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東京科学大学 研究Discovery Saga
2026年4月7日

液体水素製造時の蒸発ロスを防ぐ触媒の発見

液化前に水素分子の安定化(=発熱)を促進し、水素社会の実現に寄与

【注目の成果:共同研究・産学連携のためのチェックポイント】
これまで主流であった「磁性」ではなく、触媒表面の不均一な「電場」が変換を促進するという新しいメカニズムを実証したものです。本研究成果は、水素エネルギー社会への貢献が期待
【産学連携対象 全学共通分野 Discovery Saga】
情報学数物系科学化学総合理工工学農学医歯薬学
【Sagaキーワード】
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2026年4月6日 公開
東京科学大学の細野秀雄栄誉教授・特命教授(NIMS特別フェロー、チームリーダー)は、NIMS、高知工科大との共同研究により、液体水素の貯蔵・輸送における長年の課題であった「蒸発ロス」を大幅に抑制できる新しい高性能触媒を発見しました。二酸化ケイ素(シリカ)など安価な酸化物に鉄などの金属ナノ粒子を担持したこの複合触媒は、従来の酸化鉄ベースの触媒に比べてはるかに優れた性能を発揮します。本研究は、これまで主流であった「磁性」ではなく、触媒表面の不均一な「電場」が変換を促進するという新しいメカニズムを実証したものです。本研究成果は、水素エネルギー社会への貢献が期待されるもので、2026年3月12日に「The Journal of Physical Chemistry Letters 」誌に掲載されました。

概要

次世代のクリーンエネルギーとして期待される水素は、効率よく貯蔵・輸送するために、-253℃以下の極低温で液体にする必要があります。しかし、水素分子には
「オルソ水素」と「パラ水素」[用語1]という、原子
核のスピン[用語2]の向きが異なる2つのタイプが存在します(図1)。常温の水素ガスは「オルソ:パラ=3:1」の割合ですが、液体水素の温度ではほぼ100%「パラ水素」の状態が安定です。しかし急速に液化すると、オルソ水素からパラ水素への変換が遅れ、液体中にエネルギー的に不安定なオルソ水素がかなり残ってしまいます。この残留オルソ水素は貯蔵中も変換を続け、エネルギー放出と液体水素の部分気化を引き起こし、大きなロスをもたらします(図1赤破線)。この損失を防ぐには、液化前にオルソ水素をパラ水素に変換する高性能な触媒(図1青破線)が必要ですが、これまでの酸化鉄など磁性を利用した触媒では性能が不十分でした。
研究チームは、従来の「磁性」ではなく、酸化物触媒表面の陽イオン/陰イオンの配列が生み出す不均一な「電場(静電気のムラ)」がオルソ-パラ水素変換を促進するという独自の仮説を立てました。この仮説に基づき、シリカ(SiO2)やアルミナ(Al2O3)など安価な酸化物と、鉄(Fe)やコバルト(Co)などのありふれた金属ナノ粒子を組み合わせることで、従来触媒を上回る高性能触媒の開発に成功しました。

液体水素は、オーストラリアや中東のような水素生産・輸出国と日本のような水素輸入国との間の長距離海上輸送において特に重要な役割を果たしています。本研究で発見された触媒設計アプロ-チと高性能触媒は、日本における水素経済の発展に寄与すると期待されます。

本研究は、東京科学大学 細野秀雄 栄誉教授(NIMS併任)からなる研究チームとNIMSエネルギー・環境材料研究センタ- 水素製造触媒材料グループ 阿部英樹 グループリーダーからなる研究チーム、及び高知工科大学 藤田武志 教授によって、JST未来社会創造事業JPMJMI18A3の支援を受けて行われました。

本研究成果は、2026年3月12日にThe Journal of Physical Chemistry Letters 誌(オンライン版)に掲載されました。


図1. 水素ガスはオルソ水素とパラ水素の混合物です。両者の比率は温度に依存しますが、それだけでなく冷却速度にも大きく影響されます。触媒なしで水素を急冷すると、図中の赤い破線で示すように、オルソ水素からパラ水素への変換が遅れ、液体中にエネルギー的に不安定なオルソ水素がかなり残留します。残留オルソ水素は貯蔵中もゆっくりと変換を続け、エネルギーを放出します。これが液体水素の部分気化を引き起こし、貯蔵中の蒸発ロスの原因となります。従って、液化工程の前に、オルソ水素をパラ水素に完全に変換する触媒の使用が不可欠です。(青破線で図示)。この触媒は、貯蔵中の蒸発ロスを防ぎ、水素の取り扱い効率を高めます。

