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大阪大学 研究Discovery Saga
2026年2月25日

実用化の壁を超えるスピン力学センサの誕生

高感度・高耐久を両立する新しいフィルム型ひずみゲージ

【注目の成果:共同研究・産学連携のためのチェックポイント】
フィジカルとサイバー空間をつなぐインターフェースの高度化への貢献に期待
【産学連携対象 全学共通分野 Discovery Saga】
情報学数物系科学化学総合理工工学農学医歯薬学
【持続可能な開発目標(SDGs)】
【Sagaキーワード】
インターフェース/磁気抵抗/元素分析/放射光/タンタル/ナノマテリアル/フィルム/磁気抵抗効果/磁性体/トンネル磁気抵抗効果/フレキシブル/メモリ/持続可能/サイバー空間/持続可能な開発/磁気特性/電気抵抗/コバルト/スピン/スピントロニクス/センシング/トンネル/ナノメートル/ひずみ/マイクロ/モニタリング/モビリティ/ロボティクス/光計測/積層構造/耐久性/低消費電力/電子顕微鏡/半導体/ホウ素/層構造/ヘルスケア
2026-2-17●工学系産業科学研究所教授千葉 大地

発表のポイント

従来のフィルム型ひずみゲージの感度を圧倒的に凌駕(りょうが)する「スピン力学センサ」が、10万回を超える引っ張り試験後も特性劣化を示さず、実使用環境を想定した耐久性を世界で初めて実証
繰り返し大きく変形するフレキシブル基材上での長期安定動作は未検証であったが、高感度と高耐久性の両立を証明
高感度・低消費電力・低電圧駆動に加え、実用化の障壁となっていた高耐久性を兼ね備えた新センサの登場により、フィジカルとサイバー空間をつなぐインターフェースの高度化への貢献に期待

発表概要

大阪大学産業科学研究所の千葉大地教授(兼 東北大学国際放射光イノベーション・スマート研究センター センター長)らの研究グループは、磁性体ナノ薄膜からなる磁気トンネル接合(MTJ)素子をフレキシブル基材上に形成した「スピン力学センサ」において、実使用環境を想定した高い耐久性を世界で初めて実証しました。
本研究において、フレキシブル基材上に形成したスピン力学センサに対して、10万回を超える繰り返し引っ張り試験を行った結果、特性劣化を示すことなく安定した動作を維持することを確認しました(図1)。
これまで、MTJは磁気メモリや磁界センサとして実用化されてきた一方で、繰り返し大きく変形するフレキシブル基材上における長期安定動作については十分に検証されていませんでした。本研究成果は、高感度という特長を保ったまま高耐久性を両立できることを示したものであり、スピン力学センサが実用的なフィルム型ひずみゲージとして利用可能であることを明確に示しています。
さらに、本成果は、高感度・低消費電力・低電圧駆動という特長に、実用化の壁を超える耐久性が加わった新センサの登場を意味し、フィジカルな情報をサイバー空間へと高精度につなぐ次世代センシング技術の基盤となることが期待されます。
本研究成果は、米国科学誌 『APL Electronic Devices』 に、2月17日(火)(現地時間)に公開されました。



図1. 10万回の引っ張り試験の模式図(上)と結果(下)。
フレキシブル基材上に、MTJの上下の磁性層に電気的な接続をするための2つの電極(Electrodes)を有するマイクロメートル(100万分の1メートル)サイズのMTJを形成してスピン力学センサを作製し(右上の四角枠内の写真参照)、模式図のように引っ張り試験機に装着した。1%以上のひずみを繰り返し与えて引っ張り試験を行った結果、下のグラフ(縦軸:R = 抵抗、横軸:N = 引っ張り回数)のようにセンサの無ひずみ時の抵抗は10万回以上の引っ張り試験の間一定であり、素子の劣化がないことが証明された。真ん中の3つのグラフ(横軸:e = ひずみ量)が示すように、センサ特性にも劣化は見られなかった。

研究の背景

ひずみなどの力学情報は、医療・ヘルスケア、インフラモニタリング、モビリティ、ロボティクスなどの幅広い分野において、フィジカル空間における極めて重要なセンシング対象です。特にフィルム型ひずみゲージとしては金属箔(はく)ゲージが長年にわたり実用化され、高い信頼性を持つ既製品として広く普及しています。一方で、近年の高度化するセンシング需要に応えるため、より高感度な力学センサの研究が数多く進められてきました。
研究グループがこれまでに開発してきたMTJを用いたスピン力学センサは、トンネル磁気抵抗効果と磁気弾性効果を利用したものです。同グループは、スピン力学センサが、広く普及している金属箔を用いたフィルム型のひずみゲージの500倍もの高感度を実現できることを示してきました。しかし、これらのデバイスが繰り返し大きく変形するフレキシブル基材上で長期間にわたり安定して動作できるかどうかについては、これまで十分に検証されていませんでした。そのため、高感度という利点を持ちながらも、実使用環境を想定した耐久性の観点からは、実用化に向けた課題が残されていました。

