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東京科学大学 研究Discovery Saga
2026年3月31日

局所環境の極性と粘性を“光”で同時可視化する蛍光分子を開発

複雑な環境情報を一度に読み取る色素の設計指針を確立

【注目の成果:共同研究・産学連携のためのチェックポイント】
生きた細胞膜や高分子材料への応用で、構造の解析と機能の解明に期待
【産学連携対象 全学共通分野 Discovery Saga】
情報学複合領域環境学数物系科学化学総合理工工学総合生物農学医歯薬学
【Sagaキーワード】
プロファイル/環境変化/化学物質/散逸過程/時間分解/時間分解分光/特異点/量子化/スペクトル/π電子/分子構造/量子化学/励起状態/励起状態ダイナミクス/スチルベン/ピレン/円偏光発光/分子運動/量子化学計算/アミド/液晶/蛍光スペクトル/光化学/高分子/高分子ゲル/高分子薄膜/生細胞/有機合成化学/ネマチック液晶/円偏光/ソフトマテリアル/プロピレン/可視光/超高速分光/発光材料/分光測定/評価手法/構造緩和/ダイナミクス/ナノ粒子/ピコ秒/フェムト秒/レーザー/レーザー分光/環境情報/機能性材料/光プローブ/高分子材料/設計法/環境応答性/機能性/分子プローブ/環境応答/環境要因/細胞膜/超分子/寿命/がん細胞/バイオイメージング/プローブ/凝集体/蛍光プローブ/蛍光色素/抗がん剤耐性/構造変化/合成化学/分子設計/有機合成/抗がん剤/脂質/脂質代謝/生理学/非侵襲

2026年3月31日 公開

ポイント

溶媒の極性と粘性を蛍光法で同時評価するソルバトクロミック–凝集誘起発光(AIE)色素を開発。
超高速分光測定と量子化学計算によって、希薄溶液での消光の仕組みとAIE発現の構造要因を解明し、設計指針を確立。
生きた細胞膜や高分子材料への応用で、構造の解析と機能の解明に期待。

概要

東京科学大学(Science Tokyo) 物質理工学院 応用化学系の田中拓哉大学院生、小西玄一准教授、九州大学 大学院理学研究院 化学部門の宮田潔志准教授、鈴木聡助教、恩田健教授、熊本大学 理学部の井川和宣教授らの共同研究チームは、細胞膜や高分子材料などの局所環境の極性と粘性を蛍光法によって同時に解析できる、ソルバトクロミック–凝集誘起発光(AIE)色素の開発に成功しました。

局所環境に極性応答して発光色を変化させるソルバトクロミック蛍光色素と、希薄溶液中ではほとんど発光せず高粘度媒体や固体状態で強く発光するAIE色素は、生命科学や材料開発における構造・物性評価に幅広く利用されています。しかし、これら2つの性質を同時に発現させることはこれまで困難でした。
今回の研究では、研究グループが以前開発したAIE色素である
橋かけスチルベン[用語1]分子に適切なドナーとアクセプターを導入することで、幅広い極性領域において両方の性質を同時に発現するソルバトクロミック–AIE色素を実現しました。さらに、超高速分光測定によって色素の励起状態ダイナミクスを解析し、希薄溶液中で蛍光が消光する主要な要因を特定しました。また、量子化学計算により、AIE特性を誘起する分子構造の特徴も明らかにしました。これらの成果を総合することで、AIE色素にソルバトクロミック性を付与するための分子設計指針を確立しました。

今回開発した色素は、細胞膜の脂質成分や流動性、秩序の関係を解明するバイオイメージング用蛍光プローブとしての応用が期待されます。

本成果は、2026年2月14日(現地時間)に、Wiley社が発行する凝集体科学・材料分野の国際学術誌「Aggregate(インパクトファクター13.7)」のオンライン版に先行公開されました。


