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大阪大学 研究Discovery Saga
2026年2月26日

iPS細胞から血液細胞の「タネ」をつくる新基盤を開発

新規細胞外マトリクスタンパク質を用いた高品質な造血前駆細胞の作製

【注目の成果:共同研究・産学連携のためのチェックポイント】
将来的にNK細胞を用いたがん免疫細胞療法などへの応用が期待
【産学連携対象 全学共通分野 Discovery Saga】
情報学複合領域生物学工学農学医歯薬学
【Sagaキーワード】
最適化/品質管理/筋細胞/筋分化/HPC/コーティング/機能性/CD34/differentiation/iPS細胞/がん免疫/がん免疫療法/ラミニン/血清/細胞内シグナル/増殖因子/臨床応用/筋肉/BMP/TGF-β/Wnt/Wntシグナル/線維芽細胞/前駆細胞/免疫療法/NK細胞/イミン/インテグリン/ラット/幹細胞/血液/再生医療/細胞外マトリックス/細胞治療/細胞増殖/細胞培養/細胞療法/受容体/赤血球/阻害剤/多能性幹細胞/内皮細胞/分化誘導/免疫細胞/ヒトiPS細胞/造血/標準化
2026-2-24●生命科学・医学系蛋白質研究所寄附研究部門教授関口 清俊

発表のポイント

ヒトiPS細胞から血液細胞のもととなる造血前駆細胞(HPC)を作製する培養法を最適化し、増殖因子bFGFを添加することで、高品質なHPCを効率よく得られることを明らかにした
ラミニン421のE8断片に、ヘパラン硫酸鎖を持つパールカンのドメイン1を融合した新規培養基質「P‑LM421E8」を開発し、培養皿のコーティングに用いるだけで、bFGFを添加しなくてもbFGF添加時と同程度の高品質なHPCを得られることを見いだした
P‑LM421E8上で得られたHPCは、従来基質上で得られたHPCと比べてNK細胞への分化効率および成熟度が高く、将来的にNK細胞を用いたがん免疫細胞療法などへの応用が期待される

発表概要

株式会社ヘリオスと大阪大学蛋白質研究所の関口清俊寄附研究部門教授らの研究チームは、新しい細胞培養基質「P‑LM421E8」を開発し、ヒトiPS細胞から血液細胞の「タネ」となる造血前駆細胞(HPC)への分化を強力に促進できることを見いだしました。
研究グループはまず、既報の化学的に定義された分化誘導法をもとに、ヒトiPS細胞を「中胚葉」、「造血内皮」、「造血前駆細胞」と段階的に誘導するプロセスを詳細に検証しました(図1)。その結果、塩基性線維芽細胞増殖因子(bFGF)を中胚葉誘導期と造血内皮誘導期の両方で添加すると、CD34を高く発現しCD117陽性を示す「高品質なHPC」が大幅に増加することを明らかにしました。
さらに、ラミニン421のE8断片にヘパラン硫酸鎖をもつパールカンのドメイン1(D1)を融合したP‑LM421E8(図2)を培養皿にコーティングして分化誘導を行うと、外因性bFGFを添加しなくても、bFGF添加時と同等レベルのCD34高発現/CD117陽性HPCが得られることが分かりました。P‑LM421E8は、ヘパラン硫酸鎖でFGFを細胞近傍に保持することで内因性FGFシグナルを増強し、さらにP‑LM421E8の受容体であるインテグリンからのシグナルと協調させることで、細胞内シグナル伝達の効率を高めている可能性があります(図2)。
加えて、得られたHPCをナチュラルキラー(NK)細胞へ分化させたところ、従来基質(LM511E8)由来のHPCに比べてNK細胞への分化効率が高く、成熟マーカーの発現も高いことを確認しました。これらの成果は、再生医療、特にiPS細胞を用いたがん免疫細胞療法の開発を促進させるものであり、安定的かつ高品質な免疫細胞の製造基盤として将来の医療への貢献が期待されます。
本研究成果は、米国マトリックス生物学会誌「Matrix Biology Plus」2026年3月号に掲載予定です。速報電子版は2025年12月15日(月)に公開されています。



