1930年からの観測データが明らかにした森林蒸発散量の長期変化
―高度経済成長期の大気汚染が森林の水循環に影響―
【注目の成果:共同研究・産学連携のためのチェックポイント】
![]() | 森林の蒸発散量が長期的には外部環境の影響を強く受けることを示しており、気候変動や大気環境変化が水資源に与える影響の予測精度向上に貢献すると期待 |
【産学連携対象 全学共通分野 Discovery Saga】
【Sagaキーワード】
発表のポイント
◆森林流域の蒸発散量は、森林の状態や表土の変化だけでなく、降水量や日射量などの気候・大気環境の影響も受けると考えられます。しかし、これまで気候変動や大気環境変化といった外部環境の影響については十分に検討されてきませんでした。◆本研究では、かつて荒廃していた愛知県の山地において、1930年から続く世界的にも例の少ない長期の気象・水文観測データを解析しました。その結果、森林回復によって増加すると考えられていた蒸発散量が、高度経済成長期の大気汚染の影響によって、むしろ減少していたことが明らかになりました。
◆一方で、2010年以降は、気温上昇や日射量増加など外部環境は蒸発散量を増やす方向に変化しているにもかかわらず、蒸発散量が大幅に減少していたことがわかり、蒸発散量を変化させる主要因は時期によって異なることが確認されました。
1930年からほぼ同じ方法で流量観測が引き継がれてきた白坂試験流域の様子。左:1937年ごろ(生態水文学研究所アーカイブスより)、右:2025年(中川雄治さんドローン使用して撮影)。
1930年代は右奥の山腹では裸地が目立つが、現在はすっかり緑に覆われている。
発表概要
東京大学大学院農学生命科学研究科の卑依璠大学院生(研究当時)、浅野友子講師らの研究グループは、愛知県瀬戸市の生態水文学研究所白坂試験流域で1930年から続く世界でも稀な長期観測データを解析し、1950年代半ばから約30年にわたり、森林の年蒸発散量が長期平均より約50mm少なかったことを確認しました。この期間、森林や表土は回復しつつあったにもかかわらず、大気汚染とそれに伴う日射量の減少などが原因で蒸発散量が減少していたと考えられます。森林は国土の約67%を占め、光合成や呼吸に水を使うことにより河川を涵養する水を減らす一方で、蒸発散によって大気に水を戻す“自然の水ポンプ”として重要な役割を果たしています。そのようなことから森林の蒸発散量は大きな関心事なのですが、長期にわたって正確に観測することは難しく、変化の長期傾向や影響要因については十分わかっていませんでした。研究チームは、観測機器の変更で生じる不連続データの補正や欠測値および不足するデータの補完、表土や森林の変化の現地調査や文献調査を行い、蒸発散量や気象条件の長期変化を解析しました。この結果は、森林の蒸発散量が長期的には外部環境の影響を強く受けることを示しており、気候変動や大気環境変化が水資源に与える影響の予測精度向上に貢献すると期待されます。
発表内容
蒸発散量は、地球の水循環や気候を理解するうえで重要な指標ですが、正確に測定する方法は限られています。特に日本のような急峻な地形で長期間にわたり測定するには、流域を単位とした降水量と流出量の観測による水収支から求める方法が最も有効です。東京大学大学院農学生命科学研究科附属演習林生態水文学研究所では、当時西日本に多く見られたはげ山に森林が回復する過程で水流出がどのように変化するか明らかにするため、1920年代から気象観測と流量観測を開始し、約100年にわたる精度の高い観測データが引き継がれてきました。これは世界的にも稀なデータです。
しかし、長期観測では技術進歩に伴う観測機器や方法の変更によるデータの不連続、機器の不調や豪雨などによる中断が生じます。本研究では、過去の記録や近隣観測所のデータを用いて補完・接続し、年単位の蒸発散量の変化を正確に分析できるデータセットを作成しました。さらに、実測データから求める蒸発散量と、気象条件から求める潜在蒸発散量を計算し、森林や土壌条件の変化と気候変動や大気環境変化といった外部環境の影響を分けて評価しました。