図. 本研究の概要

背景

周囲の環境に応じて発光色が変化するソルバトクロミック蛍光色素は、分子周辺の極性を可視化できる分子プローブとして、細胞膜や高分子材料の局所環境の解析に広く用いられてきました。一方、凝集誘起発光(AIE)色素は、分子運動が抑制された環境で強く発光する特徴を持ち、局所的な粘性や分子運動性を反映する光学プローブとして注目されています。

もし一種類の蛍光分子で、ソルバトクロミズムによる「極性」と、AIE特性に由来する「粘性」を同時に評価できれば、これまで個別にしか解析できなかった複雑な環境情報を一度に読み取ることが可能になります。例えば細胞膜に用いれば、脂質分布の違いだけでなく、細胞が恒常性を維持するために不可欠な膜内部の組成変化や秩序化のダイナミクスを光学的に解析できると期待されます。また、高分子材料の分野では、力学応答や変形、さらには劣化に伴って生じる局所的な環境変化を直接観察する新しい評価手法につながる可能性があります。しかし、極性応答性を示すソルバトクロミズムと、分子運動の制限に応答するAIEという異なるメカニズムを持つ現象を、1個の分子で両立させることは容易ではなく、そのための明確な分子設計指針も確立されていませんでした。

研究成果

そこで本研究では、溶液中で発光が消える仕組みそのものに着目し、
無輻射失活[用語2]の起こりやすさを分子構造によって制御するという観点から、新しい環境応答型蛍光分子の設計を目指しました。蛍光分子の合成と超高速分光測定、理論計算を組み合わせることで、励起状態におけるエネルギー散逸過程を詳細に解析し、ソルバトクロミズムとAIEを同時に発現させるための設計原理の確立に取り組みました。

1. ソルバトクロミック–AIE色素の合成と発光特性の評価

研究チームはこれまで、スチルベン類に7員環のプロピレン鎖による橋かけ構造を導入することで、AIE色素を合理的に創成できることを見出してきました。本研究では、小型で平面性の高い
ドナー–π–アクセプター型[用語3]の橋かけスチルベン分子(DpCBS[7])を新たに設計し、ソルバトクロミズムとAIEを同時に示す分子を開発しました。

DpCBS[7]の発光特性を調べたところ、非極性溶媒から高極性溶媒までの広い極性範囲において可視光領域のソルバトクロミズムを示しました(図1a)。一方で、希薄溶液中の
蛍光量子収率[用語4]は4%以下と極めて低く抑えられており、強い発光を示したのは固体状態(蛍光量子収率70%)および高粘度・凝集環境下(蛍光量子収率10~20%)のみでした(図1b、c)。さらに、極性環境の異なる粘度制御系および高分子薄膜中での測定から、DpCBS[7]は、周囲の極性環境と分子運動の制限の両方に同時に応答する特異な発光特性を示すことが明らかになりました。


図1. DpCBS[7]の発光特性。
(a)DpCBS[7]の分子構造と、各種溶媒中における蛍光スペクトル。
(b)溶媒中(THF)および固体状態における蛍光写真と蛍光量子収率(Φfl)の比較。
(c)極性および粘度の異なる環境における蛍光スペクトル。分子運動が粘度や凝集によって抑制されると、環境の極性に応じた発光色を示すことが分かる。

こうしたことから、この分子は、孤立した分子状態ではほとんど発光しないにもかかわらず、凝集環境下や分子運動が抑制された環境下では、その環境の極性によって規定された発光色を示す、新しいタイプのソルバトクロミック–AIE色素であることが分かりました。

2. 超高速分子測定による消光の仕組みの解明

次に、この分子の励起状態のダイナミクスを明らかにするため、フェムト秒時間分解
過渡吸収測定[用語5]を行いました(図2a)。その結果、DpCBS[7]は溶媒の種類によらず、励起後わずか数十ピコ秒でエネルギーを失うことが分かり、溶液中では超高速な無輻射失活が支配的であることが明らかになりました。さらに温度を変えて解析したところ、失活の速さはエネルギー障壁(ΔEa)の変化よりも、分子が無輻射失活経路に到達する"頻度"の違いによるものと判明しました(図2b)。

