がん細胞の環状DNA生む仕組み、モデル生物で解明
──治療法開発に期待
【注目の成果:共同研究・産学連携のためのチェックポイント】
![]() | CAF-1が失われることで、ゲノムが不安定化することが示され、がん細胞でecDNAが発生するメカニズムの解明に向けた理解が大きく進みました。将来的に診断や新規治療法の開発に結び付くことが期待 |
【産学連携対象 全学共通分野 Discovery Saga】
【Sagaキーワード】
タンパク質合成/リボソームRNA遺伝子/相同組み換え/リボソームRNA/遺伝情報/出芽酵母/ヒストン/rDNA/組み換え/ヌクレオソーム/モデル生物/リボソーム/遺伝子改変/診断法/Saccharomyces cerevisiae/タンパク質翻訳/抵抗性/ヒストンシャペロン/DNA二本鎖切断/シャペロン/新規治療法/クロマチン/治療抵抗性/染色体/分子標的/がん化/DNA複製/RNA/がん細胞/がん治療/腫瘍形成/創薬/ゲノム/遺伝学/遺伝子/抗がん剤/分子標的薬/薬剤耐性/老化
2025年11月27日
/ 最終更新日時 :2025年11月27日
adiqb
ゲノム再生研究分野
国立遺伝学研究所
東京大学
科学技術振興機構(JST)
発表概要
がん細胞では、染色体(1)とは別に巨大な環状ecDNA(extrachromosomal DNA)(2)がしばしば見つかり、がんの発症や進行に深く関与することが知られています。しかし、ecDNAがどのように生じるのか、その仕組みは長年分かっていませんでした。本研究グループは今回、モデル生物の出芽酵母(3)を用いて、DNAの複製(4)後にクロマチン(5)を再構築するCAF-1複合体(6)が失われると、リボソームRNA遺伝子(ribosomal DNA, rDNA)(7)領域から環状rDNAが多数生成されることを確認しました。生成された環状rDNAは、DNAの複製が停止してDNAが切断された際、修復の過程で誤って作られたものと分かりました。CAF-1は複製後のDNAにヌクレオソーム(8)を適切な間隔で形成させる役割を持っています。今回の研究により、CAF-1が失われることで、ゲノムが不安定化することが示され、がん細胞でecDNAが発生するメカニズムの解明に向けた理解が大きく進みました。将来的に診断や新規治療法の開発に結び付くことが期待されます。研究の詳細
・研究の背景
私たちの細胞は通常、DNAをひも状の染色体として保持していますが、時に染色体から切り離されたDNAが環状構造になることが知られています。がん細胞では、がん化を促進する遺伝子を含んだ大きなecDNAが見つかっており、がんの発症や進展、治療抵抗性(9)に深く関わることが明らかになっています。しかし、ecDNAが作られる仕組みは長年分かっていませんでした。なぜなら、ヒトがん細胞にはすでに多数のecDNAが存在し、その発生過程は実験的に再現・解析できなかったためです。このため、ecDNAを持たない細胞から、ecDNAが新たに形成される過程を観察できるモデル系の確立が強く求められていました。本研究では、出芽酵母を用い、CAF-1複合体という因子が染色体上のリボソームRNA遺伝子領域における過剰なDNA組み換えを抑制し、環状rDNAの形成を防いでいることを確認しました。これは、がん細胞におけるecDNA発生メカニズムを理解する手がかりとなる重要な基盤的成果です。

・本研究の成果
出芽酵母はヒトのモデル生物として用いられ、環状DNAを高い頻度で作り出す領域を持っています。出芽酵母にはタンパク質翻訳装置の構成因子であるリボソームRNAをコードする(作り出す)遺伝子(ribosomal DNA, rDNA)が約150個並んだ領域が存在します。リボソームRNA遺伝子のコピー数は、通常は安定的に維持されていますが、DNAの複製後にクロマチンを再構築する因子であるCAF-1複合体が失われると、染色体上のリボソームRNA遺伝子領域から多数の環状rDNAが生成されます。今回、この生成過程が確認され、DNA複製装置の進行が途中で止まり、二本鎖DNAが切断された際に、本来は安定的に修復されるべき過程で環状rDNAが誤って作られることが分かりました。CAF-1は複製されたDNA上にヌクレオソームを適切な間隔で形成させることが知られています。この機能が欠損すると、ヌクレオソームの形成過程に異常が生じ、本来は起こらない転写が活発化し、切断された二本鎖DNAが相同組み換え(10)経路によって修復され、環状DNAができるのです。
これまでヒトのがん細胞では、すでに存在するecDNAを観察するしかなく、その形成メカニズムを直接研究することは困難でした。今回、出芽酵母を利用することで「ecDNAが生まれる瞬間」をとらえられる実験系の確立に成功し、CAF-1がその抑制因子として働くことを解明しました。これは大きな成果であり、がん細胞における染色体外DNAの発生メカニズム解明に直結する基盤的知見で、新しい診断・治療法の可能性にもつながります。
・今後の期待
本研究の成果は、がんの進展や薬剤耐性に関わるecDNAの発生過程を理解する重要な手がかりとなりました。CAF-1が環状rDNAを抑制する仕組みの解明は、将来的にecDNAを標的とした新たな診断法や治療法の開発につながる可能性があります。さらに、出芽酵母を用いた実験系は、基礎研究から応用研究への橋渡しとなり、創薬や医療技術の発展に大きく寄与すると期待されます。
用語解説
