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東京科学大学 研究Discovery Saga
2026年2月14日

抗体医薬の“見えなかった劣化状態”を原子レベルで可視化

NMRとLC-MSの統合解析により、メチオニン酸化の立体化学を解明

【注目の成果:共同研究・産学連携のためのチェックポイント】
抗体医薬品の品質評価や安定性解析の高度化に貢献することが期待
【産学連携対象 全学共通分野 Discovery Saga】
情報学複合領域数物系科学化学総合理工工学農学医歯薬学
【Sagaキーワード】
品質評価/最適化/品質管理/安定性解析/原子核/磁気共鳴/立体選択的/質量分析/選択性/スピン/ダイナミクス/酸化物/マッピング/立体化学/酵素反応/アミノ酸/クロマトグラフィー/バイオ医薬品/ラット/核磁気共鳴/抗体医薬/自己免疫/自己免疫疾患/創薬/免疫細胞/抗体

2026年2月12日 公開
2026年2月13日 更新

発表のポイント

東京科学大学 総合研究院 フロンティア材料研究所の谷中冴子准教授は、自然科学研究機構 生命創成探究センター(ExCELLS)の研究チームらと共同で、抗体医薬品[用語1]に生じる化学的劣化の一つである「
メチオニン酸化[用語2]」について、その立体化学状態を原子レベルで識別・定量できる新たな解析手法を開発しました。本研究では、
核磁気共鳴(NMR)分光法[用語3]
液体クロマトグラフィー質量分析(LC–MS)[用語4]、さらに立体選択的酵素反応を組み合わせることで、従来は区別が困難であった酸化状態の違いを可視化することに成功しました。本成果は、抗体医薬品の品質評価や安定性解析の高度化に貢献することが期待されます。

研究の背景

抗体医薬品は、がんや自己免疫疾患などの治療に広く用いられる重要なバイオ医薬品です。その有効性や安全性は、製造・保存過程における化学的安定性に大きく依存します。中でもメチオニン残基の酸化は、抗体の構造や機能に影響を及ぼすことが知られていますが、酸化によって生じる立体化学的な違い(S体とR体)や、それらが抗体内部でどのように影響し合うかについては、十分に理解されていませんでした。

研究の成果

本研究では、IgG1抗体の
Fc領域[用語5]に存在する2つのメチオニン残基に着目し、段階的に酸化した試料を用いて詳細な解析を行いました(図)。高感度NMR分光法により、酸化状態や立体化学の違いに応じてメチルシグナルが系統的に分裂・変化する様子を観測しました。さらに、LC–MSによるペプチドマッピングと定量解析を組み合わせることで、各酸化状態の存在比を独立に検証しました。

 加えて、メチオニン酸化物のS体のみを選択的に還元する酵素(MsrA)を用いることで、NMRおよび質量分析に基づく立体化学帰属を機能的に検証しました。これにより、解析結果が単一の手法に依存しない、信頼性の高いものであることを示しました。


図. 抗体Fc領域におけるメチオニン酸化と立体化学
左:Fc領域中のメチオニン残基M252(緑)およびM428(青)の構造環境を示す。これらの残基は酸化によりメチオニンスルホキシドとなり、空間配置の異なる2種類の立体異性体(S体およびR体)を形成する。
右:NMRとLC-MSを統合することで、抗体中のメチオニン残基に生じる異なる酸化状態を区別して可視化した。

成果の意義および今後の展望

本研究により、抗体医薬品における酸化劣化を「起きた/起きていない」という二値的な視点ではなく、立体化学レベルで精密に評価する枠組みが提示されました。このアプローチは、抗体医薬品の品質管理、製造プロセスの最適化、さらにはバイオ医薬品の同等性評価(comparability)などに応用できる可能性があります。

本手法は、抗体に限らず、他のタンパク質医薬品や酸化修飾にも適用可能です。今後、より複雑化・高度化するバイオ医薬品の評価において、NMRと質量分析を統合した精密解析が重要な役割を果たすと期待されます。