これにより、失活速度の溶媒間差は、ΔEa の変化よりも前指数因子Aの違いに主として起因することが明らかとなりました。この挙動は、7員環の橋かけ構造を持つDpCBS7に特有であり、橋かけ構造を持たない類縁分子では観測されませんでした。これらの結果から、DpCBS[7]では、溶媒による影響は励起状態全体にほぼ同様に働いている一方で、7員環の橋かけ構造が分子の動きを制御することにより、
円錐交差[用語6]を経由した無輻射失活経路へ進みやすくなっていることが分かりました(図2c)。このことは、円錐交差のエネルギーの低さだけでなく、そこへ到達しやすい分子の動きを設計することが、AIE色素の性能を左右する重要な要素であることを示しています。


図2.(a)フェムト秒時間分解過渡吸収(fs-TAS)スペクトル。
(b)異なる温度で測定した過渡吸収の時間プロファイルとそのフィッティング結果、および得られた寿命を用いた
Arrhenius解析[用語7]の結果。
(c)本研究から得られた結果に基づく概念的なポテンシャルエネルギー面の模式図。溶媒極性の変化に対して、励起状態ポテンシャルエネルギー面全体がほぼ一様に安定化されていることを示している

3. 量子化学計算によるAIE特性を誘起する分子構造の解明

さらに量子化学計算を実施し、DpCBS[7]に導入した7員環の橋かけ構造によって、励起状態から円錐交差を経由した無輻射失活経路がエネルギー的に到達可能であることを示しました(図3a)。加えて、7員環の橋かけ構造は、励起状態における分子の構造変化の方向を制限し、分子が円錐交差へ向かって変形しやすい構造緩和経路を与えていることが分かりました(図3b)。具体的には、中央の炭素–炭素二重結合のねじれを伴う構造変化が優先的に進行し、励起状態から無輻射失活へと至る経路が形成されます。一方、橋かけ構造を持たない分子や6員環の橋かけ分子では、分子の構造変化が複数の方向に分散して進行し、円錐交差へ向かう変形が起こりにくいことが示されました(図3c)。これらの結果は、橋かけ構造の導入によって分子の変形の向きを揃えることで、無輻射失活の起こりやすさを分子設計によって制御できることを示しています。


図3. 橋かけ構造の違いが無輻射失活経路に及ぼす影響。
(a)7員環橋かけ分子(DpCBS[7])、6員環橋かけ分子(DpCBS[6])、および橋かけ構造を持たない分子(DpCS)の分子構造、溶液中における蛍光量子収率(Φfl)、ならびに量子化学計算により得られた励起状態から円錐交差(CI)に至るエネルギーダイアグラム。DpCBS[6]ではCIがエネルギー的に高く、励起状態から到達しにくいため溶液中で発光する。
(b)DpCBS[7]における励起状態緩和過程に沿った分子構造変化。赤字で示した中央二重結合周辺の二面角の変化が、主な構造緩和座標であることを示している。
(c)DpCBS[6]における対応する構造変化。6員環橋かけ分子では構造変化の様式が異なり、CIへの到達が抑制されることが分かる。

以上の結果から、本研究で開発した橋かけスチルベン分子DpCBS[7]は、ソルバトクロミズムとAIEを同時に示すだけでなく、分子が光を出さずにエネルギーを失う過程を分子設計によって制御できることを実証した分子系であるといえます。本成果は、小型かつ高い平面性を有する分子骨格を基盤として、可視光発光かつ環境応答性を備えたAIE色素を合理的に設計するための新しい指針を示したことになります。

社会的インパクト

本研究は、小型かつ平面な分子でありながら、ソルバトクロミズムとAIEを同時に示す新しい分子設計の考え方を提示しました。さらに、時間分解分光と温度依存解析を組み合わせることで、希薄溶液中で分子が光らなくなる過程を定量的に明らかにしました。

これにより、AIE色素の設計を「固体で光る分子の開発」にとどめるのではなく、「溶液中で“光らない状態”をどのように制御するか」という新しい観点からも合理的に設計できる枠組みが強化されます。