背景

水素は環境に優しいエネルギーキャリアとして注目されており、カーボンニュートラル社会の実現に不可欠な物質です。しかし、気体の状態では体積が非常に大きく、貯蔵や輸送には課題があります。例えば、わずか2グラムの水素は、2リットルのペットボトル約11本半に相当する体積を占めます。そのため、水素の実用的な貯蔵や長距離輸送を実現するには、水素を液化することが重要です。水素を液化すると体積を約800分の1以下に縮小でき、大幅な省スペース化と大規模利用が可能になります。一方、沸点(-252.9℃)以下で液体水素を大量に貯蔵する場合、時間の経過とともに一部が蒸発してロスが生じることが知られています。この現象は、図2aに模式的に示すように、水素分子がオルソ水素とパラ水素という2種類の状態をとることに起因します。これらは水素原子核のスピンの向きが異なる状態です。室温では、水素は約75%のオルソ水素と25%のパラ水素の混合物として存在しています。オルソ水素は、より安定なパラ水素に比べてわずかに高いエネルギーを持つため、冷却されると徐々にパラ水素へと変換します。理想的には、この変換が完全に進むことで、沸点以下では100%パラ水素からなる安定な液体水素が得られます。しかし、この変換には時間がかかるため、工業的な急速冷却では多くのオルソ水素が液体中に残存します(図2bの赤破線)。この残存オルソ水素は、貯蔵や輸送の過程で徐々にパラ水素へと変換し、その際にエネルギーを放出します。このエネルギー放出が液体水素の一部の蒸発を引き起こし、ロスの原因となります。液体水素の蒸発を抑えるために断熱容器の改良などが行われていますが、根本的な解決には至っていません。より有効な方法は、図中の青破線のように、水素を液化する前にオルソ水素からパラ水素への変換(OP変換)を完了させることです。これにより、貯蔵中の蒸発ロスを大幅に低減できると期待されています。この変換を促進するため、OP変換触媒の研究が進められてきました。しかし、酸化鉄や酸化クロムなどの従来材料では活性(触媒性能)が十分とは言えません。そのため、より効率的な変換を実現する新しい触媒の開発が求められています。


図2. (a)オルソ水素分子とパラ水素分子の模式図。水素原子核のスピンは、オルソ水素では平行、パラ水素では反平行に配列しています。二原子分子である水素は熱エネルギーにより回転運動を行いますが、両者では回転状態が異なります。これらの違いにより、オルソ水素とパラ水素の相互変換は容易には起こりません。
(b)オルソ水素とパラ水素の存在比の温度依存性の理想曲線。十分な時間をかけて冷却すればオルソ水素はパラ水素へと変換します。しかし急速に冷却すると、赤破線で示すようにオルソ水素の一部が変換されないまま液体水素中に残存します。その結果、貯蔵中にオルソ水素がパラ水素へゆっくりと変換する際にエネルギー(潜熱)が放出され、それが液体水素の気化を誘起し蒸発ロスが生じます。これを防ぐため、変換を促進する触媒が求められています。

研究成果

これまでの研究では、FeやCrなどの遷移金属イオンを含む化合物を対象として触媒探索が行われてきました。遷移金属イオンの不対電子に由来する磁性を利用し、その局所磁場によって水素分子内の核スピンを刺激することで、OP転換活性を高めることが狙いでした。本研究チームは、高効率なOP変換触媒を探索するにあたり、これまでの考えとは異なり磁性ではなく、結晶表面に生じる電場が重要な役割を果たすという独自の作業仮説を立てました。この仮説に基づいて材料探索を行い、有望な触媒材料を見いだしました。研究のポイントを以下に示します。
1. 酸化物表面の電場の利用
これまでの本研究チームの探索研究から、電気絶縁体、特に酸化物結晶の表面に生じる局所電場が触媒活性の向上に有効である可能性が示唆されていました。例えば岩塩(NaCl)はNa+とCl-の静電引力によって形成されるイオン結晶です。このようなイオン結晶の表面では、正負の電荷がチェッカーボード状に交互に配列した面が形成され、原子サイズスケールの電場が空間に発現します(図3)。水素分子は原子間距離が0.74 Åと非常に小さいため、分子内のそれぞれの水素原子に影響を与えるには、同程度のスケールの表面電場が必要です。イオン結晶表面はこの条件を満たすため、OP変換を促進する可能性があります。


