左右の手のように異なる“キラル”分子構造が、太陽電池の性能を高める鍵に!
CISS効果によるスピン選択的電荷輸送を活用した新たな戦略を提案
【注目の成果:共同研究・産学連携のためのチェックポイント】
![]() | 「スピン太陽電池」などのスピントロニクスデバイスの開発への展開も期待 |
【産学連携対象 全学共通分野 Discovery Saga】
【持続可能な開発目標(SDGs)】
【Sagaキーワード】
スピン偏極/対称性/非対称性/異方性/太陽/分子構造/キラリティー/キラル/チオフェン/有機太陽電池/有機半導体/光電流/電荷分離/電子デバイス/半導体材料/有機材料/持続可能/光照射/持続可能な開発/電荷輸送/光電変換/太陽電池/電極反応/電池/スピン/スピントロニクス/ポリマー/レアメタル/環境負荷/高効率化/半導体/分子デザイン/エネルギー変換/フラーレン/分子設計
2025-11-12●工学系工学研究科招へい准教授石割 文崇発表のポイント
分子構造に面外方向の非対称性とキラリティー(右手・左手のような構造)を導入した「キラル二面性NFA」を開発し、次世代エネルギーデバイスとして注目される有機太陽電池の発電効率を高める新しい分子設計戦略を提案有機太陽電池にキラル二面性NFAを用いることで、電子のスピンを選択的に通す「CISS効果」により、光電変換過程において電荷再結合が抑制され、性能が向上することを実証
キラリティーによるスピン制御を太陽電池に応用する新戦略を示し、「スピン太陽電池」などのスピントロニクスデバイスの開発につながる新たな可能性を示した
発表概要
大阪大学大学院工学研究科の大学院生のLi Shuangさん(博士後期課程)、石割文崇招へい准教授(現 東京都立大学 准教授)、佐伯昭紀教授らの研究グループは、キラル物質に特有の電子のスピンを選択的に通す「CISS効果(Chirality-Induced Spin Selectivity)」を活用することで、有機太陽電池の発電効率を高める新しい分子設計指針を提案しました。有機太陽電池は、軽量・柔軟で印刷プロセスにも適した次世代エネルギーデバイスとして注目されていますが、そのさらなる高効率化と新しい設計指針の確立が求められています。研究グループは、分子構造に面外方向の非対称性とキラリティーを導入した新しい非フラーレンアクセプター(NFA)分子「キラル二面性NFA」を開発しました。そして、このキラル二面性NFAを用いた太陽電池デバイスを作製し、光電変換過程においてバルクヘテロジャンクション(BHJ) 内での電荷再結合が抑制され、性能が向上することを実証しました。
さらに、キラルではないドナー性ポリマーと混合したバルクヘテロジャンクションの状態でもCISS効果が発現し、ホモキラルな二面性NFAを用いた際にも高い光電変換効率が得られました。
本成果は、有機半導体におけるスピン選択的電荷輸送を実際のデバイス性能に結びつけた初の例であり、「キラリティーに基づく有機太陽電池性能向上の新戦略」を示すとともに、今後の「スピン太陽電池」などのスピントロニクスデバイスの開発への展開も期待されます。
本研究成果は、ドイツ科学誌「Angewandte Chemie International Edition」に、11月11日に公開されました。

図1. 本研究の概要:CISSを示すキラル二面性非フラーレンアクセプターの合成と太陽電池への応用
研究の背景
電子供与性(ドナー性)有機半導体材料と電子受容性(アクセプター性)有機半導体材料とを混合したバルクヘテロジャンクション(BHJ)層を活性層として用いた有機太陽電池は、軽量・柔軟で印刷プロセスにも適した次世代エネルギーデバイスとして注目されていますが、そのさらなる高効率化と新しい設計指針の確立が求められています。BHJ層のアクセプター材料としてはドナー性部位の両端にアクセプター性部位を結合させた化学構造の、非フラーレンアクセプター(NFA)と呼ばれる分子を用いることで高性能化が実現でき、現在ではNFA材料の開発競争が世界中で行われています。高性能なNFA材料の設計指針として、NFAの化学構造を左右非対称にした「非対称NFA」という分子デザインが有用であると言われており、その開発も注目が集まっています。従来の非対称NFAは、もっぱら左右の構造が異なる、左右非対称型のNFAが開発されていました。
