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東京科学大学 研究Discovery Saga
2025年12月1日

統合失調症における口腔細菌叢と認知機能の関連を明らかに

唾液中の細菌叢の多様性と代謝機能経路がこの関連を支える生物学的手がかりとなる可能性

【注目の成果:共同研究・産学連携のためのチェックポイント】
統合失調症における認知機能の維持・低下抑制を目指した取り組みが、歯科・精神科・内科・地域保健の連携のもとで、より現場に実装しやすい形へと近づくことが期待
【産学連携対象 全学共通分野 Discovery Saga】
複合領域環境学数物系科学生物学総合生物農学医歯薬学
【Sagaキーワード】
動機づけ/行動科学/微生物群集/因果関係/リボソームRNA/生物群集/リボソーム/rRNA/16S rRNA/プロバイオティクス/生合成/微生物/ビタミン/アミノ酸代謝/精神医学/統合失調症/遺伝子解析/日常生活/解剖学/歯学/PCR/RNA/アミノ酸/エネルギー代謝/トリプトファン/神経科学/コホート/遺伝子/細菌/細菌叢/精神疾患/唾液/統合失調症患者/認知機能/薬物療法

2025年12月1日 公開

ポイント

統合失調症では、口腔細菌叢の多様性が高いほど認知機能が高い傾向がみられ、その関連に特定の代謝・糖鎖関連の機能経路が関与する可能性が示されました。
唾液16S rRNA遺伝子解析とPICRUSt2による機能推定を用いて、口腔細菌叢の構成・多様性と認知機能指標(WAIS-IV)との結びつきを体系的に明らかにしました。
本研究は、“口腔―脳軸” の新たな視点を提示し、今後のメカニズム解明や口腔ケア・プレ/プロバイオティクス等の介入研究の基盤となる知見を提供します。

概要

東京科学大学(Science Tokyo)大学院医歯学総合研究科 精神行動医科学分野の田村赳紘医学部内講師、杉原玄一准教授、髙橋英彦教授、ならびに同大学 口腔生命医科学分野/国際医工共創研究院 口腔科学センター 口腔全身健康部門の大杉勇人助教、片桐さやか教授らによる研究チームは、統合失調症患者(68名)と健常対照者(32名)の唾液由来16S rRNA遺伝子[用語1]配列を解析しました。その結果、口腔細菌叢の構成や多様性に両群間で差がみられること、また患者群のなかでは
アルファ多様性[用語2]が高いほど、
ウエクスラー成人知能検査(WAIS‑IV)[用語3]に基づく全般的認知機能(FSIQ)が高い傾向にあること(正の関連)が示されました。さらに、
PICRUSt2[用語4]による機能推定から、代謝・糖鎖関連の一部機能経路が、この関連に間接的に関与し得ることが示唆されました。
本研究は、統合失調症の認知機能低下に関わる宿主—微生物相互作用の議論を、「腸—脳軸」から「
口腔—(腸)—脳軸[用語5]」へと拡張し、その関連の背景にある“機能的手がかり”まで捉えた基盤データを提示した点に意義があります。なお、本研究はPICRUSt2を用いた機能推定に基づく観察研究であり、因果関係は確定していません。今後、メカニズム解明に向けた実験研究に加え、口腔衛生や
プレ/プロバイオティクス[用語6]等の介入の有効性を検証する縦断・介入研究の進展が期待されます。
本研究の成果は、2025年11月27日(現地時間)に国際学術誌「Schizophrenia Bulletin」に掲載されました。

背景

統合失調症は、陽性症状(幻覚・妄想)、陰性症状(意欲低下・感情の平板化)、解体症状(思考や行動のまとまりの障害)、そして認知機能の低下を特徴とし、約100人に1人が発症する比較的頻度の高い精神疾患です。なかでも、持続的にみられる認知機能の低下は治療が特に難しく、日常生活や社会参加の大きな障壁となります。
近年、宿主―微生物相互作用が認知機能に影響し得ることが注目され、腸―脳軸に関する研究が進展してきました。一方で、口腔細菌叢は脳に近い解剖学的位置にあり、全身炎症や血管機能とも関連することからその重要性が指摘されつつあります。しかし、精神疾患、とりわけ統合失調症の認知機能との関係については、これまで十分に検証されていませんでした。


図1. 統合失調症(SZ)と健常対照(HC)の口腔細菌叢の違い。

研究成果

統合失調症(SZ)と健常対照(HC)を比較したところ、口腔細菌叢の構成と多様性に群間差が認められました。具体的には、アルファ多様性(とくに“均等さ”の低下)、複数指標でのベータ多様性の差、および属レベルの差異を確認しました(図1)。
統合失調症群内の解析では、アルファ多様性(特に“豊富さ”)が高いほど、全般的認知機能が高い傾向(正の関連)が示されました。一方、神経炎症の指標である
キヌレニン経路[用語7]マーカーは、多様性・全般的認知機能のいずれとも有意な関連を示しませんでした。また、機能面では、PICRUSt2で推定した複数の代謝機能経路が全般的認知機能と関連していました。


図2. 統合失調症群内における認知機能(FSIQ)との各指標の関連。*は、BH-FDR による多重比較補正後も有意と判定された経路(q<0.10)を示す。

さらに、アルファ多様性とこれらの機能経路との関連を検討したところ、“均等さ”との関連がより強く、“豊富さ”と“均等さ”の両方を反映するShannon多様性指標と強く関連した機能経路は、(1)補因子およびビタミン代謝、(2)エネルギー代謝、(3)糖質代謝、(4)アミノ酸代謝、(5)糖鎖生合成・代謝の大きく5つのグループに分類されました。(図2)。
次に、統合失調症における口腔細菌叢の特徴と認知機能との関連の一部に、これらの機能経路が間接的に関与しているかを探索的媒介分析 (*教育年数・薬物療法に関連した累積抗コリン薬負荷 [TSDD]で調整)により検証しました。その結果、補因子/ビタミン代謝、エネルギー代謝、アミノ酸代謝、糖鎖生合成・代謝の4つのグループ(計5経路)で、アルファ多様性と全般的認知機能の関連に対する有意な間接効果が示唆されました(図3)。


