2週間の予測精度の壁に挑む
――過去予測を選んで利用する中期気象予測手法「LEAS」を開発――
【注目の成果:共同研究・産学連携のためのチェックポイント】
![]() | 数週間先の予測精度の向上は、熱波などの極端気象への事前対応、電力需給の最適化、農業計画の高度化などに直接的に貢献する可能性が期待 |
【産学連携対象 全学共通分野 Discovery Saga】
【Sagaキーワード】
プレスリリース
発表のポイント
◆1〜5週間先の気象予測(S2S予測)は、防災・農業・エネルギー需給管理などの意思決定に重要ですが、その精度は約2週間を境に急速に低下することが知られています。◆本研究では、過去の予測データの中から「現在の状況を最も良く再現していたもののみ」を選び出して再利用する新手法「LEAS」を開発しました。その結果、検証した4つ全ての気象予測モデルにおいて、1〜5週間先の気温予測精度が改善しました。
◆追加計算を伴わない後処理手法であり、既存の運用予測システムにも導入可能です。数週間先の予測精度の向上は、熱波などの極端気象への事前対応、電力需給の最適化、農業計画の高度化などに直接的に貢献する可能性が期待されます。

提案手法「LEAS」の概念図。過去の予測データの中から、最新の予測実行時点のスキルに基づいてその一部を利用する。
発表概要
米国ジョージ・メイソン大学のPaul A. Dirmeyer特別教授と東京大学 生産技術研究所の徳田 大輔 特任講師の研究チームは、1〜5週間先の気温予測を改善する新しい手法を開発しました。この方法は、追加の数値計算を行うことなく、既存の予測データを効果的に活用することで予測精度を高めるものです。数週間先を対象とする中期予測(Subseasonal-to-seasonal; S2S予測)は、短期天気予測と季節予測をつなぐ重要な領域です。しかし、その予測精度は大気のカオス性(注1)により約2週間を境に急速に低下することが知られています。本 研究では、過去の予測の中から現在の状況を最もよく再現していた予測のみを選択的に再利用する Lagged Ensemble Analog Sub-selection(LEAS) という新しい手法を提案しました。気象予測自体をやり直すのではなく、既存の気象予測データを事後的に変換する「後処理」と呼ばれる手法です。
この手法を用いて北米域の気温予測を評価した結果、1〜5週間先の期間において予測精度が改善し、極端高温イベントの予測スキルも向上することが確認されました。LEASは追加の数値計算を必要としないため、既存の運用予測システムにおいても実用的に導入できる可能性があります。
本研究成果は、4月6日(米国東部夏時間)の週に「Proceedings of the National Academy of Sciences」に掲載されます。
○発表者コメント:徳田 大輔 特任講師の「もしかする未来」

過去の予測データの中から、現在の状況を最もよく再現していたもののみを選び出して再利用するというシンプルな戦略が、解析した4つの予測システムすべてで一貫して効果を示したことには驚きました。この予測精度の改善は、熱波などの極端気象への事前対応、電力需給の最適化、農業計画の高度化などに貢献できるのではと期待しております。
私は工学の博士号をこの生産技術研究所で取得しましたが、その後ジョージ・メイソン大学の理学部でこの研究に着手しました。教授との会話で今でも印象に残っている言葉があります。「工学(Engineering)では与えられた問題に対して一つの答えを見つけることが求められる。しかし理学(Science)では、方法さえ正しければすぐに答えが出なくても十分な価値がある。」気象予測は理学と工学の結節点にある分野です。特に今回の研究では、大気のカオス性や陸域の「記憶」に基づく予測可能性の理解に関する理学的な側面と、既存の予測データを活用して実際に予測精度を向上させるという工学的な側面の双方を結びつける成果になったことを大変うれしく思っています。
発表内容
<研究の背景>気象予測では、大気のカオス性により、初期条件のわずかな違いが時間とともに大きな予測誤差につながることが知られています。この問題に対処するため、初期条件を少しずつ変えた複数のシミュレーションを並行して実行するという「アンサンブル予測」(注2)が広く用いられています。
