抗ウイルス薬ファビピラビルの活性化 の鍵となる酵素反応を可視化
高い薬効を発揮できる新薬の創製へ向けた新たな手法開拓
【注目の成果:共同研究・産学連携のためのチェックポイント】
![]() | より高い薬効をもつ新規抗ウイルス薬やプロドラッグの設計への応用が期待 |
【産学連携対象 全学共通分野 Discovery Saga】
【Sagaキーワード】
自由エネルギー/情報学/磁気共鳴/分子動力学シミュレーション/量子情報/ホットスポット/速度論/分子構造/反応速度/シミュレーション/フッ素/動力学/分解能/分子動力学/量子力学/技術革新/酵素活性/遺伝子工学/ウイルス感染症/酵素反応/パンデミック/新型コロナウイルス/MRI/アミノ酸/プロドラッグ/核磁気共鳴/抗ウイルス薬/創薬/ウイルス/遺伝子/感染症/新型コロナウイルス感染症
2026-2-12●生命科学・医学系量子情報・量子生命研究センター教授根耒 誠発表のポイント
酵素HGPRTがファビピラビルを活性型へと変化させる反応を、NMRでリアルタイムに直接観測HGPRTが酵素活性を発揮するうえで特に重要な「ホットスポット残基」を同定し、その役割を解明
NMRデータと分子動力学シミュレーションを統合的に解析し、酵素-薬剤相互作用の機序を解明
本手法は、より高い薬効をもつ新規抗ウイルス薬やプロドラッグの設計への応用が期待される
発表概要
北里大学大学院薬学研究科の杉木俊彦准教授と吉田智喜助教、大阪大学量子情報・量子生命研究センターの根来誠教授、大阪大学蛋白質研究所の藤原敏道名誉教授、量子科学技術研究開発機構量子生命科学研究所の高草木洋一グループリーダー、名古屋大学大学院情報学研究科の塚本眞幸講師、愛知工業大学工学部の森田靖教授らの研究グループは、抗ウイルス薬であるファビピラビルがヒト体内の酵素であるヒポキサンチン-グアニンホスホリボシルトランスフェラーゼ (HGPRT) により代謝され、抗ウイルス効果を発揮できる形(活性型)に変換される過程を核磁気共鳴 (NMR) 分光法でリアルタイムに観測する手法を確立し、さらに計算科学を組み合わせた解析によりHGPRTがファビピラビルを活性化する分子機序の一端を明らかにしました。この研究成果は、2026年2月11日付で、国際学術誌Scientific Reportsに掲載されました。研究の背景
ファビピラビルは、ヒト体内に投与後、吸収された細胞内で様々な酵素群により代謝されることで抗ウイルス活性を発揮できるようになる「プロドラッグ」です。ファビピラビルが代謝される過程での律速反応は、酵素HGPRTによるホスホリボシル化であり、この反応効率がファビピラビルの薬剤としての有効性を大きく左右します。しかし、これまでの構造解析では、酵素HGPRTを構成するアミノ酸残基のうち、どの残基が実際にファビピラビルのホスホリボシル化に重要な寄与をしているのか十分に解明されておらず、ファビピラビルが活性型に変換される具体的な機序は未解明でした。研究の内容
本研究では、ファビピラビルを構成する分子の中にフッ素原子 (¹⁹F) が含まれていることに着目し、核磁気共鳴 (NMR) 分光法を用いて高い分解能で¹⁹Fを直接観測できる「¹⁹F-NMR」実験を行うことで、酵素HGPRTの働きでファビピラビルがホスホリボシル化を受ける反応をリアルタイムで観測することに成功しました。さらに、遺伝子工学的な技術により、酵素HGPRTの中の特定のアミノ酸残基を別のアミノ酸残基に置換した変異型HGPRT酵素を作製して¹⁹F-NMR実験を行うことで、ファビピラビルと酵素HGPRTの結合親和性やホスホリボシル化反応の速度論的パラメータ (Kmやkcatなど) に特に顕著な影響をおよぼす「ホットスポット残基」を明らかにすることに成功しました。さらに、分子動力学シミュレーションや結合自由エネルギー計算などの計算科学的手法を行い、NMR実験から得られた反応速度パラメータと整合する分子構造上の特徴を、詳細に分析しました。その結果、酵素HGPRTのホットスポット残基が果たしている役割を分子レベルで明らかにすることができました。特に、これまでの構造解析では機能的な役割が十分に解明できていなかった140番目のリジン残基について、その機能的意義と重要性を明らかにすることができました。

今後の展開
本研究で展開した、NMR分光法と計算科学的手法を融合した解析手法は、ファビピラビルに限らず、さまざまなプロドラッグや薬剤-酵素反応系に応用可能です。そして本手法は、薬剤が「なぜ効くのか、なぜ効かないのか」を分子レベルで説明することを可能にし、創薬研究における試行錯誤を減らす新たな設計指針の構築にもつながると考えられます。2020年からパンデミックを引き起こした新型コロナウイルス感染症 (COVID-¹⁹) により、当時、新規抗ウイルス薬の開発が世界的急務となりました。この出来事は、将来的にも人類が新興感染症の脅威に曝される可能性が常にあり、それに対抗する新薬を開発するための技術革新を続けていくことの重要性も教えてくれました。今後は、将来のパンデミックの可能性に備え、より効率良く代謝されて従来薬よりも高い薬効を発揮できる新規抗ウイルス薬の設計などに本手法が活用されると期待されます。
また、本手法の中心的実験法であるNMRは、量子力学に基づく最先端の「超偏極」技術を利用すれば、感度を100~1000倍のオーダーで向上できる可能性があります。今後、超偏極技術で超高感度化したNMR実験法の開発を進めて、本手法の更なる次世代化と創薬技術の劇的な進歩を目指した研究へと発展させていきます。さらに、超偏極技術はMRIの高感度化にも適用可能であるため、超偏極MRIによる医療診断への応用と技術革新など、広範な研究分野への波及効果が期待できます。
論文情報
掲載誌:Scientific Reports
論文名:Investigation of the functional hot-spot residues of an enzyme by real-time monitoring of the enzymatic reaction using NMR and computational approaches
著 者:Toshihiko Sugiki*, Tomoki Yoshida*, Masaki Tsukamoto, Koichiro Miyanishi, Akinori Kagawa, Natsuko Miura, Tomoto Ura, Jun Fukazawa, Yuko Hatanaka, Tsuyoshi Murata, Toshimichi Fujiwara, Masahiro Kitagawa, Yasushi Morita, Kumiko Sakai-Kato, Yoichi Takakusagi, Nobutada Tanaka, Makoto Negoro (*共同筆頭著者)
DOI:10.1038/s41598-026-35354-3
本研究はJSPS科研費 JP21K06046およびJP23K05654、文部科学省 光・量子飛躍フラッグシッププログラム (MEXT Q-LEAP) JPMXS0120330644、公益財団法人カシオ科学振興財団研究助成 J41-42の助成を受けたものです。
大阪大学 研究