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東京大学 研究Discovery Saga
2026年3月9日

日本周辺における魚類多様性の緯度逆転

【注目の成果:共同研究・産学連携のためのチェックポイント】
本研究で推定された魚類の多様性のホットスポットでの管理を適切に行うことで、効率的に多様性の保全が実現することが期待
【産学連携対象 全学共通分野 Discovery Saga】
環境学数物系科学工学農学医歯薬学
【Sagaキーワード】
生物地球化学/海洋/地球温暖化/ホットスポット/地球化学/持続可能/モニタリング/沿岸域/海洋環境/持続可能性/海洋生物/生態系/サンゴ礁/プランクトン/温暖化/海洋生態/海洋生態系/環境DNA/初期生活史/植物プランクトン/親潮/生物資源/環境要因/調査研究

2026年3月6日
東京大学



要約版PDF

発表のポイント

◆日本周辺の魚類多様性を環境DNAを用いて調べた。
◆低緯度で高温なほど多様性が高いというのが定説であったが、日本周辺では高緯度の方が多様性が高いことが示された。
◆黒潮と親潮の移行帯や、沿岸域と沖合域の移行帯に多様性が高い海域が形成され、高緯度側の多様性が高くなる逆転が生じている。



古典的な魚類多様性の考え方と新たに確認された多様性の分布

発表概要

東京大学大学院農学生命科学研究科のLin Yuan大学院生と同大学大気海洋研究所の伊藤進一教授らを中心とする研究チームは、魚類が海水中に放出した環境DNA(注1)の観測を実施し、日本周辺では定説と異なり高緯度側の方が魚類の多様性が高いことを明らかにしました。
一般的な定説では、多くの生物で、低緯度で水温が高いほど多様性が高いという緯度多様性傾度が生じていると言われていました。しかし、日本周辺では、暖流の黒潮や津軽暖流などが、寒流の親潮との間に、急激な水温の勾配が生じることによって、暖水性の魚類も冷水性の魚類も存在し、多様性が高くなる。このため、高緯度の方が低緯度よりも多様性が高くなる緯度多様性逆転が生じていることが示されました。
健全な海洋生態系の維持のためには、魚類の多様性保全が重要ですが、多様性の高い中緯度での保全が重要なことが明らかになりました。

発表内容

地球温暖化の進行とともに、生物の多様性が失われつつあることが問題視されています。一般的に、生物の多様性は低緯度の高温な地域ほど高く、緯度とともに減少する緯度多様性勾配があると言われてきました。しかし、広大な海洋においては、魚類などの逃避能力の高い生物の多様性を網羅的に調べるのは困難でした。近年、魚類から海水中に放出された環境DNAを分析することによって魚類の分布を調べる環境DNAモニタリング手法が開発され、魚類を殺傷せず、比較的低コストで魚類の分布を把握することが可能になり、魚類多様性の地理的分布を調査することが可能になりました。本研究では、学術研究船「白鳳丸」や東北海洋生態系調査研究船「新青丸」を用いて2018年から収集した環境DNAのデータを用いて、日本周辺海域の魚類の種組成や多様性を調べました(図1)。解析に用いたデータは17研究航海、988サンプル、176測点に及びます。



図1:本研究の海水サンプル採集および環境データ観測点
色は季節を表し(黄色:春季、赤色:夏季、緑色:秋季、青色:冬季)、記号は異なる研究航海を示す。KHは白鳳丸、KSは新青丸を意味し、次の2桁が実施した年を、最後の数字が各年の研究航海の通し番号を意味する。Lin et al. (2026, Progress in Oceanography)より。
海面から水深200m(200mより浅い海域では海底直上)まで採取した海水サンプル中に含まれる魚類の環境DNAを調べました。その結果、1,065種の魚類を検出することができました。この種数は日本周辺に存在すると言われている約3,700種の28.8 %に相当します。サンゴ礁や内湾などの浅海域を除いた外洋域での採集だけであることを考えると、かなり網羅的に魚種が検出されていると考えられます。
検出された魚類の種組成の特徴から測点を6つのグループに区分し、それぞれのグループでの多様度指数を比較した結果、低緯度に存在するグループだけでなく、岩手県沖に相当する高緯度の海域に存在するグループでも多様性が高いことがわかりました(図2)。



