社会的選択理論と厚生経済学から描く「良い社会」の指標
倫理的価値を数学で定式化し、論理的な整合性を探求【産学連携対象 全学共通分野 Discovery Saga】 【Sagaキーワード】

宮城島 要(みやぎしま・かなめ)
概要
2004年小樽商科大学商学部卒。2006年一橋大学大学院経済学研究科博士前期課程修了。2010年同博士後期課程修了。早稲田大学政治経済学術院助教、青山学院経済学部教授などを経て、2025年一橋大学大学院経済学研究科教授に就任、現在に至る。専門分野は社会選択理論と厚生経済学。
倫理的価値を数学で定式化し、論理的な整合性を探求
私の専門は「社会的選択理論」と「厚生経済学」と呼ばれる分野です。人々の暮らしぶりの質(厚生)を測り、社会の資源配分が社会的にどれほど良いかを評価する。この指標をつくるのが私の研究テーマです。この指標は、政策立案や気候変動などの社会の状態変化を、時間を通じて測る際に活用されます。指標づくりでは「公平性」を重視し、倫理的価値概念を数学を使って厳密に定式化し、論理的な整合性を探求しています。効率性、公平性、合理的な選択を組み合わせたときにどのような指標が導き出されるかを数学的に調べるのが研究の中心です。
学部ゼミでは、『平等主義の哲学』(広瀬巌 著)を輪読し、「なぜ平等が望ましいのか」という哲学的な問いを深く考察しています。厚生経済学の分野で国際的に著名な研究者を何人も輩出してきた一橋大学の伝統の影響かもしれませんが、この分野に興味を持ってくれる学生が他大学よりも多い印象です。あいまいに語られがちな「平等」について、その本質を厳密に理論立てて説明し、説得力のある議論を展開できるようなトレーニングを積むことを目指しています。
社会的選択理論を通じて数学の楽しさを知る

実を言うと、私は高校時代まで本当に数学が苦手でしたが、大学の進路ではよく分からないまま経済学を選び、小樽商科大学へ入学しました。経済には興味がありましたが、入学後に接した経済学は期待していたものと違っていて、特に数学の壁につまずきかけました。しかし、1年生のゼミで『不平等の再検討』(アマルティア・セン 著)に出会い、大きな転機を迎えたのです。
この本から、経済学が「人の暮らしぶりや社会を良くする」学問だと知り衝撃を受けました。従来の「効用」(幸せの度合い)ではなく、セン先生が提唱する「潜在能力」や「機能」という客観的な視点、つまり「消費を通じて人がどのような状態になれるのか」という視点で暮らしぶりの良さを測る考え方に強く共感しましたし、とても自然だと感じました。この本は今も大切にしています。
この経験から、数学を使って厳密に議論する社会的選択理論や厚生経済学に大きな魅力を感じるようになりました。そして、苦手だった数学が「記号の羅列」ではなく「意味のある道具」として理解できるようになり、一気に楽しくなりました。
三年生の時に厚生経済学をもっと勉強したいと思っていたところ、大学の先生からアドバイスを受け、厚生経済学の研究が盛んな一橋大学大学院への進学を勧められました。進学後、鈴村興太郎先生(一橋大学名誉教授、故人)のもとで厚生経済学を深く学びました。また、当時経済研究所にいらした吉原直毅先生(現・マサチューセッツ大学アマースト校教授)には論文の書き方や読み方を丁寧に指導していただいたりと、素晴らしい先生方に恵まれたと感じています。
留学を経て、「時間整合的な社会的選択」を研究テーマに
その後、約1年半、日本学術振興会特別研究員としてアメリカのプリンストン大学へ留学する機会を得ました。そこでマーク・フローベイ先生(現・パリ経済学院教授)のもとで、不確実な世界や時間を通じた資源配分の問題に取り組むようになり、現在研究テーマとしている「時間整合的な社会的選択」につながるきっかけを得ています。
フローベイ先生は、リスクのある社会における暮らしぶりの測定に関心を持っていました。たとえば、気候変動は大きなリスクです。温暖化が進めば、地域が水没したり特定の産業が弱くなったりするなど、人々の暮らしぶりに大きな影響が出るかもしれません。そうしたリスクのある社会を考えたとき、人々の暮らしぶりをどのように測ったら良いかということを研究していました。個人が不確実な状況の中でどのように意思決定をするのかを扱う意思決定理論と、社会にとって適正な配分を評価する社会的選択理論。この二つの理論の接合点に出会えたことが、私の現在の研究に大きな影響を与えています。