キラルな電導性材料には「不斉誘起スピン偏極効果 {CISS効果: Chiral(ity)-Induced Spin Selectivity効果}」により、その材料内では電流の電子スピンの向きが揃ったスピン偏極電流が発生する現象が発見され、こちらもその効果の応用の観点からも非常に注目されている分野です。これまでに研究グループでは、高性能なNFAの基本骨格として広く用いられてきた、インダセノジチオフェン(IDT)の骨格に不斉を持たせた「キラル二面性IDT」骨格(図2a)の開発を行っており、それを主鎖に持つキラル半導体性ポリマー(poly-(S,S)-ITD, poly-(R,R)-IDT)がCISS効果を示し、約70%という高い偏極率のスピン偏極電流を示すことを報告してきました(図2b、2024年9月13日プレスリリース・https://resou.osaka-u.ac.jp/ja/research/2024/20240913_1)。
研究グループは、この「キラル二面性IDT」を中央の電子ドナー性部位に用いることで、キラルで二面性構造(= 面外異方性)を有する新しい非対称NFA類(図2c)の開発を目指していました。

図2. (a) 従来のキラルではないIDTと本研究グループで開発したキラルな二面性IDT骨格。 (b) キラル二面性IDT骨格を用いてこれまでに開発してきたpoly-(S,S)-ITD, poly-(R,R)-IDTの化学構造とCISS特性。 (c) 本研究でキラル二面性IDT骨格を用いて開発したNFAの構造と、単一膜、BHJ膜におけるCISS特性。 EHは2-エチルヘキシル基を表す。
研究の内容
今回、研究グループは、新しい設計戦略の左右非対称NFAとして、面外の非対称性と不斉(キラリティー)を併せ持つ、「キラル二面性NFA」の開発に成功しました(図2c)。キラル二面性IDTの両端にアクセプター部位を結合させ、キラルかつ二面性構造を有するNFA類、(S,S)-IE4F、(R,R)-IE4Fを合成することで、これを実現しました(図2c)。この(S,S)-IE4F、(R,R)-IE4Fのスピンコート薄膜は、poly-(S,S)-ITD、poly-(R,R)-IDTと同様に、70%程度の高いスピン偏極率を示すことがわかりました(図2c)。さらに、ホモキラルではないドナー性の有機材料であるPBDB-T(図2c)と混合してスピンコートすることにより得られるBHJ薄膜では、50%程度のスピン偏極率のCISS効果を示し、BHJ中でも片方のスピン偏極電流を流しやすいことがわかりました(図2c)。このように片方のスピン偏極電流を流しやすい状態では、BHJ層内で光照射により発生した電子と正孔が再結合して電荷が消失し、太陽電池の変換効率を下げてしまう電荷再結合の過程がスピン禁制となるため、電荷再結合を抑制できる可能性がありました。
そこで本研究では、NFA類において、二面性構造とキラリティーが太陽電池特性に与える影響を調査するために、(S,S)-IE4Fと(R,R)-IE4Fの等量混合物であり、CISS効果を示さない二面性構造を持つラセミ体のrac-IE4Fおよび、二面性構造と不斉を持たない構造異性体であるmeso-IE4Fを用意し、PBDB-TとのBHJを用いた太陽電池デバイスを作成してその性能を評価しました(図3a)。すると、二面性構造を持たないmeso-IE4Fは2.4%程度の光電変換効率でしたが、二面性構造を持つrac-IE4Fを用いると6.9%程度まで向上し、面外非対称性構造の導入も性能向上に有効であることがわかりました。さらに、ホモキラルな(S,S)-IE4Fと(R,R)-IE4Fを用いたデバイスでは8.2%程度の光電変換効率となり、さらなる性能向上が実現できました。