図2:種組成の似ているグループの多様度指数と各グループの地理的分布
環境DNAによって検出された各測点での魚類の種組成を解析し、種組成の似ているものをグループ分けし、各グループごとの多様性を比較した(左図)。多様度指数としてはシャノン多様度指数と呼ばれるものを使用した。各グループごとの地理的分布(右図)から多様性の高いグループAは高緯度に位置することがわかる。Lin et al. (2026, Progress in Oceanography)より。
環境DNAの最終時に観測した海洋表層の水温、塩分、植物プランクトン量などの環境要因と多様性を比較したところ、表面水温および海底の深さとの関係が強く、水温については、定説とは異なり、低水温で多様性が高い傾向を示しました(図3)。また、多様性は、表面水温11℃および24℃付近で高くなる傾向を示し、11℃は岩手県沖の親潮と津軽暖流が接している海域に相当し、冷水と暖水が接することで冷水性および暖水性の魚類が共存し、多様性が高くなることが示唆されました。



図3:推定された多様度の水温依存性
縦軸は多様性の傾向を、横軸は水温を示し、低水温側の多様性が高いことがわかる。また11℃および24℃付近に多様性が高くなる領域があることがわかる。小さい黒点は各観測値に相当する。Lin et al. (2026, Progress in Oceanography)より。
本研究により、暖流と寒流が交わり複雑な海洋構造を示す日本周辺域では、高緯度側の方が多様性が高くなる逆転が生じることがわかりました。地球温暖化による種の喪失が進む中で、多様性の保全は海の健全性を守るために必要です。本研究で推定された魚類の多様性のホットスポットでの管理を適切に行うことで、効率的に多様性の保全が実現することが期待されます。

関連情報

「深海に隔離されたマイワシのDNA」(2025/12/11)
https://www.aori.u-tokyo.ac.jp/research/news/2025/20251211.html
「環境DNAを使用した海洋表層の高解像度魚類モニタリングの可能性」(2025/09/16)
https://www.aori.u-tokyo.ac.jp/research/topics/2025/20250801.html
「黒潮の環境DNAから青魚の分布特性を探る」(2023/06/01)
https://www.aori.u-tokyo.ac.jp/research/news/2023/20230601.html 
「海水に含まれるDNAから外洋の小型浮魚類の分布を探る」(2022/09/08)
https://www.aori.u-tokyo.ac.jp/research/news/2022/20220908.html

発表者・研究者等情報

東京大学
 大気海洋研究所海洋生物資源部門
伊藤 進一 教授
 大学院農学生命科学研究科
Lin Yuan(リン ユアン) 博士課程(日本学術振興会特別研究員)

論文情報

雑誌名:Progress in Oceanography
題 名:Opposite latitudinal biodiversity gradient in the open ocean generated by transition Zones: Insights from fish distribution in the Northwest Pacific
著者名:Lin Y., Yu Z., Ahmed S.K., Wang X., Higuchi T., Yabe I., Wong M.K., Itoh S., Tsutsumi E., Saito H., Komatsu K., Tsuda A., Kawaguchi Y., Oka E., Obata H., Minegishi Y., Fukuda H., Inoue J., Hyodo S., Ito S.
DOI: 10.1016/j.pocean.2026.103685
URL:https://doi.org/10.1016/j.pocean.2026.103685

研究助成

本研究は、科研費 学術変革領域研究(A) 「ハビタブル日本 - 島嶼国日本の生存基盤をなす大気・海洋環境の持続可能性」公募研究「A01-K106魚類成長-回遊モデルを用いた2010年代における魚類の体重減少原因の解明(課題番号:JP25H02072)」、科研費 学術変革領域研究(B)「生物地球化学タグによる回遊履歴復元学の創成」計画研究「地球化学的生態指標とモデル解析を融合した高時間・高空間解像度回遊履歴復元(課題番号:JP22H05030)」、科研費「サンマ初期生活史の回遊経路の非連続性と分布沖合化維持機構の解明(課題番号:JP21H04735)」、日本学術振興会特別研究員奨励費(課題番号:JP24KJ0662)、科学技術振興機構次世代研究者挑戦的研究プログラム(課題番号:JPMJSP2108)の支援により実施されました。

用語解説

(注1)環境DNA
生物から環境中に放出されたDNAを環境DNAと呼びます。海洋では、海洋生物から海水中に放出された生物片(魚類の場合、鱗や粘液など)に含まれるDNAを調べることによって、その海域に存在した海洋生物を特定できます。

問い合わせ先

東京大学大気海洋研究所 海洋生命システム研究系 海洋生物資源部門
教授 伊藤 進一(いとう しんいち)
E-mail:goito◎aori.u-tokyo.ac.jp※アドレスの「◎」は「@」に変換してください