帰国後、青山学院大学での研究を経て、2025年度から一橋大学に戻ってくることになりました。私の研究分野が本学の厚生経済学の強い伝統と合致していることもあり、とても貴重な研究場所をいただけたと思っています。
「より精緻な社会指標」を、研究者としてアップデートし続ける
社会的選択理論の目的の一つは、「より精緻な社会評価指標」をつくることです。たとえば、国の豊かさを測る指標としてGDPが最も広く使われていますが、GDPだけでは健康や教育水準、不平等といった重要な要素が見落とされがちです。セン先生の潜在能力や機能の考え方を用いた社会的選択理論は、国連が定め公表している「人間開発指数(Human Development Index, HDI)」のような、所得だけでなく教育水準や平均余命といった多様な要素の集計方法において応用されています。
私が現在取り組んでいる研究で最も重視しているのは、先ほど触れた「時間整合的な社会的選択」のあり方です。これは、ある時点において決定されたことが、その後時間が経っても矛盾なくきちんと守られるような意思決定のあり方を模索するものです。
時間整合性は政策のコミットメントに関係していて、時間が経過したことで決定が覆されるのであれば、時間非整合的なものであったと判断されます。たとえば、消費税減税を「1年後に元に戻す」と約束しても、1年後に「まだ暮らしぶりが良くなっていないから困る」という反対意見が強いために元に戻さなかったならば、これは時間非整合的な決定となります。
また、時間整合性は個人の意思決定の責任にも関係してます。たとえば、若年期の浪費により老後に貯蓄が底をついた人がいる場合、事前に「浪費で老後に備えなかった選択の責任は自分が負うべき」と考えられていたとしても、極度の貧困に陥る人が出てきたらやはり見捨てることはせずに救済策を出す、という状況も時間非整合的と言えます。このような問題に対応できるように、事前と事後の判断の整合性を保ちつつ、公平な分配を目指すための政策評価の可能性についても考えています。このテーマは、この分野ではまだ十分に研究されておらず、私が取り組んでいる新しい研究活動の一つです。
この研究を通じて、まずは、長期的に一貫性のある政策・制度の設計が社会的に可能になるようにしたいと考えています。そして、最終的な目的は、より良い社会的な指標、特に公平性をきちんと取り入れた指標を構築し、人々の暮らしぶりをより的確に測れるようにすることです。

宮城島先生の研究に大いに影響を与えた書籍の数々。中央にあるアマルティア・センの書籍は最初に出会ったときのもの。
また、多様な社会問題に応じた社会評価基準を、研究者の立場からアップデートし続けることも重要です。効率性が重視されるべき文脈もあれば、平等が優先されるべき文脈もありますので、さまざまな文脈に合わせた適切な指標を多角的に考えてつくっていきたいと思っています。
厳密な数学的アプローチで、自分の考え方が変わることが経済学の面白さ
経済学には「自分の考え方自体が変わる」という面白さがあります。特に「合理的な考え方とは何だろう」という問いを探求し、厳密に議論することの大切さを学べることは、この学問の大きな魅力です。数学は、このような厳密な議論を進めるうえで非常に強力な武器になります。もし学生の皆さんが「数学は苦手だけど経済学に興味がある」と感じているならば、数学の習得は後から十分に巻き返すことが可能です。私自身がそうであったと、自信を持ってお伝えできます。また、哲学に強い関心がある方にも経済学は非常におすすめです。倫理や正義といった哲学的な問いを、経済学の厳密な数学的アプローチを用いて深く考察する面白さは格別です。
そんな学びを深めるうえで、一橋大学は最適な環境です。何か知りたいことがあれば、どんな小さな疑問でも真剣に教えてくれる先生が揃っています。周りの学生たちとの交流もかけがえのない財産になるでしょう。私も学生の皆さんと話しているうちに、たくさんのアイデアが浮かんだり、自分の理解が深まったりと本当に助けられました。学生の皆さんにとっては、周りの仲間は先生以上に大きな存在になるでしょう。
この一橋大学という環境で、皆さんがそれぞれの興味を追求し、実り多い学生生活を送られることを心から願っています。(談)
