EarthCARE衛星で雲内部の鉛直運動を検証する時代を拓く
―衛星観測データと高解像度全球雲解像モデルの相補的活用が示す展望―
【注目の成果:共同研究・産学連携のためのチェックポイント】
![]() | 将来の気候予測や豪雨など極端現象の予測の高度化に貢献し、今後のEarthCARE衛星データを利用したシミュレーション検証研究の基盤となることが期待 |
【産学連携対象 全学共通分野 Discovery Saga】
【Sagaキーワード】
スーパーコンピュータ/情報通信/不確実性/海洋/雲物理/気候モデル/水蒸気/地球観測/データ解析/衛星/衛星観測/数値シミュレーション/シミュレーション/シミュレータ/マイクロ/マイクロ波/航空機/周波数/人工衛星/数値モデル/大気現象/比較研究/衛星データ/プロファイリング
2026年1月20日
東京大学
宇宙航空研究開発機構
九州大学
研究の成果
要約版PDF
発表のポイント
◆地球全体で雲の中の鉛直方向の運動を直接的に評価することはこれまで容易ではありませんでした。本研究では雲エアロゾル放射ミッション「EarthCARE」衛星が観測したデータを用いることで、その評価に向けた新たな可能性を示しました。◆新しいEarthCARE衛星による雲観測データと、サブキロメートル(870m)メッシュにより大気現象を再現する高解像度モデル「NICAM」を比較し、観測とモデルを組み合わせることで、雲の微物理や鉛直運動の理解をより包括的に深める可能性を示しました。
◆ 本成果は、将来の気候予測や豪雨など極端現象の予測の高度化に貢献し、今後のEarthCARE衛星データを利用したシミュレーション検証研究の基盤となることが期待されます。

EarthCARE衛星の外観
発表概要
東京大学大気海洋研究所、宇宙航空研究開発機構、九州大学応用力学研究所の合同研究グループは、2024年5月に打ち上げられた EarthCARE衛星(注1)に搭載された 雲プロファイリングレーダーCPRと、高解像度全球雲解像モデルNICAM(注2)を用いた比較研究を行いました。当研究は、これまで容易ではなかった雲の中の鉛直方向の運動評価を衛星観測とモデル「NICAM」の組み合わせによって明らかにし、将来の気候予測や、豪雨などの極端現象の予測高度化に貢献するものです。本研究の目的は、衛星観測から得られるドップラー速度(注3)データを解析し、雲中の氷粒子の落下速度や大気の鉛直運動に関するメカニズムを明らかにすることです。具体的な手法として、スーパーコンピュータを用いたNICAMの高解像度シミュレーションからCPRが観測するレーダ信号を模擬し、実際の観測データと相互比較しました(図1)。その結果、中緯度の低気圧に伴う前線や熱帯対流雲において、観測とモデルが示す鉛直構造には共通点と差異の双方が見られ、モデル表現や観測推定に伴う不確実性に関する知見が得られました。本研究結果は、新しい衛星観測データと高解像度モデルを組み合わせることで、雲微物理過程(注4)や鉛直運動の理解を深める可能性を示すものです。

図1:EarthCARE(a)および NICAM(b)による中緯度低気圧に伴う寒冷前線ケースにおけるドップラー速度。ドップラー速度の単位は m s⁻¹ である。
EarthCARE/CPRのドップラー速度を用いることで、雨域と雪域の境界構造をより明確に判別できます。青色は落下速度の速い雨粒子、緑色は落下速度の遅い雪粒子を表します。NICAM (b)でもほぼ同じ構造の構造が再現されることがわかりました。NICAMの方が雪の落下速度が観測よりやや速く表現される傾向があり、この差が今後のモデルの改良の指針になります。
本研究成果は、1月20日19時(日本時間)Scientific Reports誌に掲載されました。
発表内容
