視覚は、どのように聴覚野を抑制するのか?
~超高磁場fMRIが解き明かす感覚間抑制のメカニズム~
【産学連携対象 全学共通分野 Discovery Saga】
【Sagaキーワード】
2026年03月24日
研究報告
概要
誰かと話すときには、視覚を使って表情やジェスチャーを見ながら、聴覚を使って声を聴くように、ヒトは日常生活において異なる感覚の情報を組み合わせて、統合的に処理しています。このため、複数の感覚系の情報が脳においてどのように相互作用しているかを知ることは認知機能の基盤を理解する上で重要です。先行研究では、一つの感覚(視覚など)における入力が別の感覚(聴覚など)を処理する脳部位の活動を抑制する現象が報告されていましたが、その具体的なメカニズムについては議論が続いていました。 今回、生理学研究所の宮田季和特任研究員、竹村浩昌教授らは、超高磁場(7テスラ)磁気共鳴画像法(fMRI)による精密な分析により、この抑制が局所的な影響ではなく、脳の左右の半球にまたがる広域的なネットワークによるものであることを明らかにしました。研究成果
私たちが世界を認識するとき、視覚や聴覚といった五感は独立して働いているわけではなく、脳内で常に相互作用しています。本研究チームは、視覚入力が聴覚野における脳活動を低下させる現象の背後にある神経機構を調査しました。 実験では、脳の「交差性(左側の視野の情報は、主に右半球の視覚野で処理される仕組み)」を利用しました。参加者の左右どちらかの視野にのみ視覚刺激を提示することで、片側の半球の視覚野を分離して活動させることが可能になります。これにより、視覚入力による聴覚野の活動低下が「視覚野の活動に伴う局所的な影響」なのか、それとも「半球を超えた脳全体の調整」なのかを検証しました。これをヒト実験参加者を対象とする7テスラfMRI実験により精密に検証することで、大脳皮質だけでなく、より深い場所にある視床と呼ばれる脳部位の活動についても検討しました。 実験により得られたデータを分析した結果、左右どちらの視野に視覚刺激を呈示した場合でも、聴覚野の活動低下(抑制)は刺激を受けた側だけでなく、左右両方の半球で確認されました。このことにより視覚入力による聴覚野の抑制は、局所的な反応ではなく、半球をこえた抑制メカニズムによるものであることが示唆されました。 一方で、視覚と聴覚の初期処理を担う重要拠点である「視床」においては、このような抑制現象を示す結果は見られませんでした。このことは、感覚間の抑制が視床のような初期の段階よりは、より高次な大脑皮質のレベルで生じている可能性を示唆しています。 本研究の結果は、ヒトの脳が複数の感覚をどのように調整しているかという理解をさらに深め、先行研究の知見をより精緻なものにしました。先行研究における知見に対して、高精度のマッピングにより新たな感覚間相互作用の理解を進めた成果であり、ヒトの脳がどのようにして複数の感覚系の間でのバランスを維持しているのかを知る上で重要な基礎的知見がもたらされました。
図.左上:生理学研究所における超高磁場(7テスラ)MRI装置。右上:fMRI実験で用いた視覚刺激。左視野または右視野に、動く縞模様が呈示された。左下:ヒト脳における一次聴覚野の位置。右下:視覚刺激と反対側、同側の一次聴覚野における視覚刺激呈示中の脳活動。横軸が時間、縦軸が脳活動変化率を表す。視覚刺激呈示開始時刻が0秒であり、灰色の部分が視覚刺激が呈示されていた時間帯を表す。赤線が全実験参加者の平均値を表し、桃色の領域は平均からの±1標準誤差を表す。どちらの半球においても、同じぐらいの脳活動の抑制が見られた。
自然科学研究機構 研究