進行性尿路上皮がんの治療効果を時間軸で再評価
RMSTによる再解析で、従来法では見えにくかった治療差を明確化
【注目の成果:共同研究・産学連携のためのチェックポイント】
![]() | 「治療開始早期のリスクをどう考えるか」「長期的な生存の可能性をどのように重視するか」といった観点から、患者さん一人ひとりに最適な一次治療を選択するための科学的根拠となることが期待 |
【産学連携対象 全学共通分野 Discovery Saga】
【Sagaキーワード】
評価手法/ハザード/尿路上皮がん/臨床応用/膀胱がん/妥当性/日常生活/画像診断/抗体薬物複合体/歯学/免疫療法/ADC/がん細胞/がん治療/免疫チェックポイント/免疫チェックポイント阻害薬/臨床試験/バイオマーカー/医師/化学療法/抗がん剤/抗体/高齢者/生活の質
2026年3月3日 公開
ポイント
進行尿路上皮がんの一次治療を対象とした7試験(5,321例、10比較)を解析した結果、全生存期間を評価した10解析中5件、無増悪生存期間の5解析中3件で比例ハザード仮定が満たされていないことを明らかにしました。RMSTとネットワークメタ解析を用いてデータを再解析し、治療開始後の各時点における生存期間の差を定量的に可視化しました。
免疫チェックポイント阻害薬単剤は治療開始早期では化学療法より不利となる一方、エンホルツマブベドチン+ペムブロリズマブ併用療法は36ヵ月時点で5.7ヵ月の生存延長を示しました。
概要
東京科学大学(Science Tokyo)大学院医歯学総合研究科 腎泌尿器外科学分野の矢嶋習吾大学院生、吉田宗一郎准教授、藤井靖久教授らの研究チームは、進行性尿路上皮がん[用語1]の一次治療[用語2]を評価した臨床試験において、従来の統計手法の前提である比例ハザード性が約半数の比較で満たされていないことを発見しました。そこで、この前提に依存しない制限付き平均生存期間(RMST)[用語3]という指標を用いて再解析を行い、従来法では捉えられなかった治療効果の時間的変化を明らかにしました。従来、がんの臨床試験の結果はハザード比[用語4]という指標で評価されてきました。この方法は、「治療効果が経過を通じて一定である」という前提(比例ハザード仮定[用語5])に基づいています。しかし、免疫チェックポイント阻害[用語6]薬による治療では、効果がゆっくりと現れ、その後長期間持続するという特徴があるため、この前提が成り立たない場合があります。
本研究では、7つの臨床試験、10の治療比較(計5,321症例)のデータを用いて、比例ハザード仮定の妥当性を検証しました。その結果、全生存期間を評価した10解析中5件、無増悪生存期間の5解析中3件で、この前提が満たされていないことが示されました。さらに、制限付き平均生存期間(RMST)を用いたネットワークメタ解析[用語7]により、エンホルツマブベドチン+ペムブロリズマブ併用療法が36ヵ月時点において、化学療法と比較して5.7ヵ月(95%信頼区間:3.3〜8.1ヵ月)の生存期間延長を示し、経過を通じて最も優れた治療成績を示すことを明らかにしました。
本研究の結果は、治療効果が時間の経過とともに変化するという新たな視点を提供するものです。「治療開始早期のリスクをどう考えるか」「長期的な生存の可能性をどのように重視するか」といった観点から、患者さん一人ひとりに最適な一次治療を選択するための科学的根拠となることが期待されます。
本成果は、2月6日付(現地時間)で国際学術誌「European Urology Open Science」にオンライン掲載されました。
背景
進行した尿路上皮がん(膀胱がんなど)は、日本でも毎年多くの患者さんが診断される深刻な疾患です。近年、「免疫チェックポイント阻害薬」や「抗体薬物複合体(ADC)[用語8]」といった新しい治療薬の登場により、治療の選択肢は大きく広がっています [参考文献1, 2]。しかし、これらの治療効果を評価する際に広く用いられてきた統計手法(ハザード比を用いた解析)には、「治療効果が経過を通じて一定である」という前提(比例ハザード仮定)があります。免疫療法では、治療開始直後には効果がはっきりしない一方で、一部の患者では長期にわたって効果が持続する「テイルプラトー現象」が知られています。このような場合、従来の方法では治療効果を正しく捉えきれず、重要な時間的変化を見逃す可能性がありました[参考文献3]。
