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東京大学 研究Discovery Saga
2026年4月3日

海洋前線は魚にとって楽園それとも障壁

【注目の成果:共同研究・産学連携のためのチェックポイント】
これまで地理的に固定されていた保護区を、動的に変動する海洋前線の暖水側もしく冷水側という管理単位に変更することで、効率的に漁業資源を管理することが可能になると期待
【産学連携対象 全学共通分野 Discovery Saga】
環境学数物系科学生物学工学農学
【Sagaキーワード】
海洋/ホットスポット/海面水温/北西太平洋/衛星/西太平洋/持続可能/栄養塩/海洋環境/持続可能性/人工衛星/海洋生物/プランクトン/漁業/親潮/生物資源

2026年4月3日
東京大学


研究の成果

要約版PDF

発表のポイント

◆北西太平洋および全世界の漁場に対する海洋前線の影響を調べた。
◆海洋前線は潮目として好漁場だと言われていたが、前線内部は外側よりも5~20%程度漁場形成が多いだけだった。
◆海洋前線を跨いだ魚種ごとの暖水側と冷水側の漁場形成の差は周辺の平均的漁場形成の15~70%程度に相当し、前線は魚類の障壁であることがわかった。



古典的な海洋前線と漁場の考え方(ホットスポット効果)と新たに確認された障壁効果

発表概要

東京大学大気海洋研究所のXing Qinwang 外国人研究員、Gao Zihui 外国人研究員、伊藤進一教授らを中心とする研究チームは、北西太平洋および全世界の漁場の位置と海洋前線(注1)の関係を調べ、定説と異なり海洋前線が魚類の障壁となっていることを明らかにしました。
一般的な定説では、暖水と冷水が交わる海洋前線では、下層から栄養塩が湧き上がる湧昇流が生じ、餌となるプランクトンが多く生産されるために、海洋前線に多くの漁場が形成されると言われていました。しかし、それぞれの魚種において海洋前線に形成される漁場活動などを海洋前線の外側と比較すると海洋前線内では5~20%程度漁場形成が多いだけであることが示されました。一方で、それぞれの魚種の漁業活動を海洋前線内の暖水側と冷水側で比較するとその差は周辺の平均的漁場形成の15~70%程度にも達することがわかりました。
これらのことから海洋前線が魚類にとってこえることのできない障壁となっていることが明らかになりました。

発表内容

二つの異なる性質を持つ海水が交わる海洋前線は、古くから潮目と呼ばれ、好漁場が形成されるため漁業者の操業の目安にもなっています。例えば暖流の黒潮と寒流の親潮がぶつかりあう日本周辺では、海洋前線が形成されるとともに下層から栄養塩を供給する湧昇流が生じ、魚類の餌となるプランクトンの生産が活発となり、魚類が蝟集すると考えられてきました。このように海洋前線に魚類が蝟集する効果をホットスポット効果と呼びます。一方で、暖水性の魚類が前線を超えて冷水域に入ることができず、海洋前線が障壁として働く障壁効果も一部の研究で指摘されていました。しかし、海洋前線は時々刻々と形と場所を変化させるため、実際の海洋前線と魚類の分布の対応を詳細に調べることは困難でした。近年、衛星海面水温データから海洋前線の日々の動きを推定する手法が本研究グループによって確立され、自動船舶識別装置(注2)の情報に基づいた大型漁船の動きから漁場を推定した漁場データが公開され、両者を比較することが可能になりました。本研究では、これらのデータに加え、北西太平洋で操業している中国船の情報を整理し、北西太平洋及び全世界での海洋前線と漁場形成の関係を調べました。
全世界の11地域、25魚類資源に関して、それぞれの魚種の漁場形成を海洋前線内と外側と比較すると、海洋前線内で5~20%程度漁場形成が多いだけであることが示されました。この結果は、漁法ごとにまとめてもかわらず、ホットスポット効果は限定的でした(図1)。一方で、それぞれの魚種の漁業活動を海洋前線内の暖水側と冷水側で比較するとその差は周辺の平均的漁場形成の15~70%程度にも達することがわかりました(図1, 2)。このため、海洋前線は障壁として働いていることが明らかになり、それぞれの魚種ではホットスポット効果は海洋前線の片側だけで生じていることがわかりました。



