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東京大学 研究Discovery Saga
2026年4月7日

アコヤガイ靭帯のバイオミネラルペプチドLICPがアラゴナイトの成長方向を制御する仕組みを解明

―炭酸カルシウム分散粒子を用いた新規溶液NMR手法で、 固体表面上のペプチド構造変化を高分解能に可視化―

【注目の成果:共同研究・産学連携のためのチェックポイント】
生体における鉱物形成 (バイオミネラリゼーション) の分子機構の解明につながり、将来的な高機能バイオ材料の設計への貢献が期待
【産学連携対象 全学共通分野 Discovery Saga】
複合領域数物系科学化学生物学総合理工工学総合生物農学医歯薬学
【Sagaキーワード】
リベラルアーツ/原子核/磁気共鳴/準安定/異方性/芳香環/固体NMR/X線結晶構造解析/結晶構造解析/有機分子/ファイバー/原子分解能/バイオミネラル/共結晶/固体表面/じん性/ナノファイバー/シミュレーション/ナノスケール/結晶化/結晶成長/炭酸カルシウム/電子顕微鏡/動力学/微細構造/分解能/分子動力学/有機物/カルシウムイオン/生体内/X線結晶構造/結晶構造/アコヤガイ/アラゴナイト/バイオミネラリゼーション/二枚貝/MDシミュレーション/クライオ電子顕微鏡/プロトン/SPECT/高分解能/分子機構/in vitro/アミノ酸/カルシウム/グルタミン酸/核磁気共鳴/官能基/蛍光顕微鏡/蛍光標識/構造変化/立体構造/立体構造解析

発表のポイント

◆炭酸カルシウムで構成されるアコヤガイ靭帯に含まれる結晶内バイオミネラルペプチドLICPがアラゴナイトナノファイバーを形成する分子機構を原子レベルで解明しました。
◆結晶形成実験・面特異的結合アッセイ・溶液NMRによる構造計算・MDシミュレーションによる複合的な解析により、LICPの側鎖の官能基が同一平面上に整列し、アラゴナイトの {110} への選択的相互作用が可能になることを明らかにしました。
◆生体における鉱物形成 (バイオミネラリゼーション) の分子機構の解明につながり、将来的な高機能バイオ材料の設計への貢献が期待されます。

発表概要

 東京大学大学院農学生命科学研究科・応用生命化学専攻の鈴木道生教授らの研究グループは、炭酸カルシウム分散粒子を用いた新規の溶液NMR (核磁気共鳴)立体構造解析手法により、バイオミネラルペプチドLICP (ligament intracrystalline peptide) によるアラゴナイトナノファイバー形成の分子機構を分子レベルで解明しました。

発表内容

 生物がつくる鉱物(バイオミネラル)は、単に無機結晶が沈殿しているだけではありません。生物は、バイオミネラルタンパク質などの有機分子を介した有機無機相互作用によって結晶成長をコントロールし、結晶に強度・靭性・柔軟性といった優れた機能を付与しています。しかし、生体内のバイオミネラルタンパク質がバイオミネラリゼーションにおいてどのような機能を有しているかはほとんど明らかになっていませんでした。主たる要因は、バイオミネラルタンパク質が有機無機相互作用した瞬間、つまり鉱物表面に結合したタンパク質/ペプチドの姿を、原子分解能で捉えることが難しい点にあります。その結果、「どの結晶面に結合し、どの方向の成長を促進/抑制するか」について分子レベルでは未解明な点が多いのが現状です。
 炭酸カルシウムは、代表的なバイオミネラルであり、結晶の多形や結晶面、成長方向や有機物の含量がわずかに変わるだけでも、最終的な微細構造と物性が大きく変化します。二枚貝の靭帯は、殻の開閉を支える重要な組織であり、繰り返しの負荷に耐える力学特性を示します。靭帯内部には、直径がナノスケールのアラゴナイトナノファイバー (注1) が整列した複合構造が見られ、この微細構造が高い柔軟性と耐圧性に寄与すると考えられています (図1A)。一方で、このナノファイバーがどのように形成され、どのように成長方向が揃えられるのかは十分に分かっていません。そこで本研究では、アコヤガイ靭帯に含まれる結晶内バイオミネラルペプチド LICPに着目し、結晶表面上で起こる分子の構造変化とそれに伴う機能を解き明かすことを目指しました (図1B)(参考文献1)。 (D) モロッコ産アラゴナイトを用いた {001} 切片および {110} 切片の作成模式図、(E) 蛍光標識したLICPを用いた各切片表面の蛍光顕微鏡画像
 
