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東京大学 研究Discovery Saga
2026年4月24日

「偽貝殻」を持つタコ・カイダコ類の200年間の謎に迫る

――生体鉱物の微細構造解析が明らかにした石灰質卵鞘の実態――

【産学連携対象 全学共通分野 Discovery Saga】
環境学数物系科学生物学工学総合生物農学医歯薬学
【Sagaキーワード】
コウモリ/頭足類/軟体動物/カタツムリ/進化生物学/機能形態/脊椎動物/適応進化/バイオミネラル/微細構造解析/マイクロ/炭酸カルシウム/電子顕微鏡/微細構造/分解能/ゲノム多様性/SEM/無脊椎動物/生物資源/高分解能/発生生物学/神経発生/脊椎/カルシウム/ゲノム
2026.04.23
umut news

発表のポイント

◆温暖な外洋域には、カイダコ(貝蛸)と呼ばれる、貝殻のような石灰質の卵鞘をもつ奇妙な浮遊性のタコが生息しています。約200年前に「殻が腕によって作られる」と報告された発見に対し、本研究では、その形成方法および収斂進化の観点からみた殻の特徴を明らかにしました。
◆典型的な軟体動物の貝殻と比較して、カイダコの殻が独自の形成過程を経て作られ、根本的に異なる構造を示すこと、殻が破損した時には「破片を再利用してつなぎ直す方法」と「新たな分泌物によって再構築する方法」という2つの手段で修復できることを発見しました。
◆タコの祖先はかつて保持していた貝殻を失いましたが、カイダコは再び“貝殻”のような石灰質の殻を獲得しました。類似した形質が独立に進化した進化的背景や、バイオミネラルにみられる顕著な機能的特性を理解する上で重要な知見となるでしょう。


図1・カイダコの石灰質の貝殻(卵鞘)

概要

本研究では、カイダコ類のアオイガイやタコブネがもつ石灰質の殻(卵鞘とも呼ばれる)について、走査電子顕微鏡(SEM)・エネルギー分散型X線分析装置(EDS)を用いて、その微細構造を詳細に分析し、殻の成長方法や修復方法や、機能形態及びその進化史について明らかにしました。外形がオウムガイやアンモナイトの貝殻とよく似ているのにもかかわらず、カイダコの殻は、上記した軟体動物がもつ典型的な貝殻とは全く異なる微細構造を示しています。また、本研究を通して、カイダコの殻が外洋適応に伴って収斂進化した「延長された表現型」として理解できることも示しています。本研究成果は、類似形質の獲得における進化生物学的側面からバイオミネラルの機能における材料学的側面までの理解まで、幅広く役に立つでしょう。
本研究は、東京大学大学院理学系研究科の廣田主樹 大学院生、東京大学総合研究博物館のスティアマルガ デフィン・研究事業協力者(主所属:和歌山工業高等専門学校・准教授)及び、佐々木猛智 准教授(兼:東京大学大学院理学系研究科)による研究グループが、島根大学や日本大学と共同で実施されました。

発表内容

温暖な外洋には、カイダコと呼ばれる、石灰質の殻をもつ奇妙な浮遊性のタコが生息しています。その外形はオウムガイやアンモナイトを彷彿とさせることから、長年にわたり生物学者の関心を惹いてきました。
カイダコに関する最古の記録は、紀元前4世紀(約2,000年前)、古代ギリシャの哲学者アリストテレスの著書「動物誌」までさかのぼります。そこでは、タコが腕を帆や舵のように使い、殻を操る様子が記されており、当時はヤドカリのように他の生物の殻を利用していると考えられていました。時を経て、この理解を大きく変えたのが、19世紀中頃(約170年前)に活躍した女性博物学者 ジャンヌ・ヴィルプルー=パワーです。彼女は、シチリア島(イタリア)での飼育実験を通して、カイダコの殻が借り物ではなく、自身の第一腕から分泌される物質によって殻が形成されることを発見しました。併せて、第一腕を切除すると殻が形成されなくなることや、殻の一部を破損させた時には第一腕で破片をかき集めて修復することも確認しました。「タコ自身が殻を形成する」という事実は、当時の常識を覆し、大きな反響を呼びました。


図2・カイダコの殻の微細構造
カイダコの殻の微細構造は5層からなり、中央の有機層から両側の結晶層が成長している。




そのような興味深い発見が報告されていたにもかかわらず、今なお採集や長期飼育が難しいことから、その殻の構造については十分に解明されてきませんでした。そんな最中、日本近海では、海流に乗ってカイダコが漂流し、海岸に打ち上げられたり、定置網に混獲されたりする事例が度々報告されていました。本研究ではこの機会を捉え、アオイガイとタコブネの2種カイダコ類について、新鮮な個体や修復痕のある個体を収集し、詳細な解析を行いました。
解析の結果、カイダコ類の殻は、中央の有機層を挟んで両側に結晶層が広がり、さらに外側が有機膜で覆われる、5層からなる特徴的な構造を持つことが分かりました。特に注目すべき点は、「2つの結晶層が中央の有機層から内側と外側の両方向に成長する」という、独自の成長様式が確認された点です。これは、一般的な貝殻に見られる「内側へ一方向に成長する構造」とは根本的に異なります。この特徴は、殻形成が典型的な軟体動物の貝殻とは異なる仕組みによって進むことを示しており、第一腕で殻が形成されることを示した200年前の彼女の結果を示唆しています。
さらに、200年前の彼女の修復実験を想起させる、修復痕をもつ殻標本を入手できました。その解析結果からは、殻が破損した時には状況に応じて異なる修復方法を巧みに使い分けることが明らかになりました(図1)。まず、割れた殻の破片をカイダコ自らの腕で集め、まるでパズルのように接着して修復します。しかし、この修復方法は、破損した穴を完全に塞ぐには不十分です。そこで、カイダコが新たな分泌物を出し、内側から沈着させて穴を塞ぎます。修復された新しい殻は、元の殻の構造様式とは別物で、内側への一方向的な成長を示しました。このようにカイダコは、「破片をつなぎ直す方法」と「新たな分泌物で作り直す方法」という2つの戦略を持ち合わせた、他の貝では知られていない高度な修復能力が明らかになりました。





