陸域で数千年近く隔離された「古い炭素」を、水圏の温暖化が再び循環させる
―放射性炭素分析が示す新たな気候フィードバック―
【産学連携対象 全学共通分野 Discovery Saga】
【Sagaキーワード】
有機物分解/人間活動/海洋/湖沼/気候変動/堆積物/炭素同位体/地球システム/同位体/年代測定/放射性炭素/惑星/惑星科学/光合成/地域環境/フィードバック/マングローブ/数値解析/同位体分析/二酸化炭素/有機物/環境保全/温度感受性/土壌/プランクトン/温暖化/微生物
2026年4月7日
東京大学
滋賀県琵琶湖環境科学研究センター
国立環境研究所

研究の成果
要約版PDF
発表のポイント
◆放射性炭素同位体分析を用いた新たな培養実験の手法を提案し、水圏堆積物中で分解される有機炭素の起源特定に成功しました。◆陸域で数千年近く隔離された後に湖沼に流入した「古い炭素」について、湖沼の水温上昇により分解(=CO2放出)が大きく促進される可能性を、初めて実験的に示しました。
◆将来の温暖化進行に対し、土壌浸食防止等の陸域対策が、水圏環境の貧酸素化を緩和する有効な手段となりえることが示唆されます。

研究成果の概要(原著論文より改変)。
Q10は温度が10℃上昇したときに有機物の分解速度が何倍になるかを示す値です。陸域起源の古い有機物の方が温度への感受性が高いことが明らかになりました。
発表概要
東京大学大気海洋研究所の中村航特任研究員(滋賀県琵琶湖環境科学研究センターと兼務)、横山祐典教授、滋賀県琵琶湖環境科学研究センターの山口保彦主任研究員、国立環境研究所の霜鳥孝一主任研究員らの研究グループは、水圏堆積物の培養実験に放射性炭素同位体分析(注1)を組み合わせた新たな研究手法を提案し、水圏堆積物中で分解される有機炭素の起源特定に成功しました。湖沼・海洋等の水圏堆積物は有機物の重要な貯蔵庫であり、長期的な炭素隔離(注2)を担っています。堆積物中有機物の分解(=CO2放出)が温暖化により加速する可能性は指摘されていましたが、近年生産された「新しい有機物」と、長期間隔離されていた「古い有機物」のどちらがより寄与しているかは不明でした。本研究では、琵琶湖で採取した堆積物を温度別に培養し、分解された有機物の年代を評価しました。これにより、陸域で数千年近く隔離された後に湖に流入した「古い有機物」の分解が、水温上昇により選択的に大きく促進される可能性を、水圏堆積物では世界で初めて示しました。これらの結果は、水圏堆積物における新たな気候フィードバック(温暖化進行の増幅効果)を示唆します。さらに、琵琶湖等の閉鎖性水域において、土壌浸食防止等の陸域対策が、将来の温暖化進行による貧酸素化の進行を緩和する有効な手段となりえることも示唆しています。発表内容
温暖化の進行により、地中に数百~数千年にわたり埋没してきた「古い有機物」が再び分解する可能性が注目されています。これは、人間活動による直接的なCO2排出だけでなく、温暖化によって有機物分解が加速することで追加的にCO2が放出され、気候変動をさらに加速させる正のフィードバックとして作用しうるためです。これまで河川では、数百~数千年前に大気から固定された「古い有機物」が分解されることが報告されています。また森林土壌を対象とした温暖化実験でも、温暖化が「古い有機物」の分解を加速する可能性が示されています。一方、湖沼・海洋等の水圏堆積物は地球上の有機物の重要な貯蔵庫であり、長期的な炭素隔離において大きな役割を担っていますが、温暖化により「古い有機物」の分解が実際に起きるかどうかの実証的な理解が不足していました。本研究では、現場の状態を維持した水圏堆積物試料を用いた培養実験に放射性炭素同位体分析を組み合わせることで、「分解された有機炭素の年代」を直接特定する新たな実験手法を提案しました。これにより、分解された有機物の年代を評価し、温暖化によって「古い有機物」の分解が促進されるかどうかを、水圏堆積物で直接検証できるようになりました。実験には琵琶湖の北湖沖合(水深約90m)で採取した水圏堆積物試料を用い、温度条件を変えた培養実験を行いました。
培養実験の結果、温度の上昇に伴い、より「古い有機炭素」ほど分解されやすくなるという明確な関係が確認されました(図1)。さらに数値解析により、近年生成された「新しい有機物」と、陸域で数千年近く隔離された後に湖に流入した「古い有機物」について、それぞれの温度感受性(注3)を推定しところ、後者の方が温暖化に対して強く反応することが明らかになりました。「古い有機物」の分解は、現在の深水層の水温では約12%程度ですが、将来的な温暖化によって最大27~42%まで増加する可能性があります。これは、温暖化が「古い炭素」を選択的に再循環させる可能性を、水圏堆積物で初めて直接示した結果です。

