、科研費 学術変革領域A・挑戦的両性花原理(22H05172, 22H05174)、基盤S(21H05030)、基盤B(24K01692)、挑戦的研究(萌芽)(23K17987)、若手研究(23K14207)、JSTさきがけ(JPMJPR21D4)、サントリーSunRiSE生命科学者支援プログラム等の支援により実施されました。用語解説
(注1)花粉管花粉が発芽して伸ばす管状構造。雌しべ内部へ伸長し、卵細胞へ精細胞を運ぶ“通路”となる。
(注2)グルコース
代表的な単糖。ブドウ糖とも呼ばれる。多くの生物が利用できる基本的なエネルギー源。
(注3)グルコン酸
グルコースが酸化されてできる有機酸の一種で、蜂蜜やワインなどに含まれる。まろやかでコクのある酸味を持つ。また、グルコン酸は金属イオン(亜鉛や銅など)と結合しやすい性質を持ち、サプリメントなどでキレート剤として用いられる(グルコン酸亜鉛、グルコン酸銅など)。
(注4)ゲノム情報
生物が持つ遺伝情報(DNA配列)を網羅したデータ。さらにその配列データから、どのような遺伝子を持ち、どのようなタンパク質(酵素を含む)を作るのか、といった機能の推定も行われる。
(注5)Acinetobacter nectaris
花蜜などに見つかることがある細菌の一種(学名)。2013年に初めて種として報告された。
(注6)ピロロキノリンキノン(PQQ)
細菌によって生み出される補酵素。自前で作るものもあれば、他の細菌が作ったものを拝借するものもいる。
(注7)補酵素
酵素反応に必要な物質。酵素の働きを助ける。
問い合わせ先
<研究内容について>東京大学 大学院農学生命科学研究科 応用生命化学専攻 生物有機化学研究室
助教 加藤 義宣(かとう よしのぶ)
Tel:03-5841-5133 E-mail:a-ykato@g.ecc.u-tokyo.ac.jp
東京大学 大学院農学生命科学研究科 応用生命化学専攻 生物有機化学研究室
教授 藤井 壮太(ふじい そうた)
Tel:03-5841-5132 E-mail:a-fujii@g.ecc.u-tokyo.ac.jp
<機関窓口>
東京大学 大学院農学生命科学研究科・農学部
総務課総務チーム広報情報担当
Tel:03-5841-5484 E-mail:koho.a@gs.mail.u-tokyo.ac.jp
関連教員
加藤 義宣藤井 壮太
東京大学 研究