図1. ヒトiPS細胞の造血前駆細胞への分化誘導



図2. P-LM421E8の作用メカニズム

研究の背景

ヒトiPS細胞は、体の様々な細胞に分化できる能力をもつ多能性幹細胞で、病気やけがで失われた細胞を補う再生医療や、新しい薬の開発への応用が期待されています。中でも、iPS細胞から血液細胞(赤血球や免疫細胞など)のもととなる造血前駆細胞(HPC)を作り出す技術は、様々な血液疾患の治療や、がんを攻撃する免疫細胞を大量に作製するがん免疫細胞療法の基盤技術として注目されています。一方で、臨床応用に耐える「質」と「量」を兼ね備えたHPCを、再現性よく、かつ動物由来成分を含まない条件で安定的に作製することは容易ではありません。
体内では、iPS細胞に相当する初期細胞が中胚葉へと分化し、血液細胞を生み出す造血内皮を経てHPCが産生されます。この過程は、FGF、Wnt、BMP、VEGFなど複数のシグナルが協調して制御していることが知られています。また近年、細胞が接着して増殖・分化するための足場となる細胞外マトリックスタンパク質も、iPS細胞の維持や分化効率を大きく左右する重要な要素であることが分かってきました。大阪大学では、ラミニンの最小接着断片であるラミニンE8断片(LM‑E8)を用いることで、ヒトES/iPS細胞の高効率な増幅培養や、血管・神経・筋肉など多様な細胞への分化誘導を可能にしてきました。さらに最近、ラミニンE8にパールカンのD1を結合し、ヘパラン硫酸鎖を介してFGFなどの増殖因子を足場上に保持・提示する新しいコンセプトの基質「P‑LM421E8」を開発し、沿軸中胚葉を介した筋分化の効率を高めることを報告しています。
しかし、ヒトiPS細胞からHPCを誘導する系において、FGFやP‑LM421E8がどのように作用し、HPCの「質」にどこまで影響するのかは明らかになっていませんでした。

研究の内容

● bFGFはHPCの「量」ではなく「質」を高める
研究グループは、先行研究に基づく化学的に定義された分化誘導法をベースに、ヒトiPS細胞を以下の3段階で分化させました(図1)。
    中胚葉(ME)誘導: BMP4、Wntシグナル活性化剤、VEGFを添加
    造血内皮(HE)誘導: TGF-βシグナル阻害剤、SCF、VEGFを添加
    造血前駆細胞(HPC)誘導: SCF、FLT3Lを添加

この過程で、bFGFを「中胚葉誘導期のみ」、「造血内皮誘導期のみ」、「両方」に添加した条件を比較し、14日目および20日目に回収した浮遊細胞の表面マーカーを解析しました。その結果、いずれの添加タイミングでも、CD34を高く発現しCD117陽性を示す「高品質なHPC」の割合が有意に増加し、とくに両期間にbFGFを添加した条件で最も高い割合のHPCが得られることが分かりました。一方で、4日目に評価した造血内皮細胞(CD34⁺/KDR⁺)の割合はbFGFの有無で大きく変化せず、浮遊細胞の総数もbFGF添加によって顕著には増加しませんでした。これらの結果から、bFGFは「造血内皮を増やす」よりも、「そこから生じるHPCの質と安定性を高める」方向に作用することが示唆されました。
● 新規基質「P LM421E8」により、bFGFなしでも高品質HPCを実現
次に研究グループは、ラミニン-421のE8断片にパールカンのD1を融合した新規培養基質「P-LM421E8」を開発し、従来基質であるLM511E8との比較を行いました。これらの基質上でヒトiPS細胞を同一条件で分化誘導したところ、P-LM421E8上では、CD34高発現/CD117陽性HPCの割合がLM511E8上よりも約3倍高くなることが分かりました。一方、回収される浮遊細胞の総数は両条件で大きな差がなく、bFGF添加時と同様に、P-LM421E8も主としてHPCの「質」を高めると考えられました。
さらに、ラミニンのα鎖の違いとパールカンD1の寄与を切り分けるため、D1を持たないLM421E8を調製し、P‑LM421E8およびLM511E8と比較しました。その結果、顕著なHPC増強効果を示したのはP‑LM421E8のみでした。このことから、HPC増強効果はラミニン本体の違いによるものではなく、パールカンD1(ヘパラン硫酸鎖)による寄与が大きいことが示されました。
● P-LM421E8とbFGFは作用が重なり、併用しても相乗効果は見られない
P-LM421E8とbFGFの関係を調べるため、「LM511E8のみ」、「LM511E8+bFGF添加」、「P-LM421E8+bFGF添加」の3条件を比較しました。その結果、P-LM421E8+bFGFで得られるHPCの質は、LM511E8+bFGFとほぼ同程度であり、P-LM421E8とbFGFの併用による明確な上乗せ効果は認められませんでした。このことは、P‑LM421E8が、細胞自身が分泌する内因性FGFをヘパラン硫酸鎖で捕捉してFGF受容体の近傍に提示することにより、外因性bFGFを添加した際と同様の細胞内シグナル活性化を誘導している可能性を示しています(図2)。
● P-LM421E8由来HPCは、NK細胞への分化能と成熟度が高い
HPCの「機能的な質」を評価するため、得られたHPCをナチュラルキラー(NK)細胞へ分化させました。IL-15、IL-7、SCF、FLT3Lを含む培地で42日間培養したところ、P-LM421E8上で得られたHPC由来細胞ではCD56陽性NK細胞が70~90%以上を占めたのに対し、LM511E8上で得られたHPC由来細胞では、6~35%程度にとどまりました。さらに、NK細胞の成熟・機能に関わるマーカー(NKG2A、NKp30、NKp44、NKp46)を解析したところ、P-LM421E8由来NK細胞ではNKp30/NKp44/NKp46の発現が高く、NKG2Aの発現が比較的低い傾向を示しました。これらの結果から、P-LM421E8は、NK細胞へ分化させた際の成熟度・機能性にもつながる「高品質なHPC」を生み出す効果をもつことが示されました。