【産学連携対象 全学共通分野 Discovery Saga】
【Sagaキーワード】

宮城島 要(みやぎしま・かなめ)
概要
2004年小樽商科大学商学部卒。2006年一橋大学大学院経済学研究科博士前期課程修了。2010年同博士後期課程修了。早稲田大学政治経済学術院助教、青山学院経済学部教授などを経て、2025年一橋大学大学院経済学研究科教授に就任、現在に至る。専門分野は社会選択理論と厚生経済学。倫理的価値を数学で定式化し、論理的な整合性を探求
私の専門は「社会的選択理論」と「厚生経済学」と呼ばれる分野です。人々の暮らしぶりの質(厚生)を測り、社会の資源配分が社会的にどれほど良いかを評価する。この指標をつくるのが私の研究テーマです。この指標は、政策立案や気候変動などの社会の状態変化を、時間を通じて測る際に活用されます。指標づくりでは「公平性」を重視し、倫理的価値概念を数学を使って厳密に定式化し、論理的な整合性を探求しています。効率性、公平性、合理的な選択を組み合わせたときにどのような指標が導き出されるかを数学的に調べるのが研究の中心です。学部ゼミでは、『平等主義の哲学』(広瀬巌 著)を輪読し、「なぜ平等が望ましいのか」という哲学的な問いを深く考察しています。厚生経済学の分野で国際的に著名な研究者を何人も輩出してきた一橋大学の伝統の影響かもしれませんが、この分野に興味を持ってくれる学生が他大学よりも多い印象です。あいまいに語られがちな「平等」について、その本質を厳密に理論立てて説明し、説得力のある議論を展開できるようなトレーニングを積むことを目指しています。
社会的選択理論を通じて数学の楽しさを知る

実を言うと、私は高校時代まで本当に数学が苦手でしたが、大学の進路ではよく分からないまま経済学を選び、小樽商科大学へ入学しました。経済には興味がありましたが、入学後に接した経済学は期待していたものと違っていて、特に数学の壁につまずきかけました。しかし、1年生のゼミで『不平等の再検討』(アマルティア・セン 著)に出会い、大きな転機を迎えたのです。
この本から、経済学が「人の暮らしぶりや社会を良くする」学問だと知り衝撃を受けました。従来の「効用」(幸せの度合い)ではなく、セン先生が提唱する「潜在能力」や「機能」という客観的な視点、つまり「消費を通じて人がどのような状態になれるのか」という視点で暮らしぶりの良さを測る考え方に強く共感しましたし、とても自然だと感じました。この本は今も大切にしています。
この経験から、数学を使って厳密に議論する社会的選択理論や厚生経済学に大きな魅力を感じるようになりました。そして、苦手だった数学が「記号の羅列」ではなく「意味のある道具」として理解できるようになり、一気に楽しくなりました。
三年生の時に厚生経済学をもっと勉強したいと思っていたところ、大学の先生からアドバイスを受け、厚生経済学の研究が盛んな一橋大学大学院への進学を勧められました。進学後、鈴村興太郎先生(一橋大学名誉教授、故人)のもとで厚生経済学を深く学びました。また、当時経済研究所にいらした吉原直毅先生(現・マサチューセッツ大学アマースト校教授)には論文の書き方や読み方を丁寧に指導していただいたりと、素晴らしい先生方に恵まれたと感じています。
留学を経て、「時間整合的な社会的選択」を研究テーマに
その後、約1年半、日本学術振興会特別研究員としてアメリカのプリンストン大学へ留学する機会を得ました。そこでマーク・フローベイ先生(現・パリ経済学院教授)のもとで、不確実な世界や時間を通じた資源配分の問題に取り組むようになり、現在研究テーマとしている「時間整合的な社会的選択」につながるきっかけを得ています。フローベイ先生は、リスクのある社会における暮らしぶりの測定に関心を持っていました。たとえば、気候変動は大きなリスクです。温暖化が進めば、地域が水没したり特定の産業が弱くなったりするなど、人々の暮らしぶりに大きな影響が出るかもしれません。そうしたリスクのある社会を考えたとき、人々の暮らしぶりをどのように測ったら良いかということを研究していました。個人が不確実な状況の中でどのように意思決定をするのかを扱う意思決定理論と、社会にとって適正な配分を評価する社会的選択理論。この二つの理論の接合点に出会えたことが、私の現在の研究に大きな影響を与えています。
