全身性エリテマトーデスの病態悪化因子を 同時に抑える薬剤を発見
2つの病態ドライバーを一剤で制御
【注目の成果:共同研究・産学連携のためのチェックポイント】
![]() | IFN-Iと自己抗体産生の双方を制御する新たな治療戦略の可能性につながることに期待 |
【産学連携対象 全学共通分野 Discovery Saga】
【Sagaキーワード】
プロファイル/生細胞/ヒストン/モニタリング/一細胞/リン酸/リンパ腫/脱アセチル化/IRF/ヒストン脱アセチル化酵素/核移行/新規治療法/腎炎/全身性エリテマトーデス/インターフェロン/炎症性疾患/病理/免疫抑制/薬剤スクリーニング/モデルマウス/自己抗体/B細胞/HDAC/T細胞/アセチル化/スクリーニング/ステロイド/マウス/モデル動物/リウマチ/一細胞解析/化合物ライブラリー/骨粗鬆症/細胞分化/自己免疫/自己免疫疾患/受容体/腎臓/転写因子/培養細胞/副作用/免疫細胞/免疫抑制剤/遺伝子/感染症/抗がん剤/抗体/糖尿病
2025-12-10●生命科学・医学系招へい教員平山 健寛発表のポイント
難治性の自己免疫疾患である全身性エリテマトーデス(SLE)の病態において、I型インターフェロン(IFN-I)産生亢進とB細胞の形質細胞への分化という2つの悪化因子を同時に抑制できる薬剤として、HDAC阻害薬ボリノスタット(vorinostat)に注目し、その有効性を示した。SLEの病態の悪化には「I型インターフェロン過剰産生」と「抗体産生細胞(形質細胞)への分化」が主要な原因として知られているが、これまで双方を同時に抑制できる薬剤は存在しなかった。
ボリノスタットが免疫細胞からのIFN-I産生を強力に抑制するとともに、B細胞が形質細胞へ分化して自己抗体を産生する過程を阻止することを示したことから、IFN-Iと自己抗体産生の双方を制御する新たな治療戦略の可能性につながることに期待。
発表概要
大阪大学大学院医学系研究科呼吸器・免疫内科学教室(熊ノ郷淳総長)の、高松漂太招へい准教授、平山健寛招へい教員らの研究グループは、難治性自己免疫疾患である全身性エリテマトーデス(SLE)の新しい治療法として、「ボリノスタット」という既存薬に注目し、その有効性を示しました。SLE若い女性に多い原因不明の自己免疫性疾患で、日本における患者数は約6〜10万人と言われています。治療を行わないと命に関わる危険性があり、ステロイドを使った強力な免疫抑制療法が行われますが、副作用の懸念からより安全で効果的な治療方法の開発が必要とされています。
SLEの病態の悪化には2つの主要な原因が知られており、一つは「I型インターフェロン過剰産生」、もう一つはと「抗体産生細胞(形質細胞)への分化」です。従来はこれらが個別に抑制される治療薬が開発されていきましたが、双方を同時に抑制できる薬剤は存在していませんでした。
本研究グループは、化合物ライブラリーから両作用を併せ持つ候補を探索し、その結果、臨床で既に使用されている汎ヒストン脱アセチル化酵素(HDAC)阻害薬であるボリノスタット(皮膚T細胞リンパ腫治療薬)に着目し、培養細胞および患者由来細胞を用いた実験を行いました。そして、免疫細胞からのIFN-I産生を強力に抑制するとともに、B細胞が形質細胞へ分化して自己抗体を産生する過程を阻止し、SLE病態を改善する作用を持つことが分かりました。
本研究結果は、従来のステロイド中心とした治療とは異なるIFN-Iと自己抗体産生の双方を制御する新たな治療戦略の可能性につながるものと期待されます。
本研究成果は、アメリカリウマチ学会の機関誌である「Arthritis &Rheumatology」に、11月14日(金)に公開されました。

図1. ボリノスタットはI型IFN誘導に必須なタンパク質TBK1のリン酸化と転写因子IRF3の核内移行を阻害し、加えてIRF5、IRF7、IRF9といったIFN制御に関わる遺伝子の発現も低下させることが明らかになりました。一方、B細胞の形質細胞分化過程においては、ボリノスタット添加によって分化初期に必要な転写因子(Prdm1/Blimp-1、XBP1、IRF4)の発現誘導が顕著に抑制されます。本研究で明らかになったボリノスタットの作用は、この悪循環の中でIFN-I産生(左側)と形質細胞への分化(右側)の両方を同時に抑制し、SLEの病態進行を食い止めることが期待されます。
研究の背景