図1:全世界の各漁法での海洋前線の障壁効果とホットスポット効果の比較
全世界11地域における6つの漁法における障壁効果(左)とホットスポット効果(右)の比較。障壁効果は魚種ごとに海洋前線の暖水側と冷水側での漁業活動の差を周辺海域の平均的な漁業活動に対する割合として計算、ホットスポット効果は海洋前線内と前線外の漁業活動の差を周辺海域の平均的な漁業活動に対する割合として計算。色の濃さは効果の強さを表す。漁法は左から、はえ縄、一本釣、まぐろまき網、他のまき網、いか釣り、ひき網。Xing et al.(2026, Nature Communications)より。



図2:全世界の25の漁業資源の漁場における海洋前線の障壁効果
色の濃さは障壁効果の強さを表し、赤色は海洋前線内の暖水側で漁場形成が多い魚種、青色は海洋前線内の冷水側で漁場形成が多い魚種。Xing et al.(2026, Nature Communications)より。
北西太平洋における中国漁船の操業情報からマイワシ、マサバ、サンマ、アカイカの漁獲努力で補正した漁獲量を用いて障壁効果とホットスポット効果を比較したところ、マイワシとマサバのホットスポット効果は約50%、サンマは約17%、アカイカは約13%でした。一方、障壁効果は、サンマで約40%、アカイカで約70%とホットスポット効果を大きく上回りました。マイワシとマサバの障壁効果は、全季節および全領域を平均すると約5~15%とホットスポット効果より小さいですが、漁場が形成される季節(領域)によって暖水側で漁獲が増える場合と冷水側で漁獲が増える場合があり、各季節(領域)で見ると障壁効果の方が大きいことがわかりました(図3)。



図3:北西太平洋の4種における海洋前線の障壁効果
左からマイワシ、マサバ、サンマ、アカイカの障壁効果の大きさを示す。赤色が暖水側で多く漁獲され、青色が冷水側で多く漁獲されることを示す。Xing et al.(2026, Nature Communications)より。
本研究により、魚類にとって海洋前線が障壁として働いていることが明らかになりました。持続可能な漁業を実現するには、効率的な管理が必要です。好漁場として知られる海洋前線に対して魚類が行う分布応答を科学的に解明することにより、これまで地理的に固定されていた保護区を、動的に変動する海洋前線の暖水側もしく冷水側という管理単位に変更することで、効率的に漁業資源を管理することが可能になると期待されます。また、特定の魚種や漁獲対象種以外の生物の混獲を避けるためにも海洋前線に対する生物応答の知見が活かされることが期待されます。

発表者・研究者等情報

東京大学
 大気海洋研究所海洋生物資源部門
Xing Qinwang(シン チンワン) 外国人研究員(上海海洋大学)
Gao Zihui(ガオ ジヒュイ) 外国人研究員(上海海洋大学)
伊藤 進一 教授

論文情報

雑誌名:Nature Communications
題 名:Underestimated barrier effects of ocean fronts shape global fishery distribution
著者名:Xing Q., Gao Z., Ito S., Yu H., Liu B., Zhang H., Chen X., Yu W.
DOI: 10.1038/s41467-026-71250-0
URL:https://www.nature.com/articles/s41467-026-71250-0

研究助成

本研究は、科研費 学術変革領域研究(A) 「ハビタブル日本 - 島嶼国日本の生存基盤をなす大気・海洋環境の持続可能性」公募研究「A01-K106魚類成長-回遊モデルを用いた2010年代における魚類の体重減少原因の解明(課題番号:JP25H02072)」の支援により実施されました。

用語解説

(注1)海洋前線
異なる性質の海水が接することで水温や塩分などが水平方向に急激に変化する領域を海洋前線と呼びます。暖流である黒潮と寒流である親潮が交わる日本周辺では、暖水と冷水が接することで顕著な海洋前線が多数発生しています。
(注2)自動船舶識別装置
SOLAS条約(海上人命安全条約)のもと、大型船に船舶の識別が自動でできるようにする装置を取り付けることが義務化されました。船名、識別符号、位置、針路、速力、目的地などの情報を得ることができ、人工衛星でも自動船舶識別装置の信号を受信しているため、全世界の大型漁船の動きを調べることが可能となりました。

問い合わせ先

東京大学大気海洋研究所 海洋生命システム研究系 海洋生物資源部門
教授 伊藤 進一(いとう しんいち)
E-mail:goito◎aori.u-tokyo.ac.jp※アドレスの「◎」は「@」に変換してください