本研究で示した小型AIE色素の設計概念は、分子サイズや非侵襲性が重要となるバイオイメージング用蛍光プローブや、ソフトマテリアル分野における機能性発光材料の開発など、幅広い応用につながることが期待されます。

今後の展開

今回開発したDpCBS[7]は、分子の動きが自由な状態と、凝集や高粘度環境で制限された状態の違いに加え、周囲の極性にも応答する新しい発光分子です。本分子により、「凝集」と「極性」という2つの環境要因を同時に可視化することで、細胞膜の秩序形成における主要な要因の解明や、新しい評価手法の開発につながると期待されます。さらに、本研究で得られた分子設計指針を発展させることで、より高性能なAIE色素や機能性発光プローブの創出が期待されます。

用語説明

[用語1]
橋かけスチルベン:スチルベン分子の中心の炭素–炭素二重結合部位と一方のフェニル基とを炭素鎖で「橋かけ」して連結した分子構造。
[用語2]
無輻射失活:分子が光を出さずに、励起状態から基底状態へエネルギーを失って戻る過程。
[用語3]
ドナー–π–アクセプター型:電子を与えやすい部分(ドナー)と、電子を受け取りやすい部分(アクセプター)をπ共役骨格でつないだ分子構造。分子内で電荷の偏りが生じやすく、発光色が環境に応答しやすくなる。
[用語4]
蛍光量子収率:吸収した光のうち、どれだけの割合が蛍光として放出されたかを表す指標。値が大きいほど、よく光る分子であることを意味する。
[用語5]
過渡吸収測定:光を当てた直後の分子の状態をピコ秒(1兆分の1秒)よりも短い超短時間スケールで観測する測定法。
[用語6]
円錐交差(CI):基底状態と励起状態のポテンシャルエネルギー面が交差する特異点。ここを通ることで、分子は光を出さずに急速にエネルギーを失って基底状態に緩和する。
[用語7]
Arrhenius解析:温度を変えて反応や失活の速さを測定し、以下のArrhenius式に従って解析する手法。


(左)用語1「橋かけスチルベン」の分子構造例、(右)Arrhenius式

論文情報

掲載誌:
Aggregate(アグリゲート)
タイトル:
Push–Pull Bridged Stilbenes as Small Solvatochromic Aggregation-Induced Emission Luminogen: Design and Excited-state Deactivation Dynamics
(和訳:Push-Pull型橋かけスチルベンを基盤とした小型ソルバトクロミック凝集誘起発光色素の設計と励起状態失活ダイナミクス)
著者:
Takuya Tanaka1, Hirosato Koyanagi2, Takumi Ehara2, Tomohiro Ryu2, Kiyoshi Miyata*2, Satoshi Suzuki*2, Kazunobu Igawa3, Ken Onda*2, Gen-ichi Konishi*1
(田中 拓哉,1 小柳 裕聖,2 江原 巧,2 笠 僚宏,2 宮田 潔志,*2 鈴木 聡,*2井川 和宣,3恩田健,*2小西 玄一*1
所属:
1東京科学大学 物質理工学院 応用化学系
2九州大学 理学研究院 化学部門
3熊本大学 理学部
DOI:
10.1002/agt2.70295

研究者プロフィール


小西 玄一 Gen-ichi Konishi
東京科学大学 物質理工学院 応用化学系 准教授
研究分野:光化学、有機合成化学、高分子科学、生理学
宮田 潔志 Kiyoshi Miyata

九州大学 大学院理学研究院 化学部門 准教授
研究分野:分子科学、光化学、レーザー分光
鈴木 聡 Satoshi Suzuki
九州大学 大学院理学研究院 化学部門 助教
研究分野:計算化学、光化学
恩田 健 Ken Onda

九州大学 大学院理学研究院 化学部門 教授
研究分野:分子科学、光化学、レーザー分光

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小西 玄一 Gen-ichi Konishi | Science Tokyo 研究情報データベース(理工学系)
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