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大阪大学 研究Discovery Saga
2026年3月11日

対称性による量子測定アルゴリズムの加速を発見

誤り耐性量子シミュレーションの実用化に向けて

【注目の成果:共同研究・産学連携のためのチェックポイント】
量子コンピュータを通じた量子多体系の現象理解を、より高精度かつ効率的に進める基盤技術となることが期待
【産学連携対象 全学共通分野 Discovery Saga】
情報学数物系科学化学工学
【Sagaキーワード】
量子アルゴリズム/アルゴリズム/タスク/量子計算/ハバード模型/高エネルギー/対称性/電子相関/物性物理/量子コンピュータ/量子シミュレーション/量子化/量子情報/量子相関/量子測定/量子多体系/スケーリング/素粒子/素粒子物理/量子化学/シミュレーション/スピン/量子力学
2026-2-27●工学系量子情報・量子生命研究センター教授水上 渉

発表のポイント

量子コンピュータの計算対象となる分子や物質の対称性を組み込むことで、測定を効率化する量子アルゴリズムを開発しました。
本提案手法は、量子力学的な限界に迫る高精度性と、多数の物理量測定の並列性を兼ね備えていることから、物性物理学・量子化学分野における重要な実用問題に適用すれば、あらゆる既存手法を上回る高精度測定が、効率的に実行できることを示しました。
本研究成果は、量子コンピュータを通じた量子多体系の現象理解を、より高精度かつ効率的に進める基盤技術となることが期待されます。




手法のイメージ図

発表概要

東京大学大学院工学系研究科の小泉 勇樹 大学院生、同大学素粒子物理国際研究センターの吉岡 信行 准教授、慶應義塾大学大学院理工学研究科の和田 凱渡 大学院生、大阪大学量子情報・量子生命研究センターの水上 渉 教授らによる研究グループは、量子コンピュータの計算対象が従う対称性を活用し、多数の物理量を効率的かつ高精度に測定する量子アルゴリズムを開発しました。これまでの測定手法においては、量子力学的な理論限界である「ハイゼンベルク限界」を達成する高精度測定が実現できても、現実的な実行コストが膨大になってしまう、という問題がありました。本研究では、測定対象となる物理量が、共通の対称性に従う場合には、計算コストを大幅に下げられることを明らかにしました。特に、量子化学や物性物理学に関する量子シミュレーションにおいて、現象理解に必要な物理量の高精度測定を、あらゆる既存手法よりも効率的に実行できることを示しました。本成果は、対称性をもつ量子系にて汎用的に適用可能であることから、量子シミュレーションを通じた現象理解を効率的に進めるための、次世代量子アルゴリズムの基盤技術となることが期待されます。

研究の背景

物性物理学、量子化学や高エネルギー物理などの分野では、量子力学的な性質をもつ物質や分子を精密に計算し、現象を理解することが重要です。量子コンピュータは、こうした量子系のシミュレーションを、従来のコンピュータより効率よく実行可能な手段として注目されています。一方で、計算結果を得るには、興味のある状態を量子コンピュータ上で再現したうえで、情報を読み出す「物理量の測定」という最終工程が不可欠です。現象理解に必要な物理量は多数にのぼることが多く、測定をいかに効率よく行えるか否かが、計算全体の実用性を左右します。これまでの量子コンピュータの研究により、測定精度に関する量子力学的な限界である「ハイゼンベルク限界」を、多数の物理量に対して同時に実現しつつ、それらの測定を量子的に重ね合わせることで、さらなる効率化を達成できる、という可能性が示唆されてきました。しかし、既存手法の多くは、測定対象となる物理量や量子状態がもつ構造(例:対称性)を十分に反映しておらず、どのような物理量の組み合わせで、どの程度の効率化が得られるのか、明確ではありませんでした(図1左)。さらに、多数個の測定を重ね合わせることによる優位性が、非現実的に大きな問題に限られる場合もあることから、現実的な問題規模で有効に機能しうるのかどうかの検証が、課題として残されていました。