結晶化実験と結合アッセイ:{110}への選択的結合とc軸方向の伸長
 結晶化実験により、LICP存在下で六角柱状のアラゴナイト生成が促され、さらにアラゴナイト結晶がc軸方向に細長く成長する傾向が示されました (図1C)。鉱物アラゴナイトと蛍光標識したLICPを用いた面特異的結合アッセイにより (図1D)、LICPが {001}(注2)よりも {110}に強く結合することが確認されました (図1E)。これらの結果は、LICPが六角柱状のアラゴナイトの側面に結合することでa軸・b軸方向への結晶成長を抑制し、c軸方向に伸長した細長いアラゴナイト結晶の形成を促進したことを示します。
炭酸カルシウム分散粒子を用いた溶液NMRで固体表面上の構造を追跡
 LICPが炭酸カルシウムと有機無機相互作用したとき、つまりLICPが炭酸カルシウム固体表面でどのような立体構造を形成するかを解明するためには、ペプチドと炭酸カルシウム結晶との混合サンプルを調製する必要があります。しかし、この条件では既存の立体構造解析手法にそれぞれ課題があります。X線結晶構造解析では、サンプルの結晶化が必要ですが、LICPと炭酸カルシウムの結晶成長速度の違いが大きく、共結晶化サンプルの調製が非常に困難です。クライオ電子顕微鏡を用いる場合でも、LICPの分子量が非常に小さいことに加え、アラゴナイト結晶由来の強い散乱の影響を受けるため、有機無機相互作用時の立体構造を直接導出するのは難しいと推定されます。そこで本研究ではNMR法(注3)に着目しました。しかし、固体NMRでは一般に分解能が十分でない場合があり、一方で溶液NMRではバルクのアラゴナイト由来の異方性によりシグナルのブロード化が生じるため、立体構造解析に用いることができるほどのシグナル分解能を得ることが困難です。この問題を解決するため、本研究ではアラゴナイト分散粒子を用いた新しい溶液NMRアプローチを開発・適用しました (参考文献2)。固体表面との相互作用を保ったまま、溶液中でアラゴナイトを分散・回転させることで、高分解能の溶液NMR測定を可能にしました。
LICPのアラゴナイト表面での構造変化
 STD (saturation transfer difference)-NMRによって、LICP中の各プロトンのアラゴナイトからの飽和移動差を測定し、相対的にアラゴナイト表面に近接するアミノ酸残基を特定しました。その結果、酸性残基であるアスパラギン酸とグルタミン酸に加えて、チロシンがアラゴナイト表面に相対的に近接していたことが判明しました(図2A)。
 距離的に近接する2つの原子の相関を検出できるROESY (rotating frame nuclear overhauser effect spectroscopy)(注4)シグナルをベースとした構造計算を行いました。LICPは溶液中 (アラゴナイトフリー)では比較的コンパクトな球状構造を形成する一方で、アラゴナイト表面に結合すると伸長した構造へ移行し、酸性残基およびチロシンの側鎖が同一平面上に並ぶことが示されました(図2B)。この平面状に配列した構造は、規則的に原子が配列した炭酸カルシウム結晶表面に対して安定に結合するための分子機構であると示唆されます。さらに、酸性残基側鎖のカルボキシ基同士の距離に着目すると、D3-E5間距離が約10.4 Å、E5-D9間距離が約11.5 Åであり、{110}に存在するアラゴナイトの c軸方向のカルシウムイオン間隔 (11.5 Å)とよく整合していることが判明しました(図2C)。また、酸性残基とチロシンの構造変化はアラゴナイト分散粒子の添加量依存的に観測され、明確な有機無機相互作用を支持しました。MD (分子動力学)シミュレーションでも、{110}では複数残基が関与した安定な結合が示され、{001}よりも多点的で強固な有機無機相互作用を形成することが確認されました。
 