図3. 探索的媒介解析: 口腔細菌叢のアルファ多様性(Shannon多様性指数)→機能経路(PICRUSt2推定)→認知機能(FSIQ)。抗コリン薬負荷(TSDD)は11~1年前の10年累積を反映。*は間接効果がBH-FDR による多重比較補正後も有意と判定された経路(q<0.10)を示す。

さらに、属×機能経路 (PICRUSt2推定)の共変動解析では、Neisseriaを含む11属が複数の代謝機能カテゴリーと関連していました。なかでもNeisseriaは、先行コホート[参考文献1]で注目された種レベル(N. sub flava)の上位分類に位置し、今回の解析においてもFSIQと関連した推定機能経路群と整合的に共変するシグナルが観察されました。

社会的インパクト/今後の展開

統合失調症の認知機能低下は依然として治療が難しく、新たなアプローチの開発が求められています。本研究は、低負担な唾液から得られるデータを用いて「口腔—(腸)—脳軸」の可能性を示した点に意義があり、日常的な口腔ケアやプレ/プロバイオティクス(菌活)などの介入が臨床的に有用であるかを科学的に検証していく動機づけを与えるものです。
これにより、今回示された関連のメカニズム解明に向けた基礎研究やトランスレーショナル研究がさらに進展するとともに、統合失調症における認知機能の維持・低下抑制を目指した取り組みが、歯科・精神科・内科・地域保健の連携のもとで、より現場に実装しやすい形へと近づくことが期待されます。

付記

本研究は、東京医科歯科大学重点研究領域助成金、文部科学省科学研究費、榎本こころの健康協会などの支援を受けて行われました。

参考文献

[参考文献1]
Yolken R, Prandovszky E, Severance EG, Hatfield G, Dickerson F. The oropharyngeal microbiome is altered in individuals with schizophrenia and mania. Schizophr Res.Aug 2021;234:51-57.
DOI:10.1016/j.schres.2020.03.010

用語説明

[用語1]
16S rRNA遺伝子:細菌のリボソームRNAをコードするDNA領域。可変領域 (例: V3–V4)のPCR増幅・シーケンスにより、培養不要で細菌叢の構成を解析できる。
[用語2]
多様性(アルファ/ベータ):アルファ多様性は個人内の細菌叢の多様さ(豊富さ=種類数、均等さ=偏りの少なさ)を示す指標群、ベータ多様性は人と人の細菌叢の違いの大きさを示す指標群。
[用語3]
ウエクスラー成人知能検査(WAIS‑IV):成人を対象とした標準知能検査。総合得点である全検査知能指数(FSIQ)を算出する検査。
[用語4]
PICRUSt2:16S rRNA由来の系統配置から微生物群集の遺伝子・代謝経路の潜在能を推定する計算法。直接測定ではない機能推定手法。
[用語5]
口腔—(腸)—脳軸:口腔・腸の細菌が、免疫・代謝・血管・神経を介して脳に影響を及ぼし得る枠組み。口腔—脳軸(腸を介さないルート)と口腔—腸—脳軸を含む総称。
[用語6]
プレ/プロバイオティクス:プレバイオティクスは有益菌の栄養源、プロバイオティクスは健康効果が期待される生きた微生物の総称。
[用語7]
キヌレニン経路:必須アミノ酸トリプトファンが代謝される経路。免疫活性と連動して変動しやすく、神経炎症の間接指標として用いられる代謝経路。

論文情報

掲載誌:
Schizophrenia Bulletin
タイトル:
Oral microbiota associated with cognitive impairment in schizophrenia: composition and PICRUSt2-predicted functional pathways
著者:
Takehiro Tamura, Yujin Ohsugi, Sayaka Katagiri, Ayako Kusano, Takehisa Handa, Peiya Lin, Anhao Liu, Keita Toyoshima, Shunsuke Takagi, Hiroki Shiwaku, Genichi Sugihara, and Hidehiko Takahashi
DOI:
10.1093/schbul/sbaf212

研究者プロフィール


田村 赳紘 Takehiro Tamura
東京科学大学 精神行動医科学分野 医学部内講師
研究分野:精神医学、神経科学、行動科学
杉原 玄一 Genichi Sugihara
東京科学大学 精神行動医科学分野 准教授
研究分野:精神医学、神経科学、行動科学
髙橋 英彦 Hidehiko Takahashi
東京科学大学 精神行動医科学分野 教授
研究分野:精神医学、神経科学、行動科学
大杉 勇人 Yujin Ohsugi
東京科学大学 口腔生命医科学分野 助教
研究分野:口腔科学
片桐 さやか Sayaka Katagiri
東京科学大学 口腔生命医科学分野 教授
研究分野:口腔科学

関連リンク

プレスリリース 統合失調症における口腔細菌叢と認知機能の関連を明らかに—唾液中の細菌叢の多様性と代謝機能経路がこの関連を支える生物学的手がかりとなる可能性—(PDF)
田村赳紘 Takehiro Tamura | Science Tokyo 研究情報データベース(医歯学系)
精神行動医科学分野(精神科)
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