その理由について調べるため、この太陽電池デバイスの、短絡状態における光電流量(Jsc)の照射光量(Plight)の依存性を調査しました。これらの間には、PlightSはJscに比例する(Jsc∝PlightS)という関係が成り立ち、S = 1の時、電荷再結合は起きておらず、Sが小さい場合は電荷再結合により電荷が失われてしまっていることを意味しています。このSの値はrac-IE4Fを用いた場合には0.966であり、比較的高い値でしたが、(S,S)-IE4Fと(R,R)-IE4Fでは0.982、0.985と、さらに1に近づきました。また、CISSを示すホモキラルなNFA中ではさらに電荷再結合が抑制されていることがわかり、この再結合抑制効果により太陽電池性能が向上したと考えられます。

図3. (a) 本研究で用いたキラル二面性NFA (S,S)-IE4F, (R,R)-IE4Fの化学構造と、参照化合物としてのmeso-IE4Fの化学構造。rac-IE4Fは (S,S)-IE4Fと(R,R)-IE4Fの1:1の混合物。 (b) PBDB-TとIE4FとのBHJを発電層として用いた有機太陽電池の素子性能 (光電変換効率)。 (c) 太陽電池素子の構造とPBDB-Tの化学構造。 (d) 太陽電池素子の短絡状態での光電流 (Jsc) の照射光量(Plight)依存性。 図内の表はJsc∝PlightSにおけるSの値を表す。 (e) CISS特性を示すNFA内での、想定される電荷再結合抑制のメカニズム。
本研究成果が社会に与える影響(本研究成果の意義)
本研究により、分子の「右手・左手」のようなキラリティー構造を積極的に利用することで、スピン物性を制御して太陽電池の光電変換効率を高めるという、新しい分子設計戦略が示されました。これにより、有機半導体分子の電子的・光学的機能に加え、スピン依存輸送という新たな自由度を組み合わせたデバイス設計が可能となります。キラルな有機材料は、軽量で柔軟、かつレアメタルを用いずに作製できるという特長を持つことから、環境負荷の少ない次世代エネルギー変換デバイスへの応用が期待されます。特に、CISS効果を活用したスピン選択的な光電変換や電荷分離制御の概念は、将来的に高効率なスピン太陽電池(spin photovoltaic devices)やスピン光電子デバイスの開発へとつながる可能性があります。
さらに、本研究は、これまで主に基礎物理や電極反応などの領域で議論・応用されてきたCISS効果を、太陽電池という光電変換デバイスの動作原理に直接結びつけた初めての実証例の一つであり、スピン化学・有機電子材料・太陽電池研究の融合領域を切り拓く重要な成果です。
特記事項
本研究成果は、ドイツ科学誌「Angewandte Chemie International Edition」に、11月11日に公開されました。タイトル:Chiral Bifacial Non-Fullerene Acceptors with Chirality-Induced Spin Selectivity: A Homochiral Strategy to Improve Organic Solar Cell Performance
著者名: Shuang Li, Fumitaka Ishiwari, Shaoxian Li, Yumi Yakiyama, Akinori Saeki
DOI:https://doi.org/10.1002/anie.202518505
本研究はJST 戦略的創造研究推進事業 CREST(JPMJCR23O2)、同 さきがけ(JPMJPR21A2)、日本学術振興会 科学研究費助成事業 基盤研究 A(JP24H00484)、学術変革領域研究(A)(超セラミックス, JP23H04626)、学術変革領域研究(B)(ラダーポリマー, 25H01406, JP25H01409)の支援を受けて行われました。
参考URL
佐伯 昭紀 教授 研究者総覧https://rd.iai.osaka-u.ac.jp/ja/9edffb14f50a9e1f.html
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