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大阪大学 研究Discovery Saga
2025年12月22日

イオントラップ量子ビットのクラウド接続を実現

クラウド経由で¹⁷¹Yb⁺イオンを用いた量子ゲート実行に成功

【注目の成果:共同研究・産学連携のためのチェックポイント】
イオントラップ量子コンピュータを遠隔から安定に操作できる基盤技術が確立
【産学連携対象 全学共通分野 Discovery Saga】
情報学複合領域数物系科学総合理工工学医歯薬学
【Sagaキーワード】
量子アルゴリズム/コンピューティング/アルゴリズム/クラウド/量子計算/情報通信/イオントラップ/コヒーレンス/パルス/超微細構造/量子コンピュータ/量子シミュレーション/量子情報/イオン化/量子ビット/ラマン/パルスレーザー/レーザー照射/量子コンピューティング/シミュレーション/トラップ/ピコ秒/マイクロ/マイクロ波/モニタリング/レーザー/遠隔操作/自動化/周波数/微細構造/ラット
2025-12-4●自然科学系量子情報・量子生命研究センター教授豊田 健二

発表のポイント

イオントラップ量子ビットをクラウド経由で遠隔操作できるシステムを構築し、¹⁷¹Yb⁺イオンを用いた単一量子ビット操作をクラウド実行で実証
イオンの自動ロード、レーザー位置自動調整、常時状態モニタリングなどの運用自動化を実現し、クラウド量子計算のためのオープンソース基盤OQTOPUS をイオントラップに初適用
将来の多イオン化・二量子ビットゲート実装により量子アルゴリズム実行の基盤として発展に期待

発表概要

大阪大学量子情報・量子生命研究センター(QIQB)の西孝一郎講師(研究実施当時/現所属: Qubitcore株式会社)、豊田健二教授らの研究グループは、¹⁷¹Yb⁺イオンを用いたイオントラップ量子ビットをクラウド接続により動作させるための技術開発を行い、実際に遠隔から量子ビットを制御するクラウド接続試験を実施しました。本研究では、イオンのロードから状態準備・観測、量子ゲート実行に至るまでの処理を自動化し、クラウド越しに単一量子ビットゲートを実行することに成功しました。
イオントラップ量子ビットをクラウド経由で動作させるためには、イオントラップ装置(図1, 2)、レーザー光源系、制御系、クラウド用のソフトウェア基盤などの、装置からソフトウェアに至るまでの広範な技術要素を一体的に開発する必要があります。これらを全て統合したクラウド利用可能なイオントラップ量子コンピューティング環境の開発について、これまで国内では実現例がありませんでした。
今回、研究グループは、イオンの自動ロードやレーザー位置補正、量子状態操作を統合した制御系を構築することにより、クラウド経由で量子ビットを制御し、安定して量子ゲートを実行できる環境を実現しました。これにより、遠隔から実機のイオントラップ量子ビットを継続的に利用できるクラウド型量子コンピューティング基盤の発展が期待されます。
本成果は、2025年12月2日(火)〜2025年12月4日(木)に開催された第53回量子情報技術研究会 (QIT53, 主催: 電子情報通信学会 量子情報技術特別研究専門委員会) にて、ポスター発表として発表されました。



図1. クラウド接続試験に用いたイオントラップ装置



図2. クラウド接続試験に用いたイオントラップ用真空装置と光学系

研究の背景

量子コンピュータの実現に向け、長いコヒーレンス時間・高いゲート忠実度を持つトラップされたイオンは有望な量子ビット方式として注目されています。世界ではイオンキュー(IonQ)やクオンティニュアム(Quantinuum)などのスタートアップ企業がイオントラップ量子コンピュータの商用機を開発しています。
イオントラップを量子コンピュータとして実際に運用するためには、上記のようなイオンの潜在能力を十分に引き出し、遠隔から安定に利用できる形へと発展させるための多面的な技術開発が不可欠です。そのために、イオントラップ装置そのものの構築、複数波長のレーザー光源系の高度な安定化、イオンの精密な操作のための制御系の開発、さらには量子回路を実現するプログラムをクラウド上で解釈し、実機において実行可能なかたちの命令として送信するためのソフトウェア基盤の整備など、装置からソフトウェアに至るまでの広範な技術要素を一体的に開発する必要があります。これらを全て統合したクラウド利用可能なイオントラップ量子コンピューティング環境の開発は、国内ではこれまで実現例がありませんでした。
大阪大学QIQBの研究グループは、¹⁷¹Yb⁺イオン超微細構造量子ビットの初期化・観測、マイクロ波遷移/短パルスレーザーによるラマン遷移の観測などについて研究開発を進めてきており、今回、この実験系をクラウド接続に対応させることに成功しました。

