スキルミオンがつくり出すリアクタンス
-創発電場による輸送応答の解明で回路素子微細化新原理構築へ -
【注目の成果:共同研究・産学連携のためのチェックポイント】
![]() | 創発電場が発生する機構のさらなる理解や、回路素子の微細化に向けた新原理の構築につながると期待 |
【産学連携対象 全学共通分野 Discovery Saga】
【Sagaキーワード】
非線形回路/スピンホール効果/幾何学/磁気構造/準粒子/電流駆動/非線形/非線形応答/不変量/量子スピン/ホール効果/ミューオン/中性子/磁場/超伝導/波動関数/理論的研究/量子ビット/スキルミオン/トポロジカル/トポロジカル不変量/強相関/磁性体/マンガン/キャパシタ/強磁性/微細化/省エネ/単結晶/インピーダンス/シリコン/スピン/スピントロニクス/ナノサイズ/ナノメートル/マイクロ/周波数/省エネルギー/電気機器/電磁誘導/量子力学/カルス/キメラ/スキル/ラット
2026年2月25日
理化学研究所
科学技術振興機構(JST)
概要
理化学研究所(理研)創発物性科学研究センター 創発量子スピントロニクス研究ユニットのマシュー・リトルハレス 研修生(研究当時)、横内 智行 ユニットリーダー、強相関物性研究グループのマックス・バーチ 研究員、十倉 好紀 グループディレクター、強相関理論研究グループの永長 直人 グループディレクターらの国際共同研究グループは、電流で駆動されたスキルミオン[1]の変形がつくり出す創発電場[2]がリアクタンス[3]として現れることを発見しました。本研究成果は、創発電場が発生する機構のさらなる理解や、回路素子の微細化に向けた新原理の構築につながると期待されます。
今回、国際共同研究グループは、マイクロメートル(μm、1μmは100万分の1メートル)サイズのデバイスに交流電流を加え、スキルミオンを電流で駆動しました。スキルミオンが変形しながら電流で駆動された際に、入力電流に対して位相が90度シフトした出力電圧の大きさを表すリアクタンスと呼ばれる量が有限になることを明らかにしました。このリアクタンスは、スキルミオンの変形に起因した創発電場に由来すると考えられます。
本研究は、科学雑誌『Nature Communications』オンライン版(2月19日付)に掲載されました。

スキルミオン格子の変形による創発電場の発生
背景
磁性体中を運動する電子は、スピンの空間的・時間的な変化に応じて、「創発電場・創発磁場[2]」と呼ばれる実効的な電磁場を受けることが知られています。近年、ナノメートル(nm、1nmは10億分の1メートル)サイズのらせん磁気構造や磁化がそろっている領域の境目である磁壁が入力した交流電流によって駆動され変形すると、この交流電流に対して位相が90度シフトした創発電場が発生することが明らかになりました注1~3)。この現象は、ナノサイズの磁気構造がインダクタやキャパシタといった回路素子のように振る舞うことを意味し、ナノサイズの回路素子を実現するための新原理となることが期待されています。一方で、これまでこの現象が実験で観測されたのは、電流で駆動されたらせん磁気構造や強磁性磁壁に限られていました。注1)2020年10月8日プレスリリース「創発電磁場によるインダクタ」
注2)2021年8月19日プレスリリース「創発インダクタの室温動作を実証」
注3)2026年1月15日プレスリリース「散逸的な磁壁運動による創発電場の発生」
研究手法と成果
国際共同研究グループは今回、スキルミオンと呼ばれる磁気構造に着目しました。スキルミオンとは、ナノサイズの渦状のトポロジカル磁気構造[4]で、ある特定の条件下で、格子を形成して安定化します。このスキルミオン格子に電流を加えると、ある閾値(しきいち)以上で、スキルミオンが動き出します。特に、スキルミオンは、らせん磁気構造や強磁性磁壁に比べて非常に小さな電流密度で駆動ができるという特長を持ちます。まず、スキルミオン格子が形成する代表的な物質であるマンガン(Mn)とシリコン(Si)から成る化合物MnSiの大きな単結晶から、マイクロメートル程度の大きさのデバイスを作製し、リアクタンスという量を測定しました。そして、リアクタンスとスキルミオンの関係を調べるために、リアクタンスの磁場依存性を測定したところ、スキルミオンが形成される磁場領域で、電流に対して非線形なリアクタンスが、電流と平行方向と垂直方向の両方に生じることを観測しました(図1)。

図1 スキルミオン相におけるリアクタンスの検出
電流に対して平行方向に生じるリアクタンス(a)および電流に対して垂直方向に生じるリアクタンス(b)の磁場依存性。磁場によって磁気構造が変化し、スキルミオンが形成される磁場(オレンジ部分)でリアクタンスが有限になる。nΩcm:ナノオームセンチメートル。一辺が1センチメートルの立方体に換算した際のナノオームを単位とする抵抗。
さらに、電流の大きさに対する抵抗の変化などを調べることで、観測されたリアクタンスがジュール発熱(抵抗のある導体に電流を流したときに発する熱エネルギー、磁気構造とは無関係に発生)に起因したものではないことも確かめました。これらの結果は、観測されたリアクタンスが、スキルミオンと関係があることを意味しています。次にこの関係性をさらに詳しく理解するために、入力の交流電流の振幅と周波数に対する依存性を調べると、このリアクタンスが特定の振幅・周波数領域でのみ現れることが分かりました。電流駆動されたスキルミオン格子の状態は、交流電流の振幅・周波数により変わるため、この結果は、観測されたリアクタンスがスキルミオン格子の駆動状態と関係があることを示唆します。