帰国後、青山学院大学での研究を経て、2025年度から一橋大学に戻ってくることになりました。私の研究分野が本学の厚生経済学の強い伝統と合致していることもあり、とても貴重な研究場所をいただけたと思っています。
「より精緻な社会指標」を、研究者としてアップデートし続ける
社会的選択理論の目的の一つは、「より精緻な社会評価指標」をつくることです。たとえば、国の豊かさを測る指標としてGDPが最も広く使われていますが、GDPだけでは健康や教育水準、不平等といった重要な要素が見落とされがちです。セン先生の潜在能力や機能の考え方を用いた社会的選択理論は、国連が定め公表している「人間開発指数(Human Development Index, HDI)」のような、所得だけでなく教育水準や平均余命といった多様な要素の集計方法において応用されています。私が現在取り組んでいる研究で最も重視しているのは、先ほど触れた「時間整合的な社会的選択」のあり方です。これは、ある時点において決定されたことが、その後時間が経っても矛盾なくきちんと守られるような意思決定のあり方を模索するものです。
時間整合性は政策のコミットメントに関係していて、時間が経過したことで決定が覆されるのであれば、時間非整合的なものであったと判断されます。たとえば、消費税減税を「1年後に元に戻す」と約束しても、1年後に「まだ暮らしぶりが良くなっていないから困る」という反対意見が強いために元に戻さなかったならば、これは時間非整合的な決定となります。
また、時間整合性は個人の意思決定の責任にも関係してます。たとえば、若年期の浪費により老後に貯蓄が底をついた人がいる場合、事前に「浪費で老後に備えなかった選択の責任は自分が負うべき」と考えられていたとしても、極度の貧困に陥る人が出てきたらやはり見捨てることはせずに救済策を出す、という状況も時間非整合的と言えます。このような問題に対応できるように、事前と事後の判断の整合性を保ちつつ、公平な分配を目指すための政策評価の可能性についても考えています。このテーマは、この分野ではまだ十分に研究されておらず、私が取り組んでいる新しい研究活動の一つです。
この研究を通じて、まずは、長期的に一貫性のある政策・制度の設計が社会的に可能になるようにしたいと考えています。そして、最終的な目的は、より良い社会的な指標、特に公平性をきちんと取り入れた指標を構築し、人々の暮らしぶりをより的確に測れるようにすることです。

宮城島先生の研究に大いに影響を与えた書籍の数々。中央にあるアマルティア・センの書籍は最初に出会ったときのもの。
また、多様な社会問題に応じた社会評価基準を、研究者の立場からアップデートし続けることも重要です。効率性が重視されるべき文脈もあれば、平等が優先されるべき文脈もありますので、さまざまな文脈に合わせた適切な指標を多角的に考えてつくっていきたいと思っています。
厳密な数学的アプローチで、自分の考え方が変わることが経済学の面白さ
経済学には「自分の考え方自体が変わる」という面白さがあります。特に「合理的な考え方とは何だろう」という問いを探求し、厳密に議論することの大切さを学べることは、この学問の大きな魅力です。数学は、このような厳密な議論を進めるうえで非常に強力な武器になります。もし学生の皆さんが「数学は苦手だけど経済学に興味がある」と感じているならば、数学の習得は後から十分に巻き返すことが可能です。私自身がそうであったと、自信を持ってお伝えできます。また、哲学に強い関心がある方にも経済学は非常におすすめです。倫理や正義といった哲学的な問いを、経済学の厳密な数学的アプローチを用いて深く考察する面白さは格別です。そんな学びを深めるうえで、一橋大学は最適な環境です。何か知りたいことがあれば、どんな小さな疑問でも真剣に教えてくれる先生が揃っています。周りの学生たちとの交流もかけがえのない財産になるでしょう。私も学生の皆さんと話しているうちに、たくさんのアイデアが浮かんだり、自分の理解が深まったりと本当に助けられました。学生の皆さんにとっては、周りの仲間は先生以上に大きな存在になるでしょう。
この一橋大学という環境で、皆さんがそれぞれの興味を追求し、実り多い学生生活を送られることを心から願っています。(談)
一橋大学 研究