図3・本研究で明らかになったカイダコの殻の修復方法[dd2.1]
(A)殻の修復方法の模式図。(B)修復された殻の写真。外観(B1)と、殻の内側からの撮影(B2、B3)。(C、D)修復された殻の微細構造。回収した破片を接着して修復する方法(C)と、新たな分泌物によって穴を閉じる修復方法(D)を示す。



これらの観察結果により、カイダコの殻は「貝殻」に類似した外形を持ちながらも、微細構造や成長様式では異なる性質を持つ、独立した起源を示します。一方で、殻の微細構造の成長様式は、急速に成長するバイオミネラルである鳥類の卵殻やサンゴの骨格と収斂的な形態を示し、バイオミネラルの多様な設計と適応進化への理解に新たな視点をもたらします。


合同プレスリリース記事

関連情報


「プレスリリース①貝を持つ不思議なタコ、アオイガイの全ゲノム解読に成功~貝殻の起源と進化について新たな知見~」(2022/10/26)


https://www.wakayama-nct.ac.jp/wp-content/uploads/2024/02/R410263.pdf


「プレスリリース②コウモリダコの巨大ゲノムの解読に成功 ~深海生物のゲノム多様性について新たな知見」(2025/11/20)


https://www.wakayama-nct.ac.jp/wp-content/uploads/2025/11/cc3810bff0c28a34c3c02448ed1d7bf0.pdf


発表者・研究者等情報
東京大学大 学院理学系研究科
廣田 主樹 研究当時:博士課程
 兼(当時):和歌山工業高等専門学校 生物応用化学科 技術補佐員
 現:東京大学総合研究博物館 理学(博士)
吉村 太郎 研究当時:博士課程
 現:東京大学総合研究博物館 研究事業協力者
 兼:慶應義塾大学 理工学研究科 協定研究生


東京大学 総合研究博物館
佐々木 猛智 准教授
 兼:大学院理学系研究科 准教授
スティアマルガ デフィン 研究事業協力者
 主:国立高専機構 和歌山工業高等専門学校 生物応用化学科 准教授(在外研究中)
 兼:ウィーン大学 神経発生生物学科 Professorial Research Fellow


日本大学 大学院理工学研究科 物質応用化学専攻
遠山 岳史 教授
小野寺 舜祐 研究当時:修士課程


島根大学 大学院自然科学研究科
吉田 真明 教授
 兼:生物資源科学部附属生物資源教育研究センター(隠岐)


和歌山工業高等専門学校 環境都市工学科
平野 廣佑 助教

論文情報


雑誌名:Scientific Reports
題 名:Microstructural insights into the functional morphology and formation logic of spherulitic–fibrous prismatic architecture in the shell–like eggcase of the argonaut octopods
著者名:Kazuki Hirota, Takenori Sasaki, Taro Yoshimura, Shunsuke Onodera, Hirosuke Hirano, Takeshi Toyama, Masa-aki Yoshida, Davin H.E. Setiamarga
DOI: https://doi.org/10.1038/s41598-026-45670-3

研究助成

本研究は、文部科学省科学研究費助成事業(19K12424, 23K11511, 22K06340)、武田科学財団(2023年)、および高等工業専門学校KOSEN GEAR 5.0 Projectの助成を受けて実施しました。さらに、筆頭著者の廣田主樹氏は、若手育成関連の様々な研究助成(文部科学省科学研究費助成事業・特別研究員奨励費25KJ0925(DC2)、JST SPRING GX(2024-2026年)および笹川科学研究助成(2024年))を受けました。

用語解説

(注1)石灰質の殻
炭酸カルシウム(CaCO₃)を主成分とする生体鉱物。貝殻、サンゴの骨格、ウニの棘、鳥の卵殻などが含まれる。


(注2)微細構造
肉眼では観察できない、マイクロスケール(1 µm〜数百µm)で組み立てられる構造。


(注3)走査電子顕微鏡(SEM)・エネルギー分散型X線分析装置(EDS)
サンプル表面の微細な構造や含まれる元素を高分解能(1 µm〜数百µm)で調査できる分析装置。


(注4)機能形態
「構造(形態)」と「働き(機能)」の関連性を理解し、生命活動の維持における役割を明らかにする分野。


(注5)軟体動物
外套膜と呼ばれる軟組織で包まれた体を持つ無脊椎動物。イカやタコ、貝類(ホタテ、カキ、アワビ、カタツムリなど)が含まれる。


(注6)バイオミネラル
生物が作り出す鉱物を指す。骨や歯、貝殻、サンゴの骨格、ウニの棘、鳥の卵殻など。有機-無機複合体であり、無機鉱物とは異なる特性が注目されている。


(注7)頭足類
オウムガイ、アンモナイト、イカやタコが含まれる軟体動物の分類群。


(注8)ジャンヌ・ヴィルプルー=パワー
ジャンヌ・ヴィルプルー=パワー(Jeanne Villepreux-Power:1794-1871)。女性研究者が極めて少なかった時代に活躍した、19世紀フランスの女性博物学者。水生生物の実験のための装置として、初めてアクアリウム(ガラス製水槽)を考案・改良し、生物を生きたまま長期間観察する手法の発展に大きく貢献した。