図1:培養水温と分解された有機物の年代(Δ14C)の関係(原著論文を改変)
Δ14Cは低いほど古い有機物であることを示しており、図の赤ハッチは、同年に湖内で生産された有機物の持つΔ14Cの値です。培養水温が増加すると、分解された有機物の年代が古くなることが確認されます。
本研究が明らかにした「陸域で数百~数千年前に固定された炭素が、水圏の温暖化によって再び分解される可能性がある」という点は、気候変動が、現在の排出量だけでなく、過去に蓄積された炭素の安定性にも影響しうることを示しています。また、琵琶湖等の様々な閉鎖性水域では近年、底層の貧酸素化が進行しており、酸素を消費する有機物の起源特定が重要な研究課題となっています。本研究結果は、陸域から流入する「古い有機炭素」が温暖化によって分解されやすくなることを示しており、土壌浸食防止など陸域での対策が、将来的な貧酸素化の進行を緩和する有効な手段となりえることも示唆しています。今後は、陸域で長期間隔離されていた「古い有機物」が湖沼へ流入した後に分解可能となるメカニズムや、この気候フィードバックが他の湖沼や海洋でも一般的に生じるかどうかを検証する必要があります。
関連情報
プレスリリース「マングローブの炭素はどこへ? ―数百年の時を経た湿地から海洋への炭素輸送―」(2025/7/3)https://www.aori.u-tokyo.ac.jp/research/news/2025/20250703.htm
発表者・研究者等情報
東京大学大気海洋研究所
共同利用・共同研究推進センター
中村 航 特任研究員
兼:滋賀県琵琶湖環境科学研究センター 総合解析部門 会計年度任用職員
宮入 陽介 特任助教
海洋地球システム研究系
横山 祐典 系長・教授
兼:大学院理学系研究科 地球惑星科学専攻 教授
兼:大学院総合文化研究科 国際環境学プログラム 教授
大学院総合文化研究科 国際環境学プログラム
Shish Muhammad Soyaib(ソヤイブ シシ ムハンマド) 修士課程
滋賀県琵琶湖環境科学研究センター
総合解析部門
山口 保彦 主任研究員
井上 栄壮 専門研究員・係長
環境監視部門
小笠原 翔 主査
国立環境研究所
地域環境保全領域(琵琶湖分室(地域))
霜鳥 孝一 主任研究員
論文情報
雑誌名:Water Research題 名:Decomposition of Aged Sedimentary Organic Matter in a Deep Temperate Lake Under Warming Conditions: An Experimental Approach(4月6日付掲載)
著者名:Wataru Nakamura, Yasuhiko T. Yamaguchi, Shish Muhammad Soyaib, Sho Ogasawara, Eiso Inoue, Koichi Shimotori, Yosuke Miyairi, Yusuke Yokoyama
DOI: 10.1016/j.watres.2026.125740
URL:https://doi.org/10.1016/j.watres.2026.125740
研究助成
本研究は、JST戦略的創造研究推進事業(CREST)「微量高速C-14分析による水圏炭素動態解明手法の開発(グラント番号:JPMJCR23J6)」、科研費(課題番号:22H00382、22H00561、23K24987、23K24977、25K03248)、環境省・(独)環境再生保全機構の環境研究総合推進費(JPMEERF20232M02)の支援により実施されました。用語解説
- (注1)放射性炭素
- 炭素には12C、13C、14Cの3つの同位体があり、このうち14Cが放射性の同位体です。14Cの半減期を利用することで、年代測定が可能になります。また、14C量の大気に対する相対的なずれを表すΔ14Cを用いることで、炭素が大気から隔離されてからの時間の情報を得ることができます。
- (注2)炭素隔離
- 水圏・陸域における炭素隔離とは、海や湖、森林、土壌が大気中の二酸化炭素を吸収し、長期間ため込む仕組みです。水圏では二酸化炭素が水に溶けたり、プランクトン由来の有機物が深海や湖底に埋没したりします。陸域では植物が光合成で炭素を固定し、木材や土壌有機物として蓄えられます。
- (注3)温度感受性
- 有機物の分解速度が温度の変化にどれだけ強く反応するかを示す性質です。一般に温度が上昇すると微生物による有機物分解は速くなりますが、その増加の程度は有機物の種類によって異なります。本研究では、温度感受性を評価するためにQ10という指標を用いました。Q10は、温度が10℃上昇したときに有機物の分解速度が何倍になるかを示す値です。
問い合わせ先
東京大学 大気海洋研究所共同利用・共同研究推進センター特任研究員 中村 航(なかむら わたる)
E-mail:w.nakamura◎aori.u-tokyo.ac.jp※アドレスの「◎」は「@」に変換してください
滋賀県琵琶湖環境科学研究センター 総合解析部門
主任研究員 山口 保彦(やまぐち やすひこ)
国立環境研究所
地域環境保全領域(琵琶湖分室(地域))
主任研究員 霜鳥 孝一(しもとり こういち)
東京大学 研究