用語説明

[用語1]
抗体医薬品:体内の特定の分子を高い選択性で認識する「抗体」を有効成分とする医薬品。がんや自己免疫疾患などの治療に用いられている。
[用語2]
メチオニン酸化:タンパク質を構成するアミノ酸の一つであるメチオニンが酸化される化学的修飾。タンパク質の構造や機能に影響を与えることがある。
[用語3]
核磁気共鳴(NMR)分光法:原子核の磁気的性質を利用して、分子の構造や状態を原子レベルで解析する手法。
[用語4]
液体クロマトグラフィー質量分析(LC–MS):分子の質量を高精度で測定する分析手法。液体クロマトグラフィー(LC)と組み合わせることで、複雑な試料中の成分を分離・定量できる。
[用語5]
Fc領域:抗体の一部で、免疫細胞との相互作用などに関わる領域。本研究では、この領域に存在するメチオニン残基を解析対象とした。

論文情報

掲載誌:
Analytical Chemistry
タイトル:
Stereochemical and Structural Characterization of Methionine Oxidation in the IgG1 Fc region by Integrated NMR and LC-MS Analysis
著者:
Maho Yagi-Utsumi, Saeko Yanaka, Noritaka Hashii, Kohei Tomita, Takashi Misawa, Yosuke Demizu, Akiko Ishii-Watabe, and Koichi Kato
DOI:
10.1021/acs.analchem.5c06092
論文公開日:
2026年2月11日(水)午後10時(日本時間)

著者情報

矢木 真穂(生命創成探究センター、スピン生命科学コア、分子科学研究所、名古屋市立大学)
谷中 冴子(生命創成探究センター、スピン生命科学コア、分子科学研究所、東京科学大学)
橋井 則貴(国立医薬品食品衛生研究所)
冨田 晃平(名古屋市立大学)
三澤 隆史(国立医薬品食品衛生研究所)
出水 庸介(国立医薬品食品衛生研究所)
石井 明子(国立医薬品食品衛生研究所)
加藤 晃一*(生命創成探究センター、スピン生命科学コア、分子科学研究所、名古屋市立大学)(*責任著者)

付記

本研究は、同日公開される米国化学会誌(Journal of the American Chemical Society, JACS)の関連論文と連携し、抗体医薬の劣化評価に応用可能な新しい解析手法を確立した一連の研究成果の一部です。本研究は、以下の助成金により支援されました。
AMED次世代治療・診断実現のための創薬基盤技術開発事業(JP21ae0121013, JP21ae0121020, JP23ak0101209h)
NMRプラットフォーム
文部科学省 共同利用・共同研究システム形成事業 学際領域展開ハブ形成プログラム(JPMXP1323015488, spin25XN051)
科学研究費補助金(JP22H02755, JP25H02252, JP24H00599)
生命創成探究センター共同研究(25EXC342)

関連リンク

プレスリリース 抗体医薬の“見えなかった劣化状態”を原子レベルで可視化—NMRとLC-MSの統合解析により、メチオニン酸化の立体化学を解明—(PDF)
抗体の地図を描く:NMRで明らかにする抗体のFc領域の構造の秘密 | Science Tokyoニュース
抗体全体のかたちと機能の鍵となるヒンジ領域 | Science Tokyoニュース
糖鎖による抗体ダイナミクスの制御機構を解明 | Science Tokyoニュース

谷中 冴子 Saeko Yanaka | Science Tokyo研究情報データベース(理工学系)
谷中冴子研究室
総合研究院 フロンティア材料研究所
物質理工学院 材料系
総合研究院
物質理工学院

自然科学研究機構 生命創成探究センター(ExCELLS)
自然科学研究機構 分子科学研究所
名古屋市立大学
国立医薬品食品衛生研究所
取材申し込みページ

更新履歴

2026年2月13日 職名を修正しました。

問い合わせ先

東京科学大学 総合研究院 フロンティア材料研究所
准教授 谷中 冴子
Email
yanaka.s.ab@m.titech.ac.jp

自然科学研究機構 生命創成探究センター/分子科学研究所 教授
名古屋市立大学大学院薬学研究科 特任教授
加藤 晃一
Email
kkatonmr@ims.ac.jp

取材申し込み

自然科学研究機構 生命創成探究センター(ExCELLS) 研究力強化戦略室
Email
press@excells.orion.ac.jp

自然科学研究機構 分子科学研究所 研究力強化戦略室 広報担当
Email
press@ims.ac.jp

名古屋市立大学 経営企画部 広報課
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東京科学大学 総務企画部 広報課
Email
media@adm.isct.ac.jp
Tel
03-5734-2975
FAX
03-5734-3661