図3. イオン結合性結晶MX に生じる表面電場の模式図。水素分子内の各水素原子核に作用するためには、原子サイズスケールの表面電場が必要です。

2. 強い表面電場を持つ材料の選定
水素分子を効果的に刺激する強い表面電場を作るには、構成イオンの電荷が大きく、かつイオン半径が小さい材料が有効です。イオンの電荷が大きいほど、またイオン間の距離が短いほど、クーロン力が強くなり、表面に強い電場が生まれるためです。この指針に基づき、陽イオンの価数が+3や+4と大きく、かつイオン半径が比較的小さいSiO2(Si4+)、Al2O3(Al3+)、CeO2(Ce4+)といった酸化物に着目しました。
3. 遷移金属ナノ粒子との複合化
OP変換は低温で行う必要があります。このような低温では、水素分子が電荷を持たないため酸化物表面に近づきにくいという問題があります。表面に十分に接近して初めて表面電場の効果が働きます。この課題を解決するため、微量(約5%)の遷移金属のナノ粒子を酸化物表面に担持した複合触媒を設計しました。遷移金属表面では水素分子が低温でも容易に吸着を促進できるためです。なお、担持した遷移金属もSiO2のような酸化物もいずれも単独では殆ど触媒作用を示しません。

以上の材料設計の結果、これらの複合触媒は従来の触媒を上回るOP変換活性を示すことを確認しました(図4)。これらの材料は比較的安価であり、粉末触媒の製造技術が確立すれば、実用化に向けて有望であると考えられます。


図4. オルソ/パラ水素変換における触媒の活性値。従来触媒を緑色で示しました。

今後の展開

オルソ水素とパラ水素という2種類の水素分子の存在が発見されてから約100年が経過しました。この間、水素分子と固体表面の相互作用を通じた核異性体変換について、多くの理論が提案されてきました。本研究では、こうした研究の歴史を背景に、化学結合の特徴に着目した触媒設計指針を提案しました。さらに、水素分子と固体表面の相互作用に基づいた材料探索を広く行い、従来の酸化鉄系触媒を上回る新しい触媒材料を発見しました。本成果は、水素分子と固体表面の複雑な相互作用の理解を深めるとともに、液体水素の貯蔵・輸送技術の向上に貢献するものです。今後、触媒材料のさらなる最適化を進めることで、より高効率なオルソ/パラ水素変換技術の実現が期待されます。

用語説明

[用語1]
オルソ水素とパラ水素:水素分子(H2)を構成する2つの水素原子核のスピンの向きによって区別される状態。スピンが同じ向き(平行)のものが「オルソ水素」、逆向き(反平行)のものが「パラ水素」。両者の比率は温度により大きく変化し、低温ではパラ水素の方が安定です。
[用語2]
核スピン:原子は原子核と電子で構成されています。プラスの電荷を持つ原子核は、陽子(プラスの電荷を持つ)と中性子(電荷を持たない)から構成されています。磁性体の磁性の起源であるスピンとして知られる性質を示す電子と同様に、陽子と中性子も固有のスピンを持っています。陽子と中性子のこの固有のスピンは、核スピンと呼ばれる現象に寄与しています。核スピンは、さまざまな物理現象や量子現象において重要な役割を果たしており、原子レベルでの性質や振る舞いに影響を及ぼしています。この核スピンは、医療機関におけるMRI検査にも利用されています。

論文情報

掲載誌:
The Journal of Physical Chemistry Letters
タイトル:
Exploring ortho-para hydrogen conversion catalysts based on surface electric field gradient
著者:
H. Mizoguchi, Y. Shirako, S. Shoji, H. Abe, T. Fujita, and H. Hosono
DOI:
10.1021/acs.jpclett.6c00357

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細野 秀雄 Hideo Hosono | Science Tokyo研究情報データベース(理工学系)
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