鉄と光でアルコールから水素を生み出す、超シンプルな新技術
地球にやさしい水素製造、バイオマスや廃棄物の利活用にも期待
【注目の成果:共同研究・産学連携のためのチェックポイント】
![]() | アルコールから水素を発生させるという極めてシンプルな反応系を見出すことに成功 |
【産学連携対象 全学共通分野 Discovery Saga】
【Sagaキーワード】
人工知能(AI)/金属元素/光エネルギー/学際研究/再生可能エネルギー/循環型社会/アンモニア/均一系触媒/触媒反応/グルコース/電気分解/生体触媒/貴金属/触媒作用/不均一系触媒/金属触媒/カーボンニュートラル/持続可能/水素発生/カーボン/エタノール/環境負荷/金属イオン/再生可能資源/持続可能性/実証実験/水素製造/廃棄物/光分解/メタノール/セルロース/バイオエタノール/バイオマス/リグニン/キチン/ナトリウム/水素ガス/アルコール
2026-4-17●工学系先導的学際研究機構教授大久保 敬発表のポイント
鉄イオンと光だけで水素を発生させる、世界初の反応を発見貴金属・複雑な触媒を使わない、極めてシンプルな水素製造法
バイオマス・廃棄物由来資源を原料とすればグリーン水素製造に応用可能
発表概要
化学製品が取り巻いている現代生活は触媒なしでは成り立たないと言っても過言ではありません。そのため、我々人類の生活をさらに豊かなものにすべく、日進月歩、触媒開発の研究は進められています。しかし、数多ある触媒開発研究の中で、意外にもこれまで十分に注目されてこなかった触媒があります。それが、「金属イオン」と呼ばれる、金属触媒における最も基本的でシンプルなユニットです。金属イオンを活性点とする不均一系触媒・均一系触媒・生体触媒の研究に関しては数多くの研究報告がなされていますが、その根源的なユニットである金属イオンそのものの触媒作用に注目した研究はほとんどありません。そのような背景において、金属イオンの触媒としての働きに光を当てるという“引き算”の発想によって、“コロンブスの卵”とも言うべきシンプルな反応系が実現されました。今回、九州大学大学院工学研究院応用化学部門の松本崇弘准教授と大学院生の櫻井将也氏(当時、修士課程2年)・川崎雄大氏(当時、修士課程2年)、および、大阪大学先導的学際研究機構の大久保敬教授と板橋勇輝特任講師(常勤)の研究チームは、普遍金属の陽イオンの触媒作用について注目し、その働きについて詳しく調べました。その結果、地球上に最も豊富に存在し、最も安価で環境負荷の低い金属である「鉄」の陽イオンを触媒とし、光エネルギーを組み合わせることで、アルコールから水素を発生させるという極めてシンプルな反応系を見出すことに成功しました。まさに鉄を“賢者の石”に変える研究と言えるかもしれません。
この手法は、非常にシンプルな反応系であるにもかかわらず、前例のない全く新しい発見です。今後は、なぜこのような反応が起こるのか、その仕組みを科学的に解明していくことが求められます。しかし、実用面においては、シンプルな反応系だからこそ、汎用性が高く、様々なターゲットに適応可能です。例えば、バイオメタノール、バイオエタノール、グルコース、でんぷん、セルロースなどの再生可能資源からグリーン水素をつくることができ、廃棄物からの水素製造にも応用できると期待できます。また、シンプルな反応系ゆえに社会実装の実現可能性が高まり、本技術の開発によって、カーボンニュートラル社会の実現に一歩近づくことができたかもしれません。
本研究成果は英国の雑誌「Communications Chemistry」に2026年4月17日(金)午後6時(日本時間)に掲載されました。

光駆動水素発生のイメージ図
鉄と光を使うシンプルなアルコールからの水素発生
研究の背景
触媒は私たちの身の周りの製品を作る上で必要不可欠です。現代社会において触媒の恩恵を受けていない製品はほとんどありません。そのため、人類の生活をさらに豊かにするべく、触媒開発研究は日々弛まず進められています。近年の分子技術やAIの飛躍的な進化によって、触媒の研究はますます深化・高度化・複雑化しています。そのような背景の中で、近年の触媒開発研究の潮流とは異なる、根源的、かつ、独創的な触媒開発のアイデアを創出すべく、化学の基本である周期表の元素を振り返ってみることにしました。すなわち、現代の触媒開発では、元素を触媒の構成要素の一部として機能させる多元素複合触媒を設計することが一般的ですが、本研究グループは、その一元素が持つ触媒作用をまだまだ発現できていない可能性があるのではないかと考えました。その中で、本研究グループは、金属触媒の根源的なユニットである「金属イオン」に着目し、中でも、触媒反応が未来にも長く残るような持続可能性を見越して、普遍金属元素の触媒作用に興味を持ちました。意外にも、この最も基本的でシンプルな単位である「金属イオン」の触媒作用についてはほとんど注目されてきませんでした。触媒開発研究が複雑化している今だからこそ、周期表を見直し、あらためて金属イオンの触媒としての働きに注目することは、科学の本質に迫るアプローチであると私たちは考えます。 