そこで本研究では、比例ハザード仮定に依存しない「制限付き平均生存期間(RMST)」という指標を用い [参考文献4]、時間軸に沿った治療効果の変化を明らかにすることを目的としました。

研究成果
本研究では、2015年から2025年に発表された進行尿路上皮がんに対する一次治療の第2/3相臨床試験を系統的に検索し、7つの臨床試験(計5,321症例、10の治療比較)を対象として、複数の試験結果を統合し、直接比較されていない治療法同士も比較可能な「ネットワークメタ解析」という手法で解析を行いました。さらに、各論文に掲載された生存曲線から患者一人ひとりのデータに近い情報を統計的に再構築し、時間ごとの治療効果の違いを詳細に解析しました。主な研究成果は以下のとおりです。
1. 約半数の研究で比例ハザード仮定の違反を確認
全生存期間の比較では10解析中5件(50%)、無増悪生存期間の比較では5解析中3件(60%)で、比例ハザード仮定が満たされていませんでした。これは、従来のハザード比による評価だけでは、治療効果を十分に評価できない可能性を示しています。2. 免疫チェックポイント阻害薬単剤の早期不利益を確認
免疫チェックポイント阻害薬の単剤療法は、12ヵ月時点において、化学療法と比較して約0.8〜0.9ヵ月短い生存期間を示しました。生存曲線状では、この早期の不利益が示唆されていたものの、従来のハザード比では、その大きさを定量的に評価することは困難でした。RMST解析により、初めてこの差を具体的な数値として明示することができました(図1)。
3. エンホルツマブ ベドチン+ペムブロリズマブが最も優れた治療成績
エンホルツマブ ベドチン(抗体薬物複合体)とペムブロリズマブ(免疫チェックポイント阻害薬)の併用療法は、36ヵ月時点において、化学療法と比較して5.7ヵ月(95%信頼区間:3.3〜8.1ヵ月)の生存期間延長を示しました。この併用療法は、治療開始後6ヵ月から36ヵ月までのすべての時点で、一貫して最も高い治療効果を示しました。社会的インパクト
本研究は、がんの臨床試験の結果を評価する際に、従来広く用いられてきたハザード比だけでは、免疫療法時代における治療効果を正しく捉えられない場合があることを示しました。特に、免疫チェックポイント阻害薬の単剤療法が治療開始早期において化学療法より不利となるという知見は、患者への治療説明や経過観察の方法に直接影響する重要な情報です。RMST解析により、「いつの時点で、どの程度の生存期間の差があるのか」を具体的な数値で示すことが可能となり、医師と患者さんの間で治療の効果と限界をより分かりやすく共有できるようになります。本成果は、進行性尿路上皮がんの患者一人ひとりに合わせた治療戦略の構築につながることが期待されます。
今後の展開
今後は、がん細胞の特徴を示すバイオマーカーに基づくサブグループ解析を、実際の患者データを用いて実施し、患者一人ひとりの状態に応じた治療選択の実現を目指します。また、生活の質(QOL)のデータも組み込んだ包括的なRMST解析を実施し、生存期間だけでなく日常生活への影響も考慮した治療評価の確立を目指します。
さらに、本研究で用いたRMST解析の手法を尿路上皮がん以外のがん種にも展開し、がん治療における臨床試験の評価手法の改善に広く貢献していく予定です。
参考文献
- [参考文献1]
- Yajima S, Masuda H: Immune checkpoint inhibitors and antibody-drug conjugates in urothelial carcinoma: current landscape and future directions. Cancers 2025; 17: 1594.