図1. 従来手法と、本研究で開発した新手法の比較
(図左)従来手法では、測定対象の量子状態や測りたい物理量がもつ対称性(例:粒子数保存、スピン回転対称性など)を用いず、対称性の有無にかかわらず計算コストを一律に見積もっていました。そのため、本来は寄与しない成分を事前に整理できず、不要な演算を実行していました。また、どの物理量に対してどれだけ計算コストを削減できるかは未解明でした。
(図右)本提案手法では、対称性による選択則を考慮した計算を実行します。これにより、寄与しない成分を系統的に除外できるため、計算コストを大幅に改善できます。

研究の内容

本研究では、計算対象の量子状態が従う対称性を利用することで、測定手法の効率が大幅に向上することを示しました。具体的には、対称性の選択則を活用することで、寄与しない成分を系統的に除外し、測定に必要となる計算コストを削減する新手法を提案しました(図1右)。本手法の特徴は、単なる定数倍の削減にとどまらず、物理量の数や系サイズに対する計算コストの増え方、つまりスケーリングそのものを改善できる点にあります。実際に、局所的な量子相関を測定する問題では、計算コストが物理量数の4乗根に従うスケーリングを達成し、計算効率を大きく向上できることを示しました(図2左)。また、量子コンピュータによる計算優位性が期待される代表例であるハバード模型や、FeMo補因子にて量子相関の強さに関する推定を行うタスクでは、あらゆる既存手法より少ない計算コストで実行できることを示しました(図2右)。このことは、理論的なスケーリング改善に加えて、実用的な問題においても本手法が有効であることを示しています。



図2. 従来手法と開発手法による計算コストの比較
(図左)従来の手法では、測定対象となる電子相関の数が増えるにつれて、必要な計算コストがその平方根に比例する水準よりも大きくなることが課題でした。これに対して開発手法では、物理系がもつ対称性を活用することで、特定の問題において測定対象数の4乗根程度まで抑えられることを示しました。
(図右)各手法が、ハバード模型における二体相関を全て測定する際に必要となる計算コストを比較しています。黄色のプロットは本手法の改良前の結果で、改良前は他の測定手法を上回ることができていませんでした。一方、赤色のプロットで示した今回の手法では、対称性の利用によって計算コストを削減し、他手法よりも少ない計算コストで測定できることが分かります。このように本手法は、あらゆる既存手法を上回る効率での高精度測定を実現します。

研究の意義、今後の展望

本研究は、高精度な物理量推定に対称性を組み込むという視点により、量子計算のアルゴリズム設計に新たな方向性を示しました。特に、物理系が従う対称性の活用によって、高精度測定に必要なコストのスケーリングを改善できた例はこれまでに知られておらず、重要な意義があります。これは、量子多体理論が蓄積してきた知見を、量子計算の具体的な高速化へと直接結び付ける枠組みであり、両者の融合を一段と推進するものです。本成果は、対称性をもつ量子系を対象とする量子シミュレーションを、より高精度かつ効率的に実行するための基盤技術となり、物性物理学・量子化学・高エネルギー物理学などの自然科学分野における現象理解に貢献することが期待されます。

論文情報

雑誌名:Physical Review Letters
題 名:Faster quantum algorithm for multiple observables estimation
著者名:Yuki Koizumi*, Kaito Wada, Wataru Mizukami, and Nobuyuki Yoshioka
DOI:10.1103/4c6g-zx6c
URL:https://doi.org/10.1103/4c6g-zx6c
本研究は、東京大学統合物質・情報国際卓越大学院 (MERIT-WINGS)、IBM Quantum、JSPS科研費特別研究員奨励費(課題番号:JP24KJ1963)、JST 共創の場形成支援プログラム(COI-NEXT)「量子ソフトウェア研究拠点(課題番号:JPMJPF2014)」、JST 先端国際共同研究推進事業(ASPIRE)「量子情報と量子生命科学を包括する国際共同研究網の構築(課題番号: JPMJAP2319)」、文部科学省 光・量子飛躍フラッグシッププログラム(Q-LEAP)「知的量子設計による量子ソフトウェア研究開発と応用(課題番号:JPMXS0120319794)」の支援により実施されました。