[Top page] [日刊 研究最前線 知尋] [Discovery Saga総合案内] [大学別アーカイブス] [Discovery Saga会員のご案内] [産学連携のご案内] [会社概要] [お問い合わせ]

大阪大学 研究Discovery Saga
2026年1月23日

\冷やしても電子のスピンは凍りつかない?/ 氷のような乱れによって電子のスピンが 低い温度でも揺らいでいる状態を発見

電子スピンがもつれながら揺らぐ機構の解明に期待

【注目の成果:共同研究・産学連携のためのチェックポイント】
量子スピンがもつれながら揺らいでいる状態を安定化させるメカニズムの解明が進むとともに、低い温度で物質がなぜ凍りつく、あるいは凍りつかなくなるのかという根本的な問いに対する理解が深まると期待
【産学連携対象 全学共通分野 Discovery Saga】
環境学数物系科学化学工学医歯薬学
【持続可能な開発目標(SDGs)】
【Sagaキーワード】
学際研究/フラストレーション/高エネルギー/磁気共鳴/熱測定/物質科学/揺らぎ/量子コンピュータ/量子スピン/J-PARC/エントロピー/ミュオン/加速器/中性子/スペクトル/磁場/共鳴状態/スピン緩和/持続可能/ベンゼン/持続可能な開発/熱力学/スピネル/チタン/電子状態/シミュレーション/スピン/ダイナミクス/マグネシウム/極低温/金属材料/結晶化/原子力/酸化物/核磁気共鳴
2026-1-19●自然科学系理学研究科教授花咲 徳亮

発表のポイント

原子の並びが氷のように乱れている物質で、電子のスピンが極めて低い温度になっても揺らいでいる状態を発見しました
低い温度まで電子のスピンが揺らいでいる状態を保つためには、原子が乱れなく整列していることが必要だと考えられてきましたが、原子の位置や種類に乱れがあっても、電子のスピンが揺らいでいることを実証しました
温度が下がると物質が凍りつくことはよく知られています。しかし、極めて低い温度でも電子のスピンが揺らいでいる特異な状態があるのではないか?と考えられ、探索されてきました。温度が下がると、物質はなぜ凍りつくのか、そして状況によっては、なぜ凍りつかなくなるのかという根本的な問いに対する理解が深まることが期待されます

発表概要

大阪大学大学院理学研究科の花咲徳亮教授らの研究グループは、原子の並びが氷のように乱れた物質において、極めて低い温度になっても電子の量子スピンが揺らいでいる状態を世界で初めて明らかにしました。
世の中の物質は、温度が下がると結晶化することがよく知られています。これは、原子間や分子間にはたらく相互作用のエネルギーが低くなるように、原子や分子が整列するためであり、熱力学第3法則の帰結とも言えます。しかし、水が凝固した氷では、H₂O分子の位置が完全に定まっているわけではありません。H₂O分子の向きを変えてもエネルギーが変わらない状態が数多く存在するため、氷は固体であっても、分子の向きが揺らいでいる特異な状態なのです。このように、物質中における全ての相互作用のエネルギーを同時に
低くすることができないためにエネルギーの低い状態が数多く存在することをフラストレーションと呼びます。
物質中の各原子には電子が存在します。例えば図1(a)のように、電子の量子スピンが三角形の頂点にあり、電子スピンを互いに逆向きに向かせようとする相互作用があると、右下の3つ目の電子スピンは上向きであっても下向きであっても相互作用エネルギーを低くすることはできません。このようなフラストレーションがあると、極めて低い温度まで電子スピンが揺らいでいるのか、それとも電子スピンが凍りついてしまうのかは、長年の謎でした。また、電子スピンが低い温度でも揺らいだ状態になるには、フラストレーションとともに、原子が乱れなく整列していることも必要条件だとこれまで考えられてきました。
今回、研究グループは、マグネシウムとチタンを含むスピネル型酸化物と呼ばれる物質において、チタン原子の位置が氷のように乱れているときに、電子のスピンが極めて低い温度まで揺らいでいる状態(ランダム・シングレット状態)が生じることを突き止めました。この状態では、図1(b)のように、孤立した電子スピンが物質中をさまよい、電子スピンの対が揺らいだりしています。この発見から、原子の配置や種類に乱れがあっても、電子スピンが極めて低い温度まで揺らいでいることが明らかになりました。原子の並びの乱れが電子スピンの揺らぎに重要な役割を果たしていることを示しています。これにより、量子スピンがもつれながら揺らいでいる状態を安定化させるメカニズムの解明が進むとともに、低い温度で物質がなぜ凍りつく、あるいは凍りつかなくなるのかという根本的な問いに対する理解が深まると期待されます。
本研究成果は、米国科学誌「PNAS (Proceedings of the National Academy of Science of the United States of America)」に、12月31日(水)(日本時間)に公開されました。



図1. (a) 三角形の格子における電子スピンのフラストレーションの例。図中の矢印はスピンを表している。(b)スピンが揺らいでいる概念図。 孤立スピン(赤矢印)がさまよい、電子の対(赤い楕円)も揺らいでいる様子。格子を少し歪ませて書いています。

研究の背景

電子スピンが、図1(a)のように三角形の頂点にあり、互いに逆向きに向けさせようとする相互作用がはたらくとき、右下の3つ目の電子スピンは、上向きであっても下向きであっても、すべての相互作用エネルギーを最小化することができません。このような状況はフラストレーションと呼ばれます。
上記の三角形のようにフラストレーションをもたらす格子では、電子の量子スピンが極低温まで揺らいでいる特異な状態が生じるのか、長年、精力的に調べられてきました。このような特異な状態が生じるには、原子が乱れなく整列していることが必要なのか、それとも原子の位置や種類の乱れは量子スピンが揺らいでいる状態を安定化させるのか、よく分かっていませんでした。