しかし、アンサンブルの数を増やすには大きな計算コストが必要となります。また、そのために過去の予測を追加しても、やはり最新の予測の方が精度が良いので必ずしも精度が向上するとは限りません。このように、限られた計算資源の中で予測精度を向上させる新しい手法の開発が求められていました。
<研究内容・成果>
本研究では、「Lagged Ensemble Analog Sub-selection(LEAS)」と呼ばれる新しい後処理手法を提案しました。この手法では、過去の予測データを全て利用するのではなく、最新の初期化時刻における観測値を最もよく再現していた予測のみを選択的に再利用します。例えば、今日から3週間先の予測を行うとします。今日生成した最新の予測データと1週間前に生成された予測データがあるとき、最新の予測データ全てと、1週間前の予測のうち直近24時間の状況を良く再現していたもののみを組み合わせます。
提案手法の性能を評価するため、北米域の日最高気温を用いた検証を行いました。対象としたのは、世界で運用されている4つの主要なS2S気象予測モデルです。その結果、1〜5週間先の予測期間において、決定論的予測と確率的予測の双方で精度が向上することが確認されました。地域によっては、気温予測誤差が最大で約10%低減し、極端高温イベントの予測精度も改善しました。
さらに詳細な解析の結果、LEASによる予測精度の改善は、数日後から約10日程度の時間スケールで最も大きくなることが分かりました。この時間スケールは、陸面の初期化が大気予測に影響を及ぼす時間スケールとよく一致しています。このことは、LEASが過去の予測の中から適切なデータを選択することで、大気や陸面の初期状態をより適切に反映したものを実質的に再現している可能性を示しています。言い換えれば、本手法は後処理によって大気モデルおよび陸面モデルの初期化の効果を再現していると解釈できます。
<今後の展望>
LEASは追加の数値計算を必要としないため、既存の計算資源の範囲内で精度向上を実現できる実用的な手法です。また、この考え方は気象予測に限らず、機械学習を用いた予測システム、水文予測、気候モデルなど、さまざまな予測問題への応用が期待されます。また、既存の予測モデルを変更しないので、初期値の与え方のポテンシャルを測定することももう1つの応用例です。
私たちはしばしば、地球のカオスなど本質的な予測の限界があると考えます。私たちの最先端の知見を結集した予測システムがどこまでそこに近づいていけるのか――今回の研究は、その上限を押し進めるために、時には過去のデータや先人の試行錯誤に学ぶ温故知新がカギとなることを示しています。
発表者・研究者等情報
東京大学 生産技術研究所徳田 大輔 特任講師
ジョージ・メイソン大学
Paul A. Dirmeyer 特別教授
論文情報
〈雑誌名〉Proceedings of the National Academy of Sciences〈題名〉Selective reuse of prior ensemble data improves the latest air temperature forecast over North America
〈著者名〉Daisuke Tokuda* and Paul A. Dirmeyer
〈DOI〉10.1073/pnas.2524516123
研究助成
本研究は米国海洋大気庁(NOAA)助成金NA22OAR4590509の支援を受けました。用語解説
(注1)大気のカオス性大気の動きは非常に複雑で、初期の状態のわずかな違いが時間とともに大きく広がる性質を持つ。そのため、天気予報は時間が経つほど難しくなる。
(注2)アンサンブル予測:
初期条件をわずかに変えた複数の数値シミュレーションを実行し、その結果のばらつきから予測の不確実性を評価する手法。単一の予測よりも、より信頼性の高い予測が可能となる。
問い合わせ先
東京大学 生産技術研究所特任講師 徳田 大輔(とくだ だいすけ)
Tel:04-7136-6965
E-mail:d-tokuda(末尾に"@iis.u-tokyo.ac.jp"をつけてください)
東京大学 研究