これまで、全球規模で雲内部の雲粒子・降水粒子の鉛直運動を全球的に観測する手法は存在していませんでした。EarthCARE衛星に搭載された雲プロファイリングレーダ(CPR)による氷・雪粒子の鉛直ドップラー速度は、これらの粒子そのものの終端落下速度と、大気の鉛直気流の双方を反映しており、雲微物理、対流、そして大気の運動を理解するうえで極めて重要な情報を提供します。今まではこうした鉛直運動を全球的に制約できる観測データはこれまで得られず、気候モデルにおける降水量の予測や雲・放射相互作用には大きな不確実性が残されてきました。本研究では、2024年6月に観測が開始されたCPRに着目し、取得されたドップラー速度データから氷粒子の終端落下速度と雲内部の鉛直気流を推定しました。これと並行して、東京大学を中心に開発を進めてきた全球雲解像モデルNICAMを用い、スーパーコンピュータ「富岳」によりサブキロメートル(870m)メッシュの解像度の数値シミュレーションを実施し、人工衛星シミュレータ Joint Simulator for Satellite Sensors(注5)によってEarthCARE類似のレーダ信号を生成しました。これにより、観測とモデルの結果を定量的に比較・分析することが可能となりました。
結果としてEarthCAREのドップラー雲レーダ観測とサブキロメートルスケールの高解像度大気モデルを組み合わせた初の比較解析を通じて、雲内部の鉛直運動に関する理解を深めるための新たな知見を示しました。
ドップラー速度は氷粒子の終端落下速度と大気の鉛直速度の両方を計測しますが、本論文で示した手法により、EarthCARE/CPR のドップラー速度から両者の成分を分離して推定できることを、NICAM によるシミュレーションとの比較を通して示しました。また、観測との比較により、モデルにおける雲微物理過程に起因するバイアスを評価できること、さらにモデル比較では説明できない 衛星特有のランダムな推定誤差 の影響についても判別可能であることを明らかにしました。
本研究を通して、衛星観測と高解像度モデルが互いを補完しつつ、雲微物理および鉛直運動の理解をより一層、包括的に深められることを示すことができました。
この成果は、EarthCAREデータを活用した今後の雲物理研究の発展に向けて重要な基盤を提供するものです。さらに本成果は、今後進展する 全球高解像度モデル間の相互比較や、気象・気候モデルにおける雲・降水過程の不確実性削減のための国際的取り組みにも貢献すると期待されます。
本研究における分担:
本研究では、東京大学において NICAM の数値シミュレーションならびに EarthCARE および NICAM データの解析を実施しました。九州大学は EarthCARE データ解析手法に関する技術支援を行い、JAXA は EarthCARE データおよびその利用技術を提供しました。
関連情報
東京大学大気海洋研究所研究トピックス「EarthCARE発射前地上ドップラー速度データを用いたモデル評価」(2024/9/24)https://www.aori.u-tokyo.ac.jp/research/topics/2024/20240605.html
国立研究開発法人宇宙航空研究開発機構・国立研究開発法人情報通信研究機構
プレスリリース「雲エアロゾル放射ミッション「EarthCARE」衛星(はくりゅう)搭載 雲プロファイリングレーダ(CPR)の初観測画像を公開 ~世界初、宇宙から雲の上下の動きを測定~」(2024/6/27)
https://www.jaxa.jp/press/2024/06/20240627-1_j.html
発表者・研究者等情報
東京大学大気海洋研究所
Roh Woosub(ロ ウソップ) 特任助教
佐藤 正樹 教授
兼: 横浜国立大学先端科学高等研究院台風科学技術研究センター 副センター長・教授
松岸 修平 特任研究員
宇宙航空研究開発機構(JAXA)
第一宇宙技術部門 地球観測研究センター
久保田 拓志 研究領域主幹
青木 俊輔 研究開発員
九州大学
応用力学研究所
岡本 創 主幹教授
論文情報
雑誌名:Scientific Reports題 名:Vertical Motions Inside Clouds Viewed from EarthCARE Satellite Cloud Radar Observations and Global Sub-Kilometer Scale Modeling
著者名:Woosub Roh, Masaki Satoh, Shuhei Matsugishi, Shunsuke Aoki, Takuji Kubota, Hajime Okamoto
DOI: 10.1038/s41598-025-32256-8