研究の内容

本研究では、量子コンピュータに用いられる物理系の一つであるイオントラップ量子ビット(¹⁷¹Yb⁺イオン) を用いて、クラウド経由で遠隔操作できる実験システムを構築しました(図1,2)。そのために、量子状態操作に必要な光学系の構築やレーザー周波数の高安定化に加え、イオンの自動ロードやレーザー照射位置の自動調整といった長期安定運転に不可欠な自動化技術を新たに実装しました。
まず、リニアパウルトラップに単一の¹⁷¹Yb⁺イオンを捕獲し、369 nmおよび935 nmレーザーを用いたドップラー冷却、内部状態の初期化および状態観測(SPAM)を行うことで、94%の忠実度で量子ビットの状態準備と読み出しが可能であることを確認しました。
量子状態操作については、マイクロ波によるラビ振動の励起により約25 kHzのラビ周波数を得て、基本的な単一量子ビット操作が実現できることを確認しました。さらに、量子ゲートの高速化や個別イオンへの選択的操作を目指し、355 nmのピコ秒パルスレーザーに位相ロック技術(PLL)を適用することで、ラマン遷移による量子状態操作(ラビ周波数約3 kHz)を確認しました。
システムのクラウド接続に向けては、量子計算用オープンソースソフトウェア「OQTOPUS」をベースに、バックエンドにおいてイオントラップ実験系を接続するためのDeviceGatewayプラグインを開発しました(図3)。これにより、クラウドから送信された量子プログラムが自動的に実験装置へ送られ、イオンの存在確認、状態準備、ゲート操作、状態観測までが一連の流れとして実行可能となりました。また、イオンが消失した場合には自動ロード機能が作動するなど、遠隔環境でも安定に測定を継続できる設計としています。
クラウド経由の動作実証として、単一¹⁷¹Yb⁺イオン量子ビットに対する90度回転ゲートの実行を 1000 回行い、得られた測定結果を解析しました(図4)。測定された確率には光子検出効率の低下に由来する誤差が含まれるものの、クラウド越しに量子ゲートが問題なく実行されることが確認できました。
これらの成果により、イオントラップ量子コンピュータを遠隔から安定に操作できる基盤技術が確立されました。今後、二量子ビットゲートの実装、複数イオン系の操作、量子アルゴリズムの実装等を進めることで、クラウド接続型の量子計算プラットフォームとしての発展が期待されます。



図3. クラウド接続型イオントラップ量子コンピューティングシステムの構成を示す図。図中のプログラム、量子回路、波形は、システムの仕組みを説明するための一例として示したもの。



図4. クラウド接続による単一量子ビットゲート実行例。|0⟩状態を準備したあとに単一量子ビットのブロッホベクトル空間におけるX軸まわりの90度回転を行った後の状態を測定した。測定は1000回行われ、棒グラフの左側は状態|0⟩を得た回数、右側は|1⟩を得た回数を示している。

本研究成果が社会に与える影響(本研究成果の意義)

本研究の成果は、イオントラップ量子コンピュータの実現に向けた基盤技術を前進させるものです。これまでイオントラップ方式の量子計算は、長いコヒーレンス時間や高忠実度ゲートを実現できることから有望視されてきましたが、イオントラップ量子ビットを安定的かつ遠隔から運用するための自動化・クラウド化技術は国内では確立していませんでした。本研究では、イオンの捕獲・冷却・状態操作といった基本動作を自動化し、さらにクラウド基盤から指令を送って量子ゲートを実行できる実験環境を構築したことで、イオントラップ量子コンピュータを運用するための実装レベルの技術が示されました。
特に、イオンの自動ロードやレーザー位置の自動補正、常時モニタリング機能などを備えた本システムは、研究者や利用者が装置の細部に直接触れなくとも動作を維持できる点で、従来の実験室内のイオントラップ量子実験とは大きく異なります。これにより、24時間稼働可能な量子コンピューティングプラットフォーム構築へ向けたな重要なステップが実現されました。
さらに、大阪大学QIQBで開発されたオープンソースソフトウェアOQTOPUSをイオントラップ量子ビット系に適用し、クラウド越しに単一量子ビットゲートを実行した点は、国内のイオントラップ量子コンピューティングの研究開発において初期の実証例として大きな価値を持ちます。この仕組みは教育・研究双方での活用可能性が高く、学内外の研究者や学生がクラウド経由で実機にアクセスできるようになることで、量子技術の裾野を広げることにもつながります。
本研究で実現された自動化技術や量子操作技術に加えて、今後二量子ビットゲートの実装、量子アルゴリズムの実装等を進めることにより、本格的なイオントラップ量子コンピュータへと発展させることが可能となります。さらに、本研究で実現された技術は、さまざまな物理現象をイオンによって再現しその仕組みを調べる量子シミュレーションといった、関連する別の応用研究にも活用することができます。

特記事項

本成果は、2025年12月2日(火)〜2025年12月4日(木)に開催された第53回量子情報技術研究会 (QIT53, 主催: 電子情報通信学会 量子情報技術特別研究専門委員会) にて、以下のポスター発表として発表されました。
タイトル:“クラウド接続型イオントラップ量子コンピューティングシステムの構築”
著者:宮西孝一郎, 柏原航太, 藤田悠真, 森俊夫, 束野仁政, 宮永崇史, 三好健文, 根来誠, 豊田健二
本研究は科学技術振興機構(JST)ムーンショット型研究開発事業 目標6 グラント番号JPMJMS2063、JST共創の場形成支援プログラム(COI-NEXT) グラント番号 JPMJPF2014の支援を受けて実施されました。

参考URL

豊田健二教授 研究者総覧
https://rd.iai.osaka-u.ac.jp/ja/af5fe06e86723c72.html
OQTOPUS Project Website
https://oqtopus-team.github.io/