まとめ
 本研究では、アコヤガイ靭帯由来の結晶内バイオミネラルペプチドLICPが、アラゴナイト表面に結合した際に伸長・平面化し、酸性残基のカルボキシ基とチロシン芳香環が同一平面上に整列することで、{110} などのc軸に平行な結晶面上のカルシウムイオンの原子配置に適合した多点的な有機無機相互作用を形成し、アラゴナイトナノファイバーの形成を促進することを明らかにしました。これらの知見を踏まえ、a・b軸方向の側方成長が抑制され、結果としてc軸方向に細長いアラゴナイトの成長、すなわちナノファイバー形成が促進されるというモデルを提案しました。さらに、アラゴナイト分散粒子を用いた新規溶液NMR手法は、固体表面上で起こるペプチドの構造変化を高分解能で追跡可能にし、従来困難だった有機無機界面の構造解析を大きく前進させる基盤技術になり得ます。本成果はバイオミネラリゼーションの分子理解を深めるとともに、結晶成長の方向制御を鍵とする高機能バイオ材料の設計指針としても貢献が期待されます。
参考文献
1 Suzuki et al., 2014, Mar. Biotechnol., doi.org/10.1007/s10126-014-9603-y
2 Futagawa et al., 2025, Biosci. Biotechnol. Biochem., doi.org/10.1093/bbb/zbaf150

発表者・研究者等情報

東京大学 大学院農学生命科学研究科
 二川慶 博士課程
 浪川勇人 博士課程
 森岡太一 研究当時:修士課程
 志田晶 研究当時:修士課程
 目黒温紀 修士課程
 永野湧貴 研究当時:修士課程
 降旗一夫 農学特定支援員
 渡邊裕之 技術専門職員
 永田宏次 教授
 鈴木道生 教授 (責任著者)

東京大学
 小暮敏博 名誉教授

University of Edinburgh
 Prof. Fabio Nudelman

早稲田大学 教育・総合科学学術院
 奥村大河 准教授

東京都立大学 理学研究科
 池谷鉄兵 准教授 (現、千葉工業大学 教授)
 伊藤隆 教授

帝京大学 宇都宮キャンパス リベラルアーツセンター
 片山秀和 教授

論文情報

雑誌名:Proceedings of the National Academy of Sciences of the United States of America (PNAS)
題 名:Elucidation of the aragonite nanofiber formation mechanism of LICP contained in hinge ligament ofPinctada fucata.
著者名:Kei Futagawa , Yuto Namikawa , Taichi Morioka , Haruki Meguro , Akira Shida , Yuki Nagano , Kazuo Furihata , Hiroyuki Watanabe , Fabio Nudelman , Taiga Okumura , Toshihiro Kogure , Teppei Ikeya , Yutaka Ito , Hidekazu Katayama , Koji Nagata , Michio Suzuki

研究助成

本研究は、日本学術振興会科学研究費 (課題番号: 19H03045, 19H05771, 23H00339, 24KJ0914, 25KJ0900, 25H01447, 25H01449)、NEDO (JPNP22100161-0)、環境省環境研究総合推進費 (CN2201)、日本科学協会笹川科学研究助成 (2004-4008)、JST 次世代研究者挑戦的研究プログラム (JPMJSP2108)、令和環境財団の支援により実施されました。

用語解説

(注1)アラゴナイト
炭酸カルシウムの結晶多形の一種で、常温常圧では準安定な構造をとる。本研究で対象としたアコヤガイ靭帯の主要な無機成分である。

(注2){001}
結晶学における面の表記(ミラー指数)に関連する記号の一つ。一般に、(hkl) は特定の結晶面、{hkl} は結晶学的に等価な面の族を表す。 アラゴナイト結晶では、六角柱状に観察される結晶形において、底面は {001} 、側面は{110}に対応するとされる。

(注3)NMR
原子核の磁気的性質を利用して分子の構造や運動性、相互作用を解析する手法。本研究では、ペプチドがアラゴナイト表面に結合した際の構造変化の解析に用いた。

(注4)ROESY
空間的に近接した原子間の相関を検出できるNMR測定法の一つで、分子の立体構造解析に用いられる。本研究ではLICPの構造計算に利用した。

問い合わせ先

<研究内容について>
東京大学 大学院農学生命科学研究科
応用生命化学専攻 分析化学研究室
教授 鈴木 道生(すずき みちお)
E-mail:amichio@g.ecc.u-tokyo.ac.jp

<機関窓口>
東京大学大学院農学生命科学研究科・農学部
総務課総務チーム広報情報担当
Tel:03-5841-5484 E-mail:koho.a@gs.mail.u-tokyo.ac.jp

関連教員

鈴木 道生
永田 宏次