(1)染色体細胞の核内に存在するひも状の構造物で、遺伝情報を保存しています。DNAがヒストンタンパク質(染色体を構成する主要タンパク質)に巻き付いて存在しています。
(2)環状ecDNA(extrachromosomal DNA)
真核細胞のひも状の染色体から作られた環状のDNA。がん細胞の約半数で、がん化を促進する遺伝子を含んだ巨大なecDNAが確認され、腫瘍形成に重要な役割を果たすと考えられています。出芽酵母のrDNA領域からも、同じように環状rDNAが作られ、細胞の老化を加速させると考えられています。
(3)出芽酵母
出芽酵母(Saccharomyces cerevisiae)は、ヒトを含む真核生物を代表するモデル生物。ヒトが持つ多くの遺伝子に対応する遺伝子が存在しており、遺伝子改変や培養が容易かつ低コストで行えるため、ヒトの生命現象の解明にも大きく貢献してきました。
(4)複製
細胞が分裂する際、遺伝情報を記録しているDNAのコピーを作り出す過程。DNAを正確にコピーできなければ、子孫に誤った遺伝情報が伝達されてしまい、がんなどの疾患を引き起こす原因となります。
(5)クロマチン
DNAにヌクレオソームが巻き付いてできた構造体。遺伝子の発現やDNAの複製・修復などさまざまな生命活動を制御する重要な役割を担っています。
(6)CAF-1複合体
DNAの複製が終わった後、新たに合成されたヒストンをDNA上に配置するヒストンシャペロン(介助タンパク質)。CAF-1はDNA複製装置と一緒に移動するPCNAという因子に結合することで、複製されたDNAにすばやくヒストンを運び、ヌクレオソームを効率よく組み立てます。
(7)リボソームRNA遺伝子(ribosomal DNA, rDNA)
タンパク質合成装置リボソームの構成因子であるリボソームRNAをコードする遺伝子。真核生物ゲノム内でrDNAは100以上のコピーが直列に並んだ状態で存在します。
(8)ヌクレオソーム
DNAがヒストンと呼ばれるタンパク質の八量体に巻き付いた構造であり、クロマチンの基本単位です。
(9)治療抵抗性
がん治療において、治療開始当初は効果が認められていた抗がん剤や分子標的薬が、治療を続けるうちに徐々に効果を示さなくなってしまう現象。この獲得耐性のため、がんが再発しやすく、治療の大きな課題となっています。
(10)相同組み換え
DNA二本鎖切断を、似た配列情報を用いて修復する重要なプロセス。通常は、DNA切断が起こる前のDNA構造を回復させますが、DNA二本鎖切断が繰り返し配列で生じると、染色体中の離れた位置にある配列を用いてしまうため、DNA構造が変化してしまいます。
研究体制と支援
本研究は国立遺伝学研究所の佐々木真理子准教授と東京大学の小林武彦教授の共同で行われました。本研究は、科学技術振興機構(JST)創発的研究支援事業(JPMJFR214P)、同戦略的創造研究推進事業CREST(JPMJCR19S3)、日本学術振興会(JSPS)科研費(JP24K09417、JP21H04761、JP20H05382、JP17H01443)、AMED(JP21gm1110010)、内藤記念科学振興財団、武田科学振興財団、情報・システム研究機構 戦略的研究プロジェクトにより支援されました。
アイキャッチ画像
(本画像はプレスリリース配信時に掲載はなく、配信後に希望を受けて追加されました。)

雑誌名等
雑誌名:Nucleic Acids Research題 名:The histone chaperone CAF-1 prevents homologous recombination-mediated instability of the budding yeast ribosomal DNA during replication-coupled DNA double-strand break repair(ヒストンシャペロンCAF-1は、DNA複製に伴うDNA二本鎖切断修復において、相同組み換えによる出芽酵母リボソームDNA領域の不安定化を防ぐ)
著者名: Hajime Futami, Tsugumi Yamaji, Yuko Katayama, Nanase Arata, Mio Nagura, Takehiko Kobayashi, and Mariko Sasaki(二見統、山地つぐみ、片山優子、荒田七星、名倉澪、小林武彦、佐々木真理子=責任著者)
DOI:10.1093/nar/gkaf1010
問い合わせ先
<研究に関すること>情報・システム研究機構 国立遺伝学研究所 新分野創造センター 遺伝子量生物学研究室
准教授 佐々木 真理子
Tel: 055-981-6817
E-mail: m_sasaki @ nig.ac.jp
<報道に関すること>
情報・システム研究機構 国立遺伝学研究所 広報室
Tel: 055-981-5873
E-mail: prkoho @ nig.ac.jp
東京大学定量生命科学研究所 総務チーム
Tel: 03-5841-7813
E-mail: soumu @ iqb.u-tokyo.ac.jp
科学技術振興機構 広報課
Tel: 03-5214-8404
E-mail: jstkoho @ jst.go.jp
<JST事業に関すること>
科学技術振興機構 創発的研究推進部
東出 学信
Tel: 03-5214-7276
E-mail: souhatsu-inquiry@jst.go.jp
東京大学 研究