- [参考文献2]
- Powles T, Valderrama BP, Gupta S, et al: Enfortumab vedotin and pembrolizumab in untreated advanced urothelial cancer. N Engl J Med 2024; 390: 875–888.
- [参考文献3]
- Oh DY, Rokutanda N, Żotkiewicz M, et al: Delayed separation of Kaplan-Meier curves is commonly observed in studies of advanced/metastatic solid tumors treated with anti-PD-(L)1 therapy: systematic review and meta-analysis. Target Oncol 2025; 20: 45–56.
- [参考文献4]
- Zhong Y, Schaubel DE: Restricted mean survival time as a function of restriction time. Biometrics 2022; 78: 192–201.
用語説明
- [用語1]
- 尿路上皮がん:尿路(膀胱、腎盂、尿管など)の内側を覆う尿路上皮から発生するがん。膀胱がんが最も多い。
- [用語2]
- 一次治療:病気が見つかった後、最初に行う治療。
- [用語3]
- 制限付き平均生存期間(RMST):ある一定の期間までに、患者さんが平均してどれくらい長く生存できたかを示す方法。時間ごとの治療効果をわかりやすく比較できる。
- [用語4]
- ハザード比:2つの治療群間での、ある時点での死亡や病気の進行のリスクの比。1未満で治療群が有利であることを示す。
- [用語5]
- 比例ハザード仮定:治療効果(ハザード比)が時間を通じて一定であるという統計学上の前提。免疫療法ではこの前提が成り立たないことがある。
- [用語6]
- 免疫チェックポイント阻害:がん細胞が利用している「免疫のブレーキ」を阻害することで、免疫の働きを回復・活性化させ、がん細胞を攻撃しやすくする薬剤。
- [用語7]
- ネットワークメタ解析:複数の臨床試験の結果をまとめて解析し、直接比較されていない治療法同士を統計的に比較できる方法。
- [用語8]
- 抗体薬物複合体(ADC):がん細胞の目印となるタンパク質に結合する抗体に、強力な抗がん剤を結合させた薬剤。がん細胞に薬剤を効率的に届けることができる。
論文情報
- 掲載誌:
- European Urology Open Science
- タイトル:
- Re-evaluating Treatments for Advanced Urothelial Carcinoma Using Restricted Mean Survival Time: A Systematic Review and Network Meta-analysis
- 著者:
- Shugo Yajima, Wei Chen, Kohei Hirose, Akihiro Hirakawa, Kenji Tanabe, Motohiro Fujiwara, Hiroshi Fukushima, Hajime Tanaka, Hitoshi Masuda, Yasuhisa Fujii, Soichiro Yoshida
- DOI:
- 10.1016/j.euros.2026.01.013
研究者プロフィール
矢嶋 習吾 Shugo Yajima
東京科学大学 大学院医歯学総合研究科 腎泌尿器外科学 大学院生
研究分野:泌尿器がん、高齢者医療

吉田 宗一郎 Soichiro Yoshida
東京科学大学 大学院医歯学総合研究科 腎泌尿器外科学 准教授
研究分野:機能的画像診断による泌尿器がん診断及び局所治療、3D映像技術の泌尿器臨床応用

藤井 靖久 Yasuhisa Fujii
東京科学大学 大学院医歯学総合研究科 腎泌尿器外科学 教授
研究分野: 泌尿器がんに対する臓器温存治療

関連リンク
プレスリリース 転移を有する腎細胞癌の一次治療効果は時間とともに変化する—RMSTを用いた時間依存解析により、IMDCリスク分類別の最適治療戦略を提示—(PDF)転移を有する腎細胞癌の一次治療効果は時間とともに変化する|Science Tokyoニュース
吉田 宗一郎 Soichiro Yoshida | Science Tokyo研究情報データベース(医歯学系)
藤井 靖久 Yasuhisa Fujii | Science Tokyo研究情報データベース(医歯学系)
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東京科学大学 大学院医歯学総合研究科 腎泌尿器外科学 准教授吉田 宗一郎
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