その結果、1950年代半ばから1980年代にかけて、森林や表土が回復傾向にあったにもかかわらず、年蒸発散量は長期平均に比べて約50mm少なく、その期間は日射量が少なかったことがわかりました(図-1)。この期間は、「地球暗化(Global Dimming)」とよばれる、大気中に増加したエアロゾルが世界各地で日射量の減少を引き起こしていた時期、第二次世界大戦後の急速な経済復興に伴う大気汚染が深刻化していた時期と重なります。これにより、白坂試験流域で蒸発散量が少なかった原因は大気汚染や大気汚染による日射量減少の影響と考えられます。各国が大気浄化に踏み出した1980年代以降、大気中のエアロゾルは減少し、日射量は増加しつつあるといいます。白坂試験流域でも、近年は日射量が増加傾向にあります(図-1)
1990~2000年代は、年蒸発散量が増加しました(図-1)。これは気温上昇や日射量の増加、森林成長によると考えられます。しかし2009年ごろからは、気温や日射量が蒸発散を増加させる条件にあるにもかかわらず、実際の蒸発散量は減少しました。この現象の一端は、コナラのナラ枯れ被害による影響が考えられますが、詳細は現在解析中です。
図1 日射量の年平均値と年水収支からもとめた年蒸発散量の1930年からの変化
1950年代から1980年代の年蒸発散量が少なかった期間は、日射量が減少していた期間とほぼ一致しています。毎年の観測値と5年移動平均値を示しています。
日射量の長期変化は白坂試験流域での観測値および名古屋地方気象台で観測された日照時間や日射量等を用いて推定しています。
本研究により、森林の蒸発散量は、森林や土壌の状態などの場の条件だけでなく、気候や大気などの外部環境の変化にも大きく影響を受けることが明らかになりました。さらに、森林や土、気候、社会情勢の変化はそれぞれ異なるため、蒸発散量変化に対する支配的な要因が時期によって変化することが分かりました。こうした知見は、長期にわたる観測によって初めて得られたものです。
観測は1㎞²に満たない流域で行われましたが、1950年代からの大気汚染は地球規模で生じていたことから、森林蒸発散量減少の影響は広範囲に及んでいたと考えられます。一方で近年では、温暖化により蒸発散量が増加する地域もあれば、逆に減少する地域もあるといいます。これらの結果から、洪水や干ばつなどの地球環境の変化をできるだけ抑え、人の暮らしを安定させるためには、土地被覆の大幅な変化を避けるとともに、温暖化や環境汚染など人為的な地球環境変化を最小限に抑えることが重要であることが改めて示されました。
発表者・研究者等情報
東京大学大学院農学生命科学研究科卑依璠 修士課程(研究当時)
浅野 友子 講師
論文情報
雑誌名:Hydrological Processes題 名:Long-term changes in evapotranspiration in once-degraded mountain catchments: Insights from 93 years of data on forest and soil recovery and climate change effects
著者名:Yifan Bei, Yuko Asano*(*責任著者)
DOI:10.1002/hyp.70467
URL:https://doi.org/10.1002/hyp.70467
研究助成
本研究は東京大学生態水文学研究所の歴代教職員の尽力によりなされたものである。問い合わせ先
<研究内容については発表者にお問合せください>東京大学 大学院農学生命科学研究科 附属演習林生態水文学研究所
講師 浅野 友子(あさの ゆうこ)
Tel:0561-82-2371 E-mail:yasano@uf.a.u-tokyo.ac.jp
<報道に関する問合せ>
東京大学 大学院農学生命科学研究科・農学部
総務課総務チーム広報情報担当
Tel:03-5841-5484 E-mail:koho.a@gs.mail.u-tokyo.ac.jp
東京大学 研究