研究の内容

研究グループでは、比熱測定核磁気共鳴測定ミュオン・スピン緩和測定中性子PDF解析といった4つの実験法を用いることによって、スピネル型チタン酸化物で、チタン原子の並びが氷のように乱れているとき、電子の量子スピンが極低温まで揺らいでいる特異な状態(ランダム・シングレット状態)であることを実証しました。
この状態では、図1(b)のように、孤立した電子スピンがさまよっていたり、2つの電子スピンが非磁性の対を作り、この電子対も揺らいでいることが理論的に予想されていました。後者の電子対の揺らぎは、ベンゼン環の二重結合が共鳴的に揺らいでいる状態(ケクレ構造の共鳴状態)を思い出してもらえば分かりやすいかもしれません。
まず、電子のスピンが極低温まで凍りついていないのかを調べるため、比熱測定を行いました。図2(a)に示した通り、温度が絶対零度に近づいても、比熱を温度で割った値はゼロに近づいていないことが分かります。これは、電子状態を励起するのに有限の熱エネルギーを必要としないこと、すなわち、極低温でも電子スピンが数多くのさまざまな状態を取りうることを示しています。
次に、スピン状態を微視的に調べるために、核磁気共鳴(NMR)測定を行いました。NMRのスペクトルを図2(b)に示しますが、赤色の領域は鋭いピークを示しています。これは多くの電子が非磁性の対を作っていることを示しています。また、ピークの両サイドに広い裾(青色の領域)が見られますが、これは、(内部)磁場を発生している孤立した電子スピンがあることを示しています。
さらに、この孤立電子スピンのダイナミクスを調べるために、ミュオン・スピン緩和(mSR)の測定を行いました。図2(c)に示した通り、孤立スピンが2次元的に動いている場合を仮定したシミュレーション(赤線)で実験結果を説明することができ、孤立スピンが揺らいでいる時間スケールがナノ秒程度であることも分かりました。このように実験で得られた結果は、理論的に予想されていたランダム・シングレット状態の性質と一致するものでした。
そして、このランダム・シングレット状態が現れるのは、中性子PDF解析から、チタン原子の並びが氷のように乱れている時だけであることが分かりました。電子スピンの量子性、フラストレーション、物質の構造的乱れという3つの条件がそろうと、極めて低い温度でも電子スピンは凍りつかず揺らいでいるのです。



図2. スピネル型酸化物Mg1.25Ti1.75O4で得られた実験結果 (a)電子比熱Cmagの温度(T)による変化 (b)47,49Tiの核磁気共鳴(NMR)のスペクトル。μHは磁束密度 (c)ミュオン・スピンの緩和率(λ)の磁場(H )による変化

本研究成果が社会に与える影響(本研究成果の意義)

本研究成果により、量子スピンが揺らいでいる状態を安定化させるメカニズムの解明が進み、低温で物質がなぜ凍りつくのか、また状況によっては、なぜ凍りつかなくなるのかという根本的な問いに対する理解が深まると期待されます。このように数多くの量子スピンがもつれながら揺らいでいる状態が安定化するメカニズムに関する知見は、量子コンピュータなどに応用される可能性も期待されます。

特記事項

本研究成果は、2025年12月31日(水)(日本時間)に米国科学誌「PNAS (Proceedings of the National Academy of Science of the United States of America)」(オンライン)に掲載されました。
タイトル:“Frustrated random-singlet state with ice-type structural fluctuation in spinel titanates”
著者名:N.Hanasaki*, T.Hattori, T.Komoda, K.Minamoto, S.Torigoe, S.Yamashita, Y. Nakazawa, T.Nakano, K.Yoshimi, M.Yashima, H.Mukuda, U.Widyaiswari, I.Watanabe, A.Koda, T.Honda, T. Otomo, H.Sagayama, K.Kodama, H.Murakawa, and H.Sakai
*:責任著者
DOI:https://doi.org/10.1073/pnas.2517926123
なお、本研究は、JSPS科研費(24H01622,23H04862,25K08255)の研究の一環として行われ、RAL-ISIS、KEK-PF BL 8B、J-PARC MLF MUSE S1、BL 21 NOVA、大阪大学大学院理学研究科 熱・エントロピー科学研究センターなどの施設を用いて行われました。大阪大学大学院理学研究科 山下智史助教、中澤康浩教授、村川寛助教、大阪大学大学院基礎工学研究科 椋田秀和准教授、八島光晴助教、茨城大学大学院理工学研究科 中野岳仁准教授、理化学研究所 仁科加速器科学研究センター 渡邊功雄 上級研究員、高エネルギー加速器研究機構 物質構造科学研究所 幸田章宏教授、本田孝志助教、大友季哉教授、佐賀山基准教授、日本原子力研究開発機構 物質科学研究センター 樹神克明研究主幹、東北大学 金属材料研究所 酒井英明教授(研究当時は大阪大学大学院理学研究科)の協力を得て行われました。なお、住友財団と大阪大学先導的学際研究機構 スピン学際研究部門の支援も受けています。

参考URL

花咲 徳亮 教授 研究者総覧
https://rd.iai.osaka-u.ac.jp/ja/ 60bc080048f7bf54.html

SDGsの目標