次に、トポロジカルホール効果[5]を測定することで、交流電流の振幅と周波数に対して、スキルミオン格子がどのような状態であるかを調べました。その結果、大きなリアクタンスが現れる振幅・周波数領域は、スキルミオン格子が動き出す閾値電流の直上の領域であることが分かりました(図2)。この領域では、スキルミオン格子が不純物の影響を強く受けながら駆動されるため、スキルミオンが大きく変形しながら動いています。従って、観測されたリアクタンスは、スキルミオンの変形と関係していることが示唆されます。

図2 リアクタンスの交流電流の振幅に対する依存性
スキルミオン格子の変形が大きい領域(オレンジ部分)で縦(a)および横(b)リアクタンスがともに最大になることが分かる。
さらに、スキルミオンの変形を考慮した理論モデルに基づくと、スキルミオン格子が変形することで、入力した交流電流に対して位相が90度シフトした創発電場が生じ、リアクタンスが有限になることが明らかになりました。特に、この理論モデルでは、電流に対して平行方向と垂直方向のリアクタンスは共に創発電場に由来するものの、その微視的な発現機構は方向によって異なることが分かりました。電流と平行方向のリアクタンスは、スキルミオンの変形が直接誘起する創発電場に由来します。一方、電流と垂直方向のリアクタンスは、スキルミオンが自身の変形により実効的な質量を獲得し、その重心運動に慣性[6]が生じることに起因します。電流で駆動されたスキルミオンは、電流と垂直方向にその速度に比例した創発電場を生み出すことが知られています注4、5)。慣性が生じると、スキルミオンの速度の位相が入力電流に対しシフトすることで、この垂直方向の創発電場の位相も入力電流に対しシフトし、電流と垂直方向にリアクタンスが生じます。
国際共同研究グループは、この創発電場によって生じるリアクタンスを「創発リアクタンス」と名付けました。一般に、インダクタンス素子に由来するリアクタンスは誘導リアクタンス、キャパシタンス素子に由来するものは容量リアクタンスと呼び、それぞれ符号が異なります。今回、観測された創発リアクタンスは、温度や磁場の条件に応じて、符号が変わることが分かりました。このことは、創発リアクタンスが誘導的にも容量的にも成ることを意味し、同一の素子構造でインダクタとキャパシタの両方を実現できる新原理となる可能性があります。
注4)Schulz, T., Ritz, R., Bauer, A.et al. Emergent electrodynamics of skyrmions in a chiral magnet.Nature Phys 8, 301-304 (2012). DOI:10.1038/nphys2231
注5)2024年9月19日プレスリリース「スキルミオンの創発的ガリレオ相対性」
今後の期待
創発電場に基づくリアクタンスは素子が小さくなると大きくなるという性質を持つため、キャパシタやインダクタといった身の回りのさまざまな電気機器の電気回路に使われている回路素子の体積を数万分の1以下に微細化できる新原理として期待されています。本研究により電流駆動されたスキルミオンの変形が生み出す創発リアクタンスが発見されたことは、この新原理のさらなる理解に貢献すると期待されます。さらに、スキルミオンは、これまで創発電場によるリアクタンスが観測されていたらせん磁性体や強磁性磁壁に比べて小さな電流密度で駆動できるため、より小さな電流で動作するような省エネルギーでナノサイズの非線形回路素子への応用も期待されます。補足説明
1.スキルミオン固体中の電子は、スピンと呼ばれる電子の自転に対応する自由度を持つ。このスピン同士の間には相互作用があるために、スピンが整列した状態が実現することがある。例えば、磁石(強磁性状態)は電子のスピンが全て同じ状態にそろった状態である。また、ある条件下では、スピンが渦巻き状に整列した状態が生成されることがあり、これをスキルミオンと呼ぶ[次図(a)参照]。スキルミオンでは、中心のスピンと外側のスピンが反対向きになっており、その中間ではその間を連続的につなげた構造をしている。中間の構造はさまざまな種類があり、どのような中間構造が安定かは物質の構造によって決まる。物質中では、スキルミオンが格子を組んだ状態で安定することがあり、これをスキルミオン格子と呼ぶ[図(b)参照]。

図 スキルミオンとスキルミオン格子の模式図
(a)単一のスキルミオンの模式図。矢印の向きは、スピンの向きを表す。(b)複数のスキルミオンが集まってスキルミオン格子を形成している状態の模式図。
2.創発電場、創発磁場
量子力学では電子の状態は波動関数によって記述される。この波動関数は、振幅と位相という二つの量で表現される。特に波動関数がある状態に束縛されているとき、系の幾何学的性質を反映した位相が生じることがある。この位相は電子に対して実効的に電場・磁場として作用し、それらをそれぞれ創発電場・創発磁場と呼ぶ。
3.リアクタンス