今回の研究では、“コロンブスの卵”のようなアイデアで、鉄イオンを“賢者の石”に変え、シンプルであるにも関わらず、これまで誰も見つけることができなかった反応性を引き出すことに成功しました。具体的には、鉄イオンと光エネルギーを使うだけで、アルコールから水素を取り出す反応を見つけました。鉄は地球上で最も存在量の多い普遍金属であり、最も安価な金属です。「水素」は、利用時に廃棄物を出さないクリーンなエネルギー源・化学原料であることから、水素利用技術の開発、および、グリーン水素製造技術の開発が進められています。しかし、Life Cycle AssessmentやWell to Wheelの観点において、グレー水素の課題を克服しない限り、水素をエネルギー源・化学原料とする産業社会が確立することは困難です。そのため、水の電気分解や水の光分解による水素製造技術の実証実験が精力的に進められていますが、実用化に至るまでにはいくつかの課題が残されています。そのような現状を打破するためには、これまでの研究開発の潮流とは異なるアプローチが必要です。本研究グループは、これまでの水素製造技術の開発の潮流とは異なる方法で、水素製造技術開発にイノベーションを起こしたいと思い、今回、アルコールからの水素発生反応を開発するに至りました。この反応は色んなアルコールに適応することができ、例えば、再生可能資源・再生可能エネルギー由来のバイオメタノール、e-メタノール、バイオエタノール、でんぷん、グルコース、セルロースから水素を作ることができます。
研究の内容
鉄(III)イオンとアルコールを混合し、水酸化ナトリウムを添加して、紫外光を照射するだけで、水素が発生するというシンプルな触媒系を実現しました。このような極めてシンプルな反応系で水素を製造する手法は他に類を見ず、驚くべき成果と言えます。しかし、先行研究には見当たらない全く前例のない反応であるため、詳細なメカニズムについては今後解明していく必要があります。現状では、最も高い触媒回転頻度(1時間あたり発生した水素のモル数/触媒のモル数)は 149 h–1 であり、1時間における触媒1 gあたりの水素発生速度は921 mmol gcat–1 h–1 です。これらの触媒活性を表す指標は、これまで報告されているアルコールから水素を取り出す触媒の活性に引けを取らない値です。この反応はグルコース、でんぷん、セルロースにも適応可能です。また、詳しい学理については大学院レベルの知識を必要としますが、実験は小中高生でも簡単に再現することができます。水の電気分解を理科実験で行うように、安価で安全な鉄イオンと光を使うだけの本実験はどこでも容易に実施可能です。

図1. 水素発生実験の様子:鉄イオンと光を用いてアルコールから水素を発生させ、気相をガスクロマトグラフに注入する様子
今後の展開
本研究に関しては、今回の論文発表に加え、九州大学より特許を出願しており(松本崇弘、櫻井将也、川崎雄大、田中良之介、水素ガスの製造方法、2023年10月23日出願、PCT/JP2024/037444、特願2023-181619、WO 2025/089238 A1)、2025年10月より大学発新産業創出基金スタートアップ・エコシステム共創プログラムJST PARKSにも採択されていることから、事業化に向けた検討を行っています。さらに、バイオマスや廃棄物の利活用を通じて循環系エコシステムへの応用展開も検討しています。九大OIP株式会社と連携して、スタートアップの設立や関連企業との共同研究、自治体との連携を推進することにより、コスト試算やスケールアップを実施し、実証実験を経て本技術の社会実装を目指します。また、当研究グループでは、本研究で発表したアルコールからの水素製造だけでなく、リグニンからのメタノール製造、キチンからのアンモニア製造についても研究を進めています(リグニンからのメタノール製造:松本崇弘、梅村侑矢、リグニン分解物の製造方法、メタノールの製造方法、およびリグニン系組成物、2023年4月11日出願、WO 2024/214702、特願2023-064258)。これらの技術も金属イオンを触媒とする極めて簡便な方法です。本研究チームでは、再生可能資源から水素、メタノール、アンモニアを簡便に合成する技術を開発しており、これらの技術を社会実装することにより、循環型社会の構築に貢献をしたいと考えています。一緒に研究を進めていただける企業様や自治体様を探しています。
論文情報
掲載誌:Communications Chemistryタイトル:Iron Ion Enables Photocatalytic Hydrogen Evolution from Methanol
著者名:Masaya Sakurai, Yudai Kawasaki, Yuki Itabashi, Kei Ohkubo, Takahiro Matsumoto
DOI:10.1038/s42004-026-02009-3
本研究はJST PARKS(JPMJSF2317)の一環で行ったものです。
【特許情報】
発明の名称:水素ガスの製造方法
発明者:松本崇弘、櫻井将也、川崎雄大、田中良之介
出願日:2023年10月23日
出願番号:特願2023-181619
国際公開番号:WO 2025/089238 A1
大阪大学 研究