研究の内容

研究グループは、数ナノメートル(ナノは1メートルの10億分の1)の厚みの薄膜の積層構造からなるMTJ素子を、フレキシブル基材上に直接形成したスピン力学センサを作製し、その力学応答および耐久性を体系的に評価しました。作製したセンサは、引っ張りひずみに応じて磁化方向が変化する自由層と、変化しない固定層を備えています。引っ張りひずみによって両層の磁化の相対角度が変化し、それに伴う電気抵抗変化を利用してひずみを高感度に検出する構造を有しています。
本センサのもう1つの特長は、磁気センサや磁気メモリとしてすでに市販されているCo-Fe-B(磁性体、コバルト-鉄-ホウ素合金)/MgO(トンネル障壁)系のMTJを用いている点にあります。従来とは異なる用途である力学センシングにおいても、既存の製造技術や材料技術を転用可能であり、製品化を加速できる点が大きな利点です。
研究グループは、実使用環境を想定し、センサに対して実用で想定されるひずみをはるかに超える1%以上の引っ張りひずみを繰り返し高速に印加できる引っ張り試験機を自作し、耐久試験を実施しました。その結果、10万回を超える繰り返し変形後においても、ひずみ応答特性や初期特性に顕著な劣化が生じないことを確認しました。
以上より、スピン力学センサが高感度なひずみ検出性能を維持したまま、長期にわたり安定して動作可能であることを明らかにしました。



図2. MTJを形成するナノ薄膜の積層構造の透過型電子顕微鏡像(左)と、元素分析の結果(右の3つの図)。
Co-Fe-B/MgO/Co-Fe-BのMTJ積層部分の下にTa/Ru/Taの下地層を形成しており、最下層のTaは基材(Substrate)と接している。元素分析の結果、最下層のTa領域に、強いO(酸素))のシグナルが見られ、最下層のTaが強く酸化されていることが示唆される。一方で、酸化は、最下層Taの上のRuには酸化の兆候は見られず、MTJ積層部分の酸化はブロックされている。
さらに、磁気特性および電子顕微鏡による構造・元素解析により、MTJ層構造を形成する最下層の金属層(Ta: タンタル)の酸化を確認しました。これは、フレキシブル基材とTaの混じりあいが起因している可能性を示しています。これらの構造的特徴が、基材と層構造の密着性やゲージの耐久性に関連している可能性が示唆されました(図2)。今後、NanoTerasuなどでの放射光計測が、より詳しい理解をもたらすと期待されます。

本研究成果が社会に与える影響(本研究成果の意義)

本研究成果は、高感度・低消費電力・低電圧駆動という特長を持つスピン力学センサに、実使用環境に耐え得る高い耐久性が加わった点に大きな意義があります。これにより、従来は研究段階にとどまりがちであった高感度力学センサの研究が、既製品の代替として実用化可能な段階に到達したことを示しました。
さらに、本センサは、磁気メモリや磁気センサとして確立されたMTJ技術を基盤としており、既存の材料・製造技術を活用できる点で、社会実装や量産展開への障壁が低いという特長があります。この特長を活かし、JST A-STEP産学共同(本格型)においては、株式会社鷺宮製作所と、スピン力学センサを用いた圧力センサの量産に向けた研究開発を進めていきます。
本成果は、ひずみゲージの性能と信頼性を大きく拡張するものであり、無から有の視点で従来の性能を凌駕する新たなセンサを創出し、その社会実装に向けた課題を克服したものです。上記の圧力センサにとどまらず、医療・ヘルスケア、インフラモニタリング、モビリティ、ロボティクスなど、幅広い分野において、フィジカル空間の情報をサイバー空間へ高精度に接続する次世代センシング基盤としての展開が期待されます。

特記事項

本研究成果は、2026年2月17日(火)(現地時間)に米国科学誌 『APL Electronic Devices』 (オンライン)に掲載されました。
タイトル:“Flexible magnetic tunnel junction-based strain sensor with over 100,000-cycle endurance”
著者名:Daichi Chiba, Akiko Imai, and Akira Ando
DOI:https://doi.org/10.1063/5.0293081
なお、本研究は、科学技術振興機構(JST) 研究成果最適展開支援プログラム A-STEP産学共同(本格型)(課題番号:JPMJTR233A)、同 戦略的創造研究推進事業 CREST(課題番号:JPMJCR20C6)の一環として行われ、一部は日本学術振興会 科学研究費助成事業(課題番号: JP23H00183)、文部科学省次世代X-nics半導体創生拠点形成事業(課題番号:JPJ011438)、スピントロニクス学術研究基盤と連携ネットワーク拠点の支援を受けて行われました。また、実験は大阪大学 産業科学研究所 今井亜希子助教および安藤陽特任研究員(兼 客員教授)の協力を得て行われました。

参考URL

千葉大地 教授 研究者総覧
https://rd.iai.osaka-u.ac.jp/ja/9e65159ad1a4c722.html
大阪大学産業科学研究所 界面量子科学研究分野 千葉研究室
https://www.sanken.osaka-u.ac.jp/labs/se/
東北大学国際放射光イノベーション・スマート研究センター ナノマテリアル機能創出スマートラボ
https://www.sris.tohoku.ac.jp/researchers/chiba_daichi.html

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