入力電流に対して位相が90度シフトした出力電圧の大きさを表す量。交流電流に対する物質の応答を、実部と虚部で解析する手法である複素インピーダンス測定の虚部に対応する。
4.トポロジカル磁気構造
物の形を連続変形しても保たれる特徴を数学的に表す量に、トポロジカル不変量と呼ばれる量がある。磁気構造の形に着目した際に、トポロジカル不変量が有限になる磁気構造をトポロジカル磁気構造と呼ぶ。スキルミオンもトポロジカル磁気構造の一つである。
5.トポロジカルホール効果
スキルミオンに由来した創発磁場により、電子の運動方向が曲げられる現象。電子とスキルミオンの相対速度に依存して、電子の曲げられ方が変わるので、トポロジカルホール効果を測定することにより、スキルミオンの駆動状態を調べることができる。
6.慣性
運動している物体がそのまま動き続けようとする性質。
国際共同研究グループ
理化学研究所 創発物性科学研究センター創発量子スピントロニクス研究ユニット
研修生(研究当時)マシュー・リトルハレス(Matthew T. Littlehales)
(ダラム大学(英国)大学院生(研究当時)、現 ミュンヘン工科大学(ドイツ)博士研究員)
ユニットリーダー 横内 智行(ヨコウチ・トモユキ)
強相関物性研究グループ
研究員 マックス・バーチ(Max T. Birch)
グループディレクター 十倉 好紀(トクラ・ヨシノリ)
(東京大学卓越教授/東京大学国際高等研究所東京カレッジ)
強相関物質研究グループ
上級技師 吉川 明子(キッカワ・アキコ)
グループディレクター 田口 康二郎(タグチ・ヤスジロウ)
強相関理論研究グループ
グループディレクター 永長 直人(ナガオサ・ナオト)
(最先端研究プラットフォーム連携(TRIP)事業本部 基礎量子科学研究プログラム プログラムディレクター)
ラザフォードアップルトン研究所(英国)ISIS中性子・ミューオンソース
リサーチサイエンティスト ディアゴ・アルバ・ヴェネーロ(Diego Alba Venero)
ダラム大学(英国)物理学科
教授 ピーター・ハットン(Peter D. Hatton)
研究支援
本研究は、理研TRIPイニシアティブ「基礎量子科学研究プログラム(プログラムディレクター:永長直人)」「科学研究基盤モデル開発プログラム(参画研究者:田口康二郎)」「多電子集団(参画研究者:田口康二郎)」により実施し、科学技術振興機構(JST)戦略的創造研究推進事業さきがけ「新規量子ビット実現に向けた量子スキルミオンの創出(研究代表者:横内智行、JPMJPR235B)」、同CREST「Beyond Skyrmionを目指す新しいトポロジカル磁性科学の創出(研究代表者:于秀珍、主たる共同研究者:田口康二郎、JPMJCR20T1)」、日本学術振興会(JSPS)科学研究費助成事業基盤研究(S)「磁性伝導体における新しい創発電磁誘導(研究代表者:十倉好紀、JP23H05431)」、同基盤研究(B)「トポロジカルスピンホール効果の開拓(研究代表者:横内智行、JP24K00566)」「マヨラナ準粒子・伝導電子結合系におけるエキゾティック超伝導の理論(研究代表者:田仲由喜夫、JP24K00583)」、同基盤研究(A)「量子非線形応答の理論的研究(研究代表者:永長直人、JP24H00197)」、同学術変革領域研究(A)「キメラ準粒子の理論(研究代表者:村上修一、JP24H02231)」、同サマー・プログラム(令和6年度)(外国人特別研究員:Matthew T. Littlehales)による助成を受けて行われました。原論文情報
Matthew T. Littlehales, Max T. Birch, Akiko Kikkawa, Yasujiro Taguchi, Diego Alba Venero, Peter D. Hatton, Naoto Nagaosa, Yoshinori Tokura, and Tomoyuki Yokouchi, "Emergent reactance induced by the deformation of a current-driven skyrmion lattice",Nature Communications,10.1038/s41467-026-69698-1発表者
理化学研究所創発物性科学研究センター
創発量子スピントロニクス研究ユニット
研修生(研究当時)マシュー・リトルハレス(Matthew T. Littlehales)
ユニットリーダー 横内 智行(ヨコウチ・トモユキ)
強相関物性研究グループ
研究員 マックス・バーチ(Max T. Birch)
グループディレクター 十倉 好紀(トクラ・ヨシノリ)
強相関理論研究グループ
グループディレクター 永長 直人(ナガオサ・ナオト)
問い合わせ先
JST事業に関すること
科学技術振興機構 戦略研究推進部 グリーンイノベーショングループ安藤 裕輔(アンドウ・ユウスケ)
Tel: 03-3512-3526
Email: presto@jst.go.jp
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Tel: 03-5214-8404
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理化学研究所 研究