本研究成果が社会に与える影響(本研究成果の意義)

本研究は、以下の点で将来の医療や産業に大きなインパクトを与える可能性があります。
● 高機能NK細胞の安定供給プラットフォーム
がん免疫療法の一つであるNK細胞療法では、標準化された「オフ・ザ・シェルフ」(いつでも、誰にでも使用可能な)細胞製品の開発が求められています。本研究で示したように、P-LM421E8由来HPCから高効率かつ高成熟度のNK細胞を得られることは、iPS細胞を用いたNK細胞製造プラットフォームの基盤技術として重要です。これにより、より安定的で実用性の高いNK細胞製品の開発が期待されます。
● ECM工学×シグナル制御による次世代培養基盤の設計指針
ラミニンE8断片とパールカンD1の組み合わせにより、ヘパラン硫酸鎖を活用して増殖因子を「足場上に配置する」という新しいコンセプトが示されました。この技術は、HPCや筋細胞に限らず、様々な細胞種の分化促進や成熟向上に応用可能です。ECMとシグナル因子を組み合わせた高機能型基質の設計指針として、新たな細胞培養材料や再生医療製品の開発に広く貢献する可能性があります。
● 化学的に定義された、安全で再現性の高い分化系の構築
本研究で使用した分化誘導系は、動物由来成分を含まず、血清やフィーダー細胞を使用しない「化学的に定義された」条件を徹底しています。このような構成は、医薬品レベルの品質管理に適しており、安定性と再現性が非常に高いことが特徴です。今後、プロトコールの標準化やスケールアップが進むことで、臨床グレードの造血・免疫細胞製造への応用が現実味を帯びてきます。この安全で再現性の高い分化系の確立は、再生医療や細胞治療の普及を促進する重要な鍵となります。

特記事項

本研究成果は、米国マトリックス生物学会誌「Matrix Biology Plus」2026年3月号に掲載予定です。速報電子版は2025年12月15日(月)に公開されています。
タイトル:“P-LM421E8, the heparan sulfate chain-conjugated laminin-421-E8 fragment, drives differentiation of human induced pluripotent stem cells into hematopoietic progenitor cells comparable to basic fibroblast growth factor in a chemically defined system”
著者名: Naoto Ninomiya1*, Kaoru Sasaki1*, Ryosuke Katori1*, Yasuhiro Shimizu2, Kazumasa Fujita2, Yukimasa Taniguchi2, Taiko Kunieda2, Kouichi Tamura1, Masashi Yamada1**, Kiyotoshi Sekiguchi2**, Hironobu Kimura1**
DOI:10.1016/j.mbplus.2025.100188
*  筆頭著者
** 責任著者
1 株式会社ヘリオス 神戸研究所
2 大阪大学 蛋白質研究所 寄附研究部門
なお、本研究の一部は、日本医療研究開発機構(AMED)による研究費(JP17bm0404005h、JP20bm0804025)および文部科学省科学研究費補助金(KAKENHI・Transformative Research Area (A) 23721401)の支援を受けて実施されました。

参考URL

株式会社ヘリオス
https://www.healios.co.jp/
関口清俊寄附研究部門教授 研究者総覧
https://rd.iai.osaka-u.ac.jp/ja/da29bf9f03dbeb91.html