URL:https://www.nature.com/articles/s41598-025-32256-8
研究助成
本研究は、JAXA「EarthCAREミッション(EORA3、課題番号:25RT000098)」、科研費「24K00703」、「JPJSCCA20220001」、「24H00275」、「24K22898」などの支援を受け、スーパーコンピュータ富岳(課題番号:hp240106)を用いて実施されました。用語解説
- (注1)EarthCARE衛星搭載雲プロファイリングレーダー(Cloud Profiling Radar: CPR)
- EarthCARE(Earth Cloud Aerosol and Radiation Explorer)衛星(和名:はくりゅう)は、欧州宇宙機関(ESA)と宇宙航空研究開発機構(JAXA)が共同で開発した、雲・エアロゾル・放射の相互作用を解明するための地球観測衛星です。2024年5月28日(UTC 23:20)にカリフォルニア州ヴァンデンバーグ宇宙軍基地から打ち上げられました。
- 本研究で用いたCPRは、世界で初めてWバンド(94 GHz)でのドップラー観測が可能な衛星搭載レーダであり、JAXAと情報通信研究機構(NICT)の共同開発によるものです。CPRは、雲粒子に反射したマイクロ波の周波数変化(ドップラーシフト)から、雲中の粒子の落下速度(終端速度)や鉛直気流を推定でき、これまで地上や航空機による観測に限られていた鉛直運動の情報を、全球スケールで取得できる点で画期的です。
- (注2) NICAM(高解像度全球雲解像モデル)
- NICAM(Nonhydrostatic Icosahedral Atmospheric Model)は、東京大学を中心に開発された全球雲解像モデルで、kmあるいはサブキロメートルスケールのメッシュで地球全体を分割することで対流雲を明示的に解像できる全球高解像度大気モデルです。本研究では、水平解像度約 870mのサブキロメートル級全球シミュレーションを使用しました。
- (注3)ドップラー速度(Doppler Velocity)
- 対象物の動きから生じるドップラー効果(救急車の通過時に音の高低が変化することで有名)による 反射波の周波数のずれを測定(ドップラー計測)し、この測定値から換算した対象物の速度のこと。ここでは、これらの粒子が鉛直方向(上や下)にどのくらいの速さで動いているかを表しています。 ここでのドップラー速度は、雲や雨・雪などの粒子が鉛直に動く速さを観測しており、この動きには粒子自身が落ちる速さと空気の鉛直の動きの両方が含まれています。そのため、粒子の落下速度を理解することで、ドップラー速度から大気(空気)の鉛直速度を推定することができます。
- (注4) 雲微物理過程(Cloud Microphysical Processes)
- 雲微物理過程とは、雲の中で起こる粒の変化の過程を指す言葉で、雲の粒や雨・雪の粒が
どのように生まれ、成長し、結合し、凍り、雨や雪へと変わっていくかを表しています。例えば、空気が上昇して冷えると水蒸気が小さな粒になり、それらが集まったり凍ったりして大きくなります。 このような雲の中で起こる粒の成長や変化の一つ一つの現象を総称して「雲微物理過程」と呼びます。 - (注5) 人工衛星シミュレータ Joint Simulator for Satellite Sensors
- Joint Simulator for Satellite Sensorは、数値モデルから衛星観測と同等形式のデータを生成するためのシミュレーションツールであり、EarthCAREを含む多様な地球観測衛星搭載センサに対応しています。宇宙航空研究開発機構、東京大学大気海洋研究所、高知工科大学が中心となって開発を進めましてきました。本研究では、NICAMの雲物理データを入力としてEarthCARE/CPRに対応した模擬レーダ反射因子とドップラー速度を計算するために使用されました。
問い合わせ先
東京大学大気海洋研究所特任助教 Roh Woosub(ロ ウソップ)
E-mail:ws-roh◎aori.u-tokyo.ac.jp※アドレスの「◎」は「@」に変換してください
東京大学 研究