全身性エリテマトーデス(SLE)は、若年女性に多く発症する原因不明の自己免疫疾患で、多彩な自己抗体の産生を特徴とします。脳、肺、腎臓など重要臓器に障害をきたし、未治療では生命に関わる恐れがあります。現在、急性増悪期には高用量のステロイドや免疫抑制剤による治療が行われますが、感染症、骨粗鬆症、糖尿病など重篤な副作用を招くことが多く、患者にとって安全で効果的な新規治療法の開発が望まれています。SLEの病態形成にはI型インターフェロン(IFN-I)の過剰産生とB細胞の異常な分化・増殖が深く関与していることが知られており、近年それぞれを標的とした生物学的製剤(IFN-I受容体阻害抗体アニフロルマブ、B細胞活性因子阻害薬ベリムマブなど)が開発され、一部の患者に使用されています。しかし、特に重症の増悪期にはIFN産生とB細胞由来の自己抗体産生が同時に亢進しており、両者を一挙に抑制できる治療戦略はこれまで存在しませんでした。
本研究では、この課題に対して薬剤スクリーニングを通じて、IFNと自己抗体産生を同時に制御する新たな治療戦略を提示しました。
研究の内容
本研究では、化合物ライブラリーとIFN-I活性をモニタリングするレポーター細胞を用いて探索し、HDAC阻害薬ボリノスタットを同定しました。ボリノスタットはTBK1のリン酸化とIRF3の核移行を抑えて、IFN-Iを低下させ、形質細胞分化に必須の転写因子(PRDM1/XBP1/IRF4)の発現を減らし、B細胞の形質細胞分化を阻害します。HDAC阻害薬の作用クラスを比較した検討からボリノスタットの作用の中心はHDAC6を介したものと考えられ、一部HDAC3阻害の関与も示唆されました。SAVIおよびNZB/W F1マウスなどのSLEモデルマウスを用いた検証を通じ、ボリノスタットはIFN-I関連遺伝子の抑制と自己抗体産生を低下させ、蛋白尿や腎病理を改善し、生存率を向上させることを明らかにしました。
以上の成果より、ボリノスタットによるHDAC6阻害はSLEにおけるI型IFN経路とB細胞分化経路の両方を同時に抑制し、結果としてSLEモデル動物の腎炎を改善して生存期間を延長しうることが示されました。
本研究成果が社会に与える影響(本研究成果の意義)
本研究は、SLE治療における新たなアプローチとして、1つの薬剤でIFN-I産生と自己抗体産生の双方を制御できる可能性を示しました。現在承認されているIFN経路阻害薬やB細胞標的薬はそれぞれ単一の経路しか抑えられませんが、本研究で効果が示されたボリノスタットはこれら両方の病態因子を同時に抑制できる点で画期的です。また、ボリノスタットは既に抗がん剤として使用されており副作用プロファイルも蓄積されているため、SLEへの適応拡大(ドラッグリポジショニング)により従来のステロイド中心の治療に代わる新規治療法となることが期待されます。特に、ステロイドの長期大量投与が困難な症例や、現在の治療薬だけでは十分な効果が得られない重症例に対し、ボリノスタットが新たな選択肢を提供する可能性があります。本研究の知見を基に研究が進めば、将来的にSLEのみならずIFN-I過剰産生が関与する他の自己免疫疾患や炎症性疾患に対しても、有効な治療法を提供できる可能性があります。
特記事項
本研究成果は、2025年11月14日(金)にアメリカリウマチ学会(ACR)の機関紙である「Arthritis&Rheumatology」(オンライン)に掲載されました。タイトル:“Identification of histone deacetylase inhibitor targeting type I interferon and B-cell abnormalities in systemic lupus erythematosus”
著者名:Hirayama T, Konaka H, Kato Y, Shibahara T, Nishizawa C, Tsujimoto K, Park J, Itotagawa E, Jo T, Nishide M, Nishida S, Shima Y, Narazaki M, Aoki W, Ishii KJ, Takamatsu H, and Kumanogoh A
DOI:https://doi.org/10.1002/art.43434
本研究課題は、JST科学基盤研究、国立研究開発法人日本医療研究開発機構(AMED)、JST 戦略的創造研究推進事業 CREST「統合1細胞解析のための革新的技術基盤」(研究開発総括:菅野 純夫、研究代表者:民谷 栄一、研究分担者:高松 漂太)、文部科学省委託事業 Center of Innovation(COI)プログラム COI-STREAM(拠点統括:熊ノ郷 淳)、国立研究開発法人日本医療研究開発機構(AMED) 革新的先端研究開発支援事業 AMED-CREST「炎症の慢性化機構の解明と制御に向けた基盤技術の創出」(研究開発総括:宮坂 昌之、研究開発代表者:熊ノ郷